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black magic


喜助おじちゃん、昔は無垢に何の躊躇もなくそう呼んでいたのがいつしか浦原さんへと呼び名が変わっていった。理由は覚えていない、きっと本当に他愛ない理由だったのだろう。
母の弟で腹違いだと言う言わば遠い親戚になるのか、はたまた他人になるのか分からない叔父は40代の癖に女遊びがかなり激しい人で親戚類からは若干疎まれていた。輸入インテリア家具のデザイナー兼バイヤーでもある彼は現役中の現役で肩書き上取締役と言うのが手伝って女受けが良いのだろう。それにロシア系アメリカ人の血も濃く受け継いでいるから顔もそんじょそこらに居る青二才のアイドルだかモデルだかには勝っていて一護の父親からは気に食わねえと散々言われている。
叔父さんは見た目も派手だが私生活も派手だ。女癖は悪いくせに未だ独身を貫いている彼を狙っている女は後を絶たない、ビシっとグレイのスーツからスリースーツまで着こなせるそのモデル体系もさながら、フと笑むと目尻に浮く皺だとか垂れた瞳だとか、薄いけれど存外適当な事ばかり言ってのけるその唇だとかに女は弱い。かく言う同性である自分も弱いのだと一護は自負している。
学校帰りから門限までの数時間を互いの気に入ったカフェで過ごすのが日課になって早一年とちょっと経っているが、毎日が毎日新鮮でいて飽きないのはきっと叔父が以外にも話し上手だからだ。
この人とならきっと一日いたって飽きない。学生の貴重な放課後をオッサンに、しかも叔父と言う立場の人間に使っているだなんて同級生には言えないけれど、これは自分だけの秘密の共有だと勝手に決めては変な優越感に浸っているのも事実だ。

カチャリと音が響く。カフェラテを啜る音がして煙草の仄かな香りがしてそして叔父が愛用するムスクの香りがやけに心地良く一護を包む。海外の本を捲りながらフと思い出し笑いをする叔父の少しだけ草臥れた表情が心に何かを訴えかける。なんだろうかコレは一体。目の前に座り長い足を嫌味程度に組んだ叔父の瞳が一護を射抜く。金色に見えてその実、綺麗なグリーンアイズと知ったのは約二年前。
なあに?
この人は打算的に甘く瞳で語ると知ったのも二年前。一護が志望である高校に見事受かった時に見せたあざとい瞳の色に酷似していて居た堪れない。
あら、逸らしちゃった。
なぜか今日はやけに突っかかる叔父に対して唇を尖らせながら子供っぽい殺し文句を吐いてみせた。

「なあ浦原さんさ、もう良い年なんだし結婚とかしねえの?」

いつでもどこでも子供扱いをする叔父に対しての皮肉めいた言葉だったはずなのに、なぜか自身への皮肉に聞こえて耳から響くか細い耳鳴りが脳から神経へ振動を与えた。
ハハ、彼は気さくな笑い声をあげて両手をおもむろにあげてみせる。降参のポーズだ。

「まだ遊んでたいっすからねえ。と言うか婚期逃しちゃったんでもう良いかな〜ってね」
「婚期もなにも、あんた遊び惚けてるじゃん」

そしてクハっと笑いだす。こう言う時の笑みは自分よりも幼く見えてしまうのは何故だろう。やはり放浪者の気がある大人だからだろうか。訝し気に眉間へと皺を濃く寄せた一護を涙目で見上げて叔父はフフンと不敵に笑んだ。

「だーめなんすよねえ本気の恋って」

え、急に何を言い出すのだこの大人は。アイスカフェラテをストローで吸い込みながらもむせそうになった。
本気の恋、こっ恥ずかしいセリフを躊躇なく吐き出した大人の本気の瞳、口角は意地悪くも不敵に笑んでいるのにグリーンアイズだけは物騒に光るだけで一護の脳天に穴を空けてしまう。

「昔、大失恋したから」
「浦原さんが?」

カララン、耳に心地よい氷が溶ける音が響く。コクリ飲み込んだカフェラテが甘い様で苦く一護の喉元に冷んやりとした刃を内側から向けた。
物騒に光るグリーンアイズに意図は読めない。

「ええ、このアタシが。トラウマになるくらいの大失恋をぶっかましちゃってまあ本当やんなっちゃう。だから出来ないんスよあれ以上の恋はね」

向かう所敵無し、物言わずとも寄ってくる女は数しれず。女は追って三歩前で踵を返して逃げたら追ってくる等とご教授してくれたあの叔父が過去大失恋をかましたその真相が知りたい。いや、知りたいと言うよりも教えて欲しいと素直に思った。
教えて欲しい?腑に落ちない疑問点があるも一護は平静を装ってストローを悪戯に回す。からからかららん!グラスと氷が重なり合って出来るその音が心地良いも心臓は早く脈打って動悸を荒げた。

「…どんな人だったんだよ」
「おや、珍しいねアタシの色恋沙汰に興味持つって。」
「浦原さんを振ったんだろ?興味持たない方がおかしい」
「ああなんだ、そっちか」

一護の返答は彼の中で赤点だったらしい。彼は時折、受け答えの中で望んでいないナンセンスな返答を貰うとそれに点数をつけてくる。癪に障るいつも通りのやり取りなのに今日は何かが少しだけ違っていた。
なんだろう、頭が空っぽで何も入ってこない。
どうしようもなくイメージだけが宙を舞う想像の中で生み出した叔父を振ったイイオンナの影で頭はいっぱいいっぱいの筈なのに心だけが綺麗さっぱり空洞で言葉ひとつひとつを上手く汲み取れないでいる。
叔父は無言でこちらを見る。いいや、射抜くと言っても過言ではないその視線、その瞳、綺麗なグリーンアイズはこう言うとき、いつだって物騒に光る。
悟れ、なんだかそう言われているようで居たたまれないのだ。

「…、女遊びが激しいのもそのトラウマの仕業ってわけだ?」

からららん!氷が溶けて水になる。そうして薄まってしまったカフェラテは悪戯に一護の喉元を冷やすだけで舌先にはなんら味をのせてはこない。
ごくん、緊張のせいなのかどうか、飲み込む音が後頭部辺りから響いて心地が悪い。叔父はあの瞳のまま、フーっとか細く紫煙を天井へ吐き出すだけでこちらの問いにYESともNOとも、ましてやmaybeとも答えないでいる所がズルイ。肝心な時には沈黙を通す大人が一護は嫌いだった。

「なんだよ…俺にだったら教えてくれてもいーじゃねえか」

何も答えてくれない浦原に焦れ、視線をグラスの中に注いでポソリと呟く。子供だから、大人だからの妙にしっくりこない境界線が嫌いで、でも彼はそれを難なく飛び越えて一護の境界線を突破してきた唯一の大人だ。
時に厳しい言葉で制止をかけることもあったし、悪友みたくけしかける時もあった。どちらが子供か分からない我儘っぷりを発揮させて一護を困らせた時もあった。そんな叔父だからこそ、心を開いたと言うのに。
なんで俺…こんなに悲しいんだ?
この沈黙が堪え切れない。叔父の閉ざされた口、居たたまれなくなった一護の心、からららん!と溶けて無くなるだけの氷の音。外は最高気温37度の筈が、なんだか体がやけに冷たい。

「…浦原さんのばかやろう」

空気の変わり目がピシリと凍りついて一護の心をも冷やす。
ポソリと憎まれ口を叩いてその場を後にしてやろうと学生鞄に手を伸ばし、腰を上げようと思った瞬間を見計らって叔父はクハっと笑った。
笑ったのだコイツは、時折のぞかせる子供みたいなあくどい顔をして、片手で両目を塞ぎながら笑ってみせたから兎に角癪に障った。子供だと思って舐めてると痛い目みるぞオッサン!叫ぼうにも指の間から覗くグリーンアイズが乱暴なくらいに光っていたから体を止めてしまう。
今までに見た事が無い、嫌な光をその瞳は纏っていた。まるで、あの優しい色彩に「何もわかっちゃいない癖に」と蔑まされている様にも伺える。

「ほんとう、君の瞳の色って……良いでしょう、この喜助おじちゃんの事がそんなに知りたいなら来なさいな。」

吹かし始めたばかりの煙草を灰皿に押し付けて火を消さない内に立ちあがり、無理やりに腕を掴まれたら思考回路とは別の所で警告音が鳴った。からららん!!まるで、氷が溶けてしまうあやふやでいて危うい警告音だった。


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