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恋の海


以前書いた叔父×甥っ子の話→Black Magic


テレビモニターから洩れる青白い光がキラキラちかちかと目に痛い人工的な光を部屋中に散りばめる。
フローリングを照らす白と青の光がうっすらと部屋中を明るくさせた。窓の外は夜と秋の雨が広がり、週末の夜を少しだけ静かにさせる。
なんてことないアクションサスペンスを借りたのは間違いだったかな、一護はそう思いながらも用意されていたポテトチップスをぽりぽり食みながら液晶に映し出された文字を追う。
二人掛け用にしては多少大きなソファは柔らかい枕が程良く敷き詰められていて腰に負担をかけないから楽ちん。ベーシックな色のソファに二人で座り映画を観る週末を迎えるのはこれで何度目だろう。ぽり、ポテトチップスを一口かじった所で液晶越しの物語は佳境へと差し掛かる。
珍しくも音が少ないアメリカ映画、映し出される風景が日本のどれとも被らないから何となくファンタジックじみている。主演男優の渋い声が静かに響いて男の心境をセリフひとつだけで示したからなんとまあ、一護はここで小さく息を飲む。
やっぱり好きだなあ、渋いし。
先日話したことのある感動が胸を占めて、一護の神経を映画の中へ引きずり込んだ。
悪戯に齧っていたポテトチップスの入ったボウルはロウテイブルの上、共に用意したコーラの入るグラスもその上に置かれたままグラスに数滴の雫を浮かび上がらせた。
ク、とここで隣から噛み締めた笑い声が響く。
ソっと視線だけを左に流してみた叔父は口元に手をやって笑いをこらえているみたいだ。
英語が蔓延る中で一護が分かるのは日本語字幕の字面のみ。しかしながら外資系の仕事も難なくこなす半分日本人半分アメリカ人の叔父は耳に入ってくる母国語だけを集中して追うから違うところで笑ったりする。英語のブラックジョークは日本語翻訳をしてみたらなんて事ないシビアなセリフになってしまうから時々笑いのツボが合わずに一護は面白くないな、と感じてしまうのだ。
苦笑した叔父が一護に気付いて再びフフと笑う。
若干伸びてきた髪の毛を緩やかに後ろでひとまとめにして、家だけでかけるノンフレームの眼鏡越しに金色の瞳を曲げて笑う。着込んだ部屋着は黒のTシャツに紺色のジーンズ、40代の癖に鍛え上げられた足はとても綺麗に筋肉がついていて衰えが出始める年齢には見えない。勝ち気な金色がフと笑ったのを合図に一護は呆れた素振りを見せて画面へと視線を移した。
画面越しのスナイパーはおんぼろの車を運転しながら愛しき人の元へ向かう。エンドロールに差し掛かる映像の中で流れたBGMはとてもじゃないがハッピーエンドを予測させない。軽やかで中途半端なポップス、恋愛ドラマと違うバッドエンディング。ああ、もうダメだと視聴者に思わせるのに物語の中の俳優はそれを感じさせずに演技に没頭。緩やかなスピードでもって止まった車とヒロインの叫び声で物語の幕は下ろされた。
これにてジ・エンド。後に続く物語は視聴者様のご想像にお任せします、エンドロールはさっさと俳優陣各位の名前を乗せて流れ去る。

「なかなかに良い映画でしたね」
「…そういう割に消すのが早くねーか?」
「そんな事はない、良い映画でした」

感想とも言えないベタなセリフでもって叔父はリモコンを持って画面を消す。ピタリと止まったエンドロール、流れるBGMも何もかもが止まったのを合図に一護は黙って生唾を飲み込んだ。
未だに視線は黒の画面へ、珈琲でも淹れなおそうかと悪戯に聞いてくる叔父は距離を縮めながらもくすくす笑う。

「まだ聴いていたかったのに」
「BGMなら色々ありますよ。何が良い?ポップス?アールアンドビー?最近の高校生って何聞くの?」
「茶化してんなよ、喜助さん」
「ふ、君の緊張を拭おうとして。さて一護さんここでクエッション」

伸びかけて頬に張り付く髪を耳の後ろへと流しながらくふりと意地悪く笑った。
クエッション、叔父は言葉遊びが好きだ。冷たい指先で肌へと触れる癖に確信には触れさせてくれない、そんな彼が嫌いだ。

「またかよ…」
「君の事が知りたいんだ」
「…小さい頃から知ってる癖に」
「もっと知りたいんだよ」

優しい声が耳元で囁かれる。
甘い甘い、低いのに甘くてそして若干だが掠れている。まるで先程まで沈黙を守ってきた口べたなスナイパーと同じ声の様。クールでいて茶目っ気たっぷりの彼は一護のお気に入りの男優の一人だ。

「今ここでジョージクルーニーに同じ質問をされたら君はどう答える?」
「は?」
「"君はどこをどうしたら気持ちよくなるんだい?"」
「…俺のジョージはそんな下品な事は聞かない」
「彼だって男だ」
「セクハラおっさんじゃない」

悪戯に耳朶と耳の後ろを撫でていた冷たい指先が止まってホウと関心したのか馬鹿にしたのか知れない言葉が漏れた。

「この喜助おじちゃんがセクハラ親父と?」
「そうだよ。喜助さん…時々セクハラおっさんみたいだ」
「言うねえ」

にたり、音が鳴るくらい意地悪く笑われる。片目を細めて口角をあげる、刻まれた笑い皺がこういう時に目立つなんて反則極まりない。
叔父はあまり笑わない人だ、いつだって無表情と言う事はないが、優しい微笑みと言うのをみた事がない。意地悪く笑む時か、不敵に笑む時だけにしか人間臭さを見せないなんて馬鹿げてる。
一護はムっとしながら喜助の頬を軽くつねってやった。
ふに、堅そうに見えた頬は柔らかい。

「甘えん坊だな…喜助さん」
「ん?」
「ほっぺ、柔らかいのは甘えん坊の証だって言ってたぞ」
「フ、誰が?」

誰でもいーじゃん、意地を表情に乗せて膨れる、頬をつねったままの指先は喜助に取られて代わりに指と指を絡められて拘束。ガッチリ絡めた指を外す事が出来ずに一護の心臓はいよいよもってバクバクと暴れ始めた。

「キミも充分に柔らかいじゃない」

指先ではなくて唇で食まれてにんまり笑われる。ちゅ、ちゅむ、軽くなったキスの音がくすぐったい。
唇がイタズラに頬をなぞって食んでキスをして、拘束した指先が手の甲をくすぐるから視線を泳がす事しか出来ないでいる。あー、こんなムードの時って一体どうしたら良いんだよ。初心な心が体についていけずにカチコチに固まった。
一ヶ月前の玄関先で交わした契約とも言える無謀な駆け引きが今、こうして一護に負担を強いてくる。この人の手を取った、この人の言葉を受けとった、触れてくる指先に翻弄された、意地悪な瞳に甘やかされた、知りたいと願った、欲したあの日から約一ヶ月もの時が経過して今に至る。
喜助おじちゃんが浦原さんに、浦原さんから喜助さんにチェンジした呼び名は彼が子供っぽい我が儘を披露した賜ではあるが、名前呼びに戻るまで結構な時間がかかったにも関わらず名前を呼ぶ事を躊躇う様に口をもごもごさせる一護を見て彼は楽し気に口角を歪ませていた。そういう男なのだ彼は。根本的に性格がひん曲がっている。
性質の悪い男だ!
優しくキスを繰り返して一護の反応を見て楽しんでいる男をキっと鋭く睨んでも、目尻に浮かぶ赤らみを指先で撫でるだけで、グリーンアイズは意地の悪い光を放つ。
アタシの事が知りたいんでしょう?そう言わんばかりに語る瞳に捕らわれてしまってはぐうの音も出やしない。

「俺、あんたのその目…嫌い…!」
「どんな目、してる?」

横向きで抗議して触れてこようとする右手を叩く。パシンと小粋良い音が鳴って叩き落とされた手を追ってクハっと笑う。その笑顔も嫌いだと言えたらどんなに良いだろうか。嫌い嫌いばっかりじゃあとても子供っぽいから飲み込むけれど、一護の瞳は嫌いだとただ一心に告げていた。

「アタシはキミのその目が好き」
「どんな?」
「嫌いだって言ってるのに好きだって言ってるあやふやな目が好き」
「意味わかんねー」

ええ、分からんでしょうよキミには。浦原は心中で毒吐いてコクリと喉を鳴らす。
好きだけど嫌い、怖いけど好き、嫌いじゃないけどまだわかんない。誤魔化されてる気がする、強引にされてる気がする、でもドキドキする期待してしまうけど怖い。自身の気持ちさえも曖昧過ぎて分からない、このドキドキは一体、どこから来るのだろうか。これは恋なんだろうか。
幼い瞳は可哀相なくらいに困惑している模様。仕掛けたのは狡い大人の打算。
言ったでしょう、アタシの恋は厄介だって。
大人はにたり顔で子供へと忠告した。忠告しておきながら決して逃がさんとする体制を保つのは果たして保身的なのか臆病なのか、流石の大人でさえも分からない。
アア、恋って厄介だなあ。他人事の様に思い意地の悪い笑みのままで怯える子供に口づけた。


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