[携帯モード] [URL送信]
A long night.


ふー。
悪戯に煙草を吹かしては紫煙を吐き出す。肺いっぱいに煙を吸い込んで吐き出す、たったそれだけの事なのに中毒性を増す程、ニコチンは人体に害を成す。
煙草の葉に含まれる天然由来の物質でアルカイドの一種、即物性の強い神経毒性であり劇物取締法によって毒物と指定された物質。半数致死量は人によって0.5mg〜1.0mg/kgと猛毒で、その毒性は青酸カリの倍以上に匹敵する。とここまで分かっているのに浦原は煙草を手放す事が出来ない。
末期、か。やや自嘲気味に口角を歪ませては再び煙草を口に咥えて小さく吸い込んだ。そしてまた吐き出す。口元から流れ出た煙は一直線に走っては途中で形を保つ事が出来ずに散らばり広がる。ゆらりと揺れ動いた紫煙を目で追いながらそのまま真上に流した。
今、浦原はベッド上に組み敷かれている。
みしりと軋むベッドのスプリングは二人分の重みを乗せて弾み、洗いざらしのシーツは元の色彩を失い少しだけ古ぼけた色に皺を刻む。そろそろシーツを替えなければとなんとなく思った。

「…一護さん、煙草、危ない」

言葉に"退け"と含めて放っても、興奮状態の彼には通用しない事は分かりきっていた。それでも尚言いながら他人事の様に煙草を吹かす。
ハっ、ハア、頭上から降り注がれる荒い息使いに眉を顰めても上に乗り上げた少年は自我を失い今にも浦原の喉仏に喰らいついては引き千切りそうな勢いだ。
またか。
いい加減こちらの気が変になってしまう。浦原は目障りな苛立ちが腹の中を燻っているのが気に入らない、だからもう一度最後の一口だと言わんばかりに煙草を咥えてニコチンを思いっきり肺へと収めては吐き出してみせた。
"ムカツクなあ"わざとらしく少年の顔へと吐き出した紫煙がそう告げる。
少年の喉仏がぐるると唸ったのを金色が見逃さず、浦原の苛立ちは極限まで達し、少年の左腕を乱暴に掴んではひっぺ返す様に足を払い除けて形勢逆転の意を示す。
ぐるん!目にも止まらぬ早さで回転した立場は少年の視界をあやふやにさせては反撃を困難なものとさせる。

「組み敷かれるのは、性に合いません」

漸く本来あるべき体制になったと浦原は首を鳴らして思った。シーツを焦がさない様に煙草を咥えたままで喋ったから言葉が少しだけ濁るも、低い声色は興奮状態から未だに醒めぬ少年の耳を貫いた事だろう。
両足で少年の両腕を封じる様に踏みつけて、少年の腰へと跨り全体重をかければ流石の少年も身動き一つ取れない。

「一護さん」

残り少ない煙草を吹かしながら少年の顔を見下ろし名前を紡いだ。一見、冷淡にも伺える無表情だが、少年の名前を刻む声色は低く優しい。

「一護さん」

金色に鋭く光った歪な目が浦原を見上げてはぐるると喉を鳴らす。歪み上がった口角から見え隠れする鋭利な犬歯が窓から差し込む月光に照らされて青白く光っている。

「…一護。」

まるでただの飢えた獣。
新生児だから仕方ないと言えば仕方ないが、面白くない。
低い声で何度も何度も少年の名前を呼び、訴えかける。戻ってこいと、目を醒ませと訴えかけた。
浦原が名前を紡ぐ度にピクリと体を動かしていた少年は徐々に自我を取り戻し、やがて獣臭かった金色が薄れて元の琥珀色へとカラーチェンジしてはその甘そうな色彩に浦原を浮かべた。若干、涙で潤っている。

「…ら、はら…」

苦しそうにそう名前を呼んではハアっと荒げた息を整えようと息を飲み込んで吐き出す。まるで初めてニコチンを肺に含んだ幼子の仕草みたいに思えて思わず笑ってしまった。

「く、…おはよう?一護さん」
「は、…っ、俺…」

また…何かした?琥珀色が不安気に浦原を見上げる。

「ええ。情熱的にアタシの上に乗っかって求めてきましたねえ」

束縛を解き、腰に腕を回して抱きかかえ膝上に乗せて乱れた髪の毛を梳かしてやれば一護の琥珀色が今度は悲しげに潤んだ。

「…バカか………怪我、してねえ?」

わざと下品に言葉を紡いだ浦原に小さく憎まれ口を叩きながら弱々しく声を発する。

「心外だなあ、このアタシがルーキーにやられるとでも?」
「ふ、お前は甘いからな」

一護は指先で浦原の前髪を弄り、瞳を覆う金色の髪の毛を耳へと梳かしかけ、露になった金色を凝視した。

「参ったなあ」

思わぬ所から不意を突かれたと浦原は思い苦笑してみせた。
そう、浦原は一護には極端に甘い。
どこまで甘いかと言うと、血液欲しさに暴走し獣化した一護にならうっかり殺されてみても構わないと思う程には胸焼けを起すくらいに甘い。

「ごめん…飲み過ぎた」

苦笑した浦原を見て、そして彼の首筋の痛々しく浮かび上がった痣に触れてとうとう苦痛そうに顔を歪める。
鬱血した紫色、そして毒々しい赤が変色した黒色が浦原の真っ白い肌を汚しているその様がなんとも目に痛い。この傷をつけたのが他ならぬ自分自身だと言う事に対しても苛立ちと同時に悲しみを湧き上がらせてしまう。

「バカはどっちっスか」

苦笑を崩さずに一護の手を取って甲へと小さく口付ける。

「約束したはずでしょう。」

今度は手を反して掌にキスを贈る。

「to have and to hold in sickness and in health,I promise to be faithful to you until death parts us.」

最後に、薬指にはまったシルバーのリングにキスを。

「…気障」
「ふ、格好くらいつけさせて下さいな」

ふにゃりと破損して見せた浦原を見たら心臓が鷲掴みにされた感覚を味わう。
浦原の笑顔は苦手だ、冷たい笑顔だったり温かい笑顔だったりイヤらしい笑顔だったり、今目前にあるやや情けない笑顔だったり。だから一護は毎回毎回苦しい思いを味わってしまう。

「ごめん」

耐え切れなくて謝れば情けない笑顔が苦笑へと変わった。
後は何も言わず、どちらからでもなく口付けてシーツの海に沈んだ。

next>>>




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!