[携帯モード] [URL送信]
218



 杖をついた背中に追いついたのは下りのエスカレーターの手前だった。
 まず走る足音に付き添いの若者が振り返りコルドの顔を見てはっとした。
「じっちゃん」
「ん?」
 呼ばれた老人が若者からこちらに視線を移す。コルドを見た老人は「おお!」と嬉しそうに声を弾ませた。
「フェルニオか、妙なところで会うな」
「ご無沙汰しております、長官」
 クラウス・ハクビーズは顔を皺くちゃにして破顔すると「長官はお前さんだろう」と杖でコルドの足を軽く叩く。
 コルドは青年にも挨拶をした。ハクビーズの来孫にあたる子で、小さい頃から黎明祭などのイベントごとになると両親や祖父母などに連れられて宮殿に来ていた。
 他の客の邪魔になるのですぐ側にあったベンチに移動する。ハクビーズはゆっくりとした動作で腰を下ろした。
 改めて再会の挨拶を済ませると「何故こんなところに?」と質問し合う。デスクを離れるには陽が高すぎると揶揄されたコルドは密談に連れ出されたのだと正直に答えた。
 ハクビーズは病院の帰りに腹ごしらえをしに立ち寄ったという。
「……どこか、具合でも……?」
 大きな病院ならカラファーンにもある筈だ。それをわざわざオッサムまで出て来なければならないとは。
「大したことはない。昔からの行きつけの病院でな、まあ年が年だしあちこちガタは来とるがね」
 年に何度か通っているのだと聞いて一先ず安心する。ここまで来たついでに墓参りに寄るつもりだと言う。
 確かハクビーズの本籍はレイゲル州だった筈だ。身寄りもそこにいる。親族の墓も当然そこにある筈だ。知り合いの墓参りかと思ったが違った。
「月命日でも何でもないが、スペキュラーに挨拶くらいせんとな」
 ここでようやく副本部長が追い付いてきた。辺りを探し回ったようで息を弾ませていたが、ベンチに座る老人の顔を見て途端にしゃちほこばる。
「……お? 確か内閣府の者だな」
「はい! お目に掛かれて光栄です!」
 一般客たちが不審そうな目を向ける。ハクビーズは苦笑しながら自分はもうただの爺だと言ってそれを止めさせた。
 平素から高圧的な物言いの多い内閣官房府職員から見てもクラウス・ハクビーズは別格だった。当時宮殿最高齢で元老院すら手玉に取り、未曽有の災害の最中に現れた世界王に対しても毅然とした対応を取った名外交官という位置づけだ。しかもゴルデワの脅威を目の当たりにした直後なら尚の事この老人の偉大さが伝わっているのだろう。
「密談相手か」
「はい。うちを省へ格上げしてくれるとか」
「ほお」
 コルドはハクビーズの姿を遮るように部下の前に立つと先に戻るよう言いつける。副本部長がエスカレーターから降りたのを確認すると元上司に向き直った。
「随分と面白いことを言っとったな。誰の差し金だ?」
「まだ誰とは。今内閣府からうちに何人も出向して来ていまして、彼らが泣き付いたようです。ヴァルセイアは容認していません」
 ハクビーズは無言でコルドを見上げると、ふ、と笑った。
「情報規制と箝口令がしっかり効いとるようだな」
 コルドには苦笑うことしかできなかった。効いているというよりは、誰もが「とても表には出せない」と思ってしまっている結果でしかない。
「……色々ありそうだが、取り敢えず行こうかの。フェルニオ、花屋に寄りたいからちょっと待っとれ」
「え?」
「何だ、同乗する気であの若造を帰したんだろう?」
 そんなつもりは全く無かったが、結果的にそうなってしまっている。コルドは言われるまま副本部長に車に押し込められたのだから。己の失態に顔を覆ってすみませんと呟く。
「お前は相変わらず疲れが如実に出るなあ」
 けらけらと笑う元上司にコルドは顔から火が出る思いがした。
 買ったばかりの花束と共に便乗し、一行は一路宮殿を目指した。





[*前へ][次へ#]

8/15ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!