[携帯モード] [URL送信]

MONSTER HUNTER*anecdote
一閃
戦線に戻ったダイアナは黒龍の背後に回り込み、引き絞った矢を放った。闇夜に紛れる迅竜・ナルガクルガの弓は静かに唸り、その矢を狙い定めた場所へ的確に運んでいく。

予期せぬ所からの不意打ちに、黒龍は直ぐさま身体を返して射手を睨みつける。それに対してダイアナは臆する様子も見せず、一本、また一本と矢を放っていった。矢に仕込ませた薬液を無駄無く発揮するには、間隔を開けずに撃ち込まなければいけなかったのだ。

だがそこへ、黒龍の吐き出した火球が飛ぶ。次の矢をつがえようとしていたダイアナは、それを回避しようと咄嗟に地を蹴った。
しかし、挫いた足首から全身に走る激痛に、彼女の体はバランスを崩して倒れたのである。

「姉貴ーーっ!!」

エースの叫ひ声が空気を震わす。黒龍の火球が落下した地点から焦げた臭いが漂い、彼の顔から血の気が引いていった。

ダイアナは無事なのか。誰もが息を呑み、まだ黒煙が立ち込めるそこを見遣る。そしてエースは姉の元へ駆け付けようと、走り出していた。

そんな彼の脇を、ヒュンと音を立てて飛び去る物があった。それは、先端が鋭く尖った一本の矢。体勢を崩し、地に膝を着いたダイアナが放った最後の矢だった。

「行きなさい!無駄にしたら、許さないわよ?」

そう儚く微笑えんだあと、ダイアナは刺すような痛みに顔をしかめて右足首を押さえる。彼女の真っ白なコートの裾は、黒龍の炎によって無惨に焼け落ちてしまっていた。

姉の無事に安堵の息をつく間もなく、エースは矢の向かった先へ踵を返した。当たり前だろ、無駄にするものか。と、握り締めた双剣に力が篭る。

ダイアナが放った矢は、黒龍の動きを確実に拘束していた。仕込まれた麻痺が龍の身体を巡り、またとないチャンスを生み出していたのだ。

ハンター達は各々の武器を手に、一斉に駆け付出していた。
皆の思いは、一つである。

「はああああっ!!」

二本の剣で舞うように繰り出されるエースの連斬。そして力強く振り下ろされる竜姫の鎚。ヨモギがとっておきの樽爆弾を投げつければ、それに絡めるようにして冷却を終えたフェイの竜撃砲が火を噴いた。

しかし。決死の総攻撃も虚しく、瞬く間にチャンスは去ってしまう。黒龍の自己治癒能力が非常に高かったため、麻痺はあっという間に解けてしまったのだ。

龍は自由を取り戻した身体を大きくうねらせて、周囲に居る者達を長い尾で薙ぎ払った。悲鳴と共に、ハンター達は弾むように地面を転がっていく。

「畜生っ!!」

こんなにも攻撃し続けているのに、どうして力尽きてくれないのだろう。仕留めきれなかった悔しさに、エースは唇を噛んだ。

もう一度斬りつけてやろうと素早く体を起こすものの、膝に力が入らない。尻餅をついたエースに向けて、ダイアナが声を張り上げる。

「気をつけて!また飛び上がるわ!」

視線を戻せば今まさに。黒龍は大きな翼をはためかせて、フワリと夜空に浮かぼうとしていた。不様に這い蹲う人間達に引導を渡すが如く、熱の篭った口を開いて。

羽ばたきながら、黒龍はゆっくりとその場で向きを変える。標的にされる恐怖が、ハンター達を襲っていた。

フェイは近くに倒れていたヨモギの手を掴んで引き寄せ、少しは耐えられるだろうかと盾を掲げる。そして竜姫は、立ち上がれなくなったエースの傍に駆け付け、この場から離れようと彼の肩を支えた。

「そうはさせない……!」

ぐいと上空を向いた銃口。ラビはヘビィボウガンに込めた全ての弾を、黒龍に向けて撃ち続けた。狙いはただ一つ。全ての生き物が共通して弱点としている“目”である。

地上から上空にあるその小さな的に当てるには、高度な技術が求められた。風向きや風速による弾道のブレを瞬時に計算し、考慮しなければならないのだ。

だが、平静を取り戻した彼にとって、それは至難の業ではなかった。

グァァアアッ!!

凄まじい叫声が、ハンター達の耳を刺激する。直後にズシンと黒龍の巨躯が落下し、大地を揺らした。黒龍の左目から滴る鮮やかな血。この眼は二度と、光を見る事はないだろう。

黒龍はばたつかせた四肢で宙を蹴り、勢いをつけてぐるりと起き上がった。そして反撃を試み、長い首をもたげたのだが。半分になった視界に映し出されたのは、黒き鎧を身に纏ったハンターの姿だった。

「これで、終わらせる……!」

ラビが必ず撃ち落とすだろうと信じたジェナは、いち早く黒龍との間合いを詰めていた。

もうこれ以上、悲しくも無意味な戦いを続けたくない。終止符を打つ為に、ジェナは水平に構えた太刀を振った。

首根を狙った鋭い一閃。黒龍に、それを避ける隙は無い。
彼女の見事な剣技を見ていた者達は、早くも勝利を確信していた。

だが……。

「!!」

ふと、ジェナの太刀筋が乱れた。彼女の緋色の瞳は明らかに動揺し、戸惑いに揺れている。

太刀は確かに振り下ろされた。しかしそれは残念ながら、皆が期待した結末をもたらす事ができなかったのである。
……浅かったのだ。ジェナの斬撃は黒龍の堅固な鱗に一筋の傷痕を残しただけに終わり、とどめを刺すには至らなかった。

「まずいわ……!」

「危ないっ!!」

仲間達が口々に叫ぶ。
かろうじて一命を取り留めた黒龍が、ジェナに向かって一直線に鉤爪を伸ばしていたのである。今度は彼女に、避ける隙が無かった。

衝突の瞬間。ガキンッと堅牢な物同士がぶつかる音が鳴る。大きく見開かれたジェナの目の前で、小さな花びらが舞い散っていた。

――桜……?いや、違う……!

すぐにジェナは、自分と黒龍との間に割って入った少女を見遣った。夜空に舞った桜色の花弁は、黒龍の鉤爪に削り取られた大剣の破片であったのだ。

「アリス!」

驚いたようにジェナが名を呼べば、アリスは大剣を構え直しながら少しだけ振り返っていた。

「ここで起きた、全ての悲しみや苦しみ。私が断ち切るよ。前を向いて、新しい明日を生きて行く為に!!」

強い思いのままに、アリスは後ろ手に構えた大剣を掬い上げるように振り上げた。
刃の腹に深く爪痕が刻まれたブラッシュデイム。その斬撃が黒龍の鮮血を巻き上げると、剣の中央から幾つもの亀裂が走る。

轟く悲鳴に、ハンター達は言葉を失っていた。
崩れ落ちる巨躯。運命が変わったその時、砕け散った剣の切っ先が、吸い込まれるように星空へと消えていった。



第4章 終わり

[*前へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!