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Tokarev che diventò arrugginito


以前書いた唇から毒の二人の話です。





ひゅ、と一瞬にして息を飲む小さな音が聞こえたと同時に目前の男の長い脚が綺麗に舞った。
高そうな革靴の踵が頬にめり込み、そのお陰で変形した顔。その歪んだ瞳と目が合った様な気がして一護はそうっと視線を曇天へと反らす。あーあ、痛そう……そう思いながら自分も振り上げた拳を躊躇無く目前の男の鼻筋にめり込ませた。

「……っとにコイツ等ってしつけーっ……あー!疲れた!」

半ば日常になりつつある喧騒。
再起不可能と言う感じに地面へと突っ伏した男達を尻目に一護は軽く背伸びをして鬱憤を言葉にし吐き出す。じゃり、とした音と共に地面の乾いた音が足元から伝わった。空では灰色のアスファルトと酷似した色彩が広がっていて、ソレが大仰に両手を広げ、まるで抱擁を待ち構えている様に見えたのでヒソリと眉を顰める。
ああ、雨が降る。そう直感したのは鼻先を雨の香りが掠めたからだ。決してセンチメンタルになった気分を勘ぐってでは無い。

「そろそろこの街ともお別れだなぁ……美味い飯屋があったのに……勿体ねえ……」
「美味い飯屋?ああ……あのカフェテリアね………チェーン店じゃないスか……」

どこにでもあるでしょ。面白くなさそうな声が背後から聞こえたので、振り返り音の発信源を静かに眺める。
一護の目線の先に居る男とは4年前にパートナーを組んだ。その前まではお互いにフリーの始末屋として稼いでいてパートナーなんて足手まといだと思っていたのに…気付いたら4年も行動を共にしている。

「田舎には無いんですー。なあ、次は海が見える所が良い」
「…………田舎じゃないスか…」

呆れた声を出しながら浦原は地面に落ちていた吸い殻を拾い上げ、少しだけ眉を顰めた後胸ポケットから取り出したマッチを革靴で擦って火を灯し吸い込む。
自分の煙草を常に持ち歩いている男ではあるが、浦原の愛用する煙草は彼好みにカスタマイズされている巻き煙草で、愛用煙草が切れている時はああやって地面に落ちている人の吸いかけでも躊躇無く吸う。

「やめろって言ってんのに……汚いだろーが」

ふー。と肺一杯に吸い込んだ後、吐き出した紫煙を燻らす。曇天に紫煙の色が混ざって更に灰色を色濃くさせた。

「あー。まっずい。しかもこれタール値低い。……お子様だなぁ」

そう言いながら冷めた金色は地面に突っ伏した状態で倒れている男の腹を軽く蹴り上げた。時々、浦原のこう言う瞳に一護は一抹の不安を感じる。彼のあの金色は何も映し出していないのでは。と思うと少しだけ胸が痛い。
海も、空も、風も、鳥も、世界も、そして一護も。浦原は無頓着過ぎて人間臭くない所が少しだけ怖い。

「……だったら吸うなよ。ほんっと、コレだから下町育ちは……」
「おんやあ?同じく下町育ちの誰かさんにだけは言われたくないですね〜」

にんまり。凄く意地悪そうに上げられた口角。浦原の薄い唇にはさまれた紙煙草からは紫煙が空へ伝う。
冷たい男だからこそ、ニヒルな笑みが心底良く似合っていた。悔しいけれど、その笑顔も好きだったりする。

「うっせー、だとしても俺は落ちている物を口の中に入れる様な無粋な真似はしませーん」
「クク、道端に落ちている素性の知れない男を拾い上げた挙句、家に持ち帰って即日ベッドインした人に言われてもな〜」
「っ!!」

そう、浦原と組む様になったきっかけと言うのが一護の中では黒歴史として未だに残っている。
あれは人生初の大失敗だった。


雨の日だ。浦原と知り合ったのは。土砂降りの雨の中、連日拘束された仕事がやっと片付きヘロヘロになりながらも帰路に着いていた時、容赦無く降り注ぐ雨を頭から受け入れている男を見つけた。
道路脇に置かれた青バケツに寄り添う様に蹲った黒の物体。項垂れているから顔は拝めなかったが頭髪の色からして外の輩だろう。酔い潰れている訳でも、まして死体でも無いと思ったが、男を纏う血の香りが鼻につき怪訝そうにしながらも声をかけた。それがいけなかったのかも知れない。気紛れな仏心は己の足を掬う。

「おい、アンタ。一応聞くけど…生きてるか?」
「………」

指していた傘で男と自分の頭上を遮る。大粒の雨がビニール製の傘にぶち当たってボタボタと耳に煩い音を奏でる。この調子では明日も雨だろう、とお天気お姉さんが言っていたのを思い出し少し嫌な気分になった。
そんな一護の心中を知らず、男は凄く億劫そうに頭を上げる。
あ、生きてた。そう思ったのは一瞬。
顔を上げた男の瞳の色。その透ける様な金色に一護は一瞬の内に心を奪われていた。

「………なんでこんな所に居るの?」
「………放っておいて」

静かに開いた唇は青ざめていてまるでお人形じみていた。その薄い唇から甘くも低い声色が流れ出た事に酷く満足する。ああ、良い声だ。耳障りな雨音よりもすんなりと耳に入り、残る。
タレ目がちな男の瞳がキラリと少し殺気立って見えた事に対しても自分の中の何かを燻った。

「ふーん………雨宿りって訳でもなさそうだし。家直ぐそこなんだけど、来る?」
「……放置しておけって言った筈だけど?」
「ああゴメン。あんまり雨音が強いからさ。いいじゃん暖かいよ俺ん家」


「そうにっこり満面の笑みで言って無理に立たせて家に連れ帰って風呂に入れられて風呂場で一回、それでベッドの中で」
「わーっ!わーわーっ!もう何も言うな!口開くな!喋るな!息するな!」
「遠まわしに死ねって言わないで下さいよ」

叫びながら浦原の言った事に対し顔全体が真っ赤に染まった一護を見てシニカルに笑む。
水も滴る良い男とは昔から言うが、あの時の浦原はどちらかと言うと手負いの狼同然で、あの冷めた金色が少しだけ心地好かった。身長も高く、均等な筋肉がついた体のラインは布越しからでも十分に綺麗で、くすんだ様な淡い色の髪の毛が濡れ、零れた雨の雫が血の気の失せた頬を伝う。少し青白いその肌が技巧的でゾクリとした。
言ってしまえば好み。どストライク。もう声とか理想通り、そんな男が道端に捨てられていたら拾うだろう?そうしなきゃ損だし、連日続けの仕事で鬱憤溜まっていたし、と一護は浦原に対して叫びながら心中で思っていた。

「あの時だけは素直なのに」
「煩い!もう本当煩い!さっさと帰るぞ!」

くるりと踵を返したが、背後で浦原がまだ笑っている音が聞こえる。喉元で笑いを堪えた嫌味ったらしい音だ。
既に頬から首にかけて真っ赤に染め上げた一護は極度の羞恥を怒りへと変換させ、ドスドスと足音を立て、背後を気にせずに歩みを進めたが、「待てよコラぁ」等と言う無粋で下品極まりない巻き舌の、少々訛りが入った声が鼓膜を揺すぶったので訝しげに振り返った。

「……何やってんの……?」
「はあ、なんかうっかり背後取られちゃいましてねぇ」

嘘吐け、と瞬時に思う。
咥え煙草はそのまま、浦原は口元から紫煙を燻らす。長身の浦原の下顎にそのナイフの刃を当てながら男は汚い顔のままで虚勢を張った。右頬は腫れあがり、その瞼も醜く潰れていて瞳の色が伺えない。満身装備、そんな言葉が良く似合っていた。否、ここは瀕死だと言った方が良いだろうか?千鳥足で立っていられるのもやっとと言う所だろうに、浦原の背後に立つ男はぜーぜーと荒く息を吐き出しながら一護を鋭く睨むつける。
片方の瞳だけがドス黒くも歪に光っていた。嗚呼、良い目だ。浦原に勘付かれない程度に思う。

「兄ちゃん達……、ちょっとばかしお遊びが過ぎたんじゃねーか?ええ?」
「……遊び?んだそれ。」

ハっ、言うに事かいてそれかよ。随分舐められたもんだ。

「どこのファミリーか知らねーけどなぁ、生きて帰れると思うなよ?吐けよ、てめえ等のカポは誰だ。返答次第じゃこの兄ちゃんの首が跳ねるぜぇ」

浦原の急所部位に当てられた刃がギラリと光り、一護を威嚇する。遠目に見ても急所と言う急所を外してはいるが、あのまま力強く刃を引けば致命傷に成り得るだろう。それでも一護は眉間の皺をそのままにして男の歪に光った瞳だけを眺める。

「…?ファミリー?何言ってんだお前」
「おいおい口の聞き方には気ぃつけろと言ったんだけどなぁ?」

一々間延びした物言いをする男だ。きっと下品でお喋りな性分なんだろう。ニヒルに笑んだ男の口元からセンスの悪い金歯がキラリと見えた事に対して一護の眉がピクリと微動した。それを見て浦原はふう、と紫煙を吐き出す。

「ファミリーも何も……あなた方のカポ・レジームとの話はついている筈っすけどね?」

男は途端に躊躇した。急所を捉えられている筈の男の口からは淡々とした言葉が流れ、その声色も酷く透明だった物だから、危うくナイフを持つ手が震えるところだった。なんだ、なぜこの男が自分達のカポ・レジームの名を口にする?話がついているとは一体……。

この男が状況を冷静に判断する事の出来る人間だったのならば、自分達の仕出かした裏切り行為に対するその報復だと直ぐに答えが出たであろうが、2年の歳月もかけて練り上げた計画がたった二人の男達の手によって台無しになった瞬間、男の思考回路は既にパンク寸前まで追いやられていた。それが、唯一の救いだったのかもしれない。答えの出ぬまま、恐怖さえも味わう事等無く。そのまま昏睡していれば、男にとってはある意味幸せだったのかもしれないのだ。
マフィアにとって服従の血の掟を破る事がどんなにタブーなのか。男は今日、身を持って知る事になるのだから。

「あなたは運が悪い。あのまま寝ていれば苦痛を感じる事も無く、永眠出来た筈なのに」
「…っ!!だ、まれ!黙れ黙れ黙れ黙れっ!」

一護と浦原の仕事はこの街を牛耳っているあるマフィアの裏切り者達の始末だ。始末と言っても数が多いので全員を葬る訳にはいかず、まとまったグループを見つけては気絶する程度に痛めつける事。後始末は向こうが用意した準構成員によって施される。男は既に自我を失いつつあった。身を削る様な恐怖に脳内までも支配され、余裕綽々なまでに煙草を吹かす浦原の膝裏に蹴りを入れ地面へと跪かせた。

「てめぇの持っている情報洗いざらい吐きやがれっ!お前の仲間と交換だっ!」

余程報復が怖いのか、あるいは生きる人間としての本能か、あるいは紛れも無い恐怖心か。男は余裕の無くした表情で一護に向かって吐き出す。
浦原の髪の毛を鷲掴みにし、顔を無理矢理一護へと見せ付ける様に。
力強く髪を引っ張られたものだから一瞬呼吸がしにくくなって眉間に皺を刻む。細めた瞳、その視界の先に居る一護の極端に冷め切った琥珀を見て、浦原は心の奥底でほくそ笑む。

「おいっ!聞いてんのか!お前っ!てめぇの仲間、殺されたくなかったら、」
「ぎゃいのぎゃいの耳元で喚くのよして貰えます?耳が痛い……それに、あなた本当に運が悪い。敵に回す相手を間違った」

生にしがみ付いたが為に吐き出した醜い命乞いを切羽詰った状態で叫ぶ男とは反対に、冷静な声色が男の鼓膜を強く痛めつけた。どうして人質に取られている筈の人間の方が余裕なんだろうか。頚動脈の上を押さえている刃物をまるで無い物として喋ってる様に聞こえる。見えていないのか?この男、それとも自分の状況を分っていない?そんな、馬鹿な。
自分とは反対に冷静さを保つ浦原を怪訝しながら見る。その刹那だった。自分の右肩に鋭い熱を感じたのは。それから熱に動かされる様にしてナイフを持つ腕ごと後ろへと弾かれる。その際に耳が拾った音は肉の焼ける音と男の低く笑う声だった。
機能する方の瞼をめいいっぱい広げ世界を見る。その中心を陣取る様にして立つ青年の手の平には眩い髪色とは不釣合いな黒が握られていた。銃口から微かに上がる硝煙が今日の曇天と酷似している、ゆっくりと舞い上がる硝煙、吹き付ける風に靡く青年の橙色の髪の毛、墜ちていく自分の視界。それら全てがスローモーションの様に見える。世界がスローモーションになる。途端に悲鳴を上げ始めたのは撃たれたであろう右肩。神経をブチブチと裂き、骨を砕き、皮膚を焼く。体内に埋め込まれた弾丸がまるで一本の牙の様に男の肩に食らいつく。

「…おい。まだネンネの時間には程遠いぜおっさん」

じゃり、まるで砂利を踏みつける様な音を立てて銃撃された右肩を強く踏まれる。立っていられるのがやっとだった足も機能を失い、今自分が仰向け状態で倒れている事を知った。容赦ない痛みが右肩箇所から生まれる。まるで焼かれたナイフの刃で刺されているかの様に鋭い熱さ。
痛みに視界を奪われそうになるも頭上から降り注ぐ感情の無い声が失神するのを許さない。
視界に入って来た曇天に眩い橙がまるで歪。太陽かと思い一瞬目を細めたが、青年の持つ琥珀色の瞳があまりにも冷たかったのでゾっと背筋に薄ら寒い感覚が走る。

「あんた本当に運が悪いよな。人質に取る相手、間違っていたぜ」

アン・ブォン・ソーニョ。そう言って笑う青年の顔が男の人生で最後に見るビジョンだった。
サイレンサーが補充されたトカレフを打ち放っても乾いた音は辺りに響く。たちまち火薬臭くなった周囲に浦原は大袈裟にも鼻を摘む仕草のまま立ち上がり、砂利と埃で汚れたズボンの生地をポンポンと軽く叩いた。
あ、切れてる。と思ったのは立ち上がった拍子に小さな痛みを主張した左耳下、丁度頚動脈上辺りを悪戯に指で撫でた時。指先をヌロリと汚した赤があまりにも人間臭く、尚且つ毒々しいくらいの色彩だったからだ。
多分、髪の毛を鷲掴みにされたあの時に切れたのだろう。
ドクドクとまるでそこに心臓があるかの様に脈が早まる。浅い傷なのにちょっと血液の垂れる量が多い、図太い血管がある場所程皮膚が薄いのだろうか?垂れた血液のせいでシャツの襟首が汚れてしまった事にひとつだけ舌打をして浦原は一護の背中を見た。
黒のシャツをぴしっと着こなす。梅雨が明けてじめっとした空気は去ったと言うのに今だ曇天は空を占めていた。やけに細い。一護の腰のラインを眺めてニヒルに上がる口角を必死で抑える。ああ、でもたまらないラインだ。思うことだけは自由だと、油断したらあの視線ひとつで殺されると言うのに。

「…引き上げましょうか?そろそろ掃除屋も来る頃合でしょうし」

短くなった煙草を吐き捨て、靴のつま先で踏みつける。肺に残る最後の紫煙を空へと吹かし、ゆっくりとこちらを振り返った琥珀の色彩を真っ直ぐに受止めた。
じゃり、じゃり。彼が一歩一歩ゆっくりと近付く度に音が反響する。
目先まで近付いた色彩が眩しくて目を細めてみたら彼も対抗する様に目を細める。

「なにこれ」

ぐい、そんな乱暴な音が鳴る様に強く襟首を掴まれ、引き寄せられたものだから、浦原は少しだけ前屈みになった。

「…?多分、かすめたんでしょうね。まあ、傷はそんな深く、いたっ」

ガブリ。今度こそ確かな痛みを感じた。
真新しい傷跡にあろうことか彼は容赦無く噛み付いたのだ。犬歯と言うには些か尖ったその歯を、否、牙と言った方が正しいのだろうか?基、その牙を突き刺し、より深く傷跡を抉った。鋭い痛みが浦原を襲う。
吸血鬼ってこんな感じだろうか?暇つぶしに見たフランス映画に出てきた異端者の姿を思い浮かべる。

「んな簡単に傷なんてつけられてんじゃねーよマゾが」

最後にキスマークをつけるみたく傷跡を吸った後、シニカルに歪んだ琥珀の瞳が浦原を見た。その薄くも色素の薄い唇、その端に毒々しくも真っ赤な色をつけて、一護は笑った。

「…好きで頂いている訳じゃありませんよサドが」

その後は珍しく一護からの口付けを貰った。
まあ、矢張りと言って良いのか悪いのか。キスと言うにはかなり乱暴に、まるで噛み付かれた同然のキスだったのだけれど。



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