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短編
世界を変えてみせるから・1


――ジリリリ......ッ



「――……っ!」



けたたましい携帯のアラーム音に叩き起こされるのが、6時半。


二度寝したいのをグッと我慢して、晩秋の冷たい空気に悪態をつきつつ、なんとか顔を洗い服を着替え、ご飯を食べ終えると既に6時50分。


そっからはもう本当に大慌てで、歯を磨いて寝ぐせを直し、教科書とノートをかばんに突っ込んで自転車にとび乗る。


家を出るのは7時ジャストだ。


そして高校までの4.5kmをただただ全力疾走するのが、入学してからの一年半、毎日繰り返されている俺のいつも通りの朝。


しかし、



「……!」



ひたすらペダルを漕ぐだけだった登校時間に、数週間から少しだけ変化が起きていた。



「――春元!はよっ」



前方に見えた自転車に向かって必死でペダルを漕ぎ、彼の横に並ぶ。



「ああ……、おはよう、ございます。……大野くん」




*




春元の第一印象は、「優等生」。



『元1-A、大野雅樹-オオノマサキ-、野球部所属!好きなタイプは黒髪ロングの美人系〜〜!よろしくっ』



――これは、今年の4月の、……俺の自己紹介。



高2にもなると、クラス替えがあったからといって変な緊張感が漂う事もなく、新年度最初の儀式である自己紹介は良く言えば自由、悪く言えばかなりいい加減に進んでいた。



『元1-B、高木陸-タカギリク-、野球部所属!好きなタイプは元気で可愛い子?髪は茶髪派!でもやっぱ好きになった子がタイプですー。彼女絶賛募集中ー!』


『元1-E、川村直樹-カワムラナオキ-、野球部所属。好きなタイプは笑顔の似合う明るい子かな。髪はどちらかと言うと短めが好きです』


『元1-A、豊田大輔-トヨダダイスケ-、野球部所属!好きなタイプは目がぱっちりで小柄な子?』


『元1-C、野村峻-ノムラシュン-、好きなタイプは美人系。雅樹には絶対負けません!セクシーな女の子大歓迎!』



大声でつまんねーギャグとか言って自分で笑ってる奴もいれば、ほとんど聞こえない位小さな声で苗字しか言わない奴もいる中、事前に打ち合わせとかまでして盛り上がっていた俺たち野球部は、口笛吹いて冷やかしあったり、野次を飛ばしたりもしつつ、まあこんな感じのノリで楽しんでいた。



いや、確かに俺も、どうかとは思うよ?


でも俺らにとって神に等しい、絶対的存在の先輩方から、


「伝統だ」


――って言われちゃったら、……もう、やるっきゃ無いっしょ……?



クラスの野球部全員が紹介を終え、一息つこうとしたその時だった。



『元1-Cの春元悠也-ハルモトユウヤ-です』



一瞬、世界の全てが止まった気がした。



『部活動は化学研究部と文芸部に所属しています』



教室を流れるかすかな風に揺られ、さらさらと流れる黒髪。



『化学研究とはいっても難しい理屈は抜きです。ただ実験を楽しんでいるだけ、かな?』



眼鏡の奥に隠れる、くるんと大きな瞳。



『化学室の設備を使って本格的な実験ができるので、とても面白いですよ』



優しく心地よいアルトの声。



『本を読む事も大好きなので、実験に興味のある人も、本好きの方も是非ぜひ話しかけてください』



初めのうちは彼の作り出す、大人っぽい落ち着いた雰囲気に圧倒されて、呆けたように見つめてしまった俺だが、



『よろしくお願いします』



そう締めくくった彼がふわりと微笑みを浮かべた瞬間、俺の意識の完全に彼に独占されていた。



心なしか体温が上がり、世界は鮮やかさを増したように感じた。



彼、春元の存在が、俺の中で特別な位置を占めた瞬間だった。



今思い返してみれば、それは俺にとって初めての、特別な感情だったのかもしれない。


::::Fin::::


君のまわりだけ世界が輝いているような、そんな気がしたんだ

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