[携帯モード] [URL送信]

この四角い世界の上で






音楽室で樹雨の接触しに成功した宇井達は、グランドを目指した。
壁には『廊下を走るな』と書かれたポスターが貼られていたが、生きるか死ぬかの瀬戸際でそんな悠長な事を言っていられない。全速力で走り抜ける。


「なぁ宇井!ちゃんとアイツついてきてると思うか?」


阿部が叫ぶ。
ただひたすらに走り続けるだけで、樹雨が追いかけてきているか解らなかったが、今は振り返って確認する間すら惜しい。


「もちろんだ阿部、ばっちり俺達に憑いてきてるぜ」


後ろ指で示してやると、阿部は「ぎゃ!」と声をあげた。
どうやら後ろを指されて反射的に振り返ってしまったようで、黒いローブを漂わせて追いかてくる樹雨がよほど恐かったのか。
それなら最初から聞かなきゃよかっただろ、と思いつつ、宇井は踵を軸にターンを決めると樹雨に懐中電灯を投げつけた。
こんなもので足止めになるとは思えないが、気休め程度にはなる。


『っぐ…こしゃくな!』


前言撤回、しっかり足止めになった。
宇井が投げた懐中電灯は、樹雨に大当たり。顔面を抑えているのを見て、逆に面食らう。


「…妖怪って幽霊と違ってすり抜けられねぇのか?」
「さあ?俺、妖怪博士じゃないから」


宇井と阿部は、揃って首を傾げた。





階段にさしかかると、3段4段と飛び抜かして一気に1階まで下りると、目の前にあるのは裏口。4人は外に飛び出した。


『人間め!私から逃げられると思うな!!』


いつの間にか樹雨はすぐそばにいた。
追いつかれるのは時間の問題、4人は必死に走り続ける。


「大樹!」
「こっちだ!急いで!」


4人を呼び寄せる高沢と深津の前には、白い線で描かれた陣があった。
丸い円の中にはいくつもの線と記号が複雑に絡み合っていて、樹雨がすぐそこまで迫っているにもかかわらず、宇井はそっちのチームでなくて良かったと思っていた。もし、自分達が描いていたらまだ半分もできていなかっただろう。


「宇井!」


阿部は叫ぶと同じに、宇井を力の限り引き寄せた。直後、宇井の脇を掠めていったローブに背筋が凍りつく。もし、阿部が引き寄せてくれなかったら掴まっていた。


「悪い」
「礼なんて。仲間を助けるのは当然だし、お前には待っている人がいるんだろ?」


にこりと笑った阿部には全てがお見通しらしく、宇井は一瞬、面食らうもすぐに強気な笑みをみせ。


「ああ」


と力強く答えた。


『待ぁぁあてぇぇぇぇぇ!!!!』


陣まであともう少しのところで、地の底から響くような声をあげた樹雨は宇井達に飛びかかった。

遊びは終わりだ。
陣まであともう少しのところで喰われるのは、なんと無念なのだろう。地面に這いつくばり、目の前にある陣に手を向けて涙するがいい。

樹雨は50年ぶりの獲物に歓喜し、宇井達を眼下にニィッと笑った直後、宇井達もニッと勝利の笑みを浮かべているのに気がついた。

何がおかしい?


「自分がいる場所をよぉく見てみろよ」


まさか!?

樹雨は足元を見た。小さな陣があり、その中心には半透明の丸い石が置かれている。トウカイが静かに封印の呪文を唱えると、樹雨は絶叫した。


『よくもよくもよくもよくもよくも!!』


気付いたところでもう遅い。呪文を唱えられた石は、樹雨の体を吸い込み始める。大きく描かれた陣が樹雨を封印すると思ったら大間違い、あれは囮でこっちが本命だったのだ。

樹雨は最後に宇井を掴もうとしたが、その悪あがきも空しく空を掴んだだけで石に吸い込まれていった。
最後の一片が石に吸い込まれると、石は光の粒になって霧散した。


「お、終わったのか…?」


泉が恐る恐る尋ねると、トウカイはしっかりと頷いた。
途端に湧きあがる歓喜の声。
喜びのあまり、泉は高沢に飛び乗って声をあげる。急に飛び乗られた高沢は、危うく転びそうになったが寸でのところでこらえてバランスを保った。
深津はホッと胸を撫で下ろし、キョウは地面に座り込んで息を吐く。宇井も阿部と顔を見合わせて、互いの健闘を称えて拳を重ねた。


「それじゃ帰るぞ!!」


阿部の提案に意義など無く、かくして蒼夏高校男子テニス部+αは肝試しを終えたのだった。校門にさしかかると、本当に出られるのかと不安が頭をよぎったが、一列に並んで足を見ふ出せばなんてことはない。普通に出られた。
あれだけ出られなかったのに、と拍子抜けしていると泉がぴょんと前に躍り出る。


「よっし!先生達に見つからないように、コテージまで競争だ!」


泉はそう宣言するや否や走り出し、残された宇井達も負けるものかと後を追いかける。樹雨に追いかけられてあれだけ走ったのにも関わらず、また走り出すのだから彼等の体力は計り知れない。

ただ、トウカイとキョウだけは競争に参加せず、離れて行く彼等を眺めていた。どんどん離れて行く宇井達だが、別にトウカイとキョウを置いてけぼりにしたのではない。

トウカイとキョウの存在を認識できなくなっていたのだ。

今はトウカイとキョウの存在だけが認識できなくなっているが、やがて2人に関する記憶も認識できなくなる。この先、宇井達がトウカイとキョウに会ったとしても、彼等が2人の事を思い出す事もない。
そして、それが宇井達にとって最善の事なのだ。
普通の高校生が下手にこちら側を知る必要はない。


「あのバカでかい陣は囮だったんだな」


キョウの言葉にトウカイはニコリとほほ笑む。
樹雨は自分が封印されようとしているのを解っていた。それなのに、宇井達の誘いに乗り追いかけてきたのは、封印直前で彼等を喰い、絶望する顔をみたかったから。

妖怪曰く、人間の恐怖に満ちた顔ほど、食欲をそそるものはないらしい。全く持って理解しがたい趣向だが。


「おい、あの石はどうして消えたんだ」


キョウが尋ねる。
それはトウカイも気になっていた事だった。
樹雨を封印したあの石は、光の粒なって霧散してしまい、手元には何も残っていない。その代わり樹雨の気配も消えたので、恐らく石ごと消えてしまったのだろう。


「解りませんが、とにかく、これで僕達の仕事は終わりです」
「ああ。樹雨の封印を新しくし直すつもりだったのに、まさかもう解けていたとは思わなかったな」
「はい。おかげで他の妖怪も大量にいるし、それを退治しつつ樹雨を探しだすなんて。おまけに、僕達以外に人が来るなんて思いもよりませんでした」
「ああ。大方の妖怪はアイツ等が来る前に退治したからまだよかったぜ。あれが済んでいないまま、樹雨を封印するなんて、できるかっつーの」


そう言うと、キョウは歩き出した。トウカイもそれに続くと思っていたが、彼はその場を動こうとはしない。
何かを考えるように学校を振り帰るも、朝日を受ける学校からは、何の気配も感じられない。
怪談の元凶となった妖怪達を全て封印したのだから、それは当然だろう。この学校には、もう何も起こらない。静かに建ち続け、人の手で崩されるか自然のまま朽ちるのを待つのみ。
中々来ないトウカイに、痺れを切らしたキョウが呼ぶ。
トウカイは返事をすると、キョウを追いかけた。


暫くの間、2人の足音は聞こえていたがやがてそれも聞こえなくなり、周囲に人の気配すらなくなった頃、校舎の奥で声がした。




――これで終わりだと思うな





第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!