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中々に良いホテルだな。
ゆったり耳に入ってくるモダンジャズと客達のざわめき、ガラス張りのホールキッチンからは様々な音がメロディとして流れてくる。適度に開いたテーブルの間隔も計算されており、隣の席が煩いと言う事態がない。窓から見下ろす大都会の夜景、なんて絶景なんだろうと、なんだかニューヨーカーになったみたいだ、と思わせる事が出来るここはニューヨークグリル&バー。有名ホテルのレストランへ招待された浦原はウエイターにエスコートされて中央席に腰を下ろした。
好きそうだな、脳裏に浮かぶ彼がネクタイを緩めながらウエイターにペリエを注文する絵が安易に想像出来て少しだけ笑う。
一時間前、ホテルのロビーで受けたメールには遅れると一言だけ。平日のこの時間帯だあの彼が安易に時間がとれるわけないだろう。始めからそう踏んでいた浦原はこの事態を甘受して予約時間通りには席に着いていた。
黒崎を待っていると告げればウエイターはひくりと口角を痙攣させながらも愛想の良い笑顔と声で接客してくれ、待っている間にとコーヒーセットまで持ってきてくれたから彼の名前って使えるんだなと改めて実感し、好意に甘えてNYtimesまで取り寄せて貰った。まあ、暇つぶしにはなるだろう。それに、淹れたてのコーヒーはとても美味しい。
一通り目を通してさて、と残りの一口を煽ろうとした時に背後からソーリーアイムレイトと息を切らした時の掠れ声が耳を掠めた。
腰掛けている椅子の背に手を置いて、振り返る浦原のホッペに軽くキスを送る。冷たい唇が頬を掠めて外の寒さがどれほどなのかを知る。気付けば窓の外は黒を連れて都会を夜色に染めようとしていた。ぽつぽつと小さな光があちこちで光り輝いて夜景と言う絶景な絵を描く。

「ふ、待ちましたね〜。お疲れ様」
「マジでごめん…あ、はいこれ」
「…なにこれ」

ウエイターがロンググラスに入ったミネラルウォーターとおしぼりを用意して待っている。横を通り過ぎた際に手渡されたのは毒々しい赤が印象的な薔薇の花束。
先刻、隣席に座っていた婦人が手にしていたそれとはやや大ぶりではあったが全く似たヴィジョンを浦原はつい先程見ていた。ああ、今日こっちでは良い夫婦の日だっけ?だなんて婦人の嬉しそうな笑顔にこっちまで心が温かくなったと言うのに。
彼はきっと分かってないでやってるに違いない。

「ああ、遅れてきた詫び…ロビーにさ花屋あって。綺麗だなあって」

座りながらネクタイを少しだけ緩めた一護がウエイターに向かってペリエをひとつと頼んだからいよいよ我慢出来なくなって吹き出した。

「ぶはっ!あーもう!あんたって人は!」
「え?なに?笑うとこ?」

手渡されたおしぼりで手を拭いながら眉間に深く皺を寄せた彼はとても年上だとは思えない。
専務だなんて大仰な肩書きがあるくせに仕事以外ではこうして幼く見せるから(いや、実際若く見られる童顔だ)そう言うギャップが時たま男心を揺さぶるしくすぐるし楽しい。オールバックにしてあらわになった額に手をあてて浦原は俯きながらクククと笑った。
膝上に乗っかる真っ赤な薔薇の花束が目に入ればまた笑いがこみ上げてくる。

「あー、一護さん」
「ん?」

駐車場からここまで走ってきたのだろうか、未だに暑いらしい彼は運ばれたグラス一杯分のペリエを一気に飲み干しながら浦原を見る。
琥珀色の瞳があざとく上目遣いをしてるからたまったもんじゃない。

「あんた、かっこいいね」
「はあ?」
「さて、お腹も空いちゃったしディナーにしましょ。お勧めは?」

ニッコリ笑ってメニューを開いた所で躾の行き届いたウエイターが花束をお預かり致しましょうと行儀良く声をかけてくれた。

「コース取ってるからさ、あ。ワインは?何が良いよ?」
「へえ、イザベルがあるんスねここ」
「じゃあそれで、あ、ボトルで下さい」

ウエイターに告げてメニューを閉じて渡す。浦原も習ってウエイターにメニューを渡した後で最後のコーヒーを飲み干してカップを下げて貰った。


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