107 タインがロブリー家を訪れたのは翌日曜のことだった。多忙な外務庁副長官とこんなに早く面会が叶うなど普通ならあり得ない。 場所を指定したのはタインだった。フィーアスは当初時間が合えば仕事の合間に、と思っていたしタインもそのつもりだったようなのに、アリシュアの兄の件だと言うと態度を翻した。家だと子供もいるし外で会っても構わないと言ったがタインは了承しなかった。 ワゼスリータの通う小学校の近くに評判のスイーツショップがあるのだが、わざわざそこのケーキを土産に持参し、書斎から月陰城内に進んで世界王以下執務室の面々に挨拶と差し入れまでする。余程意気込んでいたのか、客室に入るなりぐったりとソファに凭れかかった。首から下げたゲストパスを億劫そうに外す。 「だから外でもいいって言ったのに」 「後々の面倒を考えたらこの方が良いんだよ」 出したアイスティーを一気に半分飲んだタインは自分のことはいいからと話を促す。アリシュアの兄と言う名目で宮殿に出入りしているランティス・カーマについてである。 「アリシュアのお兄さんって外務省に出入りしてるでしょう? それでどういう人なのかと思って」 「……どういう人……?」 気怠そうだったタインの表情が僅かに引き攣る。 「…………何で?」 「この間会ったんだけど、何というか……ただ者じゃない感じで。それでその、アリシュアには聞きづらくて」 口止めされているのでゴルデワ側と面識があることや先日の集団幻覚事件の関係者だとは言えなかった。何とも漠然とした話だが、身に覚えがあったのかタインはさらに表情を引き締めた。 再度口を潤したタインは向かいに座る友人を見据える。 「カーマ氏については殆ど知らないな。ただキャネザの実兄ではないようだが」 「! やっぱりそうなの?」 「そうだろう。挨拶した時、俺とコルドの目の前でそういう話をしていたし、キャネザも認めている。ただ身内のようなものだとは言っていたが」 血縁関係ではないが、知らない仲でもない。 「あとは歌がとんでもなく上手い事と、役所関係の仕事に明るいって事だな」 フィーアスは首を傾げて役所関係とは何かと尋ねた。 「要するに俺たちのやっているような仕事さ。外務は専門外だと言っていたが、ざっと見ただけで内容把握をしていたし、うちの仕事も五、六時間で終わると言い放ったことがある」 「まさか。適当に言っているだけでしょ」 ここでタインは変な笑いを浮かべた。笑おうという意識はあるのだが表情筋への神経伝達が追い付かない、そんな中途半端な顔だ。 歌唱指導の件もあってランティスは時折外務庁に顔を出す。以前提示した条件のために導入したタイムカードを確認しにやって来るのだ。 ある時、何を思ったかアリシュアが仕事の一部を彼に手伝わせた。 それが。 「その日は皆、定時に帰宅したよ」 いつだったかアリシュアが物凄い早さで一日の仕事を片付けたことがあったが、あれと同じことが起こった。いや、第一執務局全体だからそれ以上だろう。 あの日以降、何者だ、というのがタインとコルドの彼に対する共通の感想だった。 アリシュアの時は彼女一人が風のように仕事を片付けたが、その時はカーマの指図の元、第一執務局全体が一つのうねりとなって動いていた。 外務は専門外という言葉は本当のようで、一々アリシュアやコルド、そしてタインに作業方針の確認をしていたものの、カーマのやることには機械的且つ恐ろしく効率的だった。 「民間人に業務をやらせたの?」 台詞に非難の色が入ったのも無理はない。当初はタイン達だって止めさせようとした。 けれどキャネザから渡された資料に目を通しながらべらべらと考察を語られて出鼻を挫かれてしまったのだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |