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頂き物の小説
第33話「どれだけゴチャゴチャしていても、たいてい一歩くらいは踏み出せる」




「どうしてわかってくれないのじゃっ!」

「姫様こそ、その考えが理にそぐわぬものとどうしてご理解いただけないのですか?」



 声を張り上げるわらわじゃが、ホーネットはわらわの言うことなどちっとも聞く気はないようじゃ。わらわが何を言っても、同じことを繰り返すばかり。



「確かに私は姫様の方針には賛成しております。
 しかし、明らかな過ちをそのままにしておくことは姫様のためになりません」

「間違ってないっ!
 わらわはちっとも間違ってなどおらぬっ!」



 そうじゃ。わらわは間違ってない。間違ってるのはホーネットの方じゃ。

 なのに、自分が正しい、わらわが間違っているなどと……



「もういいのじゃっ!
 ホーネットなんかもう知らないのじゃっ!」

「姫っ!?」



 もう、話を聞いてくれないホーネットなんか知らないのじゃっ! わらわはわらわの道を往くのじゃっ!



「お待ちください!
 どちらに行かれるのですかっ!?」



 「どちらに」?



 そんなの決まってるのじゃっ!





















「家出じゃっ!」





















「………………と、いうワケで……お世話になるのじゃ」







「いや、帰ってくれ」







 ビッグコンボイのいけずーっ!











とある魔導師と機動六課の日常×魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜



とある魔導師と守護者と機動六課の日常



第33話「どれだけゴチャゴチャしていても、たいてい一歩くらいは踏み出せる」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「なんでじゃっ!?
 どうして置いてくれないのじゃっ!?」



 いや、「どうして」と言われても……なぁ?



 そもそもどうやってオレ達の家の場所を知ったのか……いや、そこはいいか。

 別に隠れ住んでいるワケじゃないんだ。調べようと思えば簡単に見つけられるだろう。



 だが……



「お前……オレ達が敵対関係にあるということを忘れてないか?」

「ほぇ………………?」



 心底首をかしげてくれたよオイ。



 とりあえず、玄関先で押し問答というのもご近所的にアレなのでリビングに上げた。はやてやリインも加えて事情を聞いたのだが……よりによってあちらでやらかしたケンカの末に家出とは……



「そんなことはどうでもいいのじゃっ!
 どうして泊めてくれないのじゃっ!?」



 いや、だから……



「………………ハッ!
 まさか……そういうことなのかえ?」



 ………………今度は何だオイ。



「フォートレス、ビクトリーレオ、スターセイバー、ダイアトラス……そしてお主。
 皆セイバートロン・サイバトロンの歴代総司令官ばかりではないかっ!
 この家は総司令官経験者しか受け入れぬのかっ!? サイバトロンの天下り先なのかえ!?」

「やかましいっ!
 公務員の作者が書いてるこの小説でそういう危険な発言をするなっ!」



 あー、ダメだ。ちっとも会話の歯車がかみ合わん。







 ………………それから、リイン。



「はい?」

「お前もお前で少しテンションを下げろ。
 さっきから視線で万蟲姫まむしひめを撃ち抜けそうなくらいに敵意むき出しじゃないか」

「むしろ撃ち抜きたいくらいですっ!」



 また言い切るなぁ……理由はわかりきっているが。



「この人、恭文さんを狙ってるですよっ!
 そんな人をうちに置いたら、恭文さんとの接点増えちゃうじゃないですかっ! そんなの、リインは元祖ヒロインとして認めるワケにはいきませんっ!」

「何が“元祖ヒロイン”じゃっ!
 それならわらわは遅れてきた真打! ヒロインを超えたヒロイン!
 そう……お主が“元祖ヒロイン”なら、わらわは“超ヒロイン”じゃっ!」

「そんなの認めないですーっ!」

「お主の許可が必要なワケではあるまいっ!」



 ………………そうだな。

 決めるのは恭文であってお前でもリインでもないんだが。



「なぁ……固いことを言わずに助けてたもれ。
 地球のことわざにもあるのであろう? “敵に砒素を送る”と」

「それを言うなら塩だ、塩。
 砒素じゃ普通に追い討ちだろうが」



 ……あー、ダメだ。こいつと話してるとムダに疲れる……せっかくの久々の出番がコレなのか? オレは。











「………………ひとつ、聞いてもえぇかな?」











 ………………はやて?



「何じゃ?」

「なんでウチに来たん?
 万蟲姫の立場を考えると、六課のメンバー以外に顔見知りの人間がおらん、ちゅうのは……まぁ、わかるわ。さっきのリアクションを見た限り、敵対してる件はどうでもえぇみたいやし。
 せやけど……うち以外にも選択肢はあったはずや。
 もっと言うと……恭文んトコとか」



 ………………言われてみればそうだな。



 万蟲姫にしてみれば、“蝿蜘苑ようちえん”を飛び出して自由の身なワケだ。想いを寄せる蒼凪の家に転がり込むには格好のチャンスのはずなのに……







 その万蟲姫はといえば……はやての指摘を受けたとたんに一気に勢いを失った。しばらく困った様子で視線を泳がせていたが……やがて力なく答えた。



「………………もし断られたら……って思ったら、怖くて行けないのじゃ」

「好きな相手に断られるかもしれない……そう思ったら、やっぱ怖いんか?」

「当然じゃ。好きなんじゃから」



 こっちの問いには迷うことなくうなずいてくれたよ……おかげでリインの視線がまた強くなったが。



「そっか……」



 って、納得するのか、はやて?



 何か、今の万蟲姫の発言に思うところでもあったのか……?



「家出してきたのはわらわの都合じゃ。
 わらわのワガママで恭文に迷惑をかけて、もし嫌われたら……」



 ……まぁ、その気持ちは、わからないでもないが……





















 ………………ん?



「ちょっと待て。
 その理屈で言うと……“恭文には迷惑をかけたくないから恭文のところには行けない”ということだな?
 それはつまり、裏を返すと“オレ達に迷惑かけるのは別にかまわないからうちに来た”ってことにならないか?」

「当然なのじゃっ!
 恭文に嫌われるのはまっぴらゴメンじゃが、お主達が困ろうが寝床を奪われようが食料を食いつぶされようが家を乗っ取られようがわらわとしては良心などカケラも痛m







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………と、いうワケで、ビッグコンボイに追い出されたのじゃ。
 だから、泊めてたもれっ!」

「今の経緯を聞いて素直に泊めるとでも思ってんのかテメェわ」



 いきなりやってきた万蟲姫からことの経緯を聞かされたワケだけど……ンなこと言えば追い出されるのは当たり前だろうが、このバカ姫が。



 ……つか、ビッグコンボイのヤツ、オレに押し付けやがったな? 身内以外は誰も知らないはずのうちに万蟲姫がピンポイントでやってきたのが何よりの証拠だ。



「………………泊めてくれぬのかえ?」

「うーん……」



 正直に言えば……オレとしては一向にかまわない。別にコイツらに個人的な恨みがあるワケじゃないし、ホントに乗っ取り仕掛けてきても返り討ちにする自信はある。



 ただ……



「迷う必要なんかないわ、ジュンイチくん。
 この子は瘴魔のリーダーとして事件を起こした首謀者のひとり……早く逮捕するべきよ」



 そう。この人……リンディさんの存在が一番のネックだ。

 やっぱ、腐っても本局所属の統括官か……迷わず自分の仕事に忠実に決断しやがった。自分だって休職してまで家出してここにいるクセして。



 ちなみに、万蟲姫の話を聞いてるのはオレとこのリンディさんの二人だけ。エイミィはブイリュウと二人して双子を寝かしつけに行ってる。



「別にかまわないでしょう?
 あなたは六課の協力者。そして瘴魔を滅ぼすことを使命とするブレイカーなのだから」











 ………………よし。











「わかった。
 空き部屋があるから、好きな部屋を使えよ」

「ホントかえ!?
 感謝するのじゃっ!」

「ちょっ、ジュンイチくんっ!?」



 リンディさんが声を上げるけど……うん、決めた。







 というか……リンディさんの発言で、決めた。







「リンディさん。
 忘れてるみたいだから改めて言うけど、六課に協力してるからって、オレは別に局の方針に賛同してるワケじゃない。
 それからもうひとつ。こっちはカン違いだ。
 オレ達は、別に瘴魔を滅ぼす、なんて使命は持ってないし、そのつもりもない。
 そんな使命やら意志やらがあったら、現役瘴魔神将のイクトが六課にいるワケがないでしょうが」



 そう。オレは別に六課の味方というワケじゃないし、瘴魔を滅ぼすつもりもない。



「オレは六課を、局を守るつもりはない……恭文やスバル達を守るために六課にいる。
 アイツらにとって害にならない相手を討つ理由はねぇよ」



 少なくとも……万蟲姫はそのケースに該当すると思っていい。

 コイツ自身には、オレ達に敵対する意志は明らかにない。そういうのはむしろホーネットの方針だけど、アイツにしたって“瘴魔の繁栄にジャマだから”って理由があるから六課を叩こうとしているだけ。個人的な恨みがどうこうという話じゃない。



「万蟲姫……そんなワケだから、オレにとってマジメに害にならない限りはお前を追い出すつもりはないから安心しろ。
 もちろん、お前が同意しない限り“蝿蜘苑”の情報を聞き出すようなこともしないし、誰にもさせない。
 お前がここを出て行く時は……お前が自分の意志で出て行くか、完全にオレの敵に回った時だけだ」

「ジュンイチくん!」



 なおも反論しようとするリンディさん……立ち上がろうとしたのを、右手一本で頭を押さえて押し留める。

 まぁ……情報については聞こうとしてもムダだろう、って読みもあるんだけどね。



「それを聞いて安心したのじゃ。
 “蝿蜘苑”のことを聞かれても、わらわはそれほど詳しくは知らぬからのぉ」



 ほらな。



「そんなの信用できるワケないじゃない。
 ジュンイチくん、ウソをついてる可能性もあるわ。今すぐ尋問して……」

「はーい、どうどう。落ち着こうねー」



 なおもエキサイトするリンディさんをなだめようと、とりあえず彼女を押さえつけていた右手で頭をなでてみる。



「忘れた? オレの“情報体侵入能力データ・インベイション”のこと。
 左手で記憶情報を読めるオレに、ウソなんか通用しないよ」

「むー……」



 オレの言葉に、リンディさんは一応引き下がってくれたみたいだ。

 ただ……まだ納得してはいないみたいだね。顔が赤いし、興奮しすぎでしょ。



「じゃ、この話はとりあえずおしまい。
 ………………あ、そうだ。これだけは聞かせてくれよ」

「何じゃ?」

「いや……お前らのケンカの原因」







 そうだ。そういえばその辺りをまだ聞いてなかった。

 基本的にコイツに対してイエスマンのホーネットが反対するなんて、よほどのことがあったんだろうけど……







「実は……恭文を嫁に迎えることについて、その……」

「反対されたってのか?」



 ………………あれ? でも確か、ホーネットってコイツと恭文との交際認めてたんじゃなかったっけ?



「ううん。違うのじゃ。
 その、恭文を嫁に迎えるとして……」





















「結婚式の“恭文の”衣装は白無垢にするかウェディングドレスにするかでモメて……」





















 ………………うん。











「……アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」





















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「じゃあ……今はお兄ちゃんのところにいるの? 万蟲姫」

「まぁな」



 現在、午前中の書類仕事の真っ最中なスターズ分隊オフィス――スバルの言葉に、柾木ジュンイチはため息まじりにそう答えた。

 まぁ、今の話の通りなら、問題は山積みなワケだ。ため息のひとつもつきたくなるか。



「それで……リンディさん、納得してくれたんですか?」

「してるワケねぇだろ。
 とりあえず、もめ事を起こさないように、オレのいない時は二人きりの接触は禁止って言い渡しておいた。ブイリュウとエイミィの二人体制での監視だから、まず抜け駆けはムリだろ。
 それに……約束破った時のペナルティに“糖分断ちの刑”を加えておいたしな。あの人もオレが『やる』っつったら本気でやるって知ってるし、そうそうリスクは冒さないでしょ」



 また特定人物の嗜好を的確に抉る刑罰だな……質問したなのはの方が固まったじゃないか。

 だが……まぁ、効果があるのも事実だ。とりあえずはこう着状態に持ち込めたようだな。







 ………………さて、恭文。







「何?」

「いや……貴様はアルトアイゼンをセットアップしてどこに行くつもりだ?」

「もちろん、あのバカ姫をぶった斬りにいくんだけど?」



 また怒り心頭だな……そんなにあの小娘の発言が頭に来たか?



「当然でしょうがっ!
 なんで僕がウェディングドレス!? 僕が白無垢っ!? バカも休み休み言えって教えをその身に叩き込んでやるっ!」

《少し落ち着いてください、マスター。
 しばき倒すことは止めはしませんが、私を使うのはやめてくださいよ》



 いや、しばき倒すこと自体を止めろよアルトアイゼン。



 まったく……たかが衣装ひとつで大げさだな。



「そんなこと言うなら、マスターコンボイも想像してみなよっ!
 自分がウェディングドレスとか白無垢とか着させられた光景をっ!」



 フッ、残念だったな、恭文。

 このマスターコンボイ……ウェディングドレスとか白無垢とか言われても、それらがどういう衣装なのかまったく知識がないから想像することなどできるものかっ!



《いや、ボス……それ、自慢になってないからな……》



 オメガ。そんなことは気にするn











 ………………ドサッ。











『………………「ドサッ」?』



 突然の物音に、オレ達は一斉に物音のした方へと視線を向けて……











「う、ウェディングドレス……
 マスターコンボイのウェディングドレス……」











「ら、ランスター二等陸士が鼻血の海にっ!?」

「ちょっ、しっかりしろ、ティアナっ!
 そんなにマスターコンボイのウェディングドレス姿がツボだったのかっ!?」



 一体オレの何を想像したのだろう。鼻血を出してひっくり返ったティアナの姿に、ジェットガンナーやロードナックル・クロが大あわてだ。



 というか……ティアナ。



「鼻血を噴いて倒れるとは何事だ、貴様。
 それは炎皇寺往人の持ちネタだろうが」

「マスターコンボイ……それ、ツッコむところが違う……」



 柾木ジュンイチ、貴様もそんなことは気にするn







「ジュンイチさんの白無垢……ぐふっ」



「わーっ! なのはさぁーんっ!」







 今度はなのはが倒れたか。スバルがあわてて駆け寄るが、なぜか幸せそうな顔で意識を手放している。











 とりあえず、ひとつ言えるのは……





















 ………………うん。カオスだ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「へぇ……こうして見ると、この部隊ってそうとうハデにドンパチやってるみたいじゃん?」

「神様までブッ飛ばしてるしねー」



 ……どうも、ライオコンボイだ。

 現在、研修の一環で六課の過去の戦闘記録を見せてもらっている最中なんだが……チータスやラットルの言うとおり、この部隊、機動六課の戦歴はまさに激戦に次ぐ激戦、という表現がピッタリ当てはまるようなすさまじいものだった。



 山岳レールウェイを巡る初出動からしていきなり“JS事件”の主犯グループとディセプティコンを同時に相手取る三つ巴。その後も様々な勢力が入り乱れる中を、管理局サイドの中心戦力として最後まで戦い抜いている。

 無論、無傷で勝ち得た勝利ではない。戦いのたびに幾度となく傷ついているし、このミッドチルダの管理局地上本部を巡る攻防では主要メンバーのほとんどが重傷を負う惨敗を喫している。



 しかし……それでも彼らは勝利を掴み取った。

 多くの人に支えられ、復活しかけたトランスフォーマーの“神”のひとり、ユニクロンを討ち果たし、ミッドチルダを、全世界を守り抜いた。

 まったく……大したものだ。







 ………………そういえば、ジンもそのユニクロンとの最終決戦には参加していたと言っていたな。

 詳しいことは聞いていなかったが……研修が終わって向こうに帰ったら、本人の体験談を聞いてみようか。



「ライオコンボイ、その必要はないんだな。
 せっかくだし、ジンもこっちに呼べばいいんだな」



 そうか……ハインラッド、いいアイデアを思いつくじゃないか。

 こっちには友人である恭文が、そして何より彼にとって大切な姉的存在のはやてもいる。職場に呼ばれるということを差し引いても、ジンにとっていいリフレッシュになるかもしれないな。



「それ、一歩間違うとむしろトラブルフラグが集結するだけのような気がするんですけど」







 ………………スタンピー。そこはツッコまないでくれるか?



 うん……僕もちょっと思ってたから。



「そうですよ。
 どうせ呼ぶのなら、鷲悟さんも一緒に」



 そしてライラは兄だけでなく恋人も希望か……いや、まだ彼の方がちゃんとした返事を返していないようだから、恋人候補、と言った方が正解なんだが。







「しかし……このAMFというのは厄介ですね」



 そんなことを僕らが話している中で……マジメに記録に目を通していたエアラザーの一言は、僕らの意識を引き戻すには十分すぎるものだった。



「魔力エネルギーの結合を阻害することで、魔法を無効化してしまうフィールド効果……
 私達トランスフォーマーであっても、魔導師適正のある者が魔法を使えばそのスパークエネルギーは魔力に変換されて発現します。影響は……避けられませんね」

「ま、オレ達は別にいいだろ。
 オレのブレイクアンカーみたいな実体弾を使えばいいんだし、いざとなればド突き倒すっ!」

「ま、オレ達の腕力ならそれでもいいよな。
 問題なのは、むしろ生身じゃそれだけのパワーがない人間の魔導師の方だな……」



 エアラザーの言葉に楽観的な意見を返すブレイクだが、コラーダがそれに対して悪い方向に同意する……確かに、僕らと違って生身の人間の魔導師にとってこのフィールドは正直辛いだろうね。



「ヴィータちゃん。その辺、ちゃんと訓練してるの?」

「メイル、てめぇは何度言えばその『ヴィータちゃん』ってのをやめるんだよっ!
 ……で、質問の方だけど……一応、あたしらは問題ねぇな。元々“そういうの”が相手だってわかってるから、それ前提で訓練してっから。
 ただ……それでも限界はある。完全キャンセルされちまったらさすがにどうしようもねぇし……」



 メイルに答えて、僕らの引率を担当してくれているヴィータは端末を操作。僕らの前に地上本部攻防戦の時の様子が映し出された。



 中心となって映っているは、1体の大型トランスフォーマーだ。それは――



「この時は、その完全キャンセルに加えて、もっと厄介な相手が出てきやがった。
 マスターギガトロン……アイツの使う“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”は、あたしら魔導師だけじゃない、他の分類の能力者やトランスフォーマーのエネルギー攻撃まで軒並み無力化した上、そのエネルギーを吸収までしちまう、まさに文字通りの“能力者キラー”だった。
 一応、直後にジュンイチが弱点を暴いてくれたから、その後の戦いではどうにかなってたけど……この時は初見だったこともあって、あたしらみんなが叩きつぶされた……」

「弱点……?」

「あぁ。
 さっきそこのブレイクが言った実弾攻撃が有効だとか、なんでもかんでも吸収できる造りにしたおかげでエネルギーの分解スピードが落ちていたり……って、いろいろな」



 そうスタンピーに答えるヴィータだけど……その表情は暗い。



「けどさ……ジュンイチがその弱点を教えてくれた時には、あたしらはみんな撃墜された後……もう少しアイツの到着が遅れていたら、あたしらみんな、マスターギガトロンに殺されてた。
 正直……まだまだだって痛感したよ。六課での訓練は、AMFの影響下でも工夫して魔法戦をやる、ってのが前提だったからな……あそこまで完璧に無効化されて、ホントにどうしようもなかったからな」



 言って、ヴィータがため息をついた、その時だった。







「なるほどねー」







 突然の声に振り向くと、そこにいたのはサリエルだった。



「サリエルさん……?
 どーしたんですか?」

「いや、何、ちょっとした通りすがり。
 で……けっこう興味深い話してるじゃないのさ」

「興味深い話……って、AMFの?」



 聞き返すメイルに対して、サリエルは笑顔でうなずくとヴィータへと向き直り、



「なぁ……ヴィータちゃん。
 ちょっと、近いうちに教導のスケジュール、一コマ空けてもらえないかな?
 前にやっさんにやった修行の中に、ひとつちょうどいいのがあるんだ」

「それは……まぁ、大丈夫ですけど……」

「あ、それから」



 今度は何だ?







「いや、ジュンイチにも話しておいた方がいいな、って。
 オレ達より、アイツに任せた方が話がすんなり通りそうだ」



 話を……通す?







 サリエル……あなたは一体、何をするつもりなのかな?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そんなことがあってから、数日が経過……六課にて、とある一大イベントが行われることになった。







 場所は、六課の訓練スペース。シチュは、廃棄都市群。

 僕ら六課組とガイア・サイバトロン組。あと見学に来たサムダックさんちのサリちゃんやヴィヴィオを加えた一同を前に、廃ビルが建ち並ぶその中でぶち挙げられたイベントとは……





















「……つーワケで、今回は私とサリ……エルと特別ゲスト達による、ちょっとハードな特別講習〜♪」

《ドンドンパフパフ〜♪》

『サーイエッサーッ!』



 ……アメイジア、ファンファーレなんて流さないで。データ領域のムダでしょそれ。

 そしてヒロさん。まだサリエルさんを本名呼びに戻すのに慣れてないんですね。まぁ、六課に来てる時限定だから、ある意味仕方ないのかもしれないけど。



 つか、フェイト以下隊長陣も頭を抱えないで。いや、気持ちはわかるけど。



 うん、わかるよ? だってなんでいるのかって聞きたくなるし。







「あれ、恭文……というか、みんなどうしたの?」

「……どうしたのじゃないからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! なんでいるのっ!?」







 そう言って指さすのは……ひとりの女性。



 黒髪の三つ編み。抜群のスタイル。その身を包むのは、スバル達と同デザインの練習着。



 なんと言うか……うん。ホントになんでいるの?







「いや、エイミィ経由でサリエルさんに頼まれたから」

「いや、助かりましたよ。ツーと言えばカーでしたし」

「いえいえ。私もなのは達の職場には興味がありましたし、あと……会いたかったしね」



 そう言いながら視線を向けた相手は……とりあえず僕じゃないことを願いたい。となりのイクトさんってことにしておいてよ。



「サリエルさんっ! どういうことですかこれっ!?」



 あ、なのはも動揺してる。まぁ、仕方ないんだけど。



「いや、問題ないだろ? つか、特別講師としては適任だったんだよ。
 御神の剣士のウワサは、オレもやっさんから聞いてたしね」

《本当は兄上様の方も呼びたかったのですが、さすがにムリでした。
 できることなら妻のそばを離れたくないと》



 奥さん、絶賛妊娠中ですしね……シグナムさんも意地張ってないで、休暇とって知佳さんと一緒にいてあげればいいのに。











 ………………で、意外な来客は他にも。



「………………ジュンイチ」

「ん? どうした? ライカ」

「『どうした?』じゃないわよっ!
 なんであの人がいるのっ!?」



 ライカさんが『あの人』って言ってるのは、ひとりの男の人。

 肉がつきすぎず、かと言ってつかなさすぎず、適度なバランスを保ったままに鍛え上げられた引き締まった身体つきの…………長身のおにーさん。くそっ、うらやましくなんかないやい。

 顔つきも整っていて……それでいてどこか野生的な印象を感じさせる。これで既婚者じゃなかったら……そしてジュンイチさんに振り回される立ち位置でなかったらけっこうモテただろうに。



「いいんだよ。オレは嫁さん一筋なんだから」



 はいはい、ご馳走様でした。



 で……なんでいるの?



「オレが呼んだに決まってるだろ。
 なんたって、バリバリの徒手空拳ステゴロタイプだからね。その他のスキルに関しても今回の講習の講師役にはピッタリだし」



 いや、ジュンイチさん、言いたいことはわかりますけど、打ち合わせやら何やらで数日かけてますよね? 誰を呼ぶかくらい事前に教えてくださいよ。ビックリしますから。







「ま、とにかく……みんな久しぶり。
 本日、特別講師に任命された高町美由希ですっ!」

「同じく、“獣”のマスターブレイカー、青木啓二ですっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……高町美由希。



 今さらする必要もないけど一応説明。なのはの姉ちゃんにして無限書庫の副司書長……要するにユーノの部下だね。



 でもって……恭文にベタ惚れで現地妻を名乗ってるとか。もちろん恭文当人にとってはアンオフィシャルだけど。







 ただ……今回サリ兄が美由希ちゃんを呼んだのは、別に書庫の本を持ってきてもらったとか、恭文相手に想いを遂げさせてやろうとか、そんなワケではもちろんない。



 彼女の持つ、もうひとつの顔に用があったからだ。







 なのはや美由希ちゃんの実家、高町家は御神流という小太刀の二刀流による実戦剣術を継承してる。

 なのはと、母親である桃子さん以外の全員が、この御神流を継承してる……つまり、美由希ちゃんもだ。というか本家の血筋だし。





 で、美由希ちゃんはその中でもスピードと突き技に特化していて、それはまさに神速。

 六課が誇るスピード自慢のはずのフェイトや恭文も、本気の美由希ちゃんにはまったくついていけない。オレですら、突っ込んできたのに対応するのが限界で、ついていくなんてとてもとても。











 ………………うん。オレですら、勝てるかどうかはその都度やり合ってみなくちゃわからない。実は勝率五分五分です。



 つか……地上戦オンリーならオーバーS相手でもガチでやり合えるんじゃね? この人。







 防御フィールド? オレですら斬れるものがこの人に斬れないはずないでしょうが。バリアだって、発生する前に斬っちまえば関係ない。



 距離を取っての攻撃は……うん。全部かわされる。かわした上で距離を詰められて……ぶった斬られる。

 だって能力ありのルールですら、広域攻撃撃たなきゃ当てられないもん、オレ。







 オレがかのピッコロ氏に敬意を表してマスターした“見様見真似・魔空包囲弾”をかいくぐるとか、何だよあの動き。ありえねぇ……



 これで能力者でも強化人間でもねぇっつーんだから、絶対何か間違ってる。







 ………………は? 前にあずさが勝ってるだろって?



 言ったでしょ? 「“本気”の美由希ちゃんには」って。つまり……そういうこと。







「ちなみに歳はオレの一コうぬがっ!?」



「はーい。余計な情報は口を慎もうね、ジュンイチくん」







 ………………鞘に収めた小太刀で殴られた。

 一応見えたけど、反応までできなかった。マヂで速ぇ……







「ったく、何やってんだ、お前……」







 で、そんなオレを見て呆れてんのが青木啓二……オレ的名称「青木ちゃん」。



 オレと同じマスター・ランクのブレイカーで属性は“獣”。

 ファイトスタイルはさっきも言ったとおりガチの殴り合いな徒手空拳ステゴロ系。とにかく突っ込んでオレ以上のパワーでぶん殴る……六課で言うなら、スバルみたいな感じだな。



 オレとはブレイカー覚醒前からの知り合いで、“瘴魔大戦”の間もずいぶんと世話になった、オレにとっては頼りになる兄貴分ってところかな?











 ………………で、そんな青木ちゃんや美由希ちゃんを呼んで、何をするかというと……











「今日は、隊長陣やヒューマンフォーム持ちのトランスフォーマーを含めた人間勢のみんなに“AMFによる魔力の完全キャンセル状態での対質量兵器戦”を体験してもらう」







 ……そう、これが目的。美由希ちゃんは、恭也さんと香港の警防で質量兵器……銃器相手での戦闘訓練もしてるし、青木ちゃんは元自衛官。そんなワケで、二人とも対銃器関係にも明るい。




 で……オレや恭文からその辺りの話を聞いていたサリ兄が、そういう視点からの意見を言ってもらうために呼んだんだ。







「あー、二人とも。後で組み手してもらえる?
 私は話聞いてて、戦ってみたくて戦ってみたくて仕方なかったのよ〜」

「あ、オレも頼みます。魔法なしのガチ組み手っ!」

「はいっ! ぜひやらせてくださいっ!
 恭文からお二人のこと、少しだけ聞いていましたしっ!」

「オレもぜひ。
 別に魔法アリでもかまいませんよ。そっちならオレも能力フルに使えるし」

《……まぁ、説得力ないですよね》

「うん、ないね。仕事と私情を見事に混同してるよ」

「青木ちゃんに限らず、“獣”属性は本質的に殴り合い大好きっ子ばっかりだからなー」







 なお、隊長陣も参加者側なのは、理由がある。







「みんなも知っての通り、AMFは魔導師殺しもいいとこだよ。実際、中央本部が襲撃された時には完全キャンセルされて、厄介だったしね」

《で、怖いのはだ。ガジェットはともかく、AMF自体は別に特別でもなんでもないってことだぜ。
 使用適正ランクがAAAってバカ高いだけで、それ自体は昔からある魔法技術。使おうと思えば、誰でも使えるんだ。
 魔法でどうこうってだけじゃねーぞ? ガジェットみたいに、機械的な発生装置を使うって手もあるしな》





 ……スカの作ったガジェットが厄介だったのは、AMFが特殊だったからじゃない。

 その魔導師殺しなフィールドを、小型の自立兵器でありながら使用できたこと。それも単独で、量産OKな状態でだ。

 その上それが集団で出てくるんだから、対策ナシじゃ恐ろしいことこの上なし。



 何より、ヒロ姉ちゃんに続いたアメイジアの言うように、AMF自体は昔から存在する魔法技術。つまり……







「今後、悪用しようとする輩は、必ず出てくる……というワケですね?
 “JS事件”のおかげで、魔導師に対するAMFの有用性は、図らずとも証明されていますし」

「シグナムさん正解です……実際、マスターギガトロンの“支配者の領域ドミニオン・テリトリー”はAMFのバリエーションだし、連中、ガジェットをベースにドール・シリーズなんて作ってますし。
 で、そうやって悪用された場合、完全キャンセル状態を作って、質量兵器や物理的なトラップを使ってくる可能性は高い。つか、オレならそうする。
 『魔導師は 魔法できなきゃ ただの人』……だしな。なので、みんなには一回その辺りを経験してもらって……」

《自身の能力でその状況に置かれた場合の打開策を、みなさんで考えていこうというのが、この講習の意義です》



 六課開始当初、なのは達は“AMFの中でもなんとかごまかして魔法戦をやろう”って方向性で訓練メニューを組んでた。

 当時のティアナ達の実力じゃ、魔法なしでガジェットをしばき倒すのは厳しかった。だから魔法を使うという選択を基本戦術から外せなかった……ってのがその理由。



 で、現在の訓練もその延長でメニューが組まれてるけど、まだ完全キャンセル状況での訓練、って段階まではメニューが進んでない。

 最終的にやる予定ではいたんだけど……うん。前倒しにしたワケだ。本格的に取り組むのはまだ先だけど、事前に一度経験しておけば、心がまえはできるだろ……と。



 ……そんな説明を聞いたことで、みんなはようやく納得したみたいだ。

 ヒロ姉ちゃんやサリ兄の後ろにいらっしゃる、迷彩服を着込んだ集団が何なのか。



「で、このむさい男どもが、その質量兵器を使って、みんなをぶっ飛ばそうとする仮想敵ってワケ」

「オレが入ってるサバゲー同好会の連中だ。
 ただ、舐めてかからない方がいいよ? 全員、質量兵器使用の許可持ちの武装局員だから。扱いは相当だよ」



 一応補足説明ね。局では、厳重な審査の元でなら、質量兵器……銃火器の保有が認められてる。

 もちろん、携帯できるのはせいぜい拳銃程度。バズーカやらミサイルはNGだし複数保有も原則的には禁止だ。

 部隊の防衛装備として基地に備えておくのはかろうじてOKだけど……それだって量は限られてる。







 とりあえず例を挙げておくと……“JS事件”中、108部隊へのガジェットの攻撃を警戒してゲンヤさん達に蓄えておいてもらった重火器類。アレ、ホントはぶっちぎりでアウトだから。







「みんなの勝利条件は簡単。廃ビルに立てこもったこいつらを全員ぶっ飛ばせばいいから。
 ……んじゃお前ら、説明した通りで頼むぞっ!」

『サーイエッサーッ!』

「ケガしても安心しろっ! オレと美人の女医さんがすぐに治してやるっ!」

『サーイエッサーッ!』

「特に美人の女医さんってとこがうれしいだろっ!」

『サーイエッサーッ!』

「お前ら正直だなっ!」

『サーイエッサーッ!』







 ……なお、相手の使う銃器はマシンガンやアサルトライフル(サバゲー用)。弾はペイント弾。

 こっちは、単独での作戦行動中に、敵方の罠にハマったという仮定の元なので、デバイスは起動状態。

 ただし、完全キャンセルされているので形状変換や魔法の行使はナシ。カートリッジやフルドライブなどの機能も同じく。



 あと……



「あ、なのは。
 シャーリーに言って、訓練場の仮想AMF設定、解除してもらって」

「え………………?
 でも、ジュンイチさん。完全キャンセル状況の訓練なんだから、設定はしておかないと……」



 なのはの反論はもっともだけど……うん。考えがあって提案してるってことは察してほしいかな?



「そこはまぁ、安心しろ……」











「モノホンの完全キャンセル状況、用意するから」











 言って、オレは両手の平を胸の前で軽く合わせて、その間に“力”を集中させる。



「と、ゆーワケで……本日の訓練の特別ゲスト、いらっしゃーい♪」



 そしてオレが発動させたのは、転送系の精霊術。みんなの目の前に展開された術式陣の上でオレの“力”が真っ赤に輝く。



 その光の中から現れたのは……







「やぁ、久しぶりだね、諸君っ!」







 ………………うん。みんないい感じで驚いてるね。



 最初から合流させず、隊舎の控え室で待機していてもらった甲斐があったよ。







「って、そういう話じゃないですからっ!
 ジュンイチさん、どうして……」











「スカリエッティが来てるんですかっ!」











 そう。フェイトの言う通り、現れたのはスカリエッティ……他にチンクやウェンディもいる。



 それがT型のガジェットの群れと一緒に現れたもんだから、なのは達教わる側のご一同はそりゃもうビックリしてる。



「スカリエッティは今更生プログラムの最中でしょう!?
 なのに、こんなところに連れ出して……」

「コイツらの場合は事実上、調書の帳尻合わせ目的の受講だしねー。書類の2、3枚も書けば連れ出すくらいワケないよ。
 もっとも……表向き監視役は必要だけどね。出てきていいよ」



 オレの合図で、ガジェットの影から出てきたのは“監視役”のお二人……クイントさんとギンガだ。











 ………………あれ、なんかギンガが元気ない? 何かあったのか?







「とりあえず……今の会話の流れから、どうしてコイツらが出てきたのか、ちょっと考えればわかるよね?」

「せっかくAMFの専門家が話を聞いてくれる立ち位置にいるんだから、ぜひとも協力してもらおうってことで。事前にジュンイチに話を通してもらって、来てもらったんだ。
 今回の訓練は、スカリエッティの持ってきてくれたガジェットを使う……モノホンのAMFによる完全キャンセル状況を作り出して、その中でやるってことだ」

「そうだったんですか……
 でも、それならそうと教えてくださいよ。
 私、ジュンイチさんのことだからまた勝手に連れ出してきたんじゃないかって、本当にビックリしたんですから」







 ………………うん。

 なのは……フェイトはともかく、お前がオレを日頃からどう見ているのか、一度じっくり話し合う必要があるみたいだな。







「チンクさんやウェンディはどうして?」

「AMFを運用する側としての視点でみんなの訓練を見てほしい……と頼まれてな」

「それに……いつも会いに来てもらうばっかりじゃなくて、たまにはあたし達の方から会いに来たかったからっスねー♪」







 あー、チンクもウェンディも、どうして恭文に答えた後にオレを見る?





 ………………で、ライカとジーナとなのはっ! お前らはどーしてフル武装でオレに向けてかまえるっ!?







 最後にギンガっ! なんでさらにテンション下がってんのさ!? 本気でワケわかんないんだけどっ!







「……で、私や青木さんはどうすればいいんですか?」

「まずはみんなにやらせますんで、美由希さんと青木さんはチンクちゃん達と一緒に採点をお願いします」

「魔導師とかそういうのは関係なくやっちゃっていいから」

「わかりました」

「ウェンディやチンクも、何なら後でやってけよ。
 お前らだって、機人モードなしでの完全キャンセルは経験ないだろ?」

「そうだな。
 確かに、私達にとってもいい経験になるかもしれないな」

「ま、サクッとやっつけて、ジュンイチにいいトコ見せるとするっスかねー♪」







 …………だからライカとジーナとなのはは殺気立つなっ! ギンガも凹むなっ! いや、キレても凹んでもいいからせめて理由を教えてよっ!







「ジュンイチ……それ、本気で言ってる?」

「本気だけど?」



 ………………? ヒロ姉ちゃん、頭抱えてどーしたの?











 ま、とにかく……







「それじゃあ、特別講習、始めるよっ!」

『よろしくお願いしますっ!』










 訓練は、始まった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「エイミィ殿っ! ホットケーキはまだかえ?」

「もうちょっと待ってね……よっ、と♪」



 万蟲姫ちゃんのリクエストに応えて手首を返す――ホットケーキは見事に空中で半回転。上下ひっくり返ってフライパンの中に着地した。



「すごいのじゃー♪
 エイミィ殿はホットケーキ作りの達人なのじゃっ!」

「そんなことないよ。
 このくらいなら、恭文やジュンイチくんだってできるんだから」

「ふむふむ、恭文は料理もバッチリなのかえ……
 ますますわらわの嫁に相応しいのぉ」



 ………………ジュンイチくんは無視なんだね。







 で……ゴメン、恭文。なんかこの子に立ってるフラグ、強化しちゃったかも。







 ともかく、少し焼き色をつけてホットケーキは無事完成。なので……



「万蟲姫ちゃん。みんなを呼んできてくれるかな?
 みんなでご飯にしよう?」

「心得たのじゃーっ!」



 私に応えて、万蟲姫ちゃんはパタパタとリビングの方へ駆けていく……うん、ホントにいい子だね。







 ………………ホント、いい子だよ。瘴魔の一員だっていうのが信じられないくらいに。







 義母さんは、局員としてこの子に罪を償わせるべきだって思ってる。実際、フェイトちゃんがやはやてちゃんみたいにそうしてきた子が身内にいるから、余計に。



 ただ……こうして普通の女の子としての側面を見ていると、どうしても素直にはうなずけない。







 ジュンイチくんも、ただ局への反感ってだけで万蟲姫ちゃんの逮捕に反対してるワケじゃないだろうし……ワガママ勝手に生きてるように見えて、通すべき筋はちゃんと見失わないでいる子だから、きっと何か考えがあってのことだろう。

 そんなワケで、エイミィさんとしてはそれを信じて様子を見守ってみるのもいいと思うワケですよ、うん。







 ただ……







「いただきますなのじゃーっ!」

『なのじゃーっ!』



 ………………うちの子達に、その時代劇口調を移さないでくれると助かるんだけどね。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……ヒドイね」

「ゴメン、ぶっちゃけオレはここまでとは思わなかった」

「アンタら……どんだけ魔法至上主義なのさ。クリア組と脱落組のこの落差は、ぶっちゃけありえないでしょ」

《ガール達、本気で魔法できなきゃただの人だよな……》

『面目ありません……』





 なのは達だけじゃない。マスターコンボイ以下ヒューマンフォーム持ちのトランスフォーマー達も含めた全員が午前いっぱい使ってチャレンジして……うん。明暗クッキリって感じだ。



 クリア組は文句のつけようもないくらいの勢いであっさりクリアしてくから……まぁ、問題はないだろう。

 ただ、脱落組がひどい。みんな、一応それなりのところまではいくんだけど、一度崩れると魔法が使えないのがネックになってリカバリが利かず、そのまま一気に急転直下でつぶされてた。





「とはいえ……ティアナちゃんとキャロちゃんは仕方ないんだよ。ポジションとスキル的な問題があるし」



 後衛は、本気でただの人になるしね。青木ちゃんの言う通り仕方ない部分はある。



 ただ……



「……でも、あれじゃあダメです。すぐに捕まりましたし」



 ティアナはすさまじく不満顔……で、オレもダメだと思う。

 理由は、みなさんもだいたい想像できるだろうけど。



「やっぱり、ティアナ的には不満?」

「当然よ。
 私、執務官志望だしね。単独捜査をやる状況も出てくるに決まってる。そんな時にアレじゃ……」

《……確かに問題かもしれませんね》

「かもじゃなくて、間違いなく問題よ。本気でなんとかしないと」



 と、まぁ、そういうこと。

 恭文に答えた通り、単独で動くこともある執務官を目指すティアナの場合、“仕方ない”じゃ済まされない。

 ジェットガンナーとのコンビにも限界はあるし、単独で魔法を使えない環境に放り込まれる状況は本気でこれから先出てくるだろう。マジで対策は必要だね。



「わたしだって同じだよ。
 捕まって、人質にでもされたら、それで詰まれる。もし、シャープエッジと分断された上でそんなことになったら……」



 ……キャロもいろいろ思うところはあったみたいだな。もちろん、それが目的の訓練なんだから、思うところを持ってもらわなきゃ意味がないんだけど。



「まぁ、その辺りは今後一緒に考えていくから、心配しなくていいよ。
 シグナムさんとヴィータちゃん、あとスターセイバーとビクトリーレオはさすがでしたけど」

「まぁ、ちと怖かったですけど、あれくらいならなんとか」

「我々は質量兵器の相手をしたことが、ないワケではありませんでしたから」

「オレ達も同じくですね」

「トランスフォーマーの戦いなんかガチでそっち方面だしな。
 ヒューマンフォームになったって、サイズの違いくらいで本質的にはそうそう変わらねぇよ」



 そう。フクタイチョーズは余裕のクリア……中でもシグナムは前世の頃からバリバリやってたしな。



「ライカちゃんとジーナちゃん、あとアリシアちゃんは……純粋に実力不足ね」

「動き自体は問題なかったんだけど……素でクリアするための実力が届いてなかったな」

「面目ありません……」

「先輩としてダメダメね、あたし達……」

「もうちょっといけると思ったんだけどなー」



 反対にダメダメだったのがうちの二人とアリシア。

 ジーナは一対多は苦手だし、ライカは屋内で暴れるには少々装備がゴツすぎる。でもってアリシアに至っては対多数戦の経験はないわロンギヌスは屋内でブン回すにはデカすぎるわで、その二人の弱点をモロに併せ持ってる。

 結果、日頃から屋内でのチームバトルをバリバリやってるみなさんには届かなかった。



 自分の苦手分野についてもちょっとは訓練して、最低限の対応はできるようになっとけって、三人とも修行つけてやった時に言っといたはずなんだけどなー。間違いなくその辺サボって長所ばっか伸ばしてやがったな、コイツら。







「マスターコンボイとジャックプライムはさすがだな」

「へへんっ、あったりまえだいっ!」

「まぁ、オレはオメガを使う時もさほど魔法は使わないしな」



 日頃から魔法に頼らないスタイルなこの二人は余裕でクリア。サリ兄の言葉に二人して自慢げだ。



 で……



「ま、やっさんはクリアできなきゃおかしいよ」

「誉めるまでもないな」

「イクトもなー。できて当たり前だろ、こんなの」

「なんか冷たいですね……」

「監督側だからと参加していない柾木には言われたくないんだが」



 仕方ないだろ。お前らの場合土台からしてみんなとは条件違うんだから。



 だって、イクトは元々身体能力からしてオレより上。このくらい力押しで突破できるくらいの実力はあるんだし、恭文に至っては……



《何言ってるんですか。ヒロさん達とこの訓練してたでしょ》

「そうだよ。それに、私と恭ちゃんと一緒に警防の演習にも参加したじゃない。恭文は、これくらいは、できて当然。
 というか、ヒロリスさんじゃないけど、できなきゃおかしい」

「……はい」



 そう。みんなと違って、恭文はすでに事前に経験してるんだ。対策のひとつや二つ、ない方がおかしい。

 つーワケで恭文のクリアも当然のこと、と……



「恭文くん、そうなのっ!?」

『サーイエッサーッ!』

「あー、まーね。美由希さんと一緒にやったのは、しばらく前だけど。
 でも、訓練自体はガジェットのAMF対策の一環で、こちらのお兄さん達にも協力してもらって、やってたのよ」

『サーイエッサーッ!』



 なお、理由は……



『だって、コイツ運悪いから、完全キャンセルされた中に閉じ込められそうだったし』

「……ヤスフミ」

「お願いフェイト。そんな目で見ないで……」



 オレはその場にいなかったけど、そんな理由でこの訓練はそうとうみっちりやってたとか。



「……納得した。そりゃやらなきゃいけないわ」

「なぎさん、本当に運ないしね」



 うん。ティアナもキャロもわかってらっしゃる。







「で、エリオくんは……うん、惜しかった。ちょっとビックリした?」

「はい。こう、思ったよりいつもと違う感じで……」

「うん、それで正解だと思う。
 でも、その違いに合わせていければ、次は行けると思うな。がんばってね」

「……はいっ!」



 美由希ちゃん的には、エリオは好感触だったか。でもって……



「メイルとライラ……あと、ガイア・サイバトロンのみんなも余裕だね」

「とーぜんっ!」

「私達も、この訓練をしていますからね」

「僕らビーストタイプのトランスフォーマーは、元々近接格闘戦が本分だからね。AMFを展開されても戦いようはある」



 こいつらも余裕のクリア。ライラ達やライオコンボイが言ってた通りの理由で。



 で、問題は……



「なのは……だね」

「わ、私っ!?
 あのお姉ちゃん? 私、ティアナと同じポジションでありまして……」

「……いや、仕方ないでしょ」



 恭文がツッコむのも当然だ。

 何しろ、不意討ちしようと相手に飛びかかっていって……



「漫画みたいにこけたし。お兄さん方が一瞬固まったじゃないのさ」

『サーイエッサーッ!』

「うぅ……」

《あれはポジションどうこうのレベルじゃありませんよ。
 あなた、そんなに萌え要素を増やしたいんですか?》

『サーイエッサーッ!』

「なのは、正直お姉ちゃんは悲しい。
 というか、そういうのが許されるのは15歳までだよ? 来年20歳でこれはないって……」

『サーイエッサーッ!』



 いや、ホントにアレはダメだろ。読者のみなさんにあのマヌケっぷりを絵でお見せできないのが本気で悔やまれるんですけど。



「ジュンイチさんまでヒドイよっ!
 というか、どうして同意しまくっているんですかっ!?」

『サーイエッサーッ!』

「意味がわかりませんよっ! というか、それしか言えないんですかっ!?」



 ………………あ、それともうひとつ大事なことが。



「はい?」

「見学席のヴィヴィオにバッチリ見られたってことは……うん。忘れないでおこうか」

「いやぁぁぁぁぁっ!」







 まぁ、なのはをいぢるのはこのくらいでいいだろ。



 そのなのはと別の意味で問題なのが……







「あと、フェイトちゃんもダメだったのは、ちょっと意外だったかな?
 あたしらの見立てだと、もーちょっとイケると思ってたんだけど」

「……なんていうか、状況に合わせていけてなかったな」

「はい、面目ないです……」



 ……フェイトのヤツ、すっかり落ち込んでやがるか。まぁ、ある意味ブービーな負けっぷりだったし、仕方ないでしょ。



「恭文、どう思った?」

「……うーん、ハッキリ言うなら……迷いが見えました」



 やっぱり……恭文もそう見たか。



「『魔法なしで戦いたくない。攻撃したくない』とか思ってるのかなと……
 フェイトの身体能力や反応なら、充分対処できるレベルなのに、そのせいでできてない」

「だよなー。
 チンク、ウォンディ、お前ら視点からはどーよ?」

「私も恭文と同意見だな。
 本来のフェイトお嬢様の動きのキレが、今回はまったく見られなかった」

「あー、ぶっちゃけちゃっていいっスか?
 高町なのはの次に動きがダメダメだったようにあたしは思ったんスけど」

「……だ、そうだけど、フェイトちゃん的にはどう?」

「……正解です。
 あの状況だと、組み手みたいに加減できる自信がなくて」



 オレの目から見ても、フェイトのヤツはちっともいつもの動きができてなかった。ハッキリ言って、実力の半分も出せてなかったように思う。

 ティアナ達ですら、なんとか対応しようとしてたのに、フェイトは動きをなかなか切り替えられず、まごついてる間にジ・エンドだった――あれじゃ、いつぞやの模擬戦でキレてオレに襲いかかってきた時の方がまだマシだ。



 普段は非殺傷設定に頼ってどかーん、なんてやってるからそういうことになるんだよ。応用力ないね。

 つか、地上本部攻防戦の時に完全キャンセル経験してるはずだよね? なんで心がまえすらできてないのさ?



「うーん、やっぱフェイトちゃんは能力どうこうじゃなくて、まずメンタル面からだね。
 普段はいいさ。でも、特殊状況下に放り込まれた時があまりに弱い」

「自分でもそう思います。
 それに、ティアの言うように、執務官の仕事中にこんな状況になったら……」

「アウト……だよね」



 ……恭文、そうとう真剣に考えてるな。

 イクトも似たような感じだし……こういうトコ見てると、ホントに二人そろってフェイトと距離が縮まったんだなってわかるね。



「で、スバルちゃんとギンガちゃん、あずさちゃん。三人は……まぁ、ジュンイチにそっち方面でしごかれてたって聞いてるしね」

「つーワケで、やっさんと同じだ。できて当然」

「はいっ!」

「まぁね♪」

「はい……」



 ちなみに、スバルとギンガには機人モードの発動なしでもいけるように修行をつけた。なので今回もあずさ共々余裕のクリアだ。







 ただ……ギンガの元気がないのがここでも響いてたのが、オレ個人としては気になったけど。







 心ここにあらず、って感じで、オレとの修行で染みついた反応に頼ってクリアしたような印象を受けた。



 なんかマジで悩んでないか? 今度、それとなく聞いてみた方がいいかもな。







「スカリエッティ。“使う側”としてみんなの様子はどうだった?」

「ふむ……」



 そんなことを考えるオレをよそに、クイントさんの問いに考え込むのはスカリエッティだ。



「とりあえず……高町なのはは、まぁ問題外として」

「ぅわーんっ!」



 うん、なのはうっさい。



「みんな、私のようなAMFを“使う側”がやられてイヤなことは、ちゃんと理解できている。
 ただ……それを実行できるかどうか、そこでつまずいている印象を受けた。
 そこをもっと早くからしっかりやっていたら、“JS事件”でももっとたやすく私達に勝利していただろうね」



 …………みんなの顔が微妙なのは、まぁ仕方ないだろうね。チンクやウェンディはともかく、スカリエッティがオレ達側にいるってのは、追いかける側だった六課のみんなにとってはそうとうな違和感だろうし。







「……んじゃ、みんなの評価はこのくらいにして……エキシビジョンマッチ、いってみようか」







 ん? 何? ヒロ姉ちゃん達もやるの?







「何言ってんのさ?
 やるのはお前だよ――ジュンイチ」







 ………………はい?





















 …………あれよあれよという間にステージに放り込まれた。



 いや……いきなりすぎて状況把握が追いつかない。誰か説明ぷりーず。



『まぁ、ジュンイチならみんなが思いつかないような意外な方法でクリアしそうな気がするからさ』

『みんなに「こういう方法もあるんだぞ」って見せてやるには、お前がやるのが一番なんだよ。
 と、いうワケで好きにやってもいいから』



 ………………りょーかい。



 ヒロ姉ちゃんもサリ兄も、最初にそれを説明してくれれば素直に引き受けたのに。







「………………あ、そうだ。
 サリ兄、一応確認」

『何?』

「仮想敵の人達……サリ兄のサバゲー仲間って言ってたよね?」

『あぁ』

「つまり……“それなり”の実力はあるワケだ」

『そういうことだ。
 だからお前も油断してると、高町教導官みたいになるぞ』

「だいじょーぶだいじょーぶ。
 無様に負けるにしても、なのはみたいなおバカはやらないって♪」



 サリ兄の後ろでなのはが騒いでたみたいだけど、まぁ無視。あっさりと通信を切ると、試しに手にした爆天剣を軽く振ってみる。







「………………うん、いけるね」



 そうつぶやくオレが見てるのは……今の一振りで床に刻まれた鋭い切り口。







 さーて、今のオレの“確認”で、オレが何するつもりかわかったかな?



 正解は、この後すぐっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「さて、柾木め、どう出るつもりか……」

「少なくとも、地味な手には出ないでしょうけどね」



 ザフィーラやシャマルさんが、ウィンドウの映像を見ながらそうつぶやく……うん。あたしも、けっこう気になってる。

 本当に、何やるかわかんない人だからなー。あたしが来てからの模擬戦からでも、けっこうムチャクチャやってるし。



「やっぱり、サリちゃんも気になる?」



 そんなあたしに声をかけてきたのはクイントさん……さっきは訓練の評価のために向こうに行ってたけど、実はさっきからあたし達の解説役をしてくれてたの。だから、ジュンイチさんのエキシビジョンが始まったのに合わせてあたし達のいる見学席に戻ってきてる。



「クイントさんはわかるんですか?
 ジュンイチさんが何やるのか」

「んー、なんとなくね」

「パパ、何するつもりなの……?」



 うなずくクイントさんに、ヴィヴィオちゃんが尋ねる……そういえば、ヴィヴィオちゃんにとってジュンイチさんはパパなんだっけ。

 初めて知った時は驚いたなー。血はつながってないって言っても、あんなすごい人となのはさんの娘さんなんだって。



 それで……クイントさん。ジュンイチさん、何やるつもりなんですか?



「さっき、地面を軽く斬りつけていたでしょう?
 たぶん、あれは確認……自分の剣が、AMFで“力”の運用が完全にキャンセルされた中でどのくらい切れ味を保ってるのか。
 満足してたみたいだから、きっと自分のやりたいことをやるのに十分な切れ味はあったみたいね。
 ………………あ、動き出したわ」



 クイントさんに言われて、あたしとヴィヴィオちゃんはウィンドウに視線を戻す……ジュンイチさんは、部屋の中の確認もしないで悠々と廊下を歩いていく……あの、クイントさん。



「何?」

「ジュンイチさん、部屋の中とか確認してないですけど、大丈夫なんですか? アレ。
 なのはさんとか、ちゃんと敵が隠れてないか確認しながら進んでたんですけど……」

「あぁ、アレ?
 必要ないわよ……ジュンイチくん、もう建物の中のどこに何人隠れてるか、全部把握してるはずだから」

「そうなんですか!?」

「えぇ。
 いくらAMFが濃くても、人が魔力を、命を持ってることは変わらない……ジュンイチくん達ブレイカーは、その命の気配、みたいなものを感じ取ることができるの。しかも、AMFの影響なしでね。
 その中でも、ジュンイチくんの気配察知は正確無比……たぶん、今外で恭文くんがあくびしたのも気づいてると思うわよ?」

「レーダーでも持ってるんですか? あの人」



 あたしが思わずつぶやいて……あれ? クイントさん、顔をしかめてどうしたんですか?

 ひょっとして、あたし……何か地雷踏んだ?



「あぁ、そういうワケじゃないから安心して。
 それより……ほら、見て」



 ………………ジュンイチさん、2階への階段まで来た。



 何か、キョロキョロしてるみたいだけど……あ、剣を放り出した。



 そうして……近くに転がってた、自分の身体くらいの大きさがある大きなガレキを持ち上げた。腕とか細いのに、どうやってあんな怪力を出してるんだろ?



 それに、あのガレキをどうするつもり……って!?



「ジュンイチさん、2階への階段ふさいじゃいましたよ!?」



 そう。ジュンイチさんがガレキを下ろしたのは、なんと2階に続く階段の前。

 さっきからみんながあのビルで訓練してたからわかる……あのビル、あそこにしか階段がないから、上に上がるには、下に下りてくるにはあの階段しかない。



 その階段をふさいじゃって……どうするつもりなのかな?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 …………これでよし、と……



 さらにガレキを積み上げて、2階に続く階段は完全にふさいだ。



 これで……仮想敵のみなさんは2階より上に閉じ込められた。完全キャンセル状況である以上、窓から出ることもできないだろうし、事実上もう“逃げられない”。



「………………さて、やるか」



 ついでにジャマもされないですむ。爆天剣を拾って、すぐそばの、窓際の部屋に入る。迷わず目標に向かい――




「えいっ♪」



 爆天剣を一閃。そこにあった柱をあっけなくぶった斬った。



「さぁいくぜっ! スーパージュンくんタイムだ! ハーっハッハッハッっ!」



 その一撃を合図に、勢いよく地を蹴って移動開始。通りかかる柱を叩っ斬り、壁にぶつかれば文字通り斬り拓き、その先の部屋の柱をまた叩っ斬る――











 ………………うん。もうみんな、オレが何をやってるかわかったよね?



 オレが直接戦う時、自らに対してもっとも重視しているのは能力でもパワーでも技でもない。

 自分の置かれた状況を正しく理解し、その中でできることを見出し、それを最大限に活かすこと――それができれば、AMFだろうが一対多だろうが、どんな不利な状況もそれ自体が無意味となる。

 そして、状況次第では今そうしているように、相手と直接対峙することなくブッ倒すことも可能になるワケですよ――フッ、この柾木ジュンイチ、諸葛孔明を心の師としているのはダテではないっ!



 上の階にいた仮想敵のみなさんも気づいたみたいだ。階段の方に気配を感じる……阻止しようとして下りてきたみたいだけど、残念だったなっ! お前らの豆鉄砲じゃ階段をふさぐそのガレキを蹴散らすことは不可能だっ!







 なので……











「これで最後だ。さよーならー♪」



 オレが最後に残していた中央の一本、ビルを支える大黒柱を叩き斬り――











 数秒後、ビルは轟音と共に崩れ落ちた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………」



 目の前には、一面のガレキの山……戦いの爪痕を前に、あの人はひとり佇んでいた。



「……戦いの後は、いつだって虚しいものだな」



 そう。戦いの後はいつだって虚しい。

 街は破壊され、人は傷つき、悲しみだけが残されて……











「自分で虚しくしてるんでしょうが、あなたはぁぁぁぁぁっ!」











 あ、フェイトのザンバーでしばかれた。







「フッ、ツッコミでザンバーを持ち出すとは、成長したじゃないか」

「したくもない成長でしたけどね……」



 ………………で、ジュンイチさんはまったくのノーダメージですか。ごく平然と立ち上がった。



「それに、ジュンイチさんの場合、このくらいしてもなお反省しないじゃないですか」

「当然だっ!」

「胸張って自慢しないでくださいっ!
 何やってるんですか、あなたはっ!」



 ジュンイチさんに答えてフェイトが示すのは、今ジュンイチさんが崩壊させた廃ビルの残骸。



「こんなムチャクチャして……ケガ人どころか死人が出たらどうするんですか!?」

「出るワケねぇだろ、この程度で」

「どうしてそう言い切れるんですかっ!?」

「だって、あの人達この程度で死ぬほど弱くないし」



 あっさりと……本当にあっさりとジュンイチさんは言い切った。



「お前らと戦ってるのを見て、だいたい把握して……サリ兄のコメントで確信を持った。
 あのサリ兄が『オレでも油断すると危ない』なんて言い切る相手が、いくら完全キャンセル下だからってこの程度で死ぬワケねぇだろ」



 ………………うん。そういう判断がジュンイチさんにはできる。

 戦う上で、ジュンイチさんは自分も相手も、過小評価もしなければ過大評価もしない。自分だろうと相手だろうと、その力を測り間違うことは敗北につながるから。



 その感覚をもって、全員ビルを崩しても切り抜けられる実力があると判断したから、ジュンイチさんはビル崩しなんて荒技に出ることができた……もしひとりでも死にかねない相手がいると判断したら、逆に絶対やらないと思うよ、この人の場合。



「それに、だ。サリ兄もヒロ姉ちゃんも、意外性を期待してオレをエキシビジョンに指名したんだぜ。
 なのに真っ向勝負なんてやってどうするのさ? 他のヤツらがやらないような手で勝利してこそ意味がある」

「言いたいことは、わかりますけど……」

「それより……そろそろガレキの下の仮想敵さん達を救出してあげないとね」



 なおも渋い顔をしているフェイトをよそに、ジュンイチさんはウィンドウを展開。キーボードにコマンドを打ち込んで訓練場のバーチャルシステムにアクセスすると、仮想敵のみなさんの上に降り積もったビルの残骸だけを消滅させる。



「………………ひょっとして、そういうこともできるから、開き直ってビル崩したんですか?」

「ご想像の通り。
 あれがリアルなビルだったら、たぶんやらなかったよ。片づけとか救出とかめんどくさいから」



 なのはの問いにもあっさり答えるジュンイチさん。どんだけ見通してるんですかあなたわ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……で、仮想敵のみなさんをシャマル先生に預け終わったところで、一応のまとめね」

『はいっ!』

「みんなにやってもらったこと。で、その中で各自が感じたこと。……ま、それがAMF対策のひとつの形だね」



 ヒロさんとサリエルさんが話を進める。隊長陣もフォワード陣も、ライオコンボイ達も、まるで生徒のように、その話に耳をかたむける。もちろん僕もね。



「……というと?」

「魔法ってヤツが使えなくなった時、自分に何ができるか、ちゃんと把握しておくの。
 で、使えなくても戦える手段を構築していく」

「そうすれば、テンパったりしなくて済むしな。
 ただ、別にひとりで状況を打破する必要はないぞ?
 バックヤードの援護が来るまで持たせられるようになるだけでも、充分だ」

《ヒロリス女史、主。それは私が言ったことです》

『うっさいなぁっ! わかってるよっ!』



 ……まぁ、言うのは簡単なんだよね。やるのは難しいけど。



 相手をするのが、今までみたいなガジェットばかりとは限らない。今回みたいに、キャンセルされた中で生身の人間とかを相手にすることだってあるんだ。



 そうなると……



「あと……気がまえが必要かな」

「気がまえ?」

「そうだよ」



 ……ヒロさん達に並ぶようにして立っていた美由希さんが、話を引き継ぐ。



「まぁ、フェイトちゃん達を見ていて思ったんだけど、こういうのって……いつものみんなの戦い方とは違うワケでしょ?」



 その言葉に全員がうなずく。

 そう、僕らみたいにそういう訓練をしていればいいけど、みんなにとっては明らかに違う。

 みんなの戦術の根本となる魔法が、今回みたいなケースだと一切使えないんだから。



「で、当然出てくる結果もいつもとは違うと思うんだよね。
 ……たぶん、私や恭文、ジュンイチさん達“Bネット”のみんな……ヒロリスさん達寄りになるんじゃないかな?」



 ……そう真剣な顔で美由希さんが言うと、全員の表情に影が差す。

 みんなもバカじゃない……きっと美由希さんの言いたいことがわかったんだ。



 非殺傷設定で安全に制圧、などできない。場合によっては……



「……美由希さんの言う通りだな。
 完全キャンセル下での戦闘を考えていく場合、その問題は外せねー」

「そうだな。
 かと言って、今後の事を考えると、回避というワケにもいかん」

「悪党と外道は狡猾って、相場が決まってますしね」



 サリエルさんが言ったようなシチュエーションは充分にありえる。

 そうなってくると……みんなにはキツイね。



 シチュエーションは違うけど、実際に最悪手しか打てなかった身として……そうなったらみんながどんな思いをするか、少しは想像できる。



 となると……



《……問題はないでしょ。相手を殺せるくらいに強くなればいいんです》

「アルトアイゼンっ!?」

「アンタ、なに言ってるのっ!?」



 いきなりのアルトの言葉に、スバルとティアナがかみつく。



 いや、いきなりそんなこと言われたら驚くのもムリないけど……



「あー、みんな落ち着いて。別にアルトは殺せばいいなんて、言ってないから……でしょ?」

《その通りです。
 みなさん、“活殺自在”という言葉を知らないんですか?》

「かっさつ……」

「じざい?」

「あ、なるほどね」



 ……さすがに美由希さんやシグナムさんに師匠は気づきましたか。



《……まぁ、簡単に言ってしまえば、相手を殺すだけの技量と覚悟を持った人間だけが、相手の命を奪わない戦い方が出来るという考え方です》

「あー、えっと……
 ……前に、お兄ちゃんがそんな話をしてくれたよーな……」



 スバルがしきりに首をひねってる……ついでに、しっかり覚えてないスバルに対してジュンイチさんがため息。あの様子だと後でスバルはお説教だね。



《……殺すということは、相手の命を奪う事です。
 もっと言えば、相手の生きる権利を掌握し、好きに扱う事とも言えます》

「アルトが今言ったのは、要するに相手方の生殺与奪権を握るってことだね。ただ……」

「それができるということは、相手の命を奪わずに組み伏せることもできる……って考え方なんだ。
 まぁ、あらゆる意味で相手を越えていないとムリなんだけど」

「どうしてですか?」

「相手を殺しての勝利と殺さずの勝利……どちらが難しいか、ということだ」



 聞き返すエリオにはイクトさんが答えてくれた……まぁ、実際できちゃう人だしね。



「相手を生かしたまま勝利するよりも、相手を殺して勝利する方が、戦いの場においてははるかに簡単だ。
 理由は単純明快……殺せば、それ以上抵抗を受けることはないからだ」

「しかし、そうせずに……相手を生かしたままにしておくと、抵抗の意志がある限り相手は抵抗を続ける。
 相手を生かしたまま、殺さずに勝利するということは、その抵抗の意志を根本から叩き折らなければ成立しない――それは、とても難しいことだ」



 イクトさんと、援護してくれたチンクさんの言葉にみんながうなずく……みんなにも、言いたいことは伝わったみたいだ。



「……そっか、魔法なしでもそれくらい強くなればいいんだ」

「確かに、簡単じゃないですよね」

「でも、強くなることは、やらなきゃいけないよ。
 もちろん個人の力だけで何とかする必要はないけど……」

「救援来る前に捕まるとかは……アウトよ。つか、アレはもうゴメンだし」



 ……ティアナ。アレがそんなに悔しかったの? いや、確かに見事なつぶされ方だったけど……



「安心しろ、ティアナ。
 なのはよりは数百倍マシだ」

「ジュンイチさんがひどいよーっ!」



 どこまでもいぢめっ子ですね、ジュンイチさん。





















 ……あの後、仮想敵のみなさんの手当てが終わるのを待って、美由希さんも同じ条件でチャレンジ。こっちはジュンイチさんと違ってちゃんと正攻法で……そして圧倒的な強さでクリアして、みんなをあ然とさせてくれた。

 どのくらいすごかったかっていうと……むしろ仮想敵の方達がスカウトしてたくらい。御神の剣士は、次元世界レベルですごい事が証明されたワケだね。







 ……美由希さんの後にチャレンジしたチンクさんとウェンディが、余裕でクリアしたのにすっかり霞んじゃって涙目だったし。で、ジュンイチさんになぐさめてもらってた。











 ただ……そのジュンイチさん周りで気になることがひとつ。











 ギンガさんが、今日一日一貫して元気がなかった。



 それどころか、いつもだったらジュンイチさんがフラグ増設する度にヤキモチ妬いて怒るのに、むしろ今日は逆に凹みまくってた。



「恭文も気づいた?」



 スバルも気づいてたか……まぁ、妹だし、ギンガさんもロコツだったし、いくらKYでも気づくか、アレは。







 なお、現在訓練が終わって隊舎に戻る途中……サバゲーチームのみなさんはこの後飲み会ということなので、重ね重ねお礼を言った上で訓練場でお別れした。







 …………けど、本気でどうしたんだろ? ギンガさん。



 クイントさんやチンクさん達に聞いても、気まずそうに顔をそらすばっかりでちっとも要領を得ないし。



 スカリエッティはこーゆーのに無頓着だから聞いてもムダだろうし……スバル、ホントに何も聞いてない?







「うん……
 こないだ、お兄ちゃんとラトゥーアに行った時から、ずっとあんな調子なんだよね……」











 ………………スバル。











「気のせいかな? 今、すっごく気になる話を聞いた気がするんだけど。
 なんで、ジュンイチさんとギンガさんとラトゥーアが結びつくのかな? かな?」

「え゛………………っ?
 あ、いや、えっと……」











 ………………スバルを締め上げて吐かせたところ、どうも僕らのデートを、ジュンイチさんがつけてたらしい。で、ギンガさんはそんなジュンイチさんの監視としてついて行った、と……







 つまり……僕らと同じように、あの晩ギンガさんもジュンイチさんとお泊りだったってこと!?



 しかもそれを境に様子がおかしくなった、って……どー考えてもその時にジュンイチさんが何かバカやらかしたに決まってるでしょうがっ! なんでスバルも気づかないのっ!



 あー、くそっ、ギンガさんの異変には気づいても、やっぱりスバルはスバルだったかっ!











 けど……本気でまずくないか? コレ。



 ジュンイチさん、他人の恋愛には正確無比に鼻が利くクセして、自分に向けられる好意にはとことん鈍いからなー。きっと今回のことだって、ギンガさんの様子がおかしいのには気づいてもその原因までは絶対に気づいてないに決まってる。

 つまり……今日まで一切フォローなしな可能性が高い。そりゃギンガさんも凹むって。











 ………………なんかもう、トラブルの火種でしかないような気がするんだけど。

 とりあえず、ギンガさんが落ち着くのを待って話を聞いてみよう。そこは絶対だ。





















 ………………なんて思ってた僕だけど……甘かった。

 いくら今聞くのが追い討ちになりかねないからって、先延ばしにするべきじゃなかった。







 だって……







 話を聞くよりも先に、事態が動いたから。





















(第34話へ続く)






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