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鐘撞き堂
迷い猫 サフィルク。
小雨の降る休日。
なんでこんな日に散歩に出ようと思ったのか、自分でもわからない。
このくらいの雨なら濡れてもいいと思ったのかもしれないし、濡れたかったのかもしれない。
宙に浮かぶ椅子に乗って、外にでる。…たまには歩いた方が体にいいのだろうが。
そんなうす曇の中、見つけたのは、

「あれは…」

朱色の髪を濡らし、何故か木の上で途方に暮れている子供。…髪を切ったのか。
童心に返って木登りですか?…ああ、まだ子供でしたね。

「…なにをやっているんですか…」

思わず声をかけてしまった。敵同士だというのに。赤毛の子供がこちらに気付く。そして、

「…助かった!」

…は?
自分を見ての第一声がそれだった。

「な…なんですか?降りられなくなったとでも…?」

慌てる自分に、彼は手を出せと言う。両手を伸ばすと、柔らかな毛の塊が転がり込んでくる。

「みー…」

しっとりと毛並みを濡らした白い子猫が自分を見上げて鳴く。

「…猫…?」
「白いヤツを先に見つけて助けようとしたら二匹いて…」

赤毛の子供が照れくさそうに笑う。どうやらそれで自分も降りられなくなったらしい。…一匹ずつ降ろせばいいのに。

「よーし…こっちこい…よし!」

ルークが黒い子猫を捕まえる。−そのとき。
みしっ。

「−−ッ!」

べきべきべき!ずどん!

「ルーク!」

枝が重さに耐えきれず折れ、ルークと子猫が落ちる。椅子を降下させて駆け寄ると、ルークは子猫を抱き込んで倒れていた。

「だ…大丈夫なんですか?!」
「大丈夫、怪我は無い。」
「怪我は無いって…」

子猫がルークの腕の中から這い出て、ルークを心配そうに窺う。
ルークは頭から血を流していた。

「…よかったな、にゃんこ。」
「あ…」
“怪我は無い”は猫のことだったのだと気付く。

「…つッ…」

ルークはふらふらと起き上がる。

「あの…!」
「ああ…ディスト、ありがとう。」

ルークは微笑んでお礼を言う。

「どういたしまして…じゃなくて!」

びし、と彼の前に指を二本突き出す。

「…?」

ルークは首を傾げた。

「指…何本見えます?」
「えっと…三本…」
…視神経に異常が出ているではないか。

「医務室!医務室行きましょう!ここダアトの教会の近くですしっ!」
「だめだよ…まだ…」

ルークがそう言うと、子猫は二匹とも同じ方向に走っていく。こちらを振り返っては鳴き、また走って、振り返っては鳴く。
…まるで、呼んでいるように。

「…おかあさんも…たすけて…って…」

そう呟いてルークはふらふらと子猫の後についていく。私は仕方なくルークについていった。




「…ッ…!」

私は思わず固まってしまう。
子猫が案内した路地裏にあったものは、親猫の死体だった。
野犬にでもやられたのか、白い毛並みは赤く染まり、既に腐敗が始まっていた。
ルークは哀しそうに微笑んで子猫の頭を撫でる。

「ごめんな…おかあさんは…もう助からないんだ…」

子猫がにー、と鳴く。それは心なしか悲しく聞こえた。



ルークは地面に掘った穴に親猫の遺骸を横たえる。土をかけていく。子猫は理解したようにじっと見つめていた。

どさり。

「ルーク!」

親猫を埋め終えると、ルークは地面に倒れてしまった。


そのあと、ルークを医務室に連れて行ったのだが、包帯を巻かれただけで帰されてしまった。…それでも自分にはどうすることもできず、とりあえず子猫と一緒に自分の部屋に連れて行った。
とりあえず子猫に粉ミルクをぬるま湯で溶いてやる。子猫はぴちゃぴちゃと音を立ててミルクを飲んだ。

「うめーか、にゃんこ…」

ルークがベッドの上から猫に声をかける。

「…あげたのは私ですよ。…あなたはコレです。」

そう言って出したのはホットミルク。

「…おれは猫かよ…」

ルークはくすくすと笑う。

「そうです。迷い猫三匹!…ちゃんと猫とは分けていますよ。…あなたは牛乳飲んでも大丈夫でしょう?」
「うん…ありがとう…」

ルークはホットミルクに口を付け、固まった。

「…ディスト…」
「なんですか?賞味期限は切れていない筈ですよ?」
「ホットミルクは…甘くないと飲めない…」
「…子供ですか?!」

困った顔をするルークに思わずそう言ってしまった。…子供であることを、ついつい忘れてしまうのだ。まだ甘えたい年頃だろうに、実年齢よりも老いている姿のせいで大人である事を強要される。

「仕方ないですね…」


ルークは砂糖を溶かしたミルクを美味しそうに飲み、子猫は子猫でミルクを平らげた。

「ディスト…」
「…なんですか?」
「子猫の事なんだけど…」

宝石の様な翡翠の瞳が自分を見上げる。私は五秒で根負けしてしまった。

「あー!わかりましたよ!私が責任持って世話しますっ!その眼やめなさい!」

ルークはふふ、と笑う。

「さすが薔薇のディストと呼ばれているだけあるな。」
「当然ですっ!」
「あ…もうこんな時間か…」
「…仲間が心配しますか?」
「うん…足手纏いになったら…捨てられる。」
「…え?」

私は耳を疑った。

「おれ…おれアクゼリュス滅ぼしたから…そのとき…みんなおれを置いて行ってしまった…」

当然だけど、と呟きルークは空になったマグカップを握り締める。

「ティアが…いつでも見限ることができる…って言ってた…おれは…もう捨てられたくない…独りは嫌だ…独りは怖いんだ…」

愕然とした。話を聞く限り、アクゼリュスの崩落はルークのせいになっている。仲間たちにも罪はあるはずなのにそれはルークに擦りつけられ、あまつさえ、いつでも見限ることが出来る…?
孤独の冷たさを知って震えている子供に…?

「あなたは悪くない!」

思わず叫んでいた。ルークは悲しそうに微笑む。

「…ありがとう…嘘でも…すごく…すごくうれしいよ…」

うそではないのに。

「私と…一緒に暮らしましょう!私は…絶対にあなたを捨てたりしないから…だから…!」
「…ありがとう…」

ルークは抱きついて胸に頭を擦り付けてくる。

「でも…おれは…罪を償わないといけないんだ…」

ルークは顔を離す。

「ルーク…!」
「ありがとう…ディストの言葉…とても…とても暖かかった。」

扉が静かに閉まる。子猫がみぃ、と鳴いた。
ルークはとても綺麗で儚い微笑みを遺し、もう二度と、帰ってくる事は無かった。




マルクトでの刑期を終え、幼い子供の命と引き換えに得た世界に私は居る。足元には白と黒の二匹の猫。
その日は晴れた空なのに小雨が降っていた。



微笑みは
帰ってこない
迷い猫


end.


あとがき

最後は五・七・五で終わりました。

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