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 一行はようやく、問題のクラスが避難している多目的室に向かう。
 案内役は校長自ら買って出た。
「この先です」
 四階まで階段を上がると廊下が左右に伸び、校長は右手側を示した。
 先程体育館で既に目にしたことではあるが、この学校は生徒数が非常に多い。一学年だけで三百人を超えている。
 教室は勿論のこと、多目的室も一フロアだけで八つ、体育館の四分の一ほどの面積があるという。
 問題の部屋の前は当然の如く物々しかった。
 医療スタッフが持ち込んだらしい荷物が廊下に積み上がっているし、二つある入口には警護要員が立っている。
 室内からは啜り泣きさえ聞こえてくる。
 校長は警護に立つ男に近付き一行を紹介した。了解した男がドアを開けようとすると、内側から先に人が現れた。
 白衣を着た女だ。医療スタッフだろう。
「政府の方? ええ、どうぞ。厚労省のお仲間を助けてあげて下さい」
 多目的室の中にはいくつもソファが運び込まれていた。毛布を被った生徒三十四名と担任教師、それから赤毛の女と護衛なのか見張りなのか、軍人風の男が二人、そして生徒の背中を擦りながらも端から見てもいっぱいいっぱいになっている男が一人。カウラがフィーアスを追わせたという厚労省の人間だ。
 室内には爽やかな香りが漂っている。
「…………」
 恐怖の漂う雰囲気に皆声も出ない。
 室内に入ったところで呆然と立ち尽くしている中で、アリシュアだけが速やかに行動した。身を翻したった今入れ違いになった女を追う。
 白衣の女は廊下に積み上げた段ボールを開けているところだった。声を掛けるとはい?と顔を上げる。けれど顔の右半分は前髪で隠れてしまっていてよく分からない。
 アリシュアは顔を上げたその女ににこりと笑いかける。自らの素性と詳しい話を聞きたいのだと告げた。
「――――…………まあ、…………」
「いいかしら?」
 女医を手伝って段ボールを持って室内に戻ると政府一行は数分前と全く変わらぬ状態で突っ立っていた。案内してくれた校長さえも立ち尽くしている有様だ。アリシュアは部下の尻を蹴り飛ばすと彼らに段ボールを押し付ける。
「生徒に配って頂けますか?」
 後ろからやって来た女医がもう一箱差し出した。
「え……これは?」
「チョコレートです。よろしかったら皆さんもどうぞ」
 取り敢えずやることを与えてやると、放心していられなくなった男たちはおずおずと生徒の元に歩み寄っていく。その姿を横目で確認し、アリシュアは女医の後ろに付いた。
 アリシュア達の進行方向に気付いた護衛たちが僅かに身じろぎしたが、女医がそれを制す。多目的室の奥にもソファが一台置かれている。そこには赤毛の女がぐったりと背凭れに寄り掛かっていた。
 その女に寄り添うように少女が、その少女の隣には熊のような男が付いている。
 男は真っ先近づいて来るこちらに気付き鋭い視線を向けてくる。警戒しているのだろう。
 アリシュアはそれを軽く受け流した。
「ワゼスリータ」
 名前を呼ばれ少女が振り返る。
 少女の姿にアリシュアは内心眉を顰めた。上衣の襟元が破かれ血が広がった跡があったのだ。出血を証明するように首筋から肩にかけて分厚いガーゼが肌を覆う。
「……アリシュアさん……」
 知り合いか、と男が少女に尋ねる。母の友人だと説明されて僅かに警戒を解いたようだった。
「外務庁から参りました、アリシュア・キャネザと申します」
「外務庁の方でしたか」男は立ち上がって頭を下げた。「西方所属のロア・スティンズです。この度は当方が多大なご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません」
「貴方がここの総指揮官ですか?」
 入り口の側にもう一人ゴルデワ軍人がいるが、彼と比べてみても明らかにスティンズの方が格上に見える。
 ところが彼はここに総指揮官はいないと回答した。





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