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 話が通っていたらしく、空席の目立つ第一執務局はハクビーズを歓迎してくれた。
 ハクビーズの現役時代には部長職だったタイン・イーガルに出迎えられ長官室に通される。その際、タインの目が連れの若者を見ていたので来孫を遠ざけた。「悪い勘」を聞いていたので彼も文句は言わず、そもそも懐かしさから見て回りたいのもあって素直に応じた。終わったら端末に連絡をする手筈だ。
 懐かしいのはハクビーズも同じで、タインが茶の手配をしている隙にかつての自分の部屋を眺め回す。デスクに就いて抽斗などを開けていると机上の写真立てが目に入った。
 それはコルドが副長官に就任した際、乞われて一緒に撮った一枚だった。こんなものより家族の写真でも飾ればいいのにと呆れていると紅茶を携えてタインが戻って来た。
 長官席に座っているハクビーズの前にカップを置こうとするのを制して応接ソファに移る。
 教科書通りの再会の挨拶を済ませると、タインは第一執務局に人の減った理由を語り出した。仕事内容を部外者に漏らすなと窘めても彼は止めない。自分の意見が聞きたいのだなと分かった。
 ハクビーズは大学を卒業後、候補生時代を経てこの道に入った。始めの内は色々な省庁に回されたがその内自ら外務庁を希望し、異動の内示が出ても直ぐにここへ戻って来た。そんな事を数回繰り返しようやく継続勤務を勝ち取って外務庁長官にまで上り詰める。
 その長い長い外務庁生活でも経験したことが無い事態が一期にも満たない期間で集中的に起こっていたという話を聞いて流石に血の気が引く。
「す、すいません、大丈夫ですか?」
「ああ……」
 最早返事なのか呻きなのかも分からなかった。
「それで今その対策本部に西殿の秘書官の方が常駐されているんですが、お会いになりますか?」
「馬鹿を言え。こんな爺と会ったところでその秘書さんには何のメリットも無いだろうが。特に今は仕事に加えて西殿のお体の心配もされておるのだろうに、変な気を使わせるのは忍びない」
 本当はその秘書官の口から自分のことが西殿の耳に入るのを恐れているに過ぎない。いつぞや妙な釘を刺されたこともあって変に刺激したくはなかった。どこで何をどう知られるか分かったものではない。
「そう言えば、キャネザもその対策本部に行っとるのか」
「ええ、優秀ですからね。――とは言え、今日は昼頃に帰ってしまったんですが……。もっと協調性があったらと思います。コルドは昇進させたいようですが本人は嫌がってますし、正直、あの性格では内閣府でも敵を作りまくるんじゃないかと」
 苦笑いと同意の嘆息が重なった。
「でもまた何故キャネザのことを? 確か長官がいらしたころはまだ第一勤務ではなかった筈ですが」
 無論一から三の執務局を統括しているのが長官だが、同じ部屋にいるのといないのとでは違う。細かな為人も分からなければ雑談も発生しない。
 そこでふとタインは思い出す。アリシュア・キャネザの内偵報告。
 一切話題にならなかった候補生期間をすっ飛ばしての入庁。
「何故って……あれは儂が引き入れたからな」
「!」
「昇進か……まあ、諦めろ」
 紅茶で口内を湿らせる。タインはカップが置かれるのを見計らうように尋ねてきた。
「キャネザを引き入れたというのは、どういうことですか?」
 相手の緊張が伝わってくるようだ。やはり自分の勘は正しかったかとハクビーズは内心溜息を吐く。対策本部設置の経緯を聞く限り恐らくこちらから話を振らずとも遅かれ早かれ質されていた問いだろう。
 口裏合わせをしておかなければならないなと老人は思考を巡らせた。
「スペキュラーの紹介での。即戦力になるのは分かっとったから試験だけ受けさせてそのまま登用したんだ」
 思いがけない名前の登場にタインは言葉を失う。





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