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この四角い世界の上で



『貴方達、入る場所間違ってない?』


キーワードがひとつに繋がるより早く、クスクスと笑う女の子の声が聞こえてきた。もちろん、7人の中に女の子はいない。


「おい、今のって…」


声の正体に心当たりのあるキョウは、あとの6人にも尋ねると6人も同じ人物が頭に浮かんでいるようで、無言で頷かれた。
声の正体に、やっぱり?と顔を見合わせる7人は、一拍置いた後、同時に声が聞こえた方を振り返る。
そこにいたのは、赤いスカートをはいたおかっぱの女の子。
学校にまつわる恐い話と言われて、彼女の名前を挙げない人はまずいない。それくらい超がつく有名人。


「えー、っと…もしかして君は…」


意を決して尋ねた深津に、彼女はクスクスと笑い自らを紹介してくれた。


『ええ、私はトイレの花子さん。よろしくね?』


やっぱり。

照らし合わせたわけでもないのに、気がつけば7人は全く同じ事を全く同じ瞬間に口にしていた。

これってアリなの?でもこんな状況だからアリなんだろうな。だとしたらもう何があっても驚かないぞ、と乾いた笑みをもらしている7人を花子さんは『んー』と何か考えるように順番に見ていた。


『見た所、まだ若いようだけど、こんな所にくるなんてひょっとして自殺願望者?』
「「「「「「「違う!」」」」」」」


またも揃った言葉とタイミング。
あまりに綺麗に揃ったものだから、花子さんから思いがけず拍手をいただいてしまう。


『それじゃあ、貴方達は早く帰った方がいいわよ。ここは普通の人達にとって危険な場所だから』
「それができれば苦労しねーよ」


ポツリと呟いた宇井の声を花子さんは聞き逃さなかった。宇井を見つめ、どういうこと?と首を傾げる彼女に阿部が説明をする。
本当なら尋ねられている宇井がすべきなのだろうが、宇井からは答える様子が全く見られなかったからだ。


「学校の敷地から出ようとしても、いつの間にか戻ってしまうんだ。樹雨の力のせいでな」
「樹雨?」


オウム返しに尋ねたのは、花子さんではなくキョウだった。キョウは反射的にトウカイを振りかえるが、トウカイも知らないと肩をすくめるばかり。
そこで蛇の道は蛇という言葉があるように、説明するかかりは花子さんに交代された。


『樹雨って言うのは昔からこの辺りに住むとても強い妖怪よ。人間達を襲って大暴れしていたのだけれど、50年前、人間に封印されたの。校庭に折れた大木があったでしょ?この間の落雷で折れて、封印が解かれてしまったのよ』


忌々しげに言う花子さんに、誰もが耳を傾けている。
とても強い力を持つ妖怪。人間を襲っていたというその妖怪に、自分達がどうやって太刀打ちできるだろう。どうあがいたところで、襲われた人々の様に、やられるのがオチだ。

そんな暗い静寂を宇井がうち破った。


「で、そいつをどうやって封印すればいいか知っているか?」
『ええ』
「どうすればいい」
「宇井!?」


阿部が叫んだのは反射的だった。
話の邪魔をされた宇井は、酷く不機嫌そうに顔をしかめるが阿部はそんなの知るかとばかりに宇井につめよる。


「お前、何考えてるんだよ。正気か?」
「当たり前だろ。あの狐は封印すればこの学校から出られるって言ったんだ。だったら封印してやるしかねーだろ」


まるでドアの開け方を説明するような宇井に、阿部はもちろん高沢達も唖然としていた。ただキョウだけが、宇井の話に笑う。
バカバカしくて笑うのではなく、宇井の潔さに笑っているようだ。


「その話、俺も乗った。やってやろうじゃねぇか。なあトウカイ」


急に話題をふられたのを見て、阿部はトウカイが迷惑がるだろうと思った。宇井はできると信じているようだが、自分達は普通の高校生で勝算は限りなく薄い。しかしその予想に反して、トウカイから帰ってきた言葉は「キョウがやるというなら仕方ありませんね」という乗り気のものだった。


「キョウもトウカイも本気?僕達が勝てる相手だと、本気で思っているの?」


深津は阿部と同じ意見らしい。それが普通だと思うのに、キョウもトウカイも揃って頷くのだ。


「それしか方法がねぇなら、やるしかねぇよな」
「仮にやられるのだとしても、素直にやられるのってなんだか癪に障るじゃないですか。自分達にできることはやりつくしてやられた方が、悔いも残りませんし」


キョウはともかく、トウカイのはポジティブなのかネガティブなのか微妙なところだが、共感はできた。不思議な話だが、理由なんてそんなものでいいのかもしれない。
阿部、高沢、泉、深津の4人は、お互いの意思を確認するように顔を見合わせてゆっくり頷き、結論を出した。


「蒼夏高校男子テニス部の意地を見せてやるか」
「「「ういっス!!」」」


威勢のいい声は、なんとも体育会系らしいではないか。
試合さながらの気合いの入り用に、宇井がこっそり「テニスバカ」と呟いていたのだが、幸いにも阿部達の耳には届かなかった。
全員の意見がひとつになったところで、花子さんは中断されたままだった宇井の質問に答える。


『さっきも言ったとおり、樹雨は校庭の大木に封印されていたわ。だけど折れてしまった以上、あの木に封印する事は出来ない』
「だったらどうすれば?」


阿部が尋ねた。さっきまでと違い、悲観的な考えは持ち合わせていない。別のプランを求められて、花子さんは『簡単よ』と答えた。


『別のものに封印すればいいのよ』


そう言って花子さんは、くるりと手をまわしてその手に丸い石を登場させた。何もないところから石を取り出すのは、妖怪の力とも思えるが、手品の様にも思えた。

宇井はそれを受け取ると、さまざまな角度から石を見た。
見た目は、普通のビー玉を一回り大きくさせたもの。花子さんから受け取らなければ、これが特別なものとは到底思えないだろう。
しげしげと眺める宇井に、花子さんは言う。


『それを封印の陣の中心に置いて、樹雨が陣に入ったら言葉を唱えて、それで封印されるわ』
「話だけを聞いているととても簡単に思えるな。じゃ、行くか」


石をポケットにしまうと、宇井は女子トイレの扉に手をかけた。
相手は50年前に人を襲って暴れた妖怪。封印を破ったということは、当時より強くなっているのだろう。
だが、ここで負けるわけにはいかないのだ。


「(俺を待っているのがいるからな)」


思い浮かぶのは、家で待つ双子。
誠と橙南が自分を待っている。それがあるから宇井は、樹雨を封印して、この学校を出てやると決めているのだ。








あきゅろす。
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