誘う眠り
不快な空気が纏わりつく。
じっとりとした寝汗で動きが鈍くなった体は気だるい。
少しでも気だるさを振り払おうと、寝返りを打ち、シーツの心地よい箇所を爪先でまさぐる。
ふと、足に何か触れた。
生ぬるい感覚。
はっと、それまで閉じていた瞳をぱちりと開け、まじまじと見つめた。
「……!」
昨夜の事を巡らせ、反芻してみる。
来訪するものはなく、確かに一人で床についたはずだった。
彼女の隣には、恋人であり、魔族を統べるただひとりの帝王がすやすやと寝入っていた。 彼女の気づかぬ内に来訪したのだろう。視線を移すと、黒衣やら、上着やらが揺り椅子に無造作に掛けてあった。
そろりと起き出し、皺を懸念してか、姫はそれらを上から下へと吊した。
ー珍しい事もあるものだ。
まだ夜明けにはほど遠く、肌寒くもあり、暖炉に木をくべたいところだが、それでは彼が起きてしまうだろうー。
「……」
少しだけ毛布が恋しくなる。
寝入る恋人をじっと見つめていると、急にその手が伸び、彼女の腕を掴んだ。
「……!」
もう片方の手は、彼女の腰にあり、ぐぐっと引き寄せられた。
やっぱり起きていたのかと、やわら軽く睨み付け…ようとしたが、当の本人はまた、寝入ってしまったようだった。
覆い被さるような形になり、暫く耐えているものの、段々と苦しくなってくる。
そろそろと指を外すが、左手だけはどうにも外れない。
仕方なく、体制を変えて左隣に添って横たわった。
幾晩か眠ってないのかも知れない。
眉間に皺を寄せて横たわる恋人が痛々しい。
ーこんなに疲れて。
無防備に眠る恋人は、少年のように無垢で、あどけなさを残していた。
孤独を纏う彼に心から忠誠を誓う直属の部下は幾人もいないのだろう。
たった一人で担う国の重みは、彼独りで背負いきれるものではない。
疲れも忙しさに飲み込まれて忘れ去られるのだ。
そしてそれは隙になりうる。
「(私は…隙?)」
彼女の住まうこの小さな塔だけが、彼の安住の地なのかも知れない。
ーそれならば
胸が苦しくなるのを覚えながら、ロザリーも瞼を閉じた。
「夜よまだ明けないで」
羽を休めるように。
疲れが少しでも癒やされるように、薄く透けた三日月にひそり夜の続きを所望して。
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