MONSTER HUNTER*anecdote ココットの英雄 突然の彼の提案に、アリスは目を丸くしたまま固まっていた。 「君には目的があるじゃないか。ずっとここに居るわけにはいかない。そうだろ?」 目的。それは、いなくなってしまったジェナの身に、何が起きたのかをつきとめる事。ラオシャンロンの討伐に参加するには、街のギルドに所属していなければならない。ココットのような辺境の村には、出撃要請が届かないのだ。 つまりラビの言う通り、アリスが目的を果たすには、ココット村を出て街へ行く必要があった。 「それはそうだけど……。もう少しだけ、この村で依頼をこなしておきたいの。私にはまだ、早いと思う」 「早くなんかないさ。俺が保証する」 戸惑うアリスに向けられたラビの眼は、いつも以上に真剣である。 急にラオシャンロン討伐が現実味を帯びてきたのかと思うと、アリスの胸の鼓動はどんどん早くなっていった。 「明日、村長に話をしよう。許可が下りればすぐに出発だ」 「ちょ、ちょっと待ってよ」 アリスは握手を交わしたままだった彼の手を離し、落ち着かない様子で席を立つ。 「本当に、今の私の実力でラオシャンロン討伐に参加しても大丈夫なの?」 「それだけの実力を、君はもう身に付けているよ」 ラビにそう言って貰えるのは素直に嬉しい。だが、どうもアリスにはまだ踏ん切りがつかなかった。ラオシャンロン討伐には、数名でチームを組んで挑む事になる。下手に参加して、他のハンター達の足手まといにだけはなりたくないのだ。 「村長が、許さないかも。この村からハンターがいなくなっちゃうし……」 「村には俺が良いハンターを紹介するよ。それなら心配無いだろ?」 「う……うん」 何かに理由を付けて先延ばしできたらと思ったが、どうやらラビの前では無駄な様だ。彼はもう、完全に街へ行く気でいる。 こうなってしまっては、アリスは腹をくくって街へ行く覚悟を固めるしかなかった。 「どこの街へ行けばいい?」 「そうだな……。君が前に暮らしていたのは、どこの街なんだ?」 「ミナガルデ、だけど……」 しかし、アリスはあの街には帰りたくないと思っていた。街の人達や、ジェナのハンター仲間との溝はまだ埋まっていないからだ。 そんな彼女の気持ちを察してか、ラビは別の街の名を挙げる。 「じゃあ、ドンドルマへ行こう。俺がここに来る前に居た街だ。あそこにはハンターズギルドの総本山・大老殿があるから、ラオシャンロンの動向も掴み易いだろう」 「ドンドルマ……」 その名前はアリスも聞いた事があった。昔、ジェナが遠征に出掛けた際に、ドンドルマの特産品を土産に持ち帰ってくれた事があったのだ。 そして大老殿とは、ハンターランク上位の者だけが足を踏み入れる事のできる特別な場所。一般的な依頼よりも、はるかに難易度の高い依頼しか扱っていないという。 「あの、一応聞くけど。ラビは大老殿に入った事は?」 「もちろんあるよ。俺のハンターランクは上位級だって、言わなかったか?」 「……初耳」 「じゃ、そういう事でいいよな?俺はもう寝るから、早く手入れを済ませて寝ろよ」 「えっ!?あっ、ラビ!!」 引き止めようとするアリスを置いて、ラビはひらひらと手を振りながら寝室へ入って行ってしまった。 彼と共に過ごすようになってからそう長くはないが、ラビがこんなにも強引に話を進めたのは初めてだった。あまりの急展開に呆気に取られるアリス。しかし、その心にはじわじわと希望が膨らみ始めていた。 やっと、ジェナに一歩近付く事ができた。 この村を離れるのは寂しいけれど、新しい街も見てみたい。 アリスは自然と緩む口元を押さえて静かに笑うと、大剣の手入れを再開するのだった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ そして、翌朝。 「駄目に決まっとるじゃろ」 胸一杯に吸ったキセルの煙を吐き出しながら、村長は冷たい視線をハンター達に向けていた。 あっさりと告げられた否定の言葉に、アリスの期待は粉々に打ち砕かれてしまったのだった。 ラビが懸命に説得するも、村長は首を縦に振ろうとはしない。 「こんなヒヨッコが街でやっていけるわけないじゃろ。ましてやラオシャンロン討伐?話にならんわい」 「お言葉ですが村長、アリスはもう新米ではありません。それなりに実力もついてきましたし、街でも十分やっていけます」 頑固な村長にだんだん痺れを切らしてきたのか、ラビの口調も強くなってきた。 ――どうしよう。何か、気まずい……。 漂い始めた不穏な空気に、アリスは自分の事ながら口を挟めずにいる。ヨモギと並んでギルドカウンターの椅子に座りながら、双方に申し訳無い気持ちで小さくなっていた。 「アリス!!」 村長のしゃがれ声が、頭に響く。 「は、はい」 「ちょいとついて来るんじゃ」 村長は眉間に皺を寄せてギロリとアリスを睨みつけると、村の外れへ向かって歩き始めた。 慌てて後を追いかけるアリス。ラビとヨモギも顔を見合わせたあと、村長達について行くことにした。 村長は村の裏手にある雑木林の中を、脇目も振らずにずんずんと進んで行く。そこはアリスがこの村に来てから、一度も足を踏み入れた事のなかった場所。 こんな所に連れて来て、一体何があるのだろう。アリス達がそう不思議に思っていると、ふいに村長が足を止めた。 「これを」 村長が指差した場所にあったもの。それは古びた片手剣が刺さった、小さな石碑だった。 「何?これ」 「この剣は、ワシが昔使っていたものじゃ」 そう言われてもピンと来ないアリスは、石碑と村長を交互に見つめて首を傾げた。 石碑には何か文字が彫ってあるが、小さくてよく読めない。村長が昔、何をしていたというのだろう。 そこで、見兼ねたラビが口を開いた。 「アリス、知らないのか?」 「なにを?」 「村長さんは若い頃、ハンターだったんだぞ」 「え」 「えぇぇぇぇーーっ!?」 アリスは叫び、村長は自慢げに胸を張る。 「それもただのハンターじゃないぞ。かつてココットの英雄と呼ばれた、名高い御方なんだからな」 にわかに信じ難かったが、ラビがそこまで言うのだから間違いないのだろう。しかし、若かりし頃の村長が飛竜相手に剣を振るう姿というのも、いまいち想像出来なかった。 「この剣は、ワシがある飛竜を倒した時に使っていたものでな。ハンターを引退する時に、ここに眠らせたんじゃ」 村長は愛おしむ様に、そっと剣の柄に手を延ばした。 「……毎日手入れをしても、時の流れには勝てんのう」 少し錆びた刃に指を這わせ、悲しそうに溜息をつく。 アリス達が火山へ向かった日に村長が村に居なかったのも、ここに来て手入れをしていたからであった。 「アリス、ちょいとこれを抜いてみよ」 「え?いいの?」 アリスは突き刺さった剣の柄に手を延ばして、ぐいと引っ張る。だが、剣はピクリとも動かなかった。 「む。固い」 もう一度両手でしっかり柄を握り直し、今度は台座に足をかけて力一杯引っ張っるが、それでも剣は1ミリたりとも動かない。 「な、なんで?これ、中でくっついちゃってるんじゃない?」 「くっついてなどおらんわい。ほれ、ラビと代われ」 言われるがままに二人は場所を交代し、続いてラビが剣に手をかけた。すると、さほど力を入れていないにもかかわらず、いとも簡単に抜けてしまったのだった。 「な、なんでニャ?」 「どうなってるの……?」 唖然とするアリスとヨモギに、村長はにんまりと笑みを浮かべて答えた。 「一流のハンターにしか抜けんのじゃよ」 「……なにそれ。どういう仕組みなのか全然分からないんだけど」 「これが抜ける様にならねば、街へは行かさん」 村長はラビの手から剣を貰い受けると、再び石碑にその刃を沈めた。 「一角竜・モノブロス」 「え?」 「ワシが討伐した飛竜じゃ」 村長は懐かしむように剣を眺めながら、昔話を始めた。 それは今から何十年も前の事。 砂漠に突如現れた一角竜が、商人達のキャラバンを襲う事件が多発した。 このままでは交易の手段が断たれてしう。何人ものハンターが討伐に赴いたが、深手を負って命からがら逃げ帰って来た者もいれば、帰らぬ者もいた。 誰もが諦め始めていたその時。一角竜の狩猟に名乗り出たのが、当時ハンターとして活躍していたココット村の村長であった。 太陽が照り付ける砂の海で、村長は一振りの片手剣を手に戦い続けた。そうして約一ヶ月続いた死闘の末、村長は討伐したモノブロスの巨大な真紅の角を持って、ココット村に帰還したのである。 その時に負った足の怪我により、村長のハンター生命は断たれた。 しかし、彼の多大な功績は讃えられ、英雄として語り継がれる事となったのだった。 「そのモノブロスが、先日砂漠で発見されたそうじゃ。一角竜を見事討伐できたら、街に行くのを認めてやっても良いかのう」 過去の武勇伝に浸り、気分を良くした村長はアリスに一つの提案を投げ掛けた。どうせ無理な話だろうと、たかを括りながら。 「本当!?だったら行く!今すぐ狩りに行く!」 「モノブロスか……俺も初めてだな」 「三人でかかれば、怖くないニャ!」 「え、三人じゃと?いや、それはちょっと……」 アリス一人に挑戦させるつもりだった村長は、当然のように同行しようとする二人に慌てふためいた。ラビが狩りに参加すれば、難無く討伐してしまうではないか。 しかし、すっかり乗り気になってしまった三人の勢いは、止められそうに無い。 「よーし!じゃあ早速、モノブロス討伐に行く準備するよ!」 「アリス、砂漠ニャよ!今度こそクーラードリンク忘れニャいようにニャ!」 村長が条件を訂正するより先に、アリスとヨモギはさっさと村へ走って行ってしまった。 「モノブロスの恐ろしさを知らんくせに、呑気なもんじゃ……」 はしゃぐ二人の背中を見送ってから、村長は深く溜息をつく。 「大丈夫ですよ」 そんな村長の心境を汲み取ってか、ラビは優しく声をかけた。 「貴方が思っている以上に、あの二人は強くなりました」 「……フン。急にこんな話を持ってきおって。ワシはただ、おぬしにアリスを鍛えてもらいたかっただけじゃのに」 口を尖らせた村長は、恨めしそうにラビを睨みつける。ラビはばつが悪そうに、苦笑いでごまかしていた。 「でも……仕方ありませんよ。彼女に目的がある限り、いつかはこんな日が来るのですから」 「……おぬしは何故、それについて行くのじゃ?ワシはアリスの面倒を見るように言ったが、そこまで付き合わなくとも良いではないか」 村長の問い掛けに、ラビはさも当然の事のように答える。 「一緒に居て楽しいからですよ。アリスは見てるだけで飽きないし、ヨモギ君の作る飯は旨いから」 「それだけ……か?」 村長の呆れた視線が、痛い程突き刺さる。 もちろん、共に行く理由は他にもあった。 だが彼は、それを口にはしなかった。理由なら、先に述べたもので充分だと思ったのだ。 「……それだけ、ですよ」 すっかり言葉を無くした村長は、溜息混じりの白煙を吐き出す事しかできなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |