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11時間差レター
平凡と確信2



それは、俺の手紙です!



そう叫んだ瞬間、電話口で少しだけ息を呑むような声がしたのを、俺は確かに聞いた。

あなたは……“あなた”ですか?


俺は手紙に向かって必死に手を延ばしながら、そう思わず漏らしそうになった。

しかし、その言葉は口に出る前に、瀬高先輩の「はぁ?」と言う呆れ果てたリアクションによって遮られてしまった。

「ちょっと、洋くーん。いくら何でもその嘘は無理があるよー」

「嘘じゃありませ「あー、もう!洋くんウザェよ?」


俺の言葉を遮り、満面の笑みで話しかけてくる瀬高先輩とは裏腹に、先輩の俺の腕を掴む手に、突然もの凄い力が籠もった。


「嘘じゃないっつ ってもねぇ、洋くん?この手紙はウチの腐れフリーター君の書いたものなの、わかる?」

そう言いながら更に力の増す先輩の手に、俺は一瞬悲鳴を上げそうになった。

しかし、俺はそんな痛みよりも何よりも、あの、彼からの手紙を手に取りたくて仕方なかった。


「っつ!それは俺の……俺への手紙です!お願いです!返して下さい!」


あぁ!
早く、早く読みたい!
それは確かに俺への手紙だ!


俺へ向けられた、あなたの言葉だ。



急に勢いのついた俺に、先輩は驚いたような目で俺を見ている。

あぁ、あと少し。

あと少しで手が届くのに。


「俺の手紙を……返して下さい!」


『っ!』


俺が、そう、一気に体を乗り出した時だった。



「本村……先生?」



背後から、これまた懐かしい女の子の声が俺の名前を呼んだ。


「………あっ」

「ありゃまー」


俺はハッとして後ろを振り向くと、そこには俺の担当だった生徒の一人

直前まで好きな人に告白するか否かを俺に相談していた野田咲と言う生徒が立っていた。


「わーっ!やっぱり本村先生だ!先生最近全然塾に来ないじゃん!どーしたの!?」

「えっ、いや、あのー」


俺は今の今までで手紙に気を取られていたせいで、全く周りを意識をしていなかったが、そう言えば自分はまだ塾の側に居るのだった。

しかも、あんな激しい勢いで騒ぎまくっていては……


そりゃあもうバレるに決まっている。


「あ、いや、その……えっと」


塾をクビになった事など生徒に言えるわけもなく、俺はどうしたものかと口ごもった時だった。

今まで笑顔で俺に近づいて来ていた彼女の表情が一気に険しいものになった。


「っ!本村先生……先生ちょっと待っててね!」


彼女はいきなりそう言って俺に背を向けると、また塾に向かって走って行った。


ある事を叫びながら。


「ねぇねぇ!ちょっと誰か塾長先生呼んで!本村先生が……本村先生が不良に絡まれてる!!」


「へっ!?」
「なっ!?」



助けて!


そうやって大声で叫びながら走る女の子の悲鳴と言うものは、もの凄く他人も目を引くもので………


すぐさま俺と先輩は、大通りに面した塾の近くで注目の的になった。


不良に絡まれている……


確かに。

明らかにパンピーな俺に反して、見るからに派手な身なりをした先輩は、高校生からすれば立派な“不良”だろう。

しかも、先輩が俺を羽交い締めしているようなこの図は、明らかに被害者は俺、加害者は先輩、としか考えられない。

そんな風に、半ば唖然と状況を眺めていた俺だったが、いつの間にか俺を拘束していた先輩の腕が緩んでいる事に、気付いた。



「ヤベェ。おっちゃん呼ぶ気だわ……あの子」


そう言って焦ったように塾の方に目をやる先輩に、俺は思わず、先輩の持つ手紙へと手を伸ばした。

不本意だが、彼女がくれたこのチャンスを逃すわけにはいかない。



「っ!?」

「すみません!先輩……手紙、返して貰います!」



俺は先輩の手から一気に手紙を奪い取ると、そのまま後ろを振り向く事なく走った。

俺が塾に来る事を何も知らずに待ってくれている彼女には悪いが、俺はもうこの塾の講師ではない。

これ以上、この塾と関わるわけにはいかないのだ。


俺は背後から聞こえてくる先輩の声や、その他諸々様々な声から離れる為に、必死に足を動かした。

走って走って走って

俺自身どこに向かっているかはわからないけど、先輩のケータイから聞こえる焦ったような声が、俺を更に走らせた。


『おいっ!一体どうなったんだ!』


愉快で愉快で仕方なかった。


「はぁはぁはぁっ」


もう、愉快で


『おいっ!手紙はどうなった!?』


楽しくて


『どこ居るんだよ!?テメェは!?』


嬉しくて


『……っおい!答えろ!?』


幸せでたまらないのに


なのに、何で


「…う…っ…ひっく、ひっく」



こんなに涙が出てくるんだろう。



俺は一気にその場に座り込むと、手紙を見つめながらボロボロと涙が流れてくるのを止められなかった。




俺は、あなたに会いたいんです。




そう書かれた手紙の末文。



俺も、

あなたに会いたかった。



涙でぼやける視界の中、ぼんやりと映る言葉に俺は、ひたすら涙を流す。


そして、突然泣き始めた俺に戸惑いを表し始めた名前も知らぬ彼に、俺はただ一言途切れ途切れになりながら言葉を紡いだ。




「っ、いつも、……掃除してくれて……っ、ありがとう、ございます……!」


『………っ』




あなたになら、これで全てが伝わる、




そうですよね。




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