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MONSTER HUNTER*anecdote
繋がる点と点
ミナガルデの居住区は、大きく分けて二つのエリアから成り立っている。

その一つは、ゲストハウスと呼ばれる宿泊施設があるエリアだ。ゲストハウスとは、遠方から訪れたハンターが、ここに拠点を置いて活動する際に利用する仮家である。これはギルドが用意した施設であり、ハンターランクに応じて、簡素な部屋から高級宿並の部屋までが割り振られていた。
ドンドルマでいうところのマイハウスと機能的には同じだが、あちらが個人個人に専用の家屋が用意されるのに対して、ミナガルデは分譲形式の集合住宅である。

そしてもう一つのエリアが、元々この街に住む者達の住宅街である。迷路のように細く入り組んだ路地に、歴史を感じさせるレンガ造りの家屋がひしめき合うように並んでいた。

アリスが住んでいたジェナの家は、そのエリアの中。見晴らしの良い高台の上にある。広場とは打って変わって静寂に包まれた路地を、三人は一列にならんでそこへ向かって行った。

ダイアナとヨモギを連れて先頭を歩くアリスの身には、出くわす人々の白い目が容赦無く向けられる。彼らも、先程のハンター達と同じ思いでいるのだろう。鋭い視線が刺さる度に、アリスはいたたまれない気持ちになっていく。

――気にしちゃ駄目。すぐに疑いは晴れるから、今は我慢……。

アリスはぐっと拳を握り締め、自分の心に何度も何度もそう言い聞かせていた。

「ここだよ、私とジェナが暮らしていた家」

高台を登りきった先にある一軒家の前で、アリスはピタリと足を止める。それは、ミナガルデいちのハンターが住んでいたとは思えないほど小さく、壁面には蔦が這う、古びた家だった。

「アリス、中に入ってみるニャ」

「……うん」

ヨモギに促され、アリスはアイテムポーチの奥底から銀色の鍵を取り出す。そして扉の鍵穴に積もった埃をフッと息で吹き飛ばすと、ゆっくりとそこに差し込んだのだった。

「あれ、開いてる?」

回した鍵が、鍵穴の中で空を切る。
確かに鍵をかけて、この街を出たはずだった。何度も確認したからそれは間違いない。しかし今、そっと手を伸ばした扉のノブを引くと、ギギッと音を立てて玄関が開いたのである。

自分以外に鍵を持つ人間は、一人しかいない。
ドクン、と。アリスの心臓が一際大きく高鳴り、体中をざわざわとした感覚が駆け巡った。そして次の瞬間にはもう、彼女は勢いよく扉を開いて中に駆け込んでいた。

「ジェナ!居るの!?」

アリスの声に反応して、中に居た人影がピクリと体を震わせる。
そして静かに、流れるような動作でこちらへ振り向いた。

「あ、あなたは……」

その人物の姿を見て、アリスは言葉を失った。だがそれとは対照的に、部屋の真ん中で佇んでいた人影は、狐の面の下から覗く口元をニコリと吊り上げたのである。

「こんにちは。久しぶりね」

黒と紫の艶やかな忍び装束を身に纏い、右腕にいびつな形をした盾を、腰に神秘的な光をたたえた片手剣を携えたその女は、さもそこに居る事が当然の様に腕を組んで立っていた。

「メイファさん……どうしてここに?鍵は私とジェナしか持っていないはず……」

困惑するアリスに対し、メイファは右手に握り締めていた銀色の鍵をひらひらと振って見せる。それはアリスの手の中にある鍵と全く同じ形状をしており、持ち手から、ジェナが付けていた革紐がぶらりと垂れ下がっていた。

「それ、ジェナの鍵!なぜあなたが持っているの?」

「ねぇ、ジェナに会わせてあげましょうか」

アリスの問い掛けに答えもせず、メイファはただただ唐突に言葉を放つ。それはアリスをますます混乱させ、続いて家の中に足を踏み入れたダイアナとヨモギを戸惑わせた。

「あなた、ジェナを知っているの?それにフェイはどうしたの?黒龍は?」

「落ち着いてちょうだい。何も心配しなくていいわ。全部、教えてあげるから」

メイファは銀の鍵を胸元にしまい込むと、再びニィと口元を吊り上げる。その姿は、老山龍討伐戦後に現れた彼女とはどこか違う。威圧的で、何か不穏な気配を漂わせているような。アリスはそんな気がしてならなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


一方でハンターズギルドに向かったラビは、ギルドカウンターにて拠点登録手続きの最中にいた。

岸壁内の洞窟に作られた酒場の脇に、どっかりと併設されたミナガルデのハンターズギルド。ドンドルマの大衆酒場と似た賑やかな雰囲気の中に、少しばかり刺々しい視線がちらつく。
それは、自分が余所者のハンターだからだろうか。それとも、アリスの仲間だからか。ラビはそんな事を考えながら、背中に刺さる鬱陶しい視線を無視し続けていた。

「あ。貴方宛てに手紙が届いていますよ」

ふと、手続きの対応をしていた受付嬢が思い出したかのように声を上げる。そしてゴソゴソとカウンターの引き出しをまさぐり皺の寄った封筒を取り出すと、元気よくラビに差し出した。
誰からだろうと首を傾げながら、ラビは丁寧に封筒の口を開く。伝書鳩によって届けられたその手紙の差出人欄には、ドンドルマに残って療養をしている大切な仲間の名前が記されていた。

――エースか!目が覚めたんだな、良かった!

しかし、仲間の回復を喜んだのもつかの間。その手紙の内容を読むうちに、ラビは落胆の色を隠せなくなっていく。そこには、竜姫が大長老から聞いた全てが記されていた。

これが、事実なら。
いや、エースが有りもしない嘘をつくはずがない。これは事実なのだ。

杞憂で終わるはずだった不信感。それが、現実のものとなってしまった。

ラビは手紙を握り締めたまま、険しい顔付きで固まる。何かあったのかと心配そうに首を傾げる受付嬢の姿も、彼の目には写っていなかった。

彼女が密猟者であると分かった、その時。ラビの頭に一つの言葉が浮かんだ。

――黒龍……!

それは伝承の中に生きる夢想。
実在する悪夢。
メイファがずっと探し求めていたもの。

彼女は黒龍を密猟する気でいる。何も知らないフェイと、罪人となったベルザス。仲間とするには都合の良い二人を引き連れて。

ラビが抱いていた疑惑は今、確信に変わっていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


溜息と共に酒場を出たラビは、目の前に広がる光景に動揺の色を隠せなかった。仲間達が待つ広場の噴水台前に、予期せぬ人物の姿があったのだ。

アリス、ダイアナ、ヨモギに加えて、狐の面を被った忍び装束の女が肩を並べて立っているではないか。それはまさに、自分の頭を悩ます原因・メイファ本人である。

メイファの正体を知った以上、ラビはその目的を阻止しなければと考えていた。しかし、行動を起こすにしてもまだまだ情報が足りない。本人から聞き出すのが最良だが、今頃彼女はフェイと合流して、もう黒龍の元へ出発してしまっただろうと思っていたのだ。
せめて行き先さえ分かればと、思い悩んでていた矢先の出来事。それは果たして幸か不幸か……今はまだ、判断がつかない。

彼噴水台前に居る女達は特に会話を交わす事も無く、それぞれが物思いにふけっている様子である。何かあったのだろうかと、ラビはザワザワとした胸騒ぎを感じていた。

相手はギルドに身柄を追われる罪人。仲間達に向かって「その女から離れろ」と叫ぶべきか、ハンターズギルドに舞い戻って彼女がここに居る事を密告すべきか。咄嗟に浮かんだ二つの選択肢に、ラビは迅速な決断を迫られていた。

「あっ、ラビ!」

と、そこに、彼の姿に気付いたアリスが声を上げる。そして何やら困惑した表情を浮かべて、早くここへ来てと手招きをしたのだった。

ダイアナもヨモギも、アリスと同様に戸惑いを浮かべた表情をしている。唯一狐の面の女だけが、口元を綻ばせてこちらを見ていた。この落差は、一体何なのか。まずは彼女達がどういう状況に居るのかを把握すべきだと判断したラビは、思い浮かべていた二つの選択肢を捨てて、仲間達の元へ向かった。

「久しぶりね。名前は……ラビといったかしら」

「ええ。メイファさん、お久しぶりです」

ラビは平静を装いながら、メイファと簡単な挨拶を交わす。今はまだ、自分が正体を知っている事を彼女に悟られてはならない。

――メイファは自分の正体がばれたとなれば、この場から逃げ出してしまうかもしれない。……いや、それならまだいい方だ。最悪なのは、この周囲に彼女の密猟仲間が潜んでいて、何か騒ぎを起こす事。ベルザスだって近くに居るかもしれないんだ。気を抜いてはいけない。

ラビにとって最も優先するべきは、仲間の身の安全を確保する事だ。その為にも、しっかりと現状を把握する必要があった。

「ねぇラビ。メイファさんが、ジェナの居場所を知っているみたいなの。今から私達を連れて行ってくれるって話なんだけど……」

「えっ?」

アリスの言葉に、ラビはピクリと眉をひそめた。メイファに対して様々な疑問が入り混じる中、彼女がジェナとも関わりを持っているなんて思いも寄らなかったのだ。

しかし、動揺ばかりしている暇は無い。ラビは頭の中で慎重に言葉を選び、幾つか質問を投げ掛けてみようと、辺りを見回しながら口を開いた。

「メイファさん。俺達ここに来る途中で、偶然貴女の仲間のフェイと出会いましたよ。彼、貴女と待ち合わせていると言っていましたが、まだ会えていないんですか?」

「……いえ、会ったわ。今は他の仲間と一緒に行動させているの。ねぇ、それより早く出発しましょうよ。あまりゆっくりもしていられないわ」

とても落ち着いた口調で答えるメイファ。ラビは視線を元に戻すと「そうですか」とだけ告げておいた。

――ゆっくりしていられない、か。それは捕まるのが怖くて、この街に長時間滞在したくないから?それとも、俺達を一刻も早くジェナさんの元へ連れて行きたい理由でもあるのか?

そこまで考えを巡らせた時、ふとラビの脳裏に一つの仮説が浮かんだ。そしてそれは十中八九正解であろうと確信しながら、再び口を開く。

「メイファさん、ジェナさんの居場所というのは、もしかして黒龍が現れた場所ですか?」

ラビの言葉に、今度はアリス達がピクリと体を震わせ反応を示す。それを見たラビは、どうやらアリス達も同じ事を予想していたらしいなと感じていた。

「ええ、そうよ。黒龍の事、知っていたのね。ここに来る間にフェイから聞いたのかしら。本当、お喋りなんだから……困った子」

苛立つように強調された語尾。面の下の表情を窺い知る事はできないが、彼女を好き慕うフェイとの温度差を感じずにはいられなかった。

「まぁいいわ」と鼻を鳴らしたメイファは、くるりと踵を返して足早に歩き始める。アリス達は互いに目を見合わせながら、果たして彼女について行ってもよいものなのだろうかと躊躇っていた。

「どうしましょう?なんだか突然の事過ぎて、困ってしまうわね」

ダイアナは意見を求めるように、ラビの瞳を伺う。

「でも、マタタビのお姉さんはギルドのヒトニャ!悪いヒトじゃニャイから何も心配無いニャ。アリスだって、早くジェナに会いたいニャ?」

「うん、そりゃあ早く会いたいけど……」

言葉を濁しながら俯くアリス。ずっと捜し求めてきた人に会わせてくれるという、願ってもない申し出を前に踏み切れずにいるのは、やはりメイファに対して様々な疑問を抱いているからであった。

「……行こう」

戸惑う仲間達に向かって、ラビは力強くそう言い放つ。

「会わせてくれるんだろ?良かったじゃないか。闇雲に捜し回るより、ずっといいさ」

「ほら、見失うぞ」と仲間達の背中を押しながら、メイファの後について行くよう促すラビ。珍しく強引な彼を不思議に思いながらも、アリス達は言われた通りに歩き出した。

――何が目的か知らないが、これで満足だろ?

ラビは彼女達の後ろを歩きながら、心の中でそう呟く。

先程フェイと会えたかを問いかけた時に、ちらりと見回した周囲。物陰に、曲がり角に、高台の上に。至る所からこちらを見張る男達の姿を、彼はしっかりとその目で確認していたのだった。

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