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小説
半獣半神 其の五
半獣半神

其の五 萌芽
 
 「死の祭り」への参加を、ネイルは結局許されなかった。のみならず、祭りの期間中は、自宅で謹慎していることを命じられた。
 ……これはネイルが、村落共同体の一員としての資格を、半ば喪失したことを意味していた。
 
 ナメック星人たちの葬儀は、ある独特の形態を取っている。
 同胞(はらから)が死ぬと、彼らはその遺骸を死者の家へ運び込み、棺に安置し、それを花々やアジッサの枝、死者が生前愛用していた装身具などで飾る。
 それから同胞たちはこの星に点在する他の六つの村、そして最長老の館へ行き、六人の長老たちを連れて戻る。六人の長老と、死者が住んでいた村の長老―――すなわち七人の長老が揃った時、彼らは死者の生前の徳を賛美し、死者を夢の神ポルンガの許へと送る為の祈りを捧げる。高齢のため、遠出がままならぬ最長老は、自身の館から、この祈りに唱和する。
 それからナメック星人らは死者の棺を墓所へと運び、それを土中に埋葬する。しかしその様は決してじめついた、陰気なものではない。彼らは埋葬の儀の間中、死者の生前の思い出を語り合ったり、ポルンガを讃える歌を歌ったりする。その様はいっそ明るくさえある。だがもし死者を思って涙を流す同胞がいたなら、ナメック星人らはその同胞を優しく宥め、泣かぬようにと言う。
 ナメック星には、死者を思って流した涙は河となり、ポルンガの許へと赴く死者の足止めとなるという言い伝えがある。それ故ナメック星人らは、葬儀の時に涙を流すことを好まない。
―――「死の祭り」が始まるのは、この埋葬の儀の後だ。
 同胞を失ったナメック星人らは、三日の間村を出ることをせず、野良仕事を行うこともしない。ただ、同胞らの家々を訪問し合い、水を酌み交わしながら、死者の思い出を語り合う。こうしたことを経て、ナメック星人らは、同胞の死に起因する悲しみを癒すこと、その死を自然に受け入れること、死者が無事ポルンガの許に辿り着けるよう、素直に祈ることが叶うようになる。「死の祭り」とはすなわち、ナメック星人らが同胞の死を事実として受け入れ、悲しみを祈りに変えるための三日間の総称なのである。
 
 だがネイルはこの祭礼への参加を許可されなかった。
 理由は明白だった。―――忌人の地に立ち入り、忌人と睦み合ったから。
 …死んだのは、寿命の訪ないをかねてより最長老に告げられていた、老いた同胞だった。物静かで知的なたたずまいのその同胞に、幼い頃のネイルは随分可愛がってもらったものだ。古代ナメック語の教えを受けることもたびたびであった。
 しかし、最近のネイルにまつわる悪い噂――忌人と接し、その匂いをまつろわせているという噂――を耳にしたその同胞は、ネイルの「死の祭り」への参加を、
『絶対に許すな』
 と言い置いて死んだという。
 しかし今回の参列不許可は、死んだ同胞の意志であるのみならず、マイマ長老、メマ副長老、そして他の同胞たちの総意でもあった。
 ………ネイルはその処遇を、黙って受け入れた。
 
 閉め切った窓の外から、笑いさざめく声、足音が聞こえる。
 しかしその声は、ネイルの家の前を通過するその時だけ、消える。足音さえも、あるかなきかのかそけきものになる。
 …ネイルの胸がじわりと痛んだが、それは耐えられぬ程のものではなかった。自らの恋情が招いた、半ばわかっていた結果だ。悔いはない。諦めもつく。
 ネイルの心が最も痛むのは、ピッコロを思う時だった。―――出会いを断たれた理由を知る術もなく、「会えない」という事象はそれでも受け入れざるを得ず、だが心に再会を期する思いをかすかに抱いて、いつもの洞穴で己を待ち続けているであろう、ピッコロを。
 ……扉を叩く軽い音で、ネイルの暗い物思いは中断された。デンデだろうと見当をつけた。
 三日間の謹慎期間中、ネイルは村の外に出るのは無論のこと、家を出ること――裏の泉に水を汲みに行くこと、アジッサの苗木の世話をすることも含めて――さえも禁じられていた。そんなネイルに毎日、長老マイマの命を受け、瓶二つ分の水を届けてくれるのは、デンデだったからだ。
 寝台から身を起こし、ネイルは扉を開いた。―――果たせるかな、そこにいるのはデンデだった。
「こんにちは、ネイルさん。これ、今日の分の水です」
「ああ、すまない。重たかっただろう」
 言い、ネイルは水瓶を受け取った。
「昨日の分の、空になった水瓶、持っていきますけれど…」
「何から何まですまないな。…これだ」
 空の水瓶を、ネイルは手渡した。
 用はこれで済んだのだから帰ってもいい筈なのに、デンデはだが、ネイルの家をなかなか立ち去ろうとしなかった。片方の手に空いた水瓶を一つずつ持ち、うなだれているが、何か言いたげな風情である。
 そんなデンデに、ネイルは穏やかな声をかけた。
「どうした?
 あまり長くわたしの処にいると、おまえまで長老様に怒られるぞ」
「い、いいんですっ、そんなこと」
 デンデはそこで顔を上げた。
「おまえの気持ちは嬉しいが……。良いわけがなかろう。
 村の連中が今の私をどんな目で見ているか、おまえにだってよくわかっている筈だ。そんなわたしと親しくすることは、デンデ、おまえにとって良くないことだ」
「だ、だから、ぼく、いいんです、そんなこと!!
 ……長老様や村の人たちが、ネイルさんのこと何て言ってるか、ぼく知ってます。でもぼく、ネイルさんのこと、いつだって好きですし、尊敬もしてますから!」
「…………」
覚えずネイルは顔を背けていた。
「あの…ぼく何かひどいこと言いましたか……?」
「いいや。
 それよりデンデ、さっきからわたしに、何か言いたげな様子をしているな。一体なんだ」
 一瞬はっとした表情を見せたデンデは、再びうつむいた。心なしか、そのほおに血の色がさしている。
「あの……ぼく、ネイルさんに聞きたいことがあるんです………。怒らないで聞いてくれますか…?」
「怒りはしない」
「……ネイルさんはその……『闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲まう地』に住んでいる人…えと、忌人って呼ばれてる人のこと………好き…になったんですよね?」
「ああ」
「その人って、どんな人ですか?
 ぼく忌人って、長老様や副長老様が話してくださるような、怖い、悪い人だと思ってたんですけど……。でもネイルさんがそんな悪い人、好きになるわけないから……すごく不思議で……」
 ネイルは微笑した。
「そうだな…」
「ネイルさん?」
「その忌人――名をピッコロというんだが――は、怖い人でも悪い人でもない。
 姿形はわたしによく似ている。…いや、ピッコロの方が少し小柄で、目つきが鋭いかもしれないが。
 姿形だけじゃない、ピッコロとわたしは、性格もよく似ている。ピッコロは皮肉屋だが、根は真面目で優しい。が、その優しさや感情を素直に出せない不器用なところは、わたしにそっくりだ。それでいながら無邪気なところは、デンデ、お前に似ている。
 そのピッコロが、わたしは好きなんだ」
「……………」
 あどけない目を見開いて、デンデはひたすら、ネイルを見つめていた。
 子どもの生真面目な目線に気付いたネイルは苦笑し、
「いや、すまない。お前の優しさにつられて、つい長話をしてしまった。
 もう帰った方がいいだろう。あまりここで長居をしていたんでは、長老様のご勘気に触れる」
「あ、はい」
 言い、デンデは踵を返しかけたが、振り返って、
「ネイルさん」
「なんだ」
「ぼく、ネイルさんのこと大好きですけど、今の話聞いて、もっと大好きになりました」
「なぜ」
「えと……うまく言えないですけど、前のネイルさんは、長老様や僕たちみたいな、村の人のためだけじゃなく、ナメック星やドラゴンボールを守るために、ここに来る悪い異星人たちと、戦ってたんですよね」
「…そうだったな」
「ぼく、そんなネイルさんを見てて、すごく頼もしいなって、かっこいいなって思ってたんですけど、でも少しだけ辛かったんです」
「…どうしてだ」
「ネイルさんは――こんなこと言ったら怒られるかもしれませんけど――この星やドラゴンボール、他の人のために生きていて、そのために自分が本当にしたいことを抑えているような、そんな風に見えたから」
「……………」
 両耳をひっぱたかれたと思った。
 そんなネイルに、デンデは言葉を続けた。
「でも今のネイルさんは、自分の本当にやりたいことを見つけて、そのために生きてるって感じがしますから。
 だからぼく、ネイルさんのこと、もっと身近に思えて、好きになったんだと思います」
「……………」
黙ったまま、ネイルはデンデに背を向けた。
「あの…ネイルさん?」
「…もう行った方がいいぞ、デンデ」
「あ、はい。じゃあ、これで……」
「……デンデ」
「はい?」
「ありがとう」
 デンデが微笑した。

 謹慎期間が終わるや否や、ネイルは家を飛び出した。片手にはデンデに頼んで内々で調達してもらった銀の腕輪が二つ、握りしめられている。
苗木畑の小道を疾駆するネイルの目には、己に冷ややかな侮蔑の念を向ける村人たちの姿がちらほら映じたが、構いはしなかった。
 村を出るや否や、ネイルは地表を蹴り、上空からピッコロの気を探った。―――じきにそれは見つかった。「闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲まう地」の方角だ。
 ネイルは己の出しうる精一杯の速度で、彼(か)の地へと向かった。

 「神殿」の前で、ネイルは足を止めた。蒼天の下で見る「神殿」は、先に訪なった時よりも、わずかではあるが、その重苦しさを軽減させているように見えた。
 想い人の名と同じ呪文を唱え、ネイルは「神殿」に足を踏み入れた。

 …仄暗い奥の間に、ピッコロはいた。頬杖をついたまま寝床に身を横たえる、その姿はいかにも物憂げだったが、その闇色の双眸に激情が凝っているのを、ネイルは認めた。
「…ピッコロ」
「随分と久しいな。忌人のオレに、とうとう愛想尽かしをしたか。
そして最後の情けで、別れを告げに来てくれたのか」
 ピッコロは冷ややかに言い、乾いた嗤いを嗤った。
ちがうと、覚えず叫んでいた。忌人としての生い立ちの為だろう、親愛の情を手向けてきた相手を、それでもどこか信じ切れずにいる―――ピッコロのそんな胸中は、わかっていた筈だった。だがやり切れなかった。握りしめた腕輪が、かしゃりと音をたてた。
「何故わからないんだ……。
 わたしがおまえに手向ける想いがその程度のものだと……お前はそう思っていたのか」
「キサマこそ、わかる筈がないんだ!」
「…なに?」
「オレがどんな思いで、キサマを待ってい………」
 声が震えた。咄嗟に、ネイルは相手の傍らに膝をついていた。その広い背に、ピッコロの両腕がかかった。
「………怖かった……」
「………」
「……キサマはもう、オレの許を訪なわないのかと……。
 …否」
「…ピッコロ?」
「……キサマと会うことが叶わなくなったオレは、どうすればいいのかと……。それが怖かった。何より怖かった……」
「すまない……」
 答える代わりに、相手は両腕に力を込めた。
 その激情と熱が、二人の間のわだかまりを、少しく軽減させた。が、無にはならなかった。
 ややあって、どうにか話が出来る程度には自制心を取り戻した……というより、ぎこちなく己の激情を抑え込んだ……といった風情のピッコロは、ネイルから腕をほどいた。そのまま立ち上がると、両腕を組んだ。ネイルを傲岸に見下ろす風である。
「一つ、聞く」
「なんだ」
「この三日間、何をしていた」
「………同胞(はらから)が死んだ。その葬列の儀があった。それ故村を出ることが叶わなかった」
 のどを震わせるようにして、ピッコロが嗤った。
「葬列の儀……とはなんだ」
「…死者の魂の安息を願い、その遺骸を墓所に葬る儀式のことだ」
「遺骸とは、あれのことか」
 言い、ピッコロのすらりとした指が、部屋の片隅に積まれてある、髑髏、その他様々な骨を示した。ネイルは小さくうなずいた。
「遺骸は棺の中で徐々に朽ち、ゆくゆくは……あのようになる」
「……オレには理解できん」
「…何がだ?」
「オレのような忌人の骸は、廃墟の中に朽ちゆくままに放り捨てられ、塵芥か玩具同然の扱いを受けるのが関の山だ。
 だがキサマやその同胞たちは違う。その遺骸は棺に安置され、墓所に埋められる。オレのように、その遺骸を弄ぶ者もないのだろう。
…忌人とはナメック星人にとって、そんなにまで呪わしい者なのか」
「……………」
 ネイルは言うべき言葉を必死で探していた。
 だが見つからなかった。ピッコロの果てない孤独と寂寥に答えうる言葉など、何も。
「結局、オレとキサマは、住む世界が違うということだ」
「…それを否定することは、わたしには出来ない」
 ようよう、ネイルは言った。刺すような眼差しを、ピッコロはネイルに向けた。
「だが、わたしには住む世界を変えることが出来る。その覚悟もしている」
 ピッコロの眼差しが明らかに揺らいだ。
「…どういう意味だ?」
「ピッコロ」
「…なんだ」
「ここで下手に隠し立てをしても何もならんから、正直に言おう。
 わたしがここを訪れることが出来なかったのは、葬列の儀のためじゃない。おまえと接していること、ここを訪なったことが長老のマイマ様に知れ、謹慎の罰を受けていたんだ。罰はそれだけにとどまらなかった。葬列の儀に参加することも、わたしには許されなかった。
 謹慎の罰は今日で解けたが、村人たちがわたしに向ける眼差し、その根底にある思いは、もう以前のようなものではなくなってしまった。ナメック星人たちの村に、わたしの居場所はもはやないのだろう」
「……………」
「が、わたしはそれを悔いてはいない。むしろいい契機になったとさえ思っている。否、同胞たちのわたしへの思いが以前のままだったとしても、わたしはこの道を選んだだろう。
 ……ピッコロ」
「…ああ」
「わたしをここに住まわせてくれないか」
「……………!!」
ピッコロの目が見開かれた。
「おまえが眠る時には共に眠りたい。おまえが外の世界に出かける時は共に行きたい。おまえともっと言葉を交わしたい。おまえの姿を、もっと間近で見ていたい。おまえがわたしの腕の中にいる時間が、もっと長くあってほしい。
 ………いけないか?」
「……キサマはバカだ。
 同胞たちとの暮らしを捨て、この呪詛に充ちた地で、忌人のオレと暮らしたい、など。正気の沙汰とは思えん」
 絞り出すような声音だった。震えてもいた。
「そうであるかもしれない。
 だが、いけないか、ピッコロ。わたしの望みを許してはくれないか」
 ピッコロは首をふった。はずみで目縁に滲んだ涙が、そのほおを伝った。
「……キサマが…今オレに望んだことは」
「…ピッコロ?」
「オレがずっと………キサマに願い続けていたことだ」
 ネイルは微笑した。
「ならばこれを受け取ってくれないか」
 言い、己の熱を帯びた銀の腕輪を一つ、ピッコロに渡した。
「これは……?」
「ナメック星人のしきたりだ。
 おまえも知っているだろうが、わたしたちナメック星人は、最長老様を親とする、兄弟のようなものだ。それ故同胞の存在を無条件で受け入れ、分け隔てのない情愛を以て接するが、とりわけ親しい同胞たちは、こうした揃いの銀の腕輪を嵌めている。
 邪悪な存在が、相手を己から奪わぬよう、つなぎ止めておく―――この腕輪には、そんな意味があるんだ。
 受け取ってくれるな?」
 返事代わりに、ピッコロはネイルの広い背に両腕を回した。ネイルもまたその両腕を、相手の背に絡めた。
 二人がその唇を重ね、互いの熱と吐息からなる螺旋を創り出していったのは、ごく自然ななりゆきだった。

 ……ピッコロが、ネイルの身体から、腕を離した。
 その片腕に、ネイルは先刻の腕輪を嵌めた。薄闇の中、銀が瞬いた。

  つづく。


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