それは黒いもの。
兄弟だからって、そう多くが似通ってるという訳でもない。
特に墨村の3兄弟にとってそれは余りに顕著だった。
(例えば、身長の伸びかたにしても、熱中するものにしても、右の手のひらにしても。)
ただ似ている所をひとつ、取りあげるとするなら、3人は3人とも口を揃えて云うだろう。
「それは黒いもの。」
ぱたぱたと、末の弟が廊下を駆ける。
「良兄、良兄!」
がらりと道場の扉を開き、息を弾ませ兄の姿を探す。
直ぐに目についた目当ての人は、―――およそ『修行』とは思えないくらい、ぐだぐだと道場の床に寝そべり、指南書(と、横に積んだお菓子やら城やらの書籍類)を眺めて居た。
「もー!良兄ったら!」
「…っあ、何……利守か。どしたの。」
わ、やべー寝てた。言いつつ口許を拭う兄にほとほと呆れて、利守は大袈裟に溜め息を吐いた。
「だから何度も呼んだでしょ!正兄が来たんだってば!」
「……うっわ、最悪。」
「いいから!ほら、早く来なよ?」
「えー!やだな…。
……なあ利守、
俺、部屋で寝てちゃだめか?」
―――お願いっ!
ぱちんと手を合わせ拝むようにして、ちろりと利守を上目で見上げた。
(…まったくもう、この人は、無自覚でやるから怖いんだ!)
はーあ。
利守はもう一度、大きく息を吐き出した。
(…襲われたって知らないからね、)
「……分かった、僕も正兄と将棋したかったし、暫く相手してもらうから。」
「おー!ありがとな、
やっぱ持つべきものは聡い弟だ!」
同じ夜色の瞳を、それは綺麗に輝かせて。
じゃ、俺寝るわー。
言いつつ良守は漆黒の髪をくしゃりと掻きあげ、ふわぁと大きな欠伸をしてから、ゆっくりと立ち上がる。
(もう!ちょっとは、僕の苦労も分かってよね)
本当に酷い兄を持ってしまった――しかも二人も。
利守は自分の切ない境遇にがっくりとうなだれた。
「――ねえ良兄、」
「んあ…?」
道場を後にする良守の背中を呼び止める。
利守は、今自分が出来る、最も純粋な笑みを浮かべた。
「正兄さぁ、
…最近ずっと、
夜中に帰ってきて、
朝には出て行くだけだったのにね?」
――今日は、どうしたのかなあー?
利守は少しだけ満足げに鼻を鳴らし、扉のところで硬直したままの良守の背中を追い抜いて、長兄の待つ座敷へと向かった。
(たまには僕の苦労、分かってよね!)
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