MONSTER HUNTER*anecdote 仲間だから(後編) 「くっ……」 よろめきながらも、どうにかラビは立ち上がった。高熱のガスにやられた身体は赤く腫れ、蒼のギルドガードスーツは煤によって黒く染まっている。全身を蝕む痛みに耐えようと、彼は表情を歪ませていた。 「ラビ!!」 「余所見をするな!来るぞ!」 駆け付けようとしたアリスを制するように、ラビは叫ぶ。 間に割って入るように迫り来るグラビモス。二人はそれぞれ別の方向へ回避すると、武器を広い上げて再び構え直した。 「ラビ、どうして……」 「後にしてくれ。今は奴から目を離すな」 ラビはボウガンに弾を詰め直すと、グラビモスの腹に撃ち込んでいく。分厚い甲殻は次第に砕け散り、やがて甲殻の下に隠されていた真っ赤な軟らかい肉質が姿を現した。 腹部を破壊され、グラビモスは大きな咆哮を上げて怒りをあらわにする。それでもラビは動じる事なく、曝された弱点を撃ち続けていた。 まだ戸惑いを隠せずにいるアリスも、グラビモスの注意がラビに向いている隙をついて、竜の背後に回り込む。そして今度こそはと太い尾を目掛けて蒼剣を振り下ろすと、ドスンと音を立てて尻尾の先端が地に落ちた。 ふいに尻尾が切り離され、バランスを崩したグラビモスは前のめりに倒れる。そこに飛び掛かったヨモギは、しっかりと握り締めたハンマーで竜の頭部を叩き付けてやった。 ひとしきり腹に撃ち込んだ後、ラビは攻撃の手を止めてじっとグラビモスの様子を観察した。かなりのダメージを与えたはずだが、そろそろ頃合いだろうか。 「あっ!逃げるニャ!」 体勢を立て直したグラビモスは、その図体に似合わない逃げ足の速さでそそくさと退避する。三人が追いかけようとするも、煮えたぎる溶岩の中へ入ってそのまま姿を消してしまったのだった。 「……少し休んでから、追跡しよう」 ラビはやれやれと一息つくと、その場にドサリと腰を下ろした。 「ラビ、大丈夫ニャ?」 心配そうに顔を覗き込むヨモギに、彼は額に汗を滲ませながらも優しく微笑んだ。 「大丈夫。直撃は免れたからな。この程度なら、狩りが終わるまで我慢できるさ」 ラビはアイテムポーチから取り出した回復薬を一気に飲み干すと、服に着いた煤を手で払っていった。 「……ラビ」 名を呼ぶ声が、震えている。ラビが傍らに立つアリスを見上げると、彼女は拳をぎゅっと握り締めて、こちらを見つめていた。 「どうして私を庇ったの?」 兜の隙間から覗く彼女の瞳は、今にも溢れ出しそうなくらい涙を湛えていた。 「仲間が危機に曝されていたら、助けるのは当然だろ?」 当たり前の様に返ってきた彼の言葉に、アリスは大きく目を見開く。 「庇わなくたって、私の鎧なら死なない程度で済むじゃない!ラビ、自分の防具が何か分かってるの!?そんな危ない事しないでよ!」 「死ななかったとしても、重傷を負っていたかもしれないだろ?俺も火傷だけで済んだんだから、別にいいじゃないか」 「でもっ……!」 アリスの耳にはまだ、あの時の彼の悲痛な叫びが残っていた。 怖かった。 自分の不注意で、ラビを死なせてしまったかと思った。 怖くて、堪らなかった。 「もう、あんな事しないで!」 突き放す様なアリスの言い方に、さすがのラビもムッとした表情を浮かべた。 「……だったらもう二度と、あんなミスをしないでくれ。もっと相手の動きをよく見ろって、いつも言ってるだろ?」 「二人とも喧嘩しちゃ駄目ニャー!」 ただならぬ二人の空気に、見兼ねたヨモギが仲裁に入る。だが、睨み合う二人はどちらも引き下がりそうになかった。 「言われなくても分かってるわよ!すぐに調子に乗って、踏み込みすぎるのは悪い癖だって。ちょっとハンター歴が長いからって、いつもいつも先生面しないでよね!」 「その為に来たんだから仕方ないだろ?俺は村長に頼まれたから、こうやって君にっ……!」 はっとラビは手で口を押さえたが、その言葉はすでにアリスの耳に届いていた。 「……その為に来たって何よ。ギルドの命令で、交代するために来たって言ってたじゃない」 「…………」 ラビは俯き、視線を反らした。 「私が頼りないから、ジジィがラビを呼んだの?あんな勝負までして……。結局、ラビが村のハンターになる事は決まっていたのね?」 「違う、村長は君を心配して……」 「仲間だなんて、嘘……。本当は、頼まれて一緒に居るだけだったんだ……」 アリスの瞳から、ぽろぽろと涙か零れた。 「……アリス」 ラビは立ち上がり、彼女の震える肩に手を置く。 「聞いてくれ。確かに、俺が村に来たのは、村長に君を指南する様に頼まれたからだ。交代という話も、全部芝居だった。隠していて……すまない」 俯いてしまったアリスの表情は、兜の影になって伺い知る事が出来ない。それでもラビは言葉を続ける。 「でも俺は、君もヨモギ君も大切な仲間だと思っている。頼まれたからじゃない。俺自身が、君に色んな事を教えたい、助けたいと思うから一緒に居るんだ」 素直な気持ちを伝えたが、それでもアリスの返事は無かった。ただ、頬を伝う涙が一粒だけ足元に落ちた。 「ニャニャ!?ラビ!あいつが戻って来たニャ!」 ペイントの臭気をいち早く嗅ぎ取ったヨモギは、溶岩の海を指差しながら、ラビのスーツの裾を引っ張った。 見ると先程逃げて行ったグラビモスが、ゆっくりとマグマの中から這い上がってこようとしているではないか。 こんな時に……!と、ラビは舌打ちをしながら、ヘビィボウガンを構え直す。そして素早く装填した弾を、全て腹に撃ち込んでやった。 銃撃に怯んだグラビモスの体が、大きくのけ反る。その隙にラビはボウガンを担ぎ直し、竜の足元に手早くシビレ罠を仕掛けた。 設置完了と同時にグラビモスの動きは拘束され、ラビは間髪入れずに捕獲用麻酔玉を投げつける。 強力な麻酔が体内を巡り、沈黙した巨大な体躯はずしんと地に倒れたのだった。 すうすうと寝息をたてるグラビモス。流れる様な見事な手際に、ヨモギは口をあんぐりと開けたまま固まってしまっていた。 「……依頼はこれで終わりだ。村に帰ろう」 普段なら、依頼の達成を喜ぶ少女の歓声がここで上がるはずだった。しかし今日は、何とも後味が悪い。 火山の静寂が、心に苦しかった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 村に戻る道中も、村に着いてからも、アリスとラビの間に会話は全く無かった。気まずい沈黙を破ろうと、ヨモギは何度も口を開きかけたが、結局無言のまま夜を迎えてしまったのだった。 鎧も剣も床に放り出したまま、アリスはずっとベッドに伏せていた。冷静になればなる程、今日の自分の不甲斐無さや、子供じみた発言に嫌気がさしてくる。 ――ラビに、酷い事を言っちゃった。 溜息をつき、少し顔を上げると、月明かりに照らされたクリスタルの豚と目が合った。にんまりと微笑む豚に心が見透かされているような気がして、その鼻を指でつつく。 ――明日、ちゃんと謝ろう。 アリスはのそのそとベッドから降りると、床の上の蒼剣を拾い上げて寝室をあとにした。 ……居間の明かりがついている。 ヨモギがこんな時間に起きているわけがないので、中に居るのはラビだろう。もう寝たものだと思っていたのだが。 ならば、今日のうちに謝っておこう。アリスはそう決心し、そっと中に足を踏み入れた。 「ん、まだ起きていたのか」 すぐに彼女の気配に気付いたラビは、読んでいた本から視線を上げて声をかけた。黒色の部屋着の袖口からちらりと覗く彼の腕は、赤く腫れて痛々しい。見ているだけで、アリスの胸はぐっと締め付けられるようだった。 「……剣の手入れ、まだしてなかったから」 アリスは彼にそう告げると、ソファーの上で眠るヨモギを起こさない様に、静かに横を通り過ぎる。そして少し躊躇ったあと、彼の向かいの席に座った。 ラビは「そうか」とだけ答えて、視線を本に戻していた。訪れる沈黙は、今日だけで何度目だろうか。アリスはなかなか話を切り出せずにいた。 仕方なく、先に大剣の手入れを済ませる事にする。蒼剣の刃にびっしりとこびりついた血を眺めながら、アリスは肩を落とした。もとの状態に戻すには、骨の折れる作業になりそうだった。 水を染み込ませた布で丁寧に血糊を拭き取りながら、アリスはちらりとラビを盗み見る。静かに本の字を追って上下する、暖かいブラウンの瞳。彼は今、何を思っているのだろう。 アリスが作業そっちのけでやきもきしていると、次の瞬間に本から離れた彼の視線とかち合った。 「余所見してたら手を切るぞ」 「あ、うん……」 「何か、言いたげだな」 アリスの心境を察してか、ラビは悪戯に笑みを浮かべる。 「……その火傷、痛い?」 「まぁ、それなりに。でも怪我の一つや二つ、今に始まった事じゃないさ」 「そっか……」 「それだけ?」 「…………違う」 意を決してアリスは作業の手を止めると、姿勢を正して真っ直ぐにラビを見つめた。 「助けてくれてありがとう。それに、ごめんなさい!!」 潔く頭を下げたまでは良かった。だがその勢いが強すぎて思いっきり額をテーブルに打ち付け、ゴンと鈍い音が響いた。 「〜〜〜〜っ!!」 アリスは言葉にならない叫びと共に、額を押さえて足をばたつかせる。そんな間抜けた彼女の姿に、ラビは声を抑えて笑っていた。 「いるか?秘薬」 「い、いらない」 「……あの時は俺も言い過ぎた。悪かったな」 前髪を整えながらアリスがラビの方を向き直ると、彼は本を閉じ、穏やかな表情でこちらを見ていた。 「ここに来た理由も隠していて、すまなかった。でも、村長さんを悪く思わないでくれ。あの人は君の事を信頼している。ただ、心配なだけなんだ」 「……うん」 顔を合わせる度に、いつも口煩く小言を言ってくる村長。それは自分の事を思っての事だとは、アリスもよく分かっていた。でも、いつも自分の口から出るのは憎まれ口ばかりである。 ラビに助けてもらった時も、素直にありがとうと言えていれば、喧嘩などしなくて済んだはずだった。 「……私、あの時ラビが死んじゃったかと思った。凄く、怖かった」 「今思えば、あれはさすがに無茶だったよな」 ラビは自身の赤く腫れた腕を眺めながら、真剣な口調で話しはじめる。 「でもあの時は、そうするしかないと思ったんだ。君やヨモギ君を目の前で失えば、俺は、その場に居たにも関わらず守る事が出来なかった自分を一生蔑み続けるだろう」 「……そういう気持ちは、私にもあるんだよ?私だって、自分を庇ったせいでラビにもしもの事があったら……一生後悔する」 アリスにそう言われてから気付いたのか、ラビはうーんと唸った。守りたい気持ち、失いたくない気持ち。それは少しでも掛け違えば、悲しい結末にも繋がる。 ラビは「難しいね」と眉を寄せて、笑って見せた。 「ただ、ハンターである以上、俺達は常に死と隣り合わせである事を覚悟しておかなければいけない。いちいち怖がっていられないぞ?これからはもっと、危険な依頼を受けていく事になるんだからな」 「……うん」 暗い表情を浮かべるアリスに、ラビはさっと手を差し延べた。 「大丈夫。お互い助け合えば、きっと上手くやって行けるさ」 一縷の光を掴む様に、アリスは彼の大きくてしなやかな手を、強く握り返す。 「私もう、あんなミスはしない。もっと強くなる」 「……君は見違える程、強くなったよ」 強い志を秘めた、空色の瞳。その眼差しを受けて、ラビはここ数日にずっと考えていた事を、彼女に告げようと決めていた。 「アリス」 「ん、なに?」 「街へ行こう。君はもう、参加できるだろう……。ラオシャンロン討伐戦に」 [*前へ][次へ#] [戻る] |