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小説
半獣半神 其の三
半獣半神

其の三 漆黒と金色(こんじき)への誘(いざな)い
  
 すんなり長い両の足を軽やかに操り、村の小道をネイルは歩んでいた。道の両側に広がるアジッサの苗木畑が、嘗てないほど美しくネイルの目に映じたのは、彼自身の浮き立つ、明るい気持ちがそこに投影されたからだろう。
 今この壮(わか)い美貌のナメック星人の頭を占めているのは、先刻までの出来事―――ピッコロと共有した時のことだけだった。

 ―――懐から手鏡を取り出したネイルを見、ピッコロは露骨に嫌な顔をした。
いくらネイルが、ピッコロは醜くなどない、精悍に美しい顔をしていると言っても、信じようとしなかった。のみならず、それを一瞬で示すことの出来る鏡を、手に取ろうとさえしなかった。忌人の自分は醜いのだと、そう言い続けた。
困り果てた――実際のところはそう困っていなかったかもしれないが――ネイルは、奥の手を出した。
『どうしても鏡を見たくないのか』
『忌人が己の醜悪な顔を見たところで何になる』
『さっきから何度も言っているだろう、お前は醜くないと』
『オレもさっきから何度も言っただろう。キサマのその言葉だけは信じることが出来んと』
『そうか……』
『そうだ』
『つくづく聞き分けのないヤツだな。
 それならもう、おまえを抱いて寝てやらんぞ』
 これは実に効果的な一言だった。
 やり口が汚いぞキサマ、人の足元を見やがって、いつかぶっ殺す、アホンダラ、バカバカバカバカバカ―――ッ等々、顔をこれ以上ない程に紅潮させたピッコロは、ありったけの罵詈雑言(とは言い条、ネイルにしてみれば可愛いものだったが)をネイルに投げかけたが、最終的には不承不承といった面持ちで鏡を受け取った。それから無言で鏡を覗き込んだ。
『………おい』
『なんだ』
『キサマはオレの顔がキサマに似ていると、そう言っていたな』
『言った』
『あまり似ていないな』
『…そうか』
『ああ。キサマの方がよほど美丈夫だ。
 第一キサマの目つきは、こんなに悪くはない』
『……そうか』
 わたしは悪いことをしたかと言いかけたネイルを、ピッコロが制した。
『が、オレが思っていた程、ひどい顔でもない。
 ………何度も言うが、忌人のオレは、もっと醜い容貌をしていると思っていた。だがキサマのおかげでそうではないとわかった。……ほっとした』
 ネイルは微笑した。そのままピッコロの傍らに歩み寄り、肩に腕を回した。相手は抗わなかった。だがその身をネイルにもたせかけながらも、鏡を手放そうとはしない。
『気に入ったのか』
『見ていて退屈はしない。
 それにキサマとオレは全く似ていないというわけでもないから、これを見ていたなら、たとえキサマと離れている時でも、キサマを思うことがいっそう容易になるだろうな』
 ピッコロの肩を抱く腕に、ネイルは力を込めた。
『キサマは手加減ということを知らんのか』
『鏡が気に入ったようだな』
『オレの言うことを聞け!!そのバカ力を緩めろ!!』
『そんなに気に入ったなら、それはおまえにやる』
『なに……?』
 ピッコロはいよいよ、鏡を凝視した。
銅――ナメック星においては貴重な――を磨き上げて作られ、裏面には精緻なポルンガの彫刻が施されたそれは、ナメック星人の中でも特に智恵や膂力に優れた者、高邁な精神を持った者たちにのみ、最長老がじきじきに手渡すものだ。
ピッコロは無論、そこまで事情を解しているわけではなかったが、一目で貴重なものと知れるこの鏡が、ネイルにとってどれほど大切なものか。そして忌人たる自分が所有すべきものではないことか位の見当はついた。
『……申し出はありがたいが、受け取ることは出来ん。
 これはキサマにとって大切なものなのだろうし、忌人のオレがこんなに見事な、貴重なものを持っていていい筈がない』
『わたしはおまえにこれを持っていてほしい。
それにわたしにとって、おまえは忌人じゃない』
『……ならばなんだ。同胞とやらか』
『それとも少し違うな。同胞たちに対して、わたしはこんな気持ちを抱いたことはない。
 …ピッコロ』
『…なんだ』
『今の己の感情を表す言葉をわたしは持ち得ていないが、わたしの一番の望みは、おまえと共にあり続けることだ』
『………………』
『泣くな』
『泣いてない』
 苦笑したネイルが、腕を緩めかけると、
『待て』
『なんだ』
『オレが見られる顔になるまで、抱いていろ』
『やっぱり泣いているんじゃないか』
『ぶっ殺すぞ、キサマ……』
『わかったわかった』
 ―――別れの時刻が迫るまで、二人は一個の塑像のように抱き合ったままでいた。

 そうした経緯(いきさつ)を反芻しつつ、ネイルは自分の住まいへと、歩を進めていた。……その歩みが止まった。
 家の手前に佇む人影を、ネイルは認めたのだ。一人はリヤ。昨日ネイルの身から、闇と血の匂いがすると告げた同胞だ。そしてもう一人は、この村の長老たるマイマだった。その二人が揃いも揃って、硬くこわばった面持ちのまま、睨むような視線をこちらに向けているのだ。
 ネイルは聡明でもあり、冷静な判断力も持ち合わせている。そしてその判断力は、窮地に陥った時ほど鋭敏になる。
―――己の身に染みついた匂いが忌人のそれと気付いたリヤが、その由を長老たるマイマに告げた。為に、忌人と接触を持った己に罰を言い渡す為、マイマ長老は自ら己の家へと、足を運んで来たのだろう……。
 そうしたことがネイルの頭を、雷光のようによぎった。
 だが、事態はネイルの予想より、はるかに深刻なものだった。
「ネイル……」
 口火を切ったのは、マイマ長老だった。
「は」
「リヤから聞いた。お前は我らナメック星人の禁を破り、忌人と接したな」
「…はい」
「本来ならば禁を破ったお前に罰を与えるのは、長老たるわしの役目だ。
 だが今回ばかりは、そういうわけにはいかなくなった」
「と仰いますと?」
「ネイル、お前は今すぐに最長老様の館へ行け。
 罰は最長老様がじきじきにお下しになられる」
 血の気がひいたのが自分でもわかった。―――とは言い条、ネイルは「罰」として己が身に科せられる責め苦を恐れたわけではない。彼が恐れたのはピッコロとの別離。それだけだった。
 絶望的な重苦しさを胸に宿したまま、ネイルは最長老の許へと向かった。

 重苦しい思いを抱えたまま、これまた重苦しい足取りで、ネイルは最長老の館の扉をくぐった。
 ネイルのそんな思いを見透かしたかのように、老いた穏やかな温顔を、最長老は彼に振り向けた。
「よく来てくれました、ネイル。
 おおよその事情はわたしも察しています。ですが安心しなさい。今回のことでお前を罰する心算はありません」
「は…」
 安堵のあまり、その場にへたりこみそうになった。
 そんなネイルを制したのは、他ならぬ最長老の声だった。
「ネイル………。
 お前に聞きたいことが幾つかあります」
「と、仰いますと…?」
「他でもない、お前が接した忌人についてです。
 ネイル……我々ナメック星人にとって、忌人すなわち『闇と雷鳴に狂わされた者たち』は、その性質甚だ冷酷な、破壊を好む狂戦士と伝えられていますし、事実そうであることが多かったのですが……。
 お前が接したその忌人の気質は、どのようなものでしたか?」
 やにわに話題がピッコロの身上へと飛び、ネイルは少なからず面喰った。しかし今のネイルには、ピッコロのことについてなら、一晩中でも語れる自信があった(無口な彼には稀有の現象である)し、自分の答えがピッコロに科せられた、いわれのない偏見を払拭する契機になるかもしれないと思った。自然、答えには熱が入る。
「ピッコロ……いえ、件の者は、忌人として生きてきた境遇のためでしょう。他者の拒絶から身を守るため、初対面の者には故意に冷淡な、傲慢な態度で接する傾向があります。
 しかしひとたび心を開いた者には、幼子もかくやと思われる無邪気な信頼を寄せてくれますし、心底には優しさを秘めています。
 知り会ってからまだ日が浅くはありますが、彼(か)の者が、同胞たちが忌人の特質として忌避してきた凶暴性や残忍さ、そして己を『闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲む地』へと追いやった、同胞たちへの怨嗟を抱いているようにも見受けられません。己の運命を受け容れている風にすら見えます」
「……そしてそんな忌人――名をピッコロというのですか――にネイル、お前は惹かれたのですね。
 同胞たちに向ける以上の思い、否、未だかつていかなる同胞にさえ抱いたことのない想いを、ネイル、お前はピッコロに抱いている」
 端正なその顔のみならず、逞しい首筋にまで、ネイルは血の色をさし上らせた。
「それは……その…………仰る通りです…」
 最長老は穏やかに笑った。
「かねてより思っていたのですがネイル、お前は本当に、実のある、己を偽れない性質をしていますね。
 そしてそんなお前にだからこそ、そのピッコロとやらも、心を開いたのでしょう」
「は…」
 喜びや感動をうまく表現出来ない己の性分を、ネイルはひどく悔いた。
「そしてネイル」
「は」
「わたしはお前とピッコロとのそうした関係に、我々ナメック星人の新たな可能性を垣間見るのです」
「…と、仰いますと?」
「ネイル……。お前がピッコロに抱いている思いは、恐らくナメック星の歴史が始まって以来、我々が他者に対して抱いたことのない、未知の思いと言っても過言ではないでしょう。このことだけでも驚嘆に値するというのに、ましてやその相手が、我々が長らく『忌人』と呼んできた者であるとは…。
 そしてその忌人もまた、お前に同様の好意を抱いているのでしょう」
「は…」
「こうしたことは、我々ナメック星人が、自らが『忌人』と呼び、自身の生活から追放してきた者たちとの、共存の可能性を示唆しているのではないだろうかと」
「!最長老様…」
 最長老の眼差しが、遠くを見つめた。
「我々ナメック星人が『闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲まう地』に忌人を追いやり、我々の生活から隔絶するようになって、どれほどの年月が過ぎたことだろう……。
 彼の地に追いやられた忌人の数は、どれほどに上るのか……。
 忌人の中には無論、その酷薄な性情と常軌を逸した力の赴くまま、我々の同胞たちを害した者も、確かにいた……。
 その一方で、彼の地に追いやられたまま、その劣悪な環境に身を蝕まれ、我々を恨み、孤独と絶望のうちに生涯を終えた者も少なからずいた筈だ……。
 そして無論、我々の祖先の中にも、『闇と雷鳴に狂わされた者たち』に命を奪われ、彼らを恨む確かな理由を有している者もいた筈……。
 だが一方で、確たる理由もなく、伝承と我々が培ってきた偏見に怯え、そのためだけに忌人を拒絶する同胞も、少なくはあるまい……。自身は忌人から、何の害も被っておらぬのにも関わらず……」
「…………」
「ふふ…。ネイル、私も随分と年老いた……。そのためもありましょう、最近こんなことを思うのです。―――我々が忌人を忌避するのは、自身が嘗て、忌人から害を被ったがため、それを避けるためであるのか。あるいは自らが創り出した、忌人の影に怯えているだけに過ぎぬのか………」
「は…」
「ネイル」
「は」
「それ故、わたしはお前に期するのです。
 我々同胞と忌人とが共に有ることは可能であるのか―――その答えの一端をお前が握っていると、そのように思われてならない」
「はい…」
「そして今までの話を聞く限り、その可能性は全くの無ではないように思われる」
「はい」
 館を訪なった時に比し、己の心が随分軽くなっているのを、ネイルは認めた。
 のだったが―――。
 最長老がその穏やかな顔に、初めて翳りを宿したのはその時だった。
「わたしにはどうも不安でならない。故のない不安感が頭を離れない。お前とピッコロとやらの先には、何とやら暗い影を感じる……。理由など何もないことなのだが」
「…………」
 ネイルは黙っていた。
 胸の辺りの重苦しさが蘇った。
「ネイル」
「は」
「ピッコロと接することを、わたしは咎めはしません。
 しかしあまり頻繁に接触をとったり、必要以上に心を開いたりすることは、好ましいことではないように思われます。……真面目な性格のお前には辛いことでしょうが。
 ……同胞たちの目もあります、ピッコロとの接触は、最低限に留めておきなさい」
「…はい」
 来た時と同じ、あるいはそれ以上の重苦しさを胸に宿したまま、ネイルは最長老の館を辞去した。

 常の彼らしからぬ、のろくさい仕草で、ネイルは家の扉を開けた。頭上の空は昨日のような澄み切った青でなく、今のネイルの心境を映し出したかのような、重苦しい曇天であった。
 上着を放り捨てると、寝台に身を投げ出す。―――今の自分はひどく思いつめた、それでいながら疲れ果てた表情をしているのだろうなと、そう思った。だがピッコロと会うまでに、この表情は払拭しておかねばなるまい、とも。
 あの優しい、一途に自分を慕ってくれているピッコロのことだ。ネイルの顔に翳りを認めたならば、すぐさまそれに気付き、その理由を訊ねてくるだろう。
 ネイルが答えずにいたならば、ピッコロはそれを、己が忌人であるが故に、ネイルは事情を打ち明けてくれないのだと、そう解釈するだろう。忌人であることがピッコロの心に落としている翳り、傷は、ネイルへの信頼を凌駕する程に深いのだ。それは仕方のないことと思う。
 さりとて答えたならば―――。
 ネイルの眉間のしわが、一層の深さを増した。
―――その選択は、何よりもピッコロを傷つけることになるだろうと思った。ピッコロはもう、充分すぎる程に傷ついてきたのだ。そんな彼の心に新たな深い傷をつける必要など、どこにもない。ありはしない。
 結局時間が迫るまで、ネイルは寝台の上で無意味な寝返りを繰り返していた。白いシーツは皺を刻み、枕はいたずらにネイルの体温を蓄積させた。
 そうこうするうち、時間が近づいた。鈍麻したような頭、腫れぼったい瞼をしながらも、ネイルはどうにかアジッサの苗木の世話をすませた。それから食事を済ませ(とは言い条、水を飲むだけだが)、身づくろいをし、想い人の許へ向かったのだったが―――。

 その途中で、ネイルは忌々しげな舌打ちをした。
 とうとう空が啼き出したのだ。それに伴い、風も激しさを増している。
 洞穴の出入り口をくぐった時、ネイルの上衣はずぶ濡れとまではいかぬまでも、雨水を吸ってその重さをいや増していた。
「ずいぶんひどく降られたようだな」
 洞穴の奥、焚火の傍らの人影から、声がかかった。
「…ああ。家を出た時期が悪かったのだろうな。
 お前は大丈夫なのか?雨にはあわなかったのか」
 ピッコロがかすかに口許を歪めた。
「ずっとここにいたからな」
「……なに?」
「風雨になりそうだと見当がつくとすぐさま、『闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲まう地』を飛び出して来たからな。
 オレはあすこで雨風の音を聞くのが嫌いなんだ。だから風雨の時はいつも、外で過ごすことにしている」
「…なぜだ?」
 ピッコロがまた、その口許を歪めた。
「……ガキの頃を思い出すからな。
 風雨が来る度に泣いて怯え、守ってくれる者の手を求めて、あの廃墟の中を彷徨っていた―――そんなオレの愚かさを思い出すからだ」
「……悪いことを聞いたな」
「キサマが気にする必要はない。
 そんなことより、さっさとその上着を脱いで、火に当たったらどうだ」
 ネイルはその通りにし、ピッコロの傍らに腰を下ろした。
「…今日のキサマは浮かない顔をしているな」
「…………」
 半ば予期していたこととはいえ、ひやりとした。
「…そうか」
「ああ」
「…そう言うお前も、あまり冴えない顔つきをしているがな。
第一、 顔色が悪い」
「だからこれは生まれつきだアホンダラ!!
 それにオレが不機嫌なのは、さっきも言ったように、風雨のせいだ。
 ところでキサマは、なぜ浮かない顔をしているんだ」
 ネイルは巧みな嘘がつける性質(たち)ではない。かてて加えて、ピッコロは他者の心の動きに聡い。
「……………」
 ネイルが答えに窮していると、相手は意外なことを言い始めた。
「……オレのせいか?」
 常のピッコロに似つかわしくない、弱々しい声音だった。
「…なに?」
「キサマが不機嫌なのは、オレのせいなのか」
「…何故そんなことを言うんだ」
「……オレに鏡をくれたことを、後悔しているんじゃないのか」
 驚愕は一瞬のこと、すぐさま冷え切っていた心が温まるような、優しい思いがネイルの心に兆した。
「そんなことは思いもよらん」
「なら何故そんな―――」
「もう治った。さっきまでの不機嫌さはな。おまえのおかげで」
 言い、ピッコロの肩を抱き寄せた。
 なんだかまだ腑に落ちないが、なんというかこれはこれでいいかといった面持ちで、相手はネイルに身をもたせかけてきた。
 
しばらくの間、二人はそうやって黙していた。
…口火を切ったのはピッコロだった。
「おい」
「なんだ」
「体が冷たいぞ、キサマ」
「そうか。それが不快なら身を離すが―――」
「そういうことを言いたいんじゃない。
 このままでは風邪をひく。ここは雨風が吹き込んでもくるからな」
「ならばどうする」
「…………………」
 不自然に押し黙った相手を訝り、ネイルはその顔を覗き込んだ。
 闇色の双眸には何か追い詰められたような、切羽詰まったような表情を宿しており、形の良い唇は、言葉を紡ぐために開きかけては、それをナメック星人特有の短い牙が押しつぶすといった風情。
「……唇が切れているぞ、おまえ」
「そんなことはどうでもいい。
 それよりキサマ、…………に来るのは嫌か?」
「…なに?」
「だからっ!!……みと………いに………れ……に」
「…いやわたしは寡聞にしてよく知らんが、何かの古いまじないか、それは?
 だとしたら、呪術に関するおまえの知識はなかなかのものだな」
「ア、アホンダラ!!
『闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲まう地』に来るのは嫌かと聞いているんだ!!
あすこならまあ、ここよりは、雨風をしのげるだろうし、オレので良ければ着るものもある」
整った顔に血の色をさし上らせたピッコロは一息に言い、それから黙った。その背がうなだれている。
「………どうしたというんだ、いきなり」
「…今日みたいな風雨の日に、こんな洞穴で合うのは不向きだからな。
 そうは言っても、忌人のオレが、お前の住まいを厚かましく訪なうことなど出来はせん。だからオレはキサマを、オレの住まいに呼ぼうと思ったんだ!!」
「…………そうか」
「が、やはり嫌だろうな……」
 言い、再びピッコロはその背を丸くした。端正な横顔がいつになく淋しげに見える。
「今オレが言ったことは忘れてくれ。どうかしていた……」
 返事代わりに、ネイルは相手のあごを片手でつかんだ。そのままうっすらと血の滲むピッコロの唇に、唇を重ねた。
 それ程長い間そうしていたわけではないが、唇を離された時のピッコロは、顔のみならず首筋にまで血の色をさし上らせていた。
「キ、キサ、キサマ………この、このオレに、なに……なにを………」
「いやすまん。急におまえが可愛くなった」
「…っのバカ!バカ!バカ!バカ!バカーーーーーッ!!」
「……何をそこまで怒っている」
「いいか、オレはれっきとした戦闘タイプのナメック星人で、戦闘力はキサマと拮抗するか、あるいはオレの方が幾分か上だとさえ思っている。
 そ、そのオレに、言うに事欠いて『可愛くなった』だと??いいか、今度そんな戯言をぬかしやがったら、即座に首の骨をへし折ってやるからな!!」
「ここから『闇と雷鳴に狂わされた者たちの棲まう地』へは、どのくらいで着くんだ?」
「……………」
 急な話題の転換に、ピッコロは目を丸くした。
「どのくらいで着く?」
「小一時間もかからんと思う…。今は雨も小降りになっているようだから、そうひどく濡れることなしに辿り着けるだろう。
 だが………」
「なんだ?」
「……嫌じゃないのか?
 いくらオレが言い出したこととはいえ、忌人の住処に足を踏み入れることは」
 ネイルは笑い、再びピッコロの肩を抱き寄せた。
 ―――忌避感が全くない、と言えば、それは嘘になる。だが忌避感と表裏一体の好奇心がネイルを行動に駆り立てようとしていた。
 それより何より、ネイルはピッコロの――勇気を振り絞った――申し出、その根底にある思いやり、好意に応じたいと思った。ピッコロが日々を送っている場に行き、その生活の片鱗に触れたいとも思った。
「遠慮なく、申し出を受けさせてもらう。
 だから今日はおまえも遠慮なく、雨風を怖がって、わたしに甘えていいんだぞ」
「……やはりキサマ、今すぐぶっ殺す…!!」
「わかったわかった」

 だが、この時のネイルは知る由もなかったのだ。
 ピッコロのこの申し出を受けさえしなければ、二人の間を訪なう破局の時を、少しだが遅らせることが出来たということを。

つづく。


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あきゅろす。
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