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MONSTER HUNTER*anecdote
そして火蓋は切られた
「寒冷期の空は綺麗ね。月も、星も、輝いて見えるわ。私は一年の中でこの季節が一番好きなの。あなたは?」

狐の面から覗く艶やかな唇を、メイファはニヤリと吊り上げていた。

「メイファ……。ふざけるな。私はお前の素性を知っているんだぞ!」

「ええ、分かっているわ。でなきゃこんな手紙、ギルドに送ったりしないもの」

メイファは胸元から一枚の紙をつまみ出すと、それをジェナの足元へ放り投げる。それは、ジェナがギルド宛てに伝書鳩に乗せて送った密告状であった。

「残念ながら、ギルドの内部にも私の仲間がいるのよね。だから、援軍が来るなんて淡い期待をしちゃダメよ」

「……そうか。ならば、私がお前達を止める!」

ジェナは低く腰を落とし、太刀を構え直す。そんな彼女の背後では、メイファらを敵と見なした黒龍がグルルと低く唸り声を上げていた。

「まあ、怖い。あなたと黒龍が本気を出せば、私達を一瞬で排除する事なんて容易いのでしょうね」

刃を向けられてもなお、メイファは余裕たっぷりにクスクスと笑っている。そして彼女は「でもね」と呟くと、更に言葉を続けた。

「私は、勝機の見えない戦いはしない主義なの。だからこうして私が此処に居るという事は、私には勝機が見えているという事なのよ。ねぇ、何のために今まで攻め入らなかったと思う?」

「…………」

「疲労が重なれば、無意識のうちに油断が生まれる。悲しい人の性ね」

そう言い終えたあとすぐに、メイファは後ろにいる仲間に顎で何かの指示を出す。すると群がるハンター達の間から、体を縄で縛られたアリスとダイアナ、ヨモギの三人がジェナの目前に押し出されたのであった。

「お前達……!」

「ジェナ……ごめんっ……」

がくりとうなだれる三人を目の当たりにし、ジェナの手が怒りに震えた。

「貴様等……っ!」

「おっと、もう一人追加だぜ」

メイファ達の後ろから、覚えのある声が響く。それはかつての戦友であり、人生を狂わせた元凶でもある、恨めしき男の声だった。
ジェナは体中の血が憎しみに沸き立つ感覚に襲われ、ぎり…と唇を噛んだ。

「ベルザス……!!」

「よおジェナ。久しぶりだな」

ハンター達を押し退けながらやって来たベルザスはメイファの隣に立つと、ニヤニヤと嫌な笑みをジェナへ向ける。

「まったく手こずらせやがって。あまりに暴れるもんだから、少々手荒な真似をしちまったぜ」

さも楽しそうにケラケラと笑うベルザスの手には、アリス達と同じように縄で縛られたラビの首根っこが捕まれていた。ベルザスとの格闘の末に捕らえられ、激しい暴行を受けたのだろう。彼に意識は無く、口元からは血が滲み出していた。その上ここまで引きずられて来たのか、衣服は砂に塗れて擦り傷だらけであった。

「なんて事を……!どうして、どうしていつも私の大事なものばかり傷付ける?もうたくさんだ、やめてくれ。頼む、私の……私の仲間に手を出さないでくれ……」

ジェナの手が、声が、怒りと悲しみに震えていた。
そして彼女は太刀を鞘に納め、膝から崩れ落ちるように地面に両手を着き、深々と頭を下げて懇願する。

だが、ベルザスとメイファはそんな彼女を見下ろしながら、クスクスと嘲笑うばかりであった。

「前にも言っただろう?これが、力を持たざる者のやり方だとな。ま、持てる者のお前には到底理解出来ないかもしれねぇな」

「心配しないで。少しの間、大人しくしてくれればいいの。狩猟が終われば、ちゃんと解放してあげるわ」

メイファはジェナの眼前にしゃがみ込むと、鋼龍の兜を引き抜いた。あらわになった彼女の素顔は青ざめ、深紅の瞳は込み上げる感情に潤みながらも、気丈にメイファを睨みつけていた。

「……安っぽい嘘を。どうせ、私達も後で始末するのだろう?」

「あら、始末だなんて物騒だこと。そうね……信じるか信じないかは、あなたに任せるわ」

そう言いながら、メイファはジェナの兜を無下に放り捨てる。ガランガランと音を立てて遠くへ転がっていく兜を余所に、メイファは背後に控えたハンター達にジェナを縛っておくよう言い付けていた。

アリス達は一箇所に集められ、座ったまま背中を合わせるようにして、互いの縄と縄をきつく結びつけられた。身動き一つの取れない状況の中、すぐ側に立つメイファがハンター達に指示を出していく。黒龍を狩る準備に奔走する彼らの姿を、アリス達はただ見ている事しかできなかった。

「これは、どういう事……?」

その時、震える声が寒空に響き渡った。
それはアリス達の背後から遅れてやって来た、何も知らされていない憐れな少年の呟きだった。

「フェイ……!」

アリスは少年の名を呼ぶ。だが少年は、呆然と目の前に広がる光景を眺めていた。

フェイはここに来るまで、“猛り狂う黒龍へ、果敢に攻め込む仲間達”がいる狩猟風景を予想していた。だが彼の瞳に映る景色は、そうではなかったのである。

無抵抗の黒龍を取り囲む、下劣な笑みを浮かべた仲間達。それとは対照的に、再開を誓って別れたはずの友が、傷付いた姿で拘束されているではないか。

予想と現実の間に開いた大きな差。今、ここで起きている事を瞬時に理解できない頭。
動揺を、隠す必要すらなかった。

「外で待っていろと言ったのに……本当に、困った子ね」

少年に背を向けたまま、メイファはそう呟いた。それは普段の彼女が出す艶っぽい声ではなく、背筋がゾクリとするほど冷淡なものだった。

それを聞いたアリスは眉をひそめ、メイファを見上げる。昼間にミナガルデで話をしていた時にも、同じ様な事があったからだ。あの時のメイファも、黒龍の事を勝手に口外したフェイに対して、明らかな苛立ちを見せていたではないか。

「だって、やっぱり僕も一緒に戦いたくって……。それよりメイファ、どういう事なの?なんでアリスさん達が縛られているの?」

「……」

「答えてよ!この人達は、僕にとても良くしてくれたんだ。なのに、なんでっ……」

兜を脱いだフェイは、戸惑いに揺れる瞳でメイファを見つめる。だが、彼女は少年の視線を疎ましがるように、小さな溜息をつくばかりだった。

「……煩いわね。フェイ、あなたは私の言う通りに動くだけでいい。余計な事は考えなくていいの」

「そんなの……答えになってないよっ!」

フェイは腰に携えた剥ぎ取りナイフを引き抜くと、縛られたアリス達の元へと駆け寄る。そして固く結ばれた麻縄に刃を当てがったのだが、震える手ではなかなか上手く断ち切る事ができなかった。少年は自分の意志に反してもたつく手先に苛立ち、悔しさに噛んだ唇からは血が滲み出していた。

そんな彼を見て、アリスは事実を告げようと心に決めた。フェイの動揺を煽るだけかもしれないという戸惑いはあったが、彼は無関係で済まされない人物だ。真実を知り、それに沿った正しい行動をとってもらわねばならないのだ。

「フェイ、あんたには辛い話になるけど、聞いて!この人達は密猟者。ギルドの役人なんかじゃない。黒龍を討伐する為に来たんじゃなくて、密猟しようとしているのよ。その悪事は私達にしか止められない。だから……」

「密猟者?そんな、まさか……」

アリスが人を惑わすようなつまらない嘘をつく人間ではない事くらい、数日を共にしただけのフェイにも分かっていた。だからこそ、彼の意識は信頼を寄せるメイファとアリスの言葉との狭間で、どちらにも傾けずにいたのである。

「メイファ……どういう事なの?ちゃんと説明してくれなきゃ、僕……」

少年はもう一度、メイファの後ろ姿を見上げた。その背中は孤島で出会ったあの日のものと、何一つ変わっていないはずなのに。そこに見えない壁を感じてしまうのは何故だろうか。
フェイは零れそうになる涙を、ぐっと堪えていた。

「……説明は、もう要らないでしょう?だって貴方は、たった今真実を知ったじゃない。それ以上も、以下も無いわ」

「じゃあ、ずっと僕に嘘をついていたんだ……」

「そうね、私の手足となって働いてもらう為に。馬鹿な大人は、純真な子供の言うことを疑いもせず鵜呑みにする。子供の方が都合の良いことが、意外と世の中には多いのよ。実際、貴方はよく働いてくれたわ」

「そんな……」

仲間として迎え入れられたのではなく、ただ利用する為だけだったという現実。闇市での暮らしから救われた先は、皮肉にも同じ穴の狢(むじな)だった。

少年の心の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れていく。堪えきれなくなった大粒の涙が、フェイの曇り無き瞳から零れた。

「貴様、人の心をなんだと思っている……!」

怒りに沸き立つジェナは、鋭くメイファを睨みつける。もし彼女の体が拘束されていなければ、すぐにでもその強く握り締めた拳で制裁を与えていた事だろう。

だがメイファは尚も背を向けたまま、小さく肩を竦めただけで何も答えようとはしなかった。

「準備出来たぜ」

一仕事を終えたベルザスが、こちらに戻って来る。

「絶対に、お前を許すものか……!」

「そう睨むなよ。恨むなら、自分の運の無さを恨みな」

燃えるようにぎらつくジェナの視線を一身に受けながらも、ベルザスは勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。

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