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この四角い世界の上で
闇の中で誰かが笑う


ねぇ、知ってる?

この山の奥に廃校があること。廃校になったのはもう何年も前の話なんだけど、そのずっと前から奇妙な噂が流れていたんだって。
誰もいない校舎からぼんやりと明かりが見えたり、足音のようなものが聞こえたり。
声もする。
初めは空耳かと思っていた。
だけどだんだん大きくなる笑い声。
それもひとりじゃない、何人もの声が集まって聞こえる。
誰もいない廃校なのに、そんな音がするのはどうしてだろうね?










バスに揺られる生徒達が、それぞれ楽しみを胸に抱く夏の行事、林間学校。蒼夏高校の3年生達は今日から3日間、家を離れて某県にて共同生活を行う。

健康の増進、自主活動、協調性を高めるのが林間学校の趣旨であるが、生徒達には自由な楽園で思う存分楽しむ最高の夏旅行としか思われていない。今もバスの中では、お菓子の争奪戦にトランプ、歌を歌ったり(アカペラだ)と飲み会顔負けのどんちゃん騒ぎでやたらテンションが高かった。
注意すべき立場にある引率の先生方は、情けない事に車酔いで全員ノックアウト。ストッパーがいなのもここまではしゃげる一因だろう。

そんなどんちゃん騒ぎから1人だけ外れていた宇井は、賑やかな同級生を横目で見るだけで、騒ぎに交じろうとはせず、再び窓の外に視線を戻した。


「おい宇井。折角の林間学校なんだからもっと楽しめよ」


ん、とお菓子を突き出したのはテニス部の部長、阿部真司。たまたま隣の席に座っている阿部は、さっきからちょいちょい宇井に声をかけている。
しかし彼が期待するような反応はなく、それどころか殆ど無視されているにもかかわらず、それでもめげずに交流を深めようとしているのは、このテンションの高さに感化されているからだろう。
今回も断られて、仕方なく宇井にあげる筈だったお菓子を自分で食べていると、通路を挟んだ隣のテニス部マネージャー、江崎由美がひょいと顔を出した。


「そうよ、宇井君。この辺りって一昨日まで大荒れの天気で大変だったんだから」
「それ僕もニュースで見た。落雷もあって相当酷かったみたいだよ」


江崎の更に隣、深津蛍も会話に入ってきた。――余談だが、彼もまたテニス部である――深津が言った「落雷」の言葉に阿部が驚く。


「マジかよ!?だったら俺達って凄くツイてるな。せっかくの林間学校がそんな日に当たらなくてよかったー」


もし、先日の天気がずれて今日になっていたら、林間学校どころではなく間違いなく中止。安堵した阿部は胸を抑えると、そのままずるずる座席から滑りだす。


「(ったく、浮かれすぎだ)」


不貞腐れる宇井は、窓の外に目を向けた。宇井だってこの林間学校を楽しみたいが、どうしても残してきた誠と橙南の双子が気がかりで、今一つ本気で楽しめない。
双子の父親役である宇井がいない間は、高木が面倒を見てくれることになっているのだが、なにせ高木の職業はジャーナリスト。
最後の1日だけは運悪く高木がノルウェーに旅立つ日と重なってしまって、双子の面倒を見てくれる人がいなかった。といっても、高木が日本を発つのは夕方だし、宇井が帰るのは高木が出国したのと入れ替わりになるくらいの時間。双子だけになるのは僅かな時間だから問題はない筈だと宇井は自分に言い聞かせる。

まあ、立候補したのが2名程いたが、あの二人に任せる程自分もバカじゃない。

二人のバカもとい、三鬼と寺脇が文句を言うのが目に浮かぶ中、コテージが見えてきた。他の生徒からも次々に「あ!」と言う歓声をあげて、バスの中の盛り上がりは最高潮を迎えた。






バスから降りた生徒達は、それぞれのコテージに別れたのだが、その組み合わせに宇井は眩暈にも似た感覚を覚えた。
担任教師曰く、新たな交流を目的にしたコテージの班はクラスの垣根を越えてランダムに組んだらしいが、こんな偶然があるものだろうか。


「まさかこんな班ができるなんて…驚いたな」


自分の荷物を下して、室内を一望した高沢啓太は言葉に迷う。
「だよなー。俺達は一緒のクラスだけど、高沢と深津は違うし」
高沢に続いて、バッグを下した泉大樹もこの偶然に感心するが、それより楽しさの方が勝っているようで、子供っぽく笑ってみせたのがなによりの証拠だ。


「なあ、高沢と深津もそう思わない?」


話を振られた二人は、揃って泉を振り返った。


「うん、僕もそう思う。まさかこのメンバーで同じコテージに泊れるなんて思いもよらなかった」
「俺も。だってここにいるのって」


テニス部ばかりだ。


そう言った阿部の言葉に、宇井は頭が痛い。
泉大樹、高沢啓太、深津蛍、阿部真司。
この4人は蒼夏高校男子テニス部のレギュラーメンバーなのだ。


「(なんで俺の周りはテニス部ばかりなんだ)」


七雲の三鬼と寺脇といい、自分にはテニス部を寄せ付ける磁石のようなものでもあるのだろうか。
バカバカしい話ではあるが、あながちそうとも言い切れず真剣に考える宇井であった。








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