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MONSTER HUNTER*anecdote
再会
「アリス、入らないニャ?」

城壁に触れたまま動かぬアリスに、ヨモギは首を傾げながら彼女の防具の裾を摘んでツンツンと引っ張った。

「……気になる事があるの。メイファさんは、ジェナに黒龍を狩るなと言われたって言ってたよね。でもフェイは、メイファさんに黒龍を見つけたから合流するようにと言われてる」

アリスはそう言った後、仲間達の方に向き直った。その表情には、不安や困惑といった感情が入り混じっている。

「それって、メイファさんはこれから黒龍を狩る気でいるって事だよね?その事をジェナは知っているのかな?二人は私をここへ連れて来る約束をしたみたいだけど、もしもそれがベルザスとの取引みたいに、私と黒龍を秤にかけたものだとしたら……」

このまま進めば、またも彼女に悲しい末路を辿らせてしまうのではないか。これ以上ジェナを傷付けたくないアリスは、素直に一歩を踏み出せなかったのだ。

「アリスはずっと、ジェナさんに会いたかったんだろ?だったら迷わずに行こう」

そう言いながら、ポンと彼女の背中を押したのはラビだった。

「でも……」

「二人がどんな約束を交わしたか。それはジェナさんに聞けば済む事だ。もし、君が心配する通りだったとしても、皆で解決策を考えればいいじゃないか。君達だけで思い悩む必要はない」

きっぱりと言い切る彼の言葉に、「自分はもう独りではない」と何度思い出させてもらっただろう。迷う度に、悩む度に、ラビはいつも道を切り開いてくれる。
尽きない感謝の気持ちと共に、アリスは強く頷いた。

「分かった。じゃあ、行くね」

アリスは再び城壁の方に向き直ると、古びた城門に手を掛ける。ジェナに会える喜びで高鳴る胸。それを塗り替えようとする嫌な緊張感。
不安に負けてはいけないと自身を奮い立たせながら、アリスは深呼吸を一つした。

所々風化しつつある錆びた鉄の門を、壊れぬ様にそっと押し開く。ギギギと耳障りな金属音が鳴り響き、開いた門の合間から冷たい風が通り抜けて行った。

がらんと空いた中庭は、静寂に包まれている。かつての賑わいも夢のあと。無人の廃墟と化した現在のシュレイド城には、死骸の腐臭が漂っていた。

外界との係わりを絶つかの様に、高く建てられた城壁。よく見れば、そこには大砲やバリスタといった兵器が設置されている。シュレイドの兵士達はモンスターの襲撃から王都を守る為に、これらを駆使したのだろうか。となればこの城壁も、モンスターに侵入されないようにと高く積み上げられたのかもしれない。
今も昔も、この地方がモンスターの驚異に曝されている事に変わりはないようだ。

「見てニャ!向こうにおっきな奴が居るニャ!あれが黒龍ニャ?」

ぞわっと毛を逆立てたヨモギが、とび跳ねながら前方を指差す。
シュレイド城内にある二つの中庭。それを隔てる壁にあいた細い通路の向こう側に、大きな黒い影がゆらりと揺れていたのである。

「俺が先に行く」と自ら前に出たラビを先頭に、アリス、ダイアナ、ヨモギの三人が慎重に後に続く。いくら人を襲わぬ手負いの龍と言えども、相手は伝説の黒龍だ。ふとした瞬間に機嫌が変わって襲われでもしたら、命の保証はないだろう。

「これが、ミラボレアス……」

誰からともなく、感嘆の声が漏れる。目の前に横たわる龍はその眼を閉じ、静かに寝息をたてていた。

漆黒の鱗に包まれたしなやかな身体。強靭な四肢に、ピクピクと震える長い尾。傷付いたとされる翼は今もなお痛々しい傷痕が幾つも翼膜に残っているが、その優美さは失われていなかった。

禍々しさの中に、神々しさがある。ミラボレアスから醸し出される奇妙な魅力に引き付けられ、アリス達は眠り続ける黒龍に暫しの間、目を奪われていた。

「そこで何をしている!」

不意に、アリス達の背後から怒声が飛ぶ。同時にカチャリと武器の柄に手を掛ける音が響き、その声の主が放つ覇気で辺りの空気は一瞬にして張り詰めた。

――あ……この声……。

それは、アリスがずっと聞きたいと願っていた声だった。

ずっと、ずっと会いたいと願っていた人の声だったのだ。

「ジェナ……?」

アリスは自分の体が小さく震えているのを感じながら、声のした方へ振り返る。すると、たった数メートル離れた場所に、その声の主は堂々と立っていたのであった。

アリス達の事を、黒龍を狩りに来たハンターだと思ったのだろう。鋼色に輝くクシャナSシリーズ防具で全身を固めたその女は、背中に担いだ太刀を今にも抜かんと身構えている。彫像の様な仮面の兜に隠されて素顔は見えないが、それが間違いなくジェナ本人であるとアリスには分かっていた。

「やっと、会えた。私だよ、アリスだよ……」

「……アリス?本当にアリスなのか?」

「こんな格好だから分かんないかな。私、ハンターになったんだ。あなたに、会いたくて……」

ジェナは太刀の柄に掛けていた手を離すと、両手でぐっと兜を持ち上げる。
現れた素顔は、一年前よりかなり痩せたように見えた。だが、燃える様に輝く緋色の瞳には、今も変わらぬ強い意志が秘められている。完全に兜を脱ぎされば、中に押し込められていた長い紫色の髪の毛が、さらりと揺れて彼女の肩に広がった。

「ジェナ!!」

次の瞬間、アリスは我を忘れて走り出していた。そして最愛なる人の胸の中に飛び込むと、溢れて止まらぬ涙を流し続けていたのだった。

「……すまない。私は何も言わずに、お前を一人にしてしまった」

「いいの、分かってる。ジェナは悪くない……。辛かったのは、悲しかったのは、私じゃなくて、ジェナなんだから……」

ひくひくと泣きじゃくるアリスの頭を撫でながら、ジェナは何度も何度も「ごめんね」と呟いた。
そんな彼女達を見つめながら、ラビ、ダイアナ、ヨモギの三人は目を見合わせて安堵の息を漏らしていた。

「アリス、立派になったな。見違えたよ。……あそこに居るハンター達は、お前の仲間か?」

「うん。皆、私の為に力を貸してくれたの。私がここまで来れたのは、皆のおかげなんだよ」

「そうか……」

ジェナはアリスの肩を支えながらラビ達の元へ向かうと、深々と頭を下げる。

「私はジェナ。先程は驚かせてすまなかった。アリスが世話になったみたいだな、礼を言う」

「俺はラビと言います。はじめまして」

「私はポッケ村のダイアナです。お会いできて、嬉しいわ」

「僕はヨモギだニャ!」

ハンター達はそれぞれ自己紹介を済ませると、しっかりと握手を交わしあった。

「ところで。メイファは一緒じゃないのか?お前達だけでここまで来たんじゃないだろう?」

ジェナはキョロキョロと辺りを見回して、メイファの姿を探していた。
アリスは涙を拭い、返しておいてくれと頼まれた銀の鍵をポーチの中から取り出す。そしてそれをジェナに差し出すと、彼女は驚いたように目を丸くした。

「それは、メイファに預けた私の鍵じゃないか」

「メイファさんには会ったよ。でも、ここに着く直前で別れたの。ねぇ、あの人に私を連れて来るよう頼んだって、本当?」

「え?ああ。彼女がアリスに会って来たと言うものだから、私もお前に会いたくなって……。だが黒龍の元を離れるわけにもいかず、メイファに連れて来てくれとお願いしたんだ」

「お願いして、それだけ?」

ジェナは首を傾げながらも、確かに頷いていた。どうやらまた、取引のネタにされているわけではなさそうだ。アリスはホッと一息をついたが、まだ完全に安心してはいられない。

「ジェナ、あの人は黒龍を狩るつもりだよ。仲間も連れて。今、その準備をしてるんだと思う」

「何だと?」

ジェナの表情が強張り、眉がピクリと吊り上がる。彼女がメイファに対してただならぬ怒りを感じているのは、誰の目にも明らかだった。

「まだ諦めていなかったのか!狩猟の対象は人に害を成すモンスターだけで良いと、何度言えば解る!?……いいだろう。それがギルドの下した決定事項だとしても、私が阻止してみせる」

「ま、待ってジェナ!そんな事をしたらギルドに戻れなくなっちゃうよ」

息巻くジェナの手が再び背中の太刀に伸びようとしたため、慌ててアリスはその手を掴んだ。ここでギルドに反発すれば、折角の無罪の証明が無駄になってしまう。

「……彼女は、ギルドの人間ではない」

そこで口を開いたのはラビだった。周囲の気配に神経を研ぎ澄ませ、密猟者達の目がない事を確信できた今。彼は仲間達に真実を告げておこうと決めたのである。

「ラビ?何を言って……」

「正確に言えば、元々はギルドの役人だった。だが今は、密猟の罪で拘束され、刑を受けずに逃亡し続けている罪人なんだ。ミナガルデのギルドに届いていたエースからの手紙に、そう書いてあった。大長老様に聞いた話だというから、間違いないだろう」

「もっと早く伝えるべきだったのかもしれないけれど」とラビは謝りながら、自分が知り得る限りの事実をアリス達に話していった。
先程の秘薬の件や、ベルザスが留置されていない事。何も知らないフェイは、いいように使われているだけかもしれないという予想まで。メイファの正体を全て明かしていったのだ。

「なんて事だ。そんな厄介な奴だったとはな……」

ジェナは吐き捨てるかのような溜息をつき、頭を抱える。アリスやダイアナもまた、ミナガルデでメイファに感じた違和感はこれだったのかと落胆していた。そして誰よりも、完全に彼女の事を信じきっていたヨモギはショックを隠せない様子であった。

「だが、これで黒龍を守る大義名分が出来た。ギルドにもメイファがここに来る事を報告しておいた方がいいな。私が飼い馴らしておいた鳥が一羽いるんだ。後で書状を飛ばしておこう」

「ジェナさん、この事を教えてくれた俺達の仲間が、こちらの地方へ向かって来ているんです。ここで合流できるように、彼ら宛ての手紙も送っていただけますか?」

「ああ、勿論だ」

ジェナは確と頷くと、静かに眠り続ける黒龍の額に手を触れる。彼女は固い鱗の一枚一枚をなぞるように優しく撫で、慈しみに満ちた瞳で真摯に龍を見つめていた。

「あの、ジェナさん。私、ずっと気になっていたのだけれど、黒龍の翼の傷……これは誰にやられたのかしら」

ダイアナは所々穴の開いた痛ましい黒龍の翼膜を見上げながら、ジェナに問い掛けた。傷痕の形状からして、それはここ数年の間に負った傷である事は想像できる。だが、黒龍を痛め付けた者が存在するというのは、にわかに信じ難かった。

「私がここに来た時にはもう、黒龍はこの状態だった。一般的な古龍種には、弱ると体力を回復する為にその場から撤退する習性があるだろう?この黒龍も同じように、何者かにやられて逃げて来たのかもしれないな。それがハンターなのか、もしくは別のモンスターなのかは分からないが」

とジェナが言い終えると同時に、グルルと喉を鳴らしながら黒龍の瞼が開かれた。
目覚めたばかりの黒龍はギョロリと瞳だけを動かしてアリス達を一瞥すると、ジェナの方へ向き直る。ほんの数秒目が合っただけなのに、アリスは龍の妖しげな眼の深淵に吸い込まれそうな錯覚を覚えていた。

明らかに異質な伝説の龍の風格に、アリス達は皆ゴクリと息を呑む。襲って来ないと分かっていても、その存在は恐ろしく感じてしまうものだった。

だがジェナは、黒龍の額を摩りながらニコリと微笑んでいる。メイファの言った通り、二人はすっかり心を通わせている様子だ。

モンスターと……それも、伝説の黒龍・ミラボレアスとこうして触れ合う事ができるなんて。人間とモンスターは共存できても、共生はできないと言われてきたではないか。

しかしジェナと黒龍を見ていると、そういった常識が覆された気がしてくる。黒龍ほどの知性を持ったモンスターだからこそ、成せる技なのだろうが。人間とモンスターは、新しい関係を築き上げていけるのでは?……そんな希望さえ沸き上がる。

この尊厳に満ちた伝説の黒龍を、決して密猟者らに狩らせてはならない。
アリス達はそう、決意を固くしていたのであった。

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あきゅろす。
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