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この四角い世界の上で




林間学校のプログラムはちゃくちゃくと進み、就寝前にの点呼が済み、無事に1日目が終了しようとした頃、宇井はあることに気がついた。
阿部達がコテージを出ているのだ。
大方、こっそり抜け出して遊ぶのが林間学校の醍醐味とでも言うのだろう。このまま放っておいてもよかったが、なんとなく気になった宇井は溜息をひとつつくとベッドを下りて、懐中電灯を掴むと阿部達を追いかけた。

阿部達は宇井に気付かない様子、そのまま宇井は近づくと、1番後ろを歩いていた阿部の肩を叩いた。


「おい」
「「!!」」


叫び声あげそうになった阿部達だが、ここで声を出してしまったら先生達のコテージに聞こえてしまう。そうなれば何事かと駆けつけた先生達に見つかって、テニス部で仲良くお説教を受けるのは目に見えていて、それだけは勘弁!と皆必死で自分の口を抑えた。
そんな彼等の心境を知るよしもない宇井は、首を傾げながらもう一度、今度は阿部の肩を叩いて尋ねた。


「阿部。お前等、こんな時間にどこ行くつもりなんだ」
「…なんだ、宇井か。脅かすなよなー」


直接尋ねられて、ようやく自分達に声をかけたのが教師ではなく宇井だと解った阿部は、安堵の息をついた。高沢、泉、深津も、宇井の姿を見て阿部同様、安堵の息と共に口を抑えていた手を放していく。

脅かすなよと言いたげなテニス部だが、宇井の方からすれば脅かすつもりなんて全くなく、そっちが勝手に驚いただけだと反論したい。


「勝手に驚いたのはそっちだろ。別に脅かしたわけじゃねーし。で、点呼後にコテージを抜け出したテニス部は、どこに行くんだ?」


実際、そう反論したついでに尋ねた宇井だが、尋ねたところで大体の見当はついていた。
夏、林間学校、加えてこの近所に廃校があると気付けば、答えはひとつしか浮かばない。呆れが交じった目で彼等を見渡すと、阿部、高沢、泉、深津とも誤魔化すように笑い、皆を代表した阿部の答えは、やはり宇井の予想通りものだった。


「俺達、これからあの廃校で肝試しやるんだ」
「だと思った。肝試しなんて、お前等はガキか」


ずばっと言い切られても、そのとおりなんだから反論できない。ガキレッテルを貼られたテニス部は誤魔化すように笑うだけで、宇井はほとほと呆れてしまう。
本来なら、教師達に見つかる前に、コテージを抜け出したこの4人を連れ戻すのが正しいだろう。ただ、見つけたのが宇井だったので。


「うっわー!マジでボロボロじゃんこの学校!」


肝試しのメンバーに加わっていた。
宇井としては4人が肝試しに行こうがどこへ行こうが自業自得で知ったこっちゃない。自分はコテージでぐっすり寝ていたかったのだが、阿部達によって無理矢理ここまで連れてこられた。このまま帰るつもりか?折角だから一緒に楽しもう!とやたらめったらに高いテンションほど厄介なものはない。


「うっへー、どこから入るんだよこれ」


先頭に立っている泉は、持っている懐中電灯で中を照らした。
人が立ち入らなくなって何年もたっているのだろう。校庭だったところは草木で荒れ果てて、かつてはその存在を知らしめていたであろう巨大な木も根元から無残に折れている。窓ガラスもひびが入っていたり、大きく割れていたりして、まともなのは数えるほどしかないが、そのまともなのも土やら埃やらで中の様子がまるで見えない。

要するに、いかにも怪しげな雰囲気で、肝試しをするにはうってつけの場所だということ。あつらえむきに生温い風も吹いている。


「なあ、阿部!誰から行くんだ?」


早く始めたくて仕方ない泉は、阿部を急かす。阿部は「まあ、ちょっと待てよ」と落ち着かせているが、本当のところ自分も早く始めたくてウズウズしている。黙って待っている高沢と深津も同じ様子で、宇井の目には肝試しを楽しみにするテニス部が、双子と重なって見えた。


「とりあえず中に入るか」
「やったー!俺、1ばーん!」


阿部の返事をスタートに、元気よく走り出す泉。到底高校生とは思えないはしゃぎっぷりだが、阿部達が何も言わずに後に続くところを見ると、これが彼にとっては普通らしい。ウチの双子といい勝負だぞ?と眉をひそめながら、宇井も校門をくぐる。


ザワッ――


「!?」


校門に足を踏み入れた途端、悪寒が駆け巡った。さっきまでの生温かったのが一転、冷水を被ったみたいに頭からつま先までが冷たく、全ての皮膚に鳥肌が立つ。


「どうかした?宇井」


一歩入った途端、立ち止って動こうとしない宇井を不思議に思った高沢が尋ねた。


「いや、何でもない」


短くそう返すと高沢もそれ以上尋ねず「そっか」と納得した。

何でもない。
本当にそうなのか?

さっきの返事は高沢にではなく、自分に言い聞かせる為の言葉で、瞬間的に感じたあの奇妙な感覚はまだ拭えない。高沢達が何も言わない辺りからして、感じているのは自分だけらしいが何か起こりそうな予感がする。それがいい事なのか悪い事なのか解らないが、自分の直感が確実に何か起きると告げている。


「阿部!早く始めようぜ!」
「解ったから泉、そう急かすなよ。それじゃルールを――っつ!?」


何かに驚いた阿部に、泉は首を傾げ、高沢と深津はハッと息をのむ。宇井は無言のまま、目を見開いた。


「何だよ。どうかしたか?」


皆を見て、泉だけが気付いていないが、気付かない方がいいのかもしれない。だって泉の後ろには―…。


『人間か』


首のない武者が立っていたのだから。
口を失っている武者の声は、耳からではなく直接頭に届く。経験した事のないそれに、宇井達が耳を抑えたのは反射的だった。
ふと、武者の腰に刀が差してあるのに気がついた。もしあれで切りつけられたら、どうなってしまうのだろう。
考えるだけで怖ろしいが、刀の存在と自分達の死が頭から離れない。
ゴクリと生唾をのむ宇井達だが、反対に、武者は興味がなくなったというように姿を消した。どこかへ行ったのではない。本当にその場から消えてしまったのだ。
再びの怪現象に、泉が「ひっ!?」と小さな声をあげた。


「「「「「……」」」」」


黙りこくる5人は、ゆっくりと顔を見合わせ、相手の表情を伺う。
そして、これからどうするかなんて相談するまでもなく、彼等の次なる行動は決まっていた。


「よし!なんだかここはヤバそうだから帰るぞ!」
「賛成!」
「異議なし!」
「肝試しなのに、肝取られになったら笑い話じゃすまないしね」
「あー、さっさとベッド戻って寝よっと」


かいさーん、と阿部の間の抜けた宣言で、宇井達は踵を返して校門を出ると。


「うわ!?」
「ええ!?」
「あれ?」
「どうして?」
「ん?」


再び校庭にいた。何度試しても外に出れる気配はなく、どうやらこの学校内に閉じ込められてしまったのだと理解する。…認めたくなかったが。


「どうする?」


あまり聞きたくないけどという風に高沢が尋ねると、案の定「どうするって言われてもな」という返事が帰ってきた。首なし武者に出られない学校、こんなの誰もが初体験でどうすればいいかなんて全く解らない。そもそも経験なんてしたくもないけど。


「とりあえず、校舎に入ってみる?」


深津の提案に反対する者はいない。というより、それ以上の考えが浮かばなかったと言った方が正しい。恐怖を誤魔化そうと、懐中電灯を強く握り締めて、宇井達は校舎に入った。



正面ばかり見ていた宇井達は気づかなかった。
3階から宇井達を見下ろす2つの影があったことに。


「おい、アイツ等来ちまったぞ」


チッと舌打ちをして苛立っている彼に、もう一人の彼は「まあまあ」と宥める。


「彼等だってこの学校に閉じ込められた被害者なんですから、そんなに怒らないでください」
「そう言ってもな、この学校の状況見たらそう呑気な事は言ってられねぇぞ。解ってるのか?」
「もちろん解っていますよ。だから僕達で彼等を守ってあげないと」


ね?と言う彼に、彼は怒る気も失せて諦めたように溜息をついた。どうも自分はコイツの押しに弱いところがある。それを解って向こうもやっているのだから、困ったものだ。


彼は「解ったよ」とめんどくさそうに頭をかくと、校舎の闇に消えた。一人残った彼も、柔らかな笑みを浮かべて同じく闇に消えた。







あきゅろす。
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