MONSTER HUNTER*anecdote
運命を狩る者たち(中編)
縛られたアリス達はもちろん、重傷を負ったベルザス、身体が硬直してしまったフェイ。黒龍の進路の先に居る者全員が、もう回避は間に合わないと直感していた。
それを見ていたメイファは、直ぐさま黒龍の後を追いかける。だが、衝突までに自分の方へ気を引く術を見つけられず、眉をひそめて舌を打ち鳴らした。
迫る漆黒の巨躯。アリス達は覚悟を決め、歯を食いしばった。
すると、窮地に陥った彼女達の前に、一つの人影が踊り出たのである。
「どけよオッサン!邪魔だっ!」
黒龍とベルザスとの間に割って入ったその男は、背中に担いだ二本の剣を素早く抜き取った。そして地を強く蹴って跳び上がると、迫り来る黒龍の顔を目掛けて、両手に構えた剣を交互に振り下ろしたのである。
神秘的に輝くその双剣……封龍剣【超絶一門】によって斬りつけられた傷口に、かの武器に秘められた龍属性の黒雷が走った。激痛が黒龍の顔から尾の先まで突き抜け、龍は堪らず鳴き声を上げながら身悶えたのだった。
「エース!!」
突如現れたその男の名を、彼の双子の姉であるダイアナが叫んだ。緊張に強張っていた彼女の頬に、少しだけ安堵の色が戻っていく。
「手紙、エースには届いてたんだね……!」
歓喜に沸くアリスの瞳にも、希望の光が差し込んだ。
ギルドへ宛てた手紙がメイファの手に渡ってしまった時点で、もう彼は来ないものだと諦めていたのである。だが、どうやらせき止められてしまったのはギルド宛ての手紙だけで、エースに宛てた手紙は無事だったらしい。
エースの攻撃を受けて黒龍が怯んだ隙に、背後から接近して来ていたメイファは龍の後ろ脚を目掛けて片手剣を振り下ろした。不意を突いたその斬撃は、再び黒龍のターゲットを一身に引き受ける事となる。
メイファは黒龍の気を引き付けるようにわざと大きく剣を振りつつ、アリス達から遠ざかって行った。こうして、間一髪の所で衝突は免れたのだった。
「……はぁっ。来いって言うから来てみれば、何だよこの状況。面倒くせぇ事になってやがる」
エースは一息ついてから構えていた双剣を背中に担ぎ直すと、くるりとアリス達の方を振り返る。そして彼の視線の先からは、コツコツとブーツの踵を鳴らしながらもう一人のハンターが近付いて来ていた。
「事情が変わった様ですわね。ですが、さして問題はありませんわ」
「ウニャー!姫さんだニャ!」
可憐な桜色の鎧を身に纏った少女が夜闇から現れると、今度はヨモギが1番に歓声を上げた。竜姫は辺りをぐるりと見回した後、アリスが落とした投げナイフを見つけて静かに拾い上げる。
「問題無いって、お前なぁ……。相手はミラボレアスだぞ?伝説の黒龍なんだぞ?この世で最も面倒なモンスターじゃねぇか」
「いくら伝説と崇められようとも、叩けばそこから血が流れますわ。わたくし達と等しく、龍も生き物なのです。だから恐れるに足りません。わたくしが粉砕して差し上げましょう」
「……お前より恐い生き物はいねぇ、か」
「エース、聞こえてますわよ」
もちろんエースの最後の一言は、独り言のつもりでボソボソと小声で呟いたものである。だがそれは竜姫の耳にちゃんと届いており、結果的に彼女からギロリと睨みつけられてしまったのだった。
いつもと変わらぬ二人のやりとり。自然とアリスの顔から笑みが零れた。
竜姫は縛られたダイアナの前にひざまずくと、深々と一礼してから縄にナイフを当てて丁寧に一本ずつ切り解いていく。そしてエースも腰に携えた剥ぎ取り用のナイフを使って、アリス達の縄をブチブチと断ち切っていった。
「よし、一旦引いて体制を立て直すぞ」
エースはジェナの手首を拘束していた最後の縄を切り落とすと、ちらりと横目で黒龍の動きを確認してからそう言った。メイファが上手く龍を引き付けている。この隙に、未だ意識の戻らぬラビと、負傷したベルザスを安全な場所へ移さねばならない。
「ベルザス、私の肩に掴まれ」
躊躇う事無く、真っ直ぐに差し出されたジェナの手。
だが、ベルザスはあからさまに嫌悪感を表しながら、その手を押し退ける様に振り払ったのだった。
「お前の情けなんか受けるものか……!」
「いい加減にしろ!よく聞け、これは情けなんかじゃない。何度だって言ってやるが、私はお前を永遠に許すつもりはない。だが、今ここで死ぬ事の方が許せないんだ。生きて償え。全ての罪を、私と共に!」
ジェナは有無を言わさぬ勢いで、ベルザスの腕をひっ掴む。「離せ!」と叫びながら暴れるベルザスの腹からは、多くの血が滴っていた。
これ以上動くと危険であると諭すジェナの言も聞かず、ベルザスは頑なに戦線から離れる事を拒み続ける。ここで退けば、またジェナに黒龍討伐という名誉を持って行かれてしまう。そんな屈辱を味わうくらいなら、狩場に散った方がマシだと言い張ったのであった。
悠長な事をしている場合ではないのに…と、ジェナの中に苛立ちが芽生え始めたその時。朽ち果てたシュレイド城にはなんとも不釣り合いな、可愛らしいクマのぬいぐるみがぶんと夜空に振りかざされた。
「煩いですわね。怪我人はさっさと退場なさいな」
ゴン。と鈍い音が鳴り響き、意識を失ったベルザスは、ぐったりとジェナの肩に突っ伏した。もちろん、彼の頭にクマのぬいぐるみを振り下ろしたのは竜姫である。
彼女の腕の中で、クマのぬいぐるみはガラス玉の目を光らせながら、にっこりと微笑んでいる。それが何とも不敵な微笑みに見えて、アリス達は頬を引き攣らせたのだった。
「お前なぁ……普通、重傷人を殴るか?」
普段から竜姫のクマの餌食になっているエースは、ベルザスに対して「ご愁傷様」と両手を合わせずにはいられなかった。さすがのジェナも、これには苦笑いを浮かべるばかりである。
「そもそもわたくし、この男を一発殴るつもりでおりましたの。ああ、これでスッキリ致しましたわ」
「まあ、姫ちゃんもそうだったのね?実は私も、蹴り飛ばしてしまいたかった所よ。ふふっ!」
そう無邪気に笑うのはダイアナである。思わぬ所から同意を得て竜姫の目は歓喜に奮えたが、他の者達は背筋に走った悪寒に震えていた。
「……とにかく、早くここから離れようよ!ヨモギ、ラビを運ぶの手伝って!」
「ニャ!」
アリスが未だ意識の戻らぬラビの腕を肩に掛け、ヨモギが反対側からそれを支える。
城外へ退避しようと動き始めた彼女達の背後で、黒龍が一段と大きな咆哮を上げた。
「あっ……メイファっ!!」
それまで魂が抜けたように呆然と目の前の光景を眺めていたフェイが、慌てて声を荒げる。彼の視線の先を追えば、独りで黒龍と対峙していたメイファが、渇いた大地の上に仰向けで倒れていたのであった。
彼女は半分に割れた狐の面を脱ぎ捨て、血の滲む額を片手で押さえながら立ち上がる。足元はふらついているものの、それでも黒龍を狩らんとする鋭い眼光は失われていなかった。
いくら夢であるといっても、何が彼女をそこまで駆り立てるのか。……それは誰にも分からなかった。
「チッ、仕方ねぇな。おい竜姫!俺達で加勢するぞ!」
エースは素早く双剣を引き抜くと、再び腰を落として身構えた。その隣では当然の様に、竜姫が老山龍の素材から作られた蒼穹色のハンマー・龍壊棍を手にしている。
「そこのガキ!お前は戦えるのか!?いけるんならついて来い!」
エースは、血の気を失ったフェイに向かってそう叫んだ。だが少年は俯きがちに目を逸らすと、ぎゅっと拳を握り締めながら、弱々しく「でも……」と呟いていた。
「僕は、密猟者の仲間なんです。アリスさん達に酷い事をした奴らの味方なんですよ?あなた達の敵である僕に、一緒に戦う資格なんて……」
「あーーっ!面倒臭ぇ奴だな!敵とか味方とか、そんな事が今重要か!?目の前に居るモンスターを狩る為に、ハンターである事以上の何が必要だってんだ!動ける体があるうちに、やれるだけやるんだよ!ウダウダ言ってると、お前もさっきのクマで殴られるぞ!いいから一緒に来いっ!!」
夢中でそう叫び続けたエースは、言い終わってからハッと我に返った。ガラにも無い、何と汗くさい台詞だろうか。心なしか仲間達の視線もくすぐったく感じ、急に耳の辺りが熱くなった。
「……エースの言う通りよ、フェイ君。私達、今はいがみ合っている場合じゃない。手を取り合って、乗り越えなきゃ」
ダイアナは俯いたままの少年に向けて、真っ白な手袋に包まれた右手を差し出した。
それを見たフェイの脳裏に浮かんだのは、メイファと出会ったあの日に、彼女が差し延べてくれた柔らかな掌であった。
二つの手は、少年の心の中で重なり合う。気が付いた時には、フェイはその手をしっかりと握り返していた。
「アリスちゃん、ジェナさん、ヨモギ君。さあ、今のうちに」
「……すまない。すぐに戻る」
「みんな……気をつけてね」
勿論だ、と力強く頷く仲間達。
決して後ろ髪が引かれないわけではない。だがアリス達は一度も振り返る事なく、城外へ出るまで歩き続けた。
そしてそれと同時に。猛り立つ双剣使いを筆頭に、狩場に残ったハンター達は、黒龍の元へと駆け出して行ったのだった。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!