Sae's Bible
明らかにされた名
「それで、何があったんだ。あの刻印は誰に?」
「…さっきから思ってたけど、あんたの物言いも悪いね。」
「なんだと!!?」
「ああミナルディ様、落ち着いて。一先ず何があったのか話を聞きましょう。」
ナーナリアの制止で言い争いは免れたが、キムーアはチッと舌打ちをしてリホソルトの前から退く。
「…話の前に。」
リホソルトが左手をくるんと回すと、固い大理石の床に柔らかなカーペットが敷かれ、人数分のクッションと二枚のタオルケットが現れた。
「あ!僕と兄ちゃんのもふもふだ!ありがとう!ねーね!」
「もふもふ…」
ミュー君とセー君はもふもふのタオルケットを持ってリホソルトの両脇に座る。
「このクッションふかふかやー!えへへ、ありがとうな!」
「お心づかいありがとう。」
サエ達もクッションに満足してリホソルトの前へ腰を降ろす。
「さて、何があったか…だっけ?」
「ああそうだ。早く話せ、じれったい。」
キムーアは中々話さないリホソルトに苛立ってきていた為、半ば喧嘩腰に言い放った。
「……む、まあいいや。事の始まりは2週間前の朝。私の家に紫の髪をした変な魔導師とその部下みたいなの二人が来た。」
「紫の髪の魔導師!?」
「噂に出ていた人物のようね…」
新聞記事に出ていたカロラの目撃者の証言と一致する。それを前にジュリーから聞かされていたサエは目を見開いた。
「その…部下みたいな奴とは?人相は分からないのか?」
「顔は見てない。二人とも真っ黒なマントで隠してた。」
「僕と兄ちゃんはいつも通り扉を守ってたんだけど、直接魔法陣で寝所に来ちゃったんだ。」
「そう、だからオレは気づかなかったんだ。侵入者が中に居るなんて。」
直接、神の寝所に空間魔法陣を敷くのは至難の技なのだとセー君は悔しがる。
「…魔導師はなんて?」
「私の力を要求してきた。…特にミュリーの力、宵闇の力を。そして私は応じなかった。」
「宵闇の力って、何か特別なのか?」
「特に暁の力と変わりはないし、守護属性と使える魔法が違うだけ。…要は暁が陽で光属性、宵闇が陰で闇属性。」
リホソルトによると宵闇の力が必要になるのは稀な事で、強力な封印を解く事ぐらいしか使い道は無いらしい。
「そんじゃミュー君とセー君に力を貰った私とジュリーはどうなんの?」
「えぇと…だからね、僕の力をあげたジュリーおねーちゃんは闇属性の魔法が使えるよ。兄ちゃんの力を貰ったサエおねーちゃんは光属性の魔法が使えるのだよー!だったよね、兄ちゃん?」
「付け加えるとオレの力は補助魔法が強くなるし、ミューの力は攻撃魔法が強くなる…くらいかな。」
あくまでこれは仮説であって、暁と宵闇の力をリホソルト以外に宿した例が無いのでサエとジュリーは体調管理と精神状態に気をつけて欲しいともセー君は付け足した。
「では、魔導師は闇属性の攻撃魔法を強くしたかったのかしら…?」
「わかんねぇっすよ姫様。もしかしたら違う目的があるのかも。」
「で、応じなかったら刻印を捺されたのか?」
「…んー…刻印を捺す前に、名前を聞いてきた。」
「名前?」
「そう、宵闇の扉の守護神の名前は何だって。私は言ってやった、お前が自分の名前を偽りなく言えば教えると。」
宵闇の力が不可欠だったのだろうか、魔導師は随分と苛立っていたとリホソルトは言う。
「それで魔導師は名乗ったんですか?」
「うん、『我の名はカオスフィア・ダーク。世を壊する者だ。』ってね。それから直ぐに深層真意を操る刻印を捺されて、後は寝てた。」
「カオスフィア…ねぇ…」
「嫌な自己紹介ですね。」
「カオスフィア…そいつがみんなを…エデンを…」
カオスフィア・ダーク。サエ達はそれぞれに巻き起こった惨劇を思い起こし、赦し難い存在であると再確認した。
「ぶん殴りたくなる名前っすね姫様。」
「ええそうね…許せないわね…。」
「あんたら…カオスフィアに何かされた?」
リホソルトはサエ達が強い想いを抱いている事を不思議がった。
「何かされたも何も!!」
「お前世界がどうなっているか知らないのか!?」
「………知らない。私は、一度も外へ出た事が無いから。」
ぼうっと寝所の天井を見つめてリホソルトは一言、そう言った。
「なんか、勿体ないなぁ〜。外の綺麗な光景とか優しい皆の笑い声とかあったかいもんが沢山あるのに…。」
サエは外を知らないリホソルトを可哀相だと思った。自分だって世界をあまり知らないけれど楽しい事や嬉しい事は沢山あったからだ。
それをリホソルトは何一つ知らない…またもやサエのお節介は外に連れ出してあげたいという気持ちを沸き上がらせた。
「…そんなに…」
「ねーね、『外』が気になる?」
「…………別に…」
リホソルトは伏し目がちに、そして何処か悲しげに言う。
「そうだ、ミュー君は大丈夫だったんですか?」
「僕?ああ…僕の所にね、来たよ。カオスフィア・ダーク。彼は僕の力を欲したけど、鍵が解けなかったから諦めたみたいだったのだよー。」
「鍵?」
「ほら、ジュリーおねーちゃんが解いた箱なのだよー。」
「ああ!あの箱ね!ってあれ?でも確か対侵入者用じゃなかったっけ?」
先程ジュリーがそんな箱を解除していた事をサエは振り返る。
その時にジュリーの容姿が変わったのも気になったのだが、それを今言っていいのか分からずサエ達は黙っていた。
「うん、侵入者用なのだよー。そしてただ一人しか分からないクイズでもあるのだよー。」
「ただ一人だけって…姫様分かったじゃん。あ、もしかして姫様が作ったクイズ!?」
「ちげーよバカヤロー!ミューのクイズはねーねが考えたんだ!」
アキルノアの発言にセー君が噛み付く。
「どういう事ですか?」
「箱は永遠の女神、ディーファ様しか知らない呪文を唱えないと開かない。」
「は?永遠の女神とか迷信だろ?」
「ミナルディ様!!」
キムーアが鼻で笑いながら言ったのをナーナリアが叱る。
「三女神は居たよ?私を創造したのはディーファ様。」
「三女神の伝承は真実だったんですね…」
「伝しょ「ねーね、兄ちゃんが寝てるのだよー。」
サエは伝承とは何か聞こうとしたが話をミュー君に遮られたし、自分も眠いので後でジュリー辺りに聞く事にした。
「ん、もう夜か。そろそろ寝るけど…あんたらどうする?」
「そうね…ここに泊めて頂きましょうか。発つのは明日でいいかしらキムーア?」
「ああ、これから何処に向かうかまだ決めてないしな。明日の朝に地図で行き先を決めて、昼までには発とうか。」
「とゆーわけなんで、一泊させてくんない?」
「別に構わないけど…何を目指してるの?」
「んー、事件を突き止めて元に戻すのに世界を旅してるって感じに近いっすよ?
だから『目指す』っつーのは決まってないね。」
「アキルノア!早く寝なさい!」
「あ、はぁい姫様!んじゃーおやすみ。」
ジュリーに怒られたアキルノアも横になり、全員が眠りについた途端に静かになった寝所。
そんな中、リホソルトは浮遊魔法でゆっくりと暁の扉に向かった。
「……………」
暁の扉…この先に国があると、世界があると聞いた事がある。
私は世界を守る為に居る。
だが私は守るべきモノを知らない、見たことが…無い。
私の守る世界はどんなに美しいのだろうか…そして今、世界で何が起こっているというのだろうか。
『世界の源を護る者』として、私は…どうしたらいいのだろうか…
「…………私は……」
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