★ スタホ殺人事件 ★ 颯爽 ブルースカイのスタホの各サテから『シグマヴォルテクス』のオッズにざわめきが起こった。 駿介自身もサテに表示されたオッズに思わず固まった。 「げ、限界オッズ!」 今まで超えることの出来なかった3歳GU2.7倍の壁を突き破り、一気に2.6倍の高みに登りつめたオッズがサテで輝いている。 『この配合で出た…』 思わず呟いた。 駿介も期待していなかったと言えば嘘になる。 しかし、父はWBC3走で全て惨敗と、素材としてはどう見ても弱く思えた。だからこそ出来る限り特殊餌でフォローはしたが、ここまで届くとは思えなかった。 『やりやがったなぁ〜!』 伊井が満面の笑みで祝福してくれた。 『あ、あぁ…』 駿介の返事が少し涙声になる。 苦労して苦労して、遂にSSに辿り着いた。 駿介は天井を見上げ、一息ついてサテに向き合った。 レースは大逃げしない『シグマヴォルテクス』が並ぶように先頭を行き、直線を向くと一気に溜めていた脚を爆発させる。 『おいおい、最後は追い込みだぜ、この脚は!』 伊井が唖然とするような豪脚で、後続を突き放しての圧勝。 杉本アナの「ぶっちぎった、ぶっちぎった〜」の実況がこだまする。 オッズと言い、結果と言い、これ以上何を望むと言うのかというほどの完勝劇。 方々のサテから溜め息が聞こえてくる。 ただ一人、隣の居闇だけが苦虫を噛んだような表情で固まっている。 『あれ、限界オッズですよ…』 神戸が居闇に話しかけるが、 『何が限界オッズだよ!』 居闇が声を荒げて答えた。 『そんなこと言ったって…』 神戸が不満そうに口を尖らせる。 居闇には相当『シグマヴォルテクス』のオッズが堪えたようだった。 『どうするんだよ、次は…』 伊井が駿介に訊いてきた。 『さあて、どうしたい?』 駿介がニヤッと笑って伊井に返す。 『そりゃ、皐月賞に行って居闇と勝負して勝ってくれりゃ、みんなは大喝采だけどなぁ…。限界オッズのSSだぞ。このまま皐月でぶつけたら、わざわざオッズ悪くするだけじゃないか。』 伊井が正論を唱えたが、駿介は敢えて返した。 『じゃあ訊くが、このクールを飛ばしたら、単騎で出走できるのか?素質馬とかち合わないと言う保証は?』 『そりゃ、できないし、普通は4〜5頭なんて当たり前だから…』 『だろう?だったら?』 『行く!』 思わず最後に2人でハモってしまい、駿介と伊井はサテからお互い身を乗り出して笑った。 そこへ常連のぴっぴさんがやってきて 『これじゃ、僕の今月の殿堂も危ないなぁ。』 と笑いながら話し掛けてきた。 ぴっぴさんは今月、26,000枚と23,000枚の馬を輩出して今月店内殿堂ワン・ツーを飾っている。 『多分、今月中には使い切れないから、ぴっぴさんで決まりだよ。』 駿介がそう答えるとぴっぴさんは苦笑いしながらカウンターの方へ歩いていった。 ちょうどそこへ亞穂菜がやってきて 『駿介さん、皐月に行くんですか?』 と訊いてきた。 『亞穂菜ちゃんはどうする?』 駿介が答えると亞穂菜は 『駿介さんが行くなら出さないつもりです。』 と答えた。 駿介は手元のスタホノートに何事か書いて、そのノートを亞穂菜に見せながら 『う〜ん、引っ込めようかなぁ…』 とだけ答えた。 [←][→] [戻る] |