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MONSTER HUNTER*anecdote
鳥籠の中
メイファに導かれるまま、アリス達は街の外に用意されていたネコタクに乗り込むと、到着したばかりのミナガルデを発つ。

二匹のアイルーが牽引する大型の荷車は、四人と一匹のハンターを荷台に乗せ、ガタガタと慌ただしい音を立ている。北東の方角へ向かって脇目もふらず、ネコタクは真っ直ぐにひた走っていた。

「メイファさん、質問していい?今なら答えてくれるんだよね?」

悠然と前方を見つめたまま動かないメイファに向かって、アリスは意を決した様に問い掛ける。
それに対してメイファはゆっくりと彼女の方に向き直ると、「どうぞ」と余裕たっぷりに口元を緩ませたのだった。

「ジェナはどうして黒龍の所に居るの?それに、あなたとジェナの関係は?」

アリスの質問に暫くの間をあけた後、メイファはゆったりと口を開いた。

「ひとつ目の答えはそうね……ジェナが黒龍の元に行ったのではなく、ジェナが潜伏しようと向かった場所に、黒龍が居たのよ」

「黒龍が居た?それはどこなの?」

「今、向かっているでしょう?」

メイファの唇が、ニコリと不敵に微笑む。だがそんな事を言われても、アリスには荷車がどこへ向かって走っているのかなんて見当もつかなかったのだ。

「……シュレイド城、ですよね」

と、そこへ口を挟んだのはラビであった。彼は右手に小さなコンパスを握り締め、険しい顔付きで辺りの風景を眺めている。どうやら彼は、頭の中に記憶している地図と照らし合わせて、ネコタクの向かう先を探っていたようだ。

「あら、御名答。さすがね」

「遥か昔に滅びたシュレイド王国の跡地……あんな所にジェナさんと黒龍が?」

信じられないといった風に眉を潜めるラビに、メイファはただ頷くだけだった。

「もしかして今、ジェナさんは黒龍と戦っているのかしら?もちろん、無事なのよね?」

ダイアナは祈る様にきゅっと胸の前で両手を組む。彼女の問い掛けは、アリスにとっても一番気になるところである。
だが、それに対してメイファは微動だにせず、なかなか返事をしようとしなかった。

焦れったい反応に痺れを切らしたアリスが、思わず「答えて!」と怒鳴り付けかけたその時。漸くメイファはフゥと小さく溜息を吐くと、肩を竦めてこう言ったのである。

「ジェナは戦っていない。だからもちろん無傷よ。むしろ手負いなのは、黒龍の方ね」

「!?」

アリス達は揃って一様に目を見開いた。

強大なる伝説の黒龍・ミラボレアスが手負いだなんて。
「そんな馬鹿な」「信じられない」アリス達は驚きのあまり、口々にそう漏らしていた。

メイファはもう一度小さく溜息をつくと、荷車の向かう先を見つめながら自身とジェナについてを語り始めた。

「私はずっと、黒龍を捜し求めていた。あらゆる伝承を紐解き、各地を周り、巨大龍の絶命の時を待っていたの。そして約一年前。ミナガルデのハンターにより老山龍が討伐されたと聞き、私は当時拠点にしていた街を出て、黒龍が現れるであろうとされる地へ向かった」

一年前の老山龍討伐と聞いて直ぐに、アリス達はそれがジェナとベルザスの取引が成されたあの日の事だと思っていた。巨大龍討伐の話は海を越え、ロックラックに居たメイファの耳に届いたのだろう。この大陸に来てもうすぐ一年が経つというフェイの話とも、合点がいく。

「単独でシュレイド城に乗り込んだ私は、驚くべきものを見た。そこには翼を痛めて飛べなくなった黒龍と、寄り添う様に佇む女ハンターの姿があったの。彼女は傷付いた黒龍を気遣い、黒龍もまた、孤独な彼女を案じている様だった」

「まさか、そんな事が……」

「信じられないでしょうね。私も自分の目を疑ったわ。でも、確かにジェナと黒龍は心を通わせていた。……少なくとも私は、そう感じたの」

唖然とするアリス達を置いて、メイファは話を続ける。

「私はジェナに興味を持ち、彼女の話を聞く事にした。彼女はミナガルデのハンターだった事や、老山龍討伐に参加した事、訳あって身を潜めている事など、様々な話をしてくれたわ。なぜ黒龍と通じ合えたのかは、彼女自身分からないみたいだったけれどね」

「……黒龍は、とても知能の高い生き物だと聞いている。ジェナに敵意が無い事を悟り、傷を負った体に鞭打ってまで攻撃する必要は無いと判断したのかもしれない」

ラビの言に、メイファは淡々と「そうかもね」と応える。

「私はジェナに黒龍を狩ると言った。でも、彼女はそれを許してくれなかったわ。傷付いた黒龍を守ろうと、私の前に立ち塞がったのよ。黒龍は無害だ、狩る必要など無いと言い張ってね」

それを聞いたアリスは、ついクスリと笑みを零していた。あんな事があってからも、ジェナは変わらず正義感を持ち続け、頑固なまでに信念を曲げずにいるのだと思うと嬉しくなったのだ。

ジェナが、『ジェナらしさ』を捨てていない。それは彼女の安否の次にアリスを安心させた。

メイファはそんなアリスをちらりと見遣った後、更に話を続ける。

「黒龍と共に過ごし、世捨て人となったジェナにも唯一気掛かりな事があった。それはミナガルデに残してきたたった一人の家族……つまり、アリス。貴方の事よ」

「…………」

「彼女は時折こっそりと貴方の様子を見に行くつもりで、潜伏先をシュレイド城に決めたそうよ。でも、黒龍がどこぞのハンターに狩られてしまいやしないかと心配で、傍を離れられなくなってしまったんですって」

「そっか……。ダイアナさんが言ってた通りだね。ジェナはちゃんと、私が見える場所に居てくれてたんだ」

アリスはダイアナと目を見合わせると、嬉しそうに微笑んだ。だがそこへ、すかさずメイファが口を挟む。

「あら、ジェナはあなたじゃなく黒龍の方を優先させたのに、それはいいの?」

「ジェナは、自分の目の前で弱っている命を決して見捨てたりなんかしない。たとえそれがモンスターであってもね。私はそんなジェナが大好きだから、怒ったりなんかしないよ」

そうアリスが自信満々に答えると、メイファはつまらなさそうにふーんと唸ったのだった。

「信頼しあっているのね、あなたたち。ジェナもあなたの事を、さも大事そうに話していたわ。……だから私はあなたという存在が気になって、探してみたの。メタペタットの港町で見かけてからは、暫く後をつけさせてもらったわ。ラギアクルスの討伐は見事だったけど、詰めが甘かったわね」

思い出したかのようにクスクスと笑うメイファ。そこでラビは今まで頭の片隅に留めておいた謎の答えに、漸く辿り着いたのだった。

「沼地に流れ着いたアリスに秘薬を飲ませたのは、貴女だったのか……」

「え?秘薬?」

アリスにとっては初耳の話である。そしてその場に居ながら秘薬の空き瓶には気付いていなかったダイアナも、ラビは何の話をしているのかと不思議に思うばかりであった。この事はラビとエース、そして当の本人であるメイファしか知らない事実だ。

「そうよ、死んでしまっては勿体ないと思って」

「勿体ない」というメイファの言葉に、ラビは顔をしかめた。その言葉が意味する所は、大方ベルザスと同じ考え。つまり、アリスに“ジェナの弱み”としての利用価値を見出だしたのだろう。

「ああ、もうシュレイド城が見えて来たわ」

メイファは地平線にひっそりと浮かぶ建造物を眺めながら、低い声でポツリと呟く。そして胸元から銀色の鍵を引っ張り出すと、それをアリスへ投げて寄越した。

「それ、ジェナに返しておいてくれる?これで、あなたを連れて来るという約束は果たしたあげたわ」

「約束?ジェナが私をここへ連れて来るように、あなたに言ったの?」

「ふふっ。じゃあね、また会いましょう」

その時、後方からガラガラと車輪の回る音が近付き、アリス達の乗る荷車の右隣りに同じ型のアイルー荷車がピタリと並走する形をとった。その荷車にはメイファの仲間と思われる男が一人乗っていたが、深く被った赤衣のフードで顔を窺い知る事はできない。

「あ、待って!まだ聞きたい事が!!」

アリスが張り上げた声も虚しく、メイファは走行中の荷車からふわりと隣の荷車に飛び移ってしまう。そして彼女を乗せた荷車は大きく右方向に曲がりながら、荒廃した林の中へと消えて行ったのだった。

突然の出来事に茫然とするアリス達。やがて荷車は速度を落とし、ゆっくりと停車する。

辺りは荒れ果てた遺跡群。かつての栄光は見る影も無い、変わり果てた王都の姿がひっそりと佇んでいた。

「シュレイド城……。ここに、ジェナと黒龍が……」

アリスは見上げる程に高い朽ちた城壁に、そっと手を触れる。
ひんやりと冷たい感触が指先に伝わると同時に、触れた箇所から剥がれた石材の粒が、埃と共にブーツの爪先へさらさらと落ちていった。

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