MONSTER HUNTER*anecdote 運命を狩る者たち(前編) 静かに佇む黒龍の周りには、メイファ達が持ち込んだ大量の樽爆弾がずらりと並べられている。そして城壁に設置されたバリスタの照準は、一寸の狂いも無く龍へと合わせられていた。 傷付いた黒龍を仕留めるには、充分なダメージ量であるだろう。 「あの龍、本当に襲って来ねぇんだな。ちょっと張り合いが無い気もするが、これで大金が手に入るんだ。旨い仕事だぜ」 莫大な富を思い描いて、ベルザスはヘラヘラと笑う。 しかしメイファは、狐の面の下で人知れず険しい表情を浮かべていた。 「油断は禁物よ。黒龍が私達を敵と見なしている事に間違いは無い。拘束弾はもう撃てるの?」 「ああ、いつでもOKだ」 “拘束弾”と聞いて、アリスはミナガルデに向かう荷車の中で、フェイが話してくれた砂の海を泳ぐ巨大なモンスターの話を思い出した。ロックラック周辺の大砂漠に現れる古龍ジエン・モーラン。並走する砂上船が破壊されぬよう、バリスタから特殊なワイヤーが付いた弾を射出して相手を拘束し、暫くの間ジエン・モーランの動きを抑制するのだという。 あの時はこちらの地方には無いその狩猟手段に驚き、感心したものだった。だが、今その拘束弾を使って黒龍の自由を奪ってしまえば、致死量のダメージをまともにその身に浴びてしまう事だろう。 「だめっ、止めなきゃ!フェイ、縄を……フェイ!」 アリスは慌てふためきながら、少年を見遣った。 だが彼は、心から慕い続けてきた仲間の本当の姿を知り、我を見失ってしまったのだろう。涙の止まらぬ瞳でじっとメイファの背中を見つめたまま、固まってしまっていたのであった。 「……怒っている」 ふと、アリスの隣にいるジェナがそう呟いた。 「えっ?」 「黒龍が、怒っている……」 じっと龍を見つめるジェナの顔が、みるみるうちに青ざめていく。黒龍の感情を肌で感じ取れば感じ取る程、憎悪に似た憤怒が龍の中でどんどん高まっていく様子が彼女には分かっていた。 冷たい風がびゅうびゅうと吹き荒れ、辺りに漂う空気が変わった。それはこの場にいるハンター達の誰もが察知する程の、邪気に満ちた荒々しい気配であった。 凛と佇む龍からは、殺意以外の何も感じられない。 己の利益や欲望の為なら、他人を踏み台にすることを厭わぬ利己的な汚らわしい魂。そんな身勝手な人間達はもううんざりだと言わんばかりに、黒龍はその全てを葬り去ろうとしていた。 「凄まじい威圧感……。これが黒龍の、本来の姿……」 ビリビリと身を刺す黒龍の鋭気を感じながら、ダイアナは胸に詰まった息をやっとの思いで吐き出した。黒龍の放つ禍々しい気は、此処に居るだけで心身を蝕んでいくようだ。 「恐れるな!さっさと終わらせるわよ!!」 黒龍の覇気に圧倒されて、身体を硬直させていた密猟者達。それを駆り立てるかのように、メイファが声を張り上げた。 漸く我に反った十数名の密猟者達は本来の役割を思い出し、各々が行動を再開し始める。起爆を担う弓使いはつがえた矢を樽爆弾に向け、近接武器を携えたハンター達は、爆撃で黒龍が息絶えなかった場合に備えて各々の武器を身構えた。 そしてバリスタを構えたハンターが黒龍の身体にもう一度照準を合わせ直し、震える手で引き金を握り締める。 全ての準備が再び整ったその時。黒龍が傷付いた翼を大きく広げ、一際甲高い雄叫びを上げた。 グァァァァアッッ!! 「奴を飛び上がらせるな!撃てっ!!」 咄嗟に叫んだメイファの声が、反射的にバリスタの引き金を引かせる。ガシャンと音を立てて何本ものワイヤーが勢いよく射出され、空へ舞い上がろうとする龍の身体を搦め捕った。 「黒龍ーーっ!!」 ジェナの悲痛な叫び声は、直後に巻き起こった爆発音に掻き消される。目映い炎が辺り一面を紅く染め上げ、嗅覚を狂わす程の焼け焦げた臭いが充満した。 高熱を帯びた風が、砂埃と共にアリス達の間を駆け抜ける。夜空と黒煙が混ざり合い、視界には何も映らない。 しかし、爆発音の余韻が消えた後のシュレイド城は、厭に静まり返っていた。 ――黒龍はどうなったの……? アリスは肺に入った硝煙に咳込みながら、黒龍の安否を確認する為に濛々とした煙の中に目を凝らす。密猟者達もうっすらと口元に笑みを浮かべながら、様子を伺うようにじっと砂煙が収まるのを待っていた。 だが、煙の晴れたそこに黒龍の姿は無かった。焼け焦げた地面の上には、引きちぎられて先の無い拘束具が、無惨に散らばっていたのである。 「上だっ!……来るぞ、気をつけろ!!」 1番に黒龍の気配に気付いたジェナが、声高に訴えた。 雲の切れ間から姿を見せた月を背に、夜空よりも黒い黒鱗が輝く。 黒龍は痛々しい翼を力強く羽ばたかせ、高潔なるその瞳で小さな小さな人間達を無機的に見つめていたのだった。 「う……うわあああっ!!」 黒龍と目が合った密猟者達は、武器を捨てて我先にと城外へ向かって走り出していた。本来ならば腕の立つハンター達であったのだろうが、怒りに満ちた伝説の龍を前に、己の心に芽生えた恐怖に打ち勝つ事は出来なかったようだ。 「情けねぇ奴らだな。ま、報酬の頭割りが増えて俺には好都合だが」 ベルザスは逃げ去った仲間の後ろ姿に目を遣る事もせず、素っ気なくそう言い放つ。 同じく黒龍を見上げたままのメイファも、逃げた仲間には無関心な様子で腰に携えた封龍剣【絶一門】を引き抜いていた。 「やめろっ!たった二人で黒龍を倒せるものか!今ならまだ間に合う。黒龍から手を引け!!」 黒龍に立ち向かわんとする二人を止めるべく、ジェナは力の限り叫び続ける。いくら相手が手負いといえど、真っ向から戦いを挑むにはあまりに無謀に思えたのだ。 助かる為には剣を鞘に納め、戦意喪失の意志を伝えて黒龍に許しを乞うしかない。あの賢い龍ならば、きっと理解してくれるはずだとジェナは信じていた。 だがメイファはちらりとこちらを振り返り、小さく首を横に振る。そして盾を装着した右手で狐の面を押し上げ、真っ直ぐにジェナを見つめながらこう告げた。 「たとえ敵わぬ相手だろうと、引かないわ。これは私の夢。ずっと求めていた夢。だから私は……黒龍を狩る」 彼女の漆黒の瞳に宿る、強い意志。それはこの畏怖に充ちた空間の中で、僅かな揺らぎさえ見せなかった。 「夢だと?密猟者が夢を語るのか?笑わせるな!」 悪徳など決して許す事の出来ないジェナは、なおもメイファに食ってかかる。しかしメイファは少し瞼を伏せただけで、それ以上は何も言わずに再び狐の面を被り直していた。 「さぁ、始めようか。ジェナ!お前はそこで見ているがいい!俺の方が格上である証拠を見せてやるぜ!」 「馬鹿な事を……!」 ジェナは言葉を失い、ガクリと肩を落とす。黒龍を狩る事が夢だと言うメイファと、何としてでも自身の力を顕示したいベルザス。二人の目的は違えどもその意向は固く、討伐に赴く二人を止める事はもう不可能だった。 何にも臆さず身構えるメイファとベルザス。相対する二人のハンターを見下ろしながら、空に浮かぶ黒龍は歪めた口の間から生暖かい吐息を吐き出していた。 黒龍は長い首をゆらりと揺らしながら頭を持ち上げると、轟々と燃え盛る炎の球を吐き出した。火竜リオレウスが吐く火球や、鎧竜グラビモスが放つ熱線を遥かに上回る火力。避ける隙も与えぬスピードで落ちてくるそれは、まるで宇宙から飛来する小隕石の様だった。 炎の球はメイファとベルザスの鼻の先に落ち、一瞬にして地面を焦がす。熱を帯びた地表には衝撃によってえぐられた跡が残り、憐れな灰が風に舞っていた。おそらく……いや、確実に当たれば即死。間違いなく消し炭と化していただろう。 その一撃が大地を焼いたのは、狙いが外れたからではない。黒龍が牽制の意を込めてわざと外したものである。 伝説と謳われるだけあって格の違いを見せ付けてくれるものだなと、メイファは面の下で苦笑していた。 翼をはためかせながら、ふわりと着地する黒龍。その羽ばたき一つ一つが負傷している事を全く感じさせない力強さを持ち、何人たりとも近付けない激しい風を巻き起こす。 その風圧に身を押されつつも、メイファとベルザスは舞い降りた龍に斬りかかんと駆け出していた。 「ぼ、僕たち、ここに居るの、ま、まずいんじゃニャいかニャ?」 とうとう始まってしまったヒトと龍の激突に、毛並みをぞっと逆立てたヨモギはじたばたと両足をばたつかせた。目の前で繰り広げられる命を賭した狩猟は、開始早々から白熱する一方である。 黒龍の吐いた炎の熱が、風に乗って頬を掠めていく。強大な力を間近に感じながら、このままではいつ巻き添えを喰らってしまうか分からないと彼らは焦り始めていた。 アリスはもう一度縄を解くように頼もうと、側に居るフェイを見遣った。だが、未だ放心状態の彼を見て、口から出かけた言葉を飲み込んだ。きっと、声をかけた所で彼の耳には届かないだろう。彼に事実を伝えた事に対する後悔の念が、アリスの頭をよぎった。 とにかく自分で何とかするしかないと、今度は身体を捻ってみる。だが、背中合わせに四人と一匹が括られている状態では、腰に提げた剥ぎ取りナイフに手が届くはずもない。何か他に刃物は…と辺りを見回すアリスに、隣にいるジェナが口を開いた。 「アリス。ラビのポーチの中に、投げナイフが入っているはずだ。取れないか?」 「ラビの……?分かった。やってみる」 アリスは反対側の隣に居るラビの方へ向き直り、そっと彼の顔を覗き込む。口元に滲んだ血、頬に浮かんだ青痣。気を失うまでベルザスに殴打されたのかと思うと、酷く胸が痛んだ。 上半身に巻き付けられた縄のせいで、アリスの腕は肘から下しか動かせない。それでも目一杯に手を伸ばし、ラビのベルトに付いたポーチの中をまさぐった。 ボウガンの弾を掻き分けて奥まで手を突っ込むと、指先がコツンと固い物に触れる。アリスはその形を確かめるように指の腹でなぞり、それがナイフの柄である事を確かめていた。 ――あった!これで……! しっかりと柄を握って慎重にポーチから引き抜くと、丁寧に手入れされた銀の刃が現れる。アリスは不自由な両手を駆使し、ナイフの刃を上半身に巻き付いた縄に擦り付けていく。 その、直後の事だった。 「うわぁぁあっ!」 野太い悲鳴と共に飛んできた巨体が、縛られたアリス達の輪に突っ込む。それは、黒龍の尾に薙ぎ払われて宙を舞ったベルザスであった。 彼の身体はドスンとジェナの上にのしかかり、その衝撃で将棋倒しになったアリスの手から、投げナイフが滑り落ちる。しまった!と思った時にはもう遅く、投げナイフは地面を滑りなが、無情にも彼女の元から遠ざかってしまったのだった。 一方でジェナは、自分の膝の上に倒れ込んだベルザスを見てぎょっと目を見開いた。彼が着ている轟竜の鎧は胸の部分が大きくへこみ、金具の繋ぎ目からポタリポタリと血が漏れ出していたのである。 「ベルザス!お前、血が!」 「くっ……うるせぇ!てめぇの心配なんか要らねぇんだよ!これくらいの傷、何とも……っ」 ベルザスはランスを地に突き刺し、身体を支えながら立ち上がる。しかし足元はフラフラと覚束ず、とてもじゃないが戦える力は残されていない様に見えた。 「おい、そこの小僧!ボサッとしてないでお前も戦え!」 「えっ、あ……」 ベルザスは鋭い目つきでフェイを睨みつけながら、苛立たしく声を張り上げる。 その怒声に漸く自分が呆けていた事に気がついたフェイだったが、彼の震える手は武器を取ろうとはしなかった。 目の前に居る負傷したベルザスと、たった一人で黒龍に対峙しているメイファ。いつもならば迷う事無く、仲間の助けに入るところである。だがその仲間達が密猟者であり、知らずとは言え自分も加担していた事実を思うと、身体は動いてくれなかった。 「まずいわ、黒龍がこっちに!」 ダイアナのその声に、アリス達は一斉に顔を上げて前方を見遣る。するとそこには、躯を揺さ振りながら地を這うように突進してくる黒龍の姿があったのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |