色づく桜色
何をもせずとも、十分すぎるほどの色であるのに、重ねてしまうのは、無垢なのか、その素の美しさに気づかずにいるからなのか。
どちらにせよ、己を染め上げようとする様は魔皇にとって好ましくなかった。
寝所の真横に備えつけてある小さなドレッサーに腰掛け、紅を引くロザリーに、ピサロは寝所から腕を伸ばし、ふわりとした綿菓子のような絹糸に触れた。
「……っぁっ…」
情事の火照りがまだ失せぬのかと、ピサロが顔を傾けると、ロザリーは、鏡の中のピサロを確認してから、くるりと振り返った。
「もう!!嫌ですわ!ピサロ様!」
何だかよく解らないが怒っている。ピサロはよく解らないという風に、一瞬目を丸くし、ロザリーを見つめた。
ロザリーは己の口元を指差し、
「ここ…」
と、残念そうに言った。
確かに、真紅の紅が塗られていた箇所は少しはみ出していて、塗り直さないとならないようだ。
「ここー…?」
体を起こし、腕を伸ばせば、華奢な腰はもう引き寄せられていた。
ピサロの長い指が彼女の顎を上げ、もう片方の指で下唇を拭ったかと思うと、ふいにピサロはロザリーに口づけた。
「ーー……!!」
頬を両手で押さえられていれば、逃げる事は不可能に近く、更に重心をも加わっては、苦しいくらいだった。
「…っ…は……」
その熱情が熱くなれば、なる程、ロザリーの力はどんどん抜けていき、ピサロが、ふと眼を開けば、碧色の潤んだ瞳に、途切れ途切れの息使いに、更に煽られる。
腰から落ちぬよう、片手は頬から動かさぬまま、もう一方の手で押さえる。
「も……ゆ…るして…」
ピサロはロザリーの背を起こし、体を離した。
「………」
ロザリーはゆっくり鏡に近づくと、すっかり色が落ちた口元を見つめた。
その唇は紅く火照てり、頬も上気していた。
「そなたは美しい」
ロザリーは息を呑んで振り返る。
ぎくりりとした顔のまま。
「素で美しいものに無粋な色を付ける必要などないではないか。
ー私ならば、もっと染め上げてやれるのだが」
「ーーーっつ」
ロザリーは見る間に真っ赤になった。
「何時でも、というのは無理であるがな。 ーではロザリー、私が来るまでいい子にしているのだぞ」
「お断りですっ!!!」
閉じた扉からロザリーの声が聞こえ、くっくと忍び笑いを漏らしながら、ピサロは闇夜に溶けて見えなくなった。
ロザリーの紅はすっかり取れて、ほんのりした口元に触れながら、目を閉じた。
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