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この四角い世界の上で



肝試しを始めた時は、持参した懐中電灯がなければ何も見えない程真っ暗だったが、段々夜明けが近付いてきたのか東の空はうっすらと明るい。

早めに決着をつけなければと、樹雨を封印するに当たって宇井達はまず2チームに別れた。
花子さんに教えてもらった封印の陣を校庭に描くチームと、樹雨をおびき寄せるチームである。
宇井は自らおびき寄せるチームに入った。陣を描くといった繊細な作業より、相手をひきずりだす方が彼の性に合っていたからだ。
宇井の他にも阿部、泉、キョウが立候補して、彼等の理由もまた似たようなものだった。

キョウを筆頭に4人は校舎を歩き、目的の場所に到着。教室の前に掲げられたプラカードを照らす。


「音楽室、ここだな」


キョウが静かに言うと、宇井達も静かに頷く。
音楽室の怪談と言えば、ひとりでに鳴るピアノや、瞬きをするベートーベンやバッハの肖像画が有名だが、目的はそれじゃない。樹雨だ。

キョウは扉に手をかけ、宇井達を振りかえる。開けるぞ、と目で合図し、宇井達もいつでも、と目で返す。

ガラッと扉が開いた。

音楽室を見渡す。

いた。

樹雨はピアノに腰掛けて、こちらを振りかえっていた。無遠慮な扉の開け方に文句を言いたそうだが、こっちはそんなこと構っていられない。


『何だ?人間風情が何の用だ』


ピアノから降りた樹雨は、ゆっくりとこちらに体を向ける。
樹雨は、つま先から頭まで黒いローブに覆われて、頭もフードを被ったいでたちで、背が高く、ただでさえ細い体をより一層、細く見せていた。
見た目はそんなに強くなさそうだが、50年前に大暴れし、封印を打ち破った強力な妖怪。侮るのは間違っている。
身構えた宇井達に、樹雨はニイッと笑う。フードから僅かに覗いている口が、三日月よりも細くて鋭い弧を描く。

恐怖。

ただこっちを見ているだけ。
ただ笑っただけ。
それだけで十分だった。
それだけで宇井は、頭の先からつま先まで恐怖に包まれた。
言いしれぬ不安、不気味さに体が震えた。

しかし、ただ震えているだけでは何の意味もない。ここまで来たのに、何をしているんだ。帰るんだろ?誠と橙南が待つあの家に帰るんだろ?と宇井は自分自身を奮い立たせ、樹雨に向き直った。


「俺達はお前を封印しに来た」
『私を?笑わせる、お前達に何ができるものか。愚かな人間め、私に楯突いた事を後悔させてやる!』


樹雨が両手を広げると、ローブの裾がザアア!と広がり、ローブ自体に意思がるかのごとく宇井達に襲いかかる。
あれに掴まってはマズイと本能的に感じ取った宇井達は、一目散に逃げだした。もちろん、樹雨がみすみす逃してくれる筈はなくて、逃げる背中を見つめてほくそ笑む。

樹雨は、宇井達をわざと逃がしたのだ。
50年間、僅かずつではあったが力を溜めて、ようやく封印が解けた。
久しぶりの獲物はすぐに殺さず、ゆっくり追い詰めてじわじわと殺してやろう。一人、一人、絶望と恐怖に顔を歪ませて――
そろそろいいかと樹雨が音楽室を出ようとすると、ビリっと電流の様なものが流れた。何だ?不思議に思った樹雨は、目を凝らしてよくそこを見ると、結界が貼られていた。
結界といっても樹雨を閉じ込められるような力はなく、せいぜい足止めする程度。現に、今触れてしまっただけで結界は破れてしまった。恐らく、逃げる時間を稼ぐ為のものだろう。

知恵の回る人間だと思わず感心してしまうが、それ以上に気になるのはこの結界を貼った人間。
あの中の誰かは知らないが、それなりの力と知識はある様子。


『これは面白い』


50年ぶりの獲物は予想外の上物で、樹雨は舌舐めずりをした。








あきゅろす。
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