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可能な限りの暴力性を秘めた劣情




殺し屋パロ第三弾。
以前書いたパロはこちらです→Tokarev che diventò arrugginito




ゆらりと揺らいだ湯気が気だるさに拍車をかけるみたいだ。優しくも暖かな、それでも随分と都合良く視界を煙たくさせる。
程よい温度が身体を芯から温め、血液の流れを良くする。悴んだ指先がふやけてきて5分が経過していた。十分に温められた体温が逆上せそうに気持ち悪い。浦原はゆっくりと腕を上げ、額に纏わりつく前髪を後ろへ流した。ちゃぷん、動く毎に鳴る水音が辺りに反響する。
やけに広い風呂場だ。浸かっている猫足型のオーバーフローなバスタブが中央を占め、その周りをアッシュグレイで四角形のタイルがびっしりと埋め尽くしている。
未だ湯気を放っているお湯を両手で掬い乱暴な手つきで顔を洗った。その際にピリッと僅かな痛みが走ったのは恐らく目尻下の傷跡が柔らかく痛んだからだろう。内心で舌打した筈が声に出ていたらしい。チッ、と小さく鳴った舌打が水音と共に反響した。
ちゃぷり。腕をバスタブの縁に置いた時でさえもささやかな水音が鳴る。
この世界は喧騒で満ち溢れている。どこに行っても音と言うのは波動としての特徴でもある音波を蝸牛へと反映させ、脳へ信号を送りつけ揺さぶり始めて音としての機能を持ち騒音を立てながらこちらの気を伺って今か今かと取り入る隙を探る。癪に障る。この世界の音と言う音全てに。

あの男を信用していなかったと言えばそれはきっと嘘になるのだろう。
唐突に思い浮かべたのは柔和な笑みの中に光る狂気が浦原に痛みを施したから。と保身の為に立てた建前がこうも惨めにさせる。そうだ、今まさに感傷的になっている。再度、救い上げた湯で顔を洗った。全て、湯で流れて排水溝の中へと吸い込まれてしまえば良いのに。

「暖まったか?」

少しだけ濁声混じりの声が風呂場に反響し浦原の鼓膜を揺さぶった。
強制的に家へと連れてこられ何もかも剥ぎ取られて風呂場に放り込まれた数時間前の事を脳内で反映させる。ほの暗くも黄色い照明に照らされた橙色がやけに目に眩しくて浦原は目を細めて青年を見る。
薄い生地だろう白の長ラグランTに灰色のスウェットパンツを緩く着用。裾を折り曲げた箇所から見える足首はやけに細っこくて油断したらバキリと折れてしまいそうな危ういラインだ。

「あ、髪洗った?」

能天気。そう形容するに相応しい声が風呂場中に響き渡る。隙間を全て埋め尽くさん如くの所業が浦原のこめかみを痛めつけて止まない。
浦原は無言のまま首を横に振るう。瞳だけは合わさったまま。

「じゃあ俺が洗うよ。少し首反れる?」

ラグランの袖を捲くりながら青年はあっけらかんと言う。
首を反らしたら喉仏が露になるではないか。無防備に他人へと急所を見せる事だけはしたくない。ひそりと眉を顰めた。

「お気遣いなく」
「俺が気遣う。ってか洗うの上手いよ?俺」

不敵に笑んだ琥珀色が柔らかな光りに溶け込み打算的な色彩を生み出したのを浦原の金色は見逃さなかった。成る程、他人の警戒心を解く術を十分に心得ている様だ。
きっと、どちらも譲る事は無いだろう。培った経験から感じ取れる何かを神経が手探りで掴み取る。

「……このままの状態でお願いしても?」
「良いけど、シャンプー目に入ってもしらねーぞ?」

今度は無邪気に笑む琥珀色が厄介だ。
喉元で押し殺した笑い。濡れる事も厭わないくらいの動作で青年はバスタブの縁へと腰を下ろした。濡れますよ、言うのは愚問だろうか。
手馴れた手つきでシャンプーの液を手の平に乗せ最初にあわ立てる。
仄かに鼻腔を燻るのは柑橘系の爽やかな香り。見え隠れする甘い香りがどこか子供っぽい。

「綺麗な金髪だな」
「……どーも」

両腕を縁に預け浦原は青年の好きな様にさせる。
天柱を親指の腹で押され、流れる様に首筋へと伝う。上手い具合にツボを刺激し、緩やかなカーブを描いて気持ちよさが視神経部位に伝わる。
強引なのに押し付けがましいと思えない所業は全て青年の無邪気さから来る物だろうか。尚更厄介だ。

「な?俺、上手いだろう?」

答えずただ前を見据える。

「流すぞー」

シャワーノズルを取り、髪にまんべんなくついたシャンプーの泡を洗い流す。器用にやってのける彼の指先が心地好いと思ってはいても神経だけは研ぎ澄まし、冷ややかな温度を保ったまま右手の人差し指をボキリと鳴らす。

「っ、」
「あーあ。ホラ、だから目に入るって言ったのに。痛い?」
「大丈夫」
「目ぇ開けてみ?」

右目の下、傷がついた箇所と眼球が痛み咄嗟に閉じた瞼に生暖かい何かが触れたので、ああこれは青年の指先だ。と思いゾワリと背筋が戦慄いた。

「いっ、て!」

瞬時に掴んだ青年の細い手首を捻り上げる様、静脈の上に親指を乗せ強く押す。走った鈍痛に眉間の皺を濃く刻みながら目を顰めた青年の顔を間近で眺めた。

「キミ、なに?」
「…っ、な、に……って?」
「何者?なぜ得体の知れない他人を家へ上げる?なにが目的?正直に言って。じゃないとこの軟い手首、折るよ」
「ハ、はは……物騒、…っ」

ギリリと反対方向に折り曲げる仕草を施せば青年は苦痛の表情を浮かべたが、苦笑した。何故、笑っていられるのか。丸腰でもこの身体全てが浦原にとっての武器であるから、きっと青年の頸部を折る事は簡単。この手首だって同じだ。
横向きになった身体を支えきれなくなった青年は右手で重心を取り、バスタブの縁へと必死で手を添えて体制を保っている状態。自然と近付く浦原と青年の距離。強い殺気を放つ浦原の金色を間近で見てとうとう理性を保てなくなった。
ちゅ。
殺気に塗れた暖かな風呂場に不釣合いの音が鳴る。
新たに生み出された音の発信源は青年の唇からで、柔らかな感触が目尻下に残り怠慢を更に悪化させた。

「こーゆー事が目的だ。って言ったら?」
「………フザケ、ないで」

不変しない無邪気さを装って笑う。

「なんで?ふざけてなんかいないよ?アンタ、男初めて?」
「なん、なんだ…キミは…」

なんだって良いじゃん。オレンジ色の髪の毛が湯気を纏って揺れ動く。軽率な言葉さえも甘く、もう一度近づけてきた青年の唇を甘受してしまう。きっと逆上せたのだ。脳みそがフニャフニャになって再起不能と化する。駄目だ、甘い香りに酔って吐きそう。
浦原はそう思いながらも口内へ侵入してきた甘やかな舌先を乱暴に貪った。


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