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この四角い世界の上で





「うっわー、なんだこれ」


泉の口からついてでた感想は、皆のも代弁していた。
校舎に入った宇井達は、綺麗な廊下に面食う。外から見た校舎は、あんなにボロボロだったのに、廊下も壁も掃除したてのように綺麗で、割れていた窓に至っては1枚たりとも割れておらず、ヒビすらはいっていない。

まるで自分達の学校にいるような錯覚さえ覚えるも、窓から見える景色がそれを否定する。


「なんか、出そうな雰囲気だな…」


歩きながら周囲を見渡す高沢はそっと言う。なにが、なんて聞かなくても解るし、できれば出てほしくないと思っているので宇井達は敢えて何も言わない。

一階を見回った結果、ここには職員室、校長室、保健室と技術室、美術室があるのが解った。あとの部屋は物置になっていて蒼夏高校とそう変わらない。ひょっとしたら学校の造りなんていうのは、どこと比べても大差さないのかもしれない。
コツコツと歩いていると、突然、上の階からドン!と大きな音が聞こえた。何の前触れもない音に、体が跳ね上がる。

明らかな驚き様に、普段であれば、ビビってるの?なんて軽口のひとつもでてくるのだが、今に限ってはそんな軽口を叩く余裕なんてない。全身から汗が吹き出し、心臓は音が聞こえる程強く打つ。


「い、今の音って何…?」


深津は宇井を見上げたが、宇井だって何か解らない。ありえないことが連続して起きている今は、何が起きても不思議ではないのだから。


「さあな。何かが落ちた音にしては大きすぎる」


そう答えて、宇井は口の中が酷く乾いているのに気がついた。喉もカラカラで、唾を飲み込もうとしてもその唾すらない。
音は一度聞こえたきりで何も聞こえてこない。静かなものだ。
それが逆に想像力をかきたて、不安を募る。一体、上で何が起きているのだろうか――


「大方、どっかの妖怪が倒されたのだろう」


大した事ないとでも言いたげなその声に、5人はハッと振り返った。
そこにいたのは人と言うには無理がある。なにせ、長くて白い髪をゆるく束ねたその“人”は白い尻尾を揺らしているのだ。
反射的に身構えた5人に、その“人”はクックと喉の奥で笑う。


「そう構えるな人間。私はお前達を取って食おうなんて思っていない」


果たしてその言葉を信じていいものか。
顔を見合わせた5人だが、確かにこの“人”が嘘を言っているようには思えず、とりあえず少しだけ警戒心を緩めてみる。これで襲ってくるようなら、全力で抵抗してやると考えていると、見透かされたのか「意外と疑い深いな」と鼻で笑われた。その“人”の一つ一つのふるまいは、やたらと見下している感じがするので、あまり気のいいものではない。少なくとも宇井にとっては不快だった。

そんな宇井の心境を知らないその“人”はこの状況が愉快で仕方ないという風に笑う。


「私は見ての通り、妖怪、狐の類のものだ。今日は特別な夜になると思ったが、まさか人間が紛れこむとは」


やはり愉快だと思っていた狐は、クスクスと笑うのだが、こっちにとってはまったくおもしろくない。幽霊に遭遇するのも、妖怪に追いかけられるのもごめんだし、なにより閉じ込められたこの校舎から早く出たい。

そんな皆の気持ちを代表するように、阿部が一歩前に進み出た。


「先程、貴方は俺達を食べるのが目的ではないと言いました。それなら教えてください。どうやったら俺達はこの学校から出られるんですか?」


自分が妖怪だと知っても怯えない阿部に、狐は興味を示したのか「いいだろう」と話す。


「この地には凶悪な妖怪が封印されていたんだが、どうやら復活したらしい。故に学校はその妖怪の支配下。しかしそいつをまた封印すれば、お前達も元の世界に戻れる筈さ」

「その妖怪っつーのは、どんな妖怪でどこに封印されていたんだ。知ってんなら教えろ」


間髪いれずに宇井が問いただす。
真っ向から見据える宇井に、狐は「ほう」と口角を吊り上げて、興味の対象が宇井に移行する。妖怪に怯えない人間もおもしろいが、妖怪に歯向かう人間はもっと面白いという事か。


「いいだろう。妖怪の名は樹雨(きさめ)。この学校のどこかにいるという以外は私も知らん。そもそもこの辺りは私の縄張りではないからな」


勿体付けた割には答えになっていない答えに、宇井はチッと舌を打つ。傍で見ていた高沢は青ざめた。相手は妖怪、もし機嫌を損ねてしまったら、自分の命が危なくなると思わないのだろうか。
そんな高沢の心配とは逆に、狐はさらに愉快そうに笑う。よほど宇井のことが気に入ったみたいだ。


「まあ、気をつける事だ。今日は妖怪達の力が最も増す日だから、そこらへんに」


ふいに区切った狐は、ゆらりと大きく尻尾を揺らした。
5人の心もざわりと揺れ動く。


「お前達を狙う奴がいる」


今までより一層濃い笑みは同時に、今までより一層綺麗な笑みであった。








あきゅろす。
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