137 算数の授業だったのか、黒板には文章問題と生徒が書いたのであろう筆算がいくつか残っている。 教師用の机と教壇、生徒用の小さな机が全部で三十四。机の上には広げられた教科書とノート、筆入れ、机の中には教科書が、横には取り取りの鞄が掛けられている。 黒板の上には学級目標が、横に貼りだされた時間割と給食のメニュー表が可愛らしい花の飾りに囲まれているのが何とも微笑ましい。横の壁には図工の時間に描いた絵がずらりと飾られていた。 そんな絵に描いたような平和の只中で惨劇が繰り広げられてしまったのだ。 各々小さな席に座る。さすがに成人男性のファレスは一際窮屈そうだ。案内してくれた若い女教師はいつでも逃げられるようになのか、廊下側の一番後ろ、ドアの側に収まった。 「我々もまだ、ここで何が起きたのか、正確なところを把握していません」 そう切り出した男は授業でもするように教壇に立つ。 東方軍のフランツ・ロスカーと名乗ったゴルデワ人は僅か三名の聴衆に向かう。 「世界王の西殿北殿両名が被弾し、この場所へ立ち寄ったこと。銃弾による影響で二人が戦闘状態に入ってしまったこと。豹変状態の北殿が生徒の脱出を阻んだこと。北殿の体内からその豹変要因を除いた途端心肺停止してしまったこと――脈は既に戻っています。その際に西殿が自らに課していた制御の全てを外してしまったこと。そのせいでもあって彼も倒れてしまったこと――分かっているのはこの程度です」 まるで生徒になったようにアリシュアが挙手する。 「その豹変、というのは具体的に何ですか? 銃弾の影響と仰いましたが……」 ロスカーは僅かに俯き顔を上げる。どう言ったものか、と考えている様子だ。 「……我々の民族の中に、その……吸血種族というものが居まして。倒れる前に西殿が言うには、どうやらそのようだったと……」 吸血種族、とファレスが繰り返す。まるでホラー映画の様な単語に彼が生唾を飲み込む音がはっきり聴こえた。 「今詳しく解析中ですが、証言の段階では銃弾の中にその因子が組み込まれていたようです」 「西殿にも発症したのですか?」 フォスカーはそれを否定した。紅隆は被弾箇所が肩だったのもあり、速やかに摘出したし、彼の肉体は元々特別製だから放っておいても高い確率で発症しなかったろうと答えた。 「摘出って……」 またファレスが震える。想像したのだろう。 「生徒たちは脱出できず一部始終を見てしまいました。我々が駆け付けたとき、ここは凄い有様でした。西殿が血臭に酔う程に」 ロスカーの顔色が僅かに青い。アリシュアも眉を顰める。 後ろの女教師を振り返った。 「生徒の様子はどうですか?」 突然話を振られて驚いたのか、彼女は大仰に肩を震わせる。 「あ……、かなり、動揺しています。…………精神的ショックを負った生徒が大半で……。あんなことがあったのですから、当然です」 まるで自分もその場にいたのだと言わんばかりだ。それを受けてファレスが子供たちの聴取は慎重を期してほしいと要請したが、ロスカーはその心配はないと言う。 「生徒にも担任の先生にも、事情聴取等一切行いません。それをしなくて良いように、そういうのが分かる人間が来ていますから」 アリシュアは部下と顔を見合わせる。 「こちらでの収集は終わりまして、今は最初の現場の、何とかという丘に行ってます」 シーズヒル丘陵のことだ。 しかし今あそこには警察に加え外務庁員と防衛庁の機動隊員が展開している。部外者が立ち入れるものではない。そう言うとフィーアスが手を回してくれたのだとロスカーは回答した。 その後いくつかの質疑応答を経て一行は場所を移すことになった。その前に資料用の現場写真を撮影する。 「では」 ロスカーの先導で四人は教室を出た。 [*前へ][次へ#] [戻る] |