124 時刻は七四時を周ろうとしていた。 コルドは時間を理由にアーレンスに退室を促した。そろそろ経過報告を官房府へ上げなければならない筈だった。 アーレンスは促されるままふらりと立ち上がって無言で長官室を出て行く。一度内閣官房府へ戻るのだろう。 「長官、私も一度帰宅しても宜しいでしょうか?」 まるで戻ってくるような口振りだ。 「はい。寝ているとは言え、クレウスを朝まで放置する訳にはいきませんし……」 どういう訳か拘束状態で且つ鍵の掛かる会議室に押し込んでいるとは言え、確かに良く分からないゴルデワ人の男を一人にしておくのは不安だ。しかしそれをアリシュア一人が管理する必要はない。 「でも……」 そう口籠ったアリシュアは背後を振り返る。第一執務局へ続くドアがそこに有った。 「…………本当にこんな時間まで残業しているんですね」 呆れの滲む声音にコルドも頭を押さえる。黎明祭の合唱効果もあってこれでも数が減った方なのだ。 それでも午前中には自分の仕事を綺麗さっぱり片付けてしまうアリシュアから見れば不可解な光景に映るのだろう。 あの状況を見れば誰も余裕などないことは明白だ。 「…………すまんな」 「いえ、とんでもない」 部下が退出、帰宅するとコルドは内線電話を掛けた。こんな時間だが、幸い相手はまだ居た。丁度帰ろうとしていたところらしい。 それでも相手はコルドの問いに快く答えてくれた。最後に気を付けて帰るようにと言って通話を切る。 執務局へ出るとおよそ二十人弱がまだ残っている。その中には自分の仕事をアリシュアに回している筈の女性職員も何人か見える。手が遅いのか、別の理由か。呆れられても仕方がない。 「ちょっと出てくるから」 誰にともなくそう言って、コルドは煌々と照明の付く廊下を歩く。遅い時間だけに人影はない。 不謹慎だが、先程のアリシュアとアーレンスの会話は面白い見世物だった。アーレンスがやっとこさ一を言えばアリシュアは隙もなく十を返す。 門外漢のアーレンスはたじたじになっていたが、アリシュアの十はコルドにとっても初耳の情報が混ざっていた。 例えば、儀堂。コルドは世界王政府の監視機構だという情報しか持っていない。良く考えれば確かにその通りだが、世界王政府と対立関係にある事、その対立は協力関係も築けない程決定的である事は初耳だった。 更にその後展開した論理、先代世界王政権時の要人が確固たる目的意識の元クレウスを先鋒に出した、という構図は考えだにしていなかった。 それをさも当然という顔でつらつら喋る部下に内心酷く驚いたのだ。 先程内線で厚生労働省のフィーアス・ロブリーに儀堂について尋ねたが、アリシュア程の回答は返ってこなかった。世界王政府の監視機構であること、ジオ――世界王政府の敷地内にその本部があること、派閥毎の縦割り機構であること。 「儀堂の方が来るときは城には来ないようきつく言われていて、正直私も良く知らないんです。ただ、元職員と言う方が身近にいるのでたまにお話を聞く程度でして」 コルドが向かったのは外務庁の第一級資料室だった。外務庁創設からの機密情報が蓄積されている。外務庁長権限で保存されていた情報を閲覧するが、儀堂という組織についての記述は殆どない。その名称自体が先代世界王の干渉時に初出している。 それも当然だ。世界王史で言う初代の頃侵攻に遭って以来、先代時まで一切の国交が無かったのだから。 コルドはここでの収穫を諦めて資料室を出る。しかし第一執務局へ戻ることはせず、エレベーターに乗り込んだ。 降りたのは三階。廊下を奥へ奥へと進んで第二小会議室の前に立つ。コード入力で鍵を開け、街灯の光が辛うじて差し込む暗い室内を覗く。 奥に設置されたソファに横たわる人影があった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |