219 鬱蒼と茂る防風林の切れ間が霊廟の入り口だ。 一応開園及び閉園時間が設けられており、時間外は門が閉められる。しかしその門というのも二メートルのスライド式鉄柵で、乗り越えることは可能だ。 昔から警備不足だという声は上がっていたものの特に盗難されるような物も無いということで捨て置かれていたが、世界王紅隆の出入りが発覚したことで忽ち強化された。 「なんじゃこりゃ」 車中で説明を受けていてもハクビーズはそう言わずにはおれなかった。 既存の門の向こうに屋根のあるガラスの壁が立ち塞がっていたからだ。規模が違うものの先程行ってきたショッピングモールの店舗と大差ない。 手前にある電子記帳台に記名しなければ自動ドアが開かないシステムだとコルドが説明するとハクビーズは「仰々しいな」と文句を言いながら電子ペンを取る。 青年が記帳しているのを横目に、コルドは元上司の予定を尋ねた。特別急ぐ用はないと聞いて外務庁に寄って行かないかと誘う。 微かな音を立てて自動ドアが開く。ハクビーズは返答を濁したままそこを潜り、元部下を仕事に追いやる。 「長官……」 「――分かったから叱られた犬みたいな顔をするな。ちょっと顔を出すだけだからな」 言質を取ったコルドが満足そうに宮殿に向かう背中にため息を吐くと、横から「渋る必要ないじゃん」と若い子孫が口を出す。 「いや、何だかまずいものを訊かれそうな気がしてなぁ」 顎を擦っていると「勘なの?」と子孫に尋ねられ「勘だ」とはっきりと答えた。 「……じっちゃんのそういう勘って結構あたるんだよな」 「当然だ。経験則に基づいとるんだからな」 揃って進み出し、霊廟入口のガラス戸を押し開けた青年は、前方数メートル先に人がいるのに気付いて一瞬立ち止まるが後ろから急かされて中に入る。花を抱えてやって来たハクビーズも直ぐに先客に気付いた。 数秒互いに見つめ合ったまま動けずにいると、向こうが先に驚愕から覚めたらしくゆっくりと頭を下げた。 ハクビーズは来孫に花束を押し付けて先に行くよう命じる。彼は戸惑った様子で五代前の祖父と自分より少し年嵩に見える青年とを見比べたていたが、更に促されて従った。その足音が遠くなってやっとハクビーズは相手に声を掛ける。 すらりと高い身長、淡い金髪、温和ながらも意志の強そうな目。手にはビニール袋を提げている。 「久しぶりだのう、カイン。元気にしとったか」 「……はい」 「ここには良く来るのか?」 名外交官の観察眼が無くともカインが動揺したのは直ぐに分かったろう。彼は暫く逡巡したが観念したように「はい」と頷いた。 「そう言えば外務庁長官に目を付けられたと言っとったアレはどうなった?」 カインは落ちつかなげに袋を持った腕を擦る。 「あの後、外務庁はとても忙しくなったのでそれどころではないようです」 「ふむ、内閣府が出向しとるとかいうやつだな」 「え?」 その時、昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。あと五分で午後の仕事が始まる合図である。 カインは挙動不審に外に続くガラス戸と目の前の老人とを交互に見る。仕事に戻らなければならないがこの老人は捨て置けない。 正確にそれを悟った老人はポケットから携帯端末を取り出してカインに差し出した。最近無理やり気味に持たされた老人用の最新版だ。簡単だと銘打たれているもののハクビーズには使い方が今一つ良く分からないのだ。 「連絡先を交換しよう。やってくれ」 「え、でも」 「爺との世間話くらいじゃ協定には抵触せんだろう。まあ、履歴は都度消すということで」 他に選択肢が無かったのもあってカインは手早く端末を操作して相互交換を行った。 駆け戻って行く背中を見送ったハクビーズは携帯端末をポケットに仕舞い、長い廊下を進む。靴と杖の立てる硬い音が響く。 [*前へ][次へ#] [戻る] |