[携帯モード] [URL送信]

MONSTER HUNTER*anecdote
遮光
密猟者の襲撃に備え、アリス達はシュレイド城周辺を見張りながら黒龍の警護に徹する。
しかし数時間が経ち日が暮れても、メイファらが姿を現す事は無く……。とうとう辺りは、夜の闇に包まれてしまったのであった。

寒冷期の夜は寒さを増し、冷たい風が肌を刺す。いつ始まるか分からない戦いに向けて、体力を温存しなくてはならない彼女らにとって、冷気は一番の大敵に思えた。

そこで、ジェナが見張りを交代制にして城内で休憩をとろうと提案する。思い返せば、ミナガルデに到着してからここに至るまで、アリス達はろくに休息もとっていなかった。少なからず疲労を感じていたハンター達は、彼女の意見に勿論賛成だった。

こうしてアリス達は、直ぐに外へ出れるよう中庭と直結した一室を拠点として整え、そこで順に仮眠をとる事にしたのである。


真夜中を過ぎた頃。
見張り番をしていたラビは、寒さを凌ぐために焚いた火の傍に座り込み、年季の入った手帳にペンを走らせていた。彼の目の前には、焚火の明かりに照らされて朱く輝く黒龍の躯が、暗がりにぼんやりと浮かびあがっている。
一切の無駄の無い正統な龍のフォルム。この美しい造形を、一目見た時から事細かに書き記しておきたいと思っていたのだった。

今まで読んできた古生物書士隊のどの著書にも、黒龍に関する詳しい記述は無かった。だが長い歴史の中で、書士隊が黒龍と遭遇した事実が無いとは思えない。恐らく、黒龍と遭遇して情報を得ても、それを生きて持ち帰る事ができなかったのだろう。

ラビは今書き綴っている黒龍の情報を、必ずドンドルマに居る書士隊のディランに渡そうと心に決めていた。この情報を以って、今後黒龍に遭遇した書士隊やハンターが、命を落とす事の無いようにと願いながら。

ふとその時、背後に人の気配を感じてラビは手を止めた。その気配はゆっくりと、足音を立てないようにしながら近付いて来ている。

ラビはそっとアイテムポーチの中に右手を潜り込ませ、忍ばせておいた投げナイフの柄を掴んだ。そして気配が間近に迫った刹那、勢いよく振り返りながらナイフを突き出したのだった。

「おっと、気付かれていたか」

「! ジェナさん……」

ラビの背後に居た人物は、鋼龍の兜を小脇に抱えたジェナであった。彼女はヒュンと空を斬ったナイフを避け、ラビの手首をしっかりと掴んでいた。

「何か他の事に夢中になっている様子だったから、ちょっと驚かせてみたくなっただけだ。すまんな」

「いえ……こちらこそちゃんと確認もせず、すみませんでした」

「良い反応だった」とジェナは苦笑い、彼の手を離す。ラビはナイフをポーチに仕舞いながら、投げなくて良かったと心底ほっとしていたのであった。

ジェナは彼の隣に腰をおろして兜を傍らに置くと、寒さでかじかんだ両手を焚火にかざす。

「交代だ。後は私が見るから、少し寝てくるといい」

「えっ?でもまだ代わるには早いような……。それに、確か次はダイアナさんでしたよね?」

「ダイアナにはアリスの側に居てもらっている。……疲れていたんだろうな、あの子はいろんな話を私にし終えた途端に眠ってしまったよ。ヨモギと一緒にな」

「……そうですか。安心したんでしょうね、貴方に会えて」

ラビのその一言に、焚火の影が揺らぐジェナの顔に笑みが零れる。彼女自身、アリスと再会できて本当に嬉しかったのだ。

「お前はあの子を、何度も危機から救ってくれたそうじゃないか。ありがとう」

「いえ、俺は何も……」

「そう謙遜しなくていい。アリスは頼りになる仲間だと断言していたんだ、それが何よりの証拠だろ?どうか、これからもあの子の力になってやってくれ」

「………」

ラビは、自分の膝の上に乗せたままの手帳に視線を落として言葉を詰まらせた。そして静かに手帳を閉じ、そっと上着の内ポケットに仕舞う。

一方でジェナは温まった指先を摩りながら、話を続けていた。

「ヨモギもダイアナも、頼もしい奴らだ。アリスは良い仲間に巡り逢えたんだな。……少し、羨ましいよ」

「ジェナさん……」

再びラビがジェナを見遣ると、彼女は寂しげに目を細めて焚火を見つめていた。紅い瞳に炎の影が揺らぎ、それは儚く燃え尽きてしまいそうだった。

「あの時の私にも、お前達のような仲間がいれば違った結末を辿っていただろうか。何に屈する事も無く、信じた道を突き進んでいけただろうか。……ふと、そんな事を考えてしまったよ」

ジェナはふふっと自嘲気味な笑みをこぼすと、肩を竦めてみせた。

「今更何を思おうが、何も変わらないのにな。過ぎ去った日を悔やんでも、後戻りなんて出来ない。……すまない、今言った事は忘れてくれ」

憂鬱な気分を吹き飛ばすかのように、ジェナは夜空に向かって背伸びをする。
二人の間に暫しの沈黙が流れ、薪がぱちんと弾ける音が辺りに響いた。

「……過去は変えられなくても、未来は変えられます。今からでも遅くない、貴方はアリスと共に暮らした日々へ帰るべきだ」

先に静けさを破ったのは、ラビだった。彼の言葉に、ピクリとジェナの眉がひそめられる。

「それは出来ない。黒龍を放ってはおけないし、何より私は……。私の選択によってあの戦いで命を落としたハンター達を差し置いて、幸せになど暮らせないんだ。私はアリスを守る為に彼らを見捨てた。それは私の背負うべき罪。心を痛めた家族の居る街に、どの面下げて帰れというのだ」

「罪を償いたいならば、亡くなったハンター達の分まで真っ直ぐに生きるべきじゃないんですか?ここに貴方が居たって、誰も報われない。黒龍の事ならギルドに任せればいいじゃないですか。……アリスだって、貴女と一緒に居たいと願っているのに。その為だけに彼女は今まで戦って来たんですよ?彼女の気持ちはどうなるんです?」

「…………」


そう言い終えたあとラビはジェナの返答を待ったが、彼女は視線を反らし、ただ頑なに口をつぐむばかりであった。

じれったさと、少し言い過ぎてしまったかという気まずさにラビはいたたまれず、その場から立ち上がる。そしてジェナに背を向けるようにして踵を返すと、去り際にこう呟いた。

「生意気な口を利いてすみません。けれど……忘れないで下さい。こうして関わりを持った時点で、俺達はもう仲間です。俺は、貴方が信じていた道へ戻れるのなら、何だってやりますよ」

最後に一礼だけして、ラビは広場を後にした。遠ざかって行くその足音に耳を傾けながら、ジェナは小さな溜息をつく。

「ハンターとして、か……。だがその道を選べば、いつか黒龍と戦わねばならない日が来てしまいそうで。私はそれが、怖いんだ」

ジェナはゆっくりと立ち上がると、眠り続ける黒龍の側に寄り添った。そっと手を伸ばして龍の頬に触れれば、パチリと瞼が開き、宝石のような瞳が彼女を見つめる。

「傷付いたお前の孤独な姿に、私は自分自身を重ねていたのかもしれない。傷を舐め合える相手を拠り処にして、縋ってしまえば楽になれるから……。でも、あいつの言う通り。それじゃ誰も報われないな」

龍に人間の言葉が通じるかは分からない。だがジェナは、確かに黒龍は自分の話を理解しているものだと感じていた。そして、真っ直ぐにこちらを見つめる龍の瞳は、ジェナが心の奥底に抱いている本当の気持ちを見透かしているように思えた。

「また、生きて行けるかな。ハンターとして、あの子と共に……。お前はどうする?傷が癒えたら人里離れた地へ向かうか?それか、此処をギルドの管理下においてこのまま――」

ジェナの話が終わらぬうちに、黒龍の鼻が何かに反応してピクリと動いた。そして龍は上体を起こして頭をもたげると、城門の方をじっと凝視し始めたのである。

「どうした?……密猟者共か?」

ジェナは直ぐさま鋼龍の兜を被り、背中の太刀を引き抜いた。そして黒龍を庇うように陣取ると、太刀を構えて暗闇に目を凝らす。

ガチャ、ガチャ、ガチャと、幾つもの武装した足音が近付いて来る。樽爆弾を大量に用意したのだろう。風に乗って届いた火薬の臭いに、ジェナは不快感を覚えた。

「こんばんは、ジェナ。素敵な夜ね」

数十名のハンターを引き連れて、闇夜の中から現れたのは忍び装束の女。それはかつてギルドの役人と名乗り、穏やかな物腰で近付いて来たメイファであった。

「狐女が……」

兜の下でそう呟いたジェナは、何をしてでも守り抜くと黒龍に誓いを立てていた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!