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頂き物の小説
第23話「人の善し悪しとセンスの良し悪しは無関係」



「………………さて、今日はここまでにしておくか」



「そうですね」



 お互いに言葉を交わして、かまえていた木刀を引く――すぐに取りに行き、僕が投げ渡したタオルを受け取って、シグナムさんが自分の汗を拭き始める。



 ちなみに今いるのは隊舎の裏庭、時間はけっこう早い時間帯。いつもなら自宅で出勤準備してる頃だけど、この組み手のために昨夜は隊舎に泊まらせてもらったのだ。



「やはり、格段に動きがよくなっているな。
 それに読みもいい……私達から離れている間、良い経験を積んできたようだな」

《まぁ、“JS事件”中もガシガシやり合ってましたから》



 それに、あの二人に修行をつけてもらったのも大きいだろうしね。ヴェートルでもジュンイチさんとよく修行してたし。





「そうか…………ん?」



 僕らの答えにうなずいたシグナムさんだけど……その表情が変わった。



 そして僕も……異変にはしっかり気づいてる。





 なんて言うか……空気がざわついてる。理屈じゃなくて……感覚でわかる。



 強いて例えるなら……台風接近前、“嵐の前の何とやら”が終わって、いよいよ天気が荒れ始める頃合、あんな感じだ。



「アルト」

《大丈夫です。
 訓練場に巨大な精霊力反応……と言えばわかるでしょう?》



 ジュンイチさん……?

 そーいや、あの人も「朝練に訓練場借りたいから」って昨夜は隊舎に泊まったんだっけ。





 ……で、ヴィヴィオに「一緒に寝たい」ってせがまれてなのはの顔を真っ赤にさせてたっけ。



 確か、妥協案でヴィヴィオがジュンイチさんの泊まる部屋にお泊りだったんだよね?



《ですね。
 そしたら今度は高町教導官が『ヴィヴィオを取られた』とか言い出して凹んで》

「あーあー、そうだった。
 なのはも照れたり凹んだり忙しいよねー」



 ま、そのヴィヴィオも今ごろはジュンイチさんの泊まった部屋でぐっすりお休み中なんだろうけどさ。



 とにかく、異変の原因がジュンイチさんとわかれば警戒する理由もないか。





 けど……



「相変わらず、すごい出力だよねー、ジュンイチさんって。
 ここにいても空気が震えてるのが伝わってくるよ」

《アレで元々の魔力量がスバルさん達よりちょっと上なくらい、というんですからね。
 どれだけ増幅してるんですか、アレ。気や霊力を加えてるにしたって、それでも増幅倍率トンデモナイことになってますよ、絶対》

「そうだな。
 だが……」





 シグナムさんの言いたいことはわかる。



 あのパワー……ジュンイチさんはまだ本気じゃない。

 あの人は身体に負担をかけることなく、もっと出力を上げられる。横馬のブラスターみたく身体への負担を度外視すればさらに上に。



 けど……



「もっとも……あの男がそう簡単に本気になるとも思えんが。
 あの“JS事件”ですら、あの男の全力を引き出すには足りなかった」



 シグナムさんの言う通りだ。ジュンイチさんは“JS事件”でのあの死闘の中ですら、ホントに全力を出すことはなかった。





 地上本部でのマスターギガトロン戦は、あえて管理局を敵に回すよう、勝ち方を選ぶ必要があった……そんな選択の余地があった時点で、本気ではなかったはずだ。



 チンクさんとの戦いでは本気で技を振るった……けど、チンクさんを殺さないために、出力的な意味で本気にはなれなかった。



 最高評議会の持ち出してきた機動兵器戦では当時の乗機を全力でブン回した……けど、やってたのは機動兵器戦。あの人が全力で“力”を振るったワケじゃない。



 ユニクロンとの戦いでも、出力的には本気になった……けど、あんなデカブツ相手に技術的な意味で本気になる必要はなかった。





 そう……あの人がホントのホントに、すべての力をフルに出し切っての“全”力で戦う姿を、僕は見たことがない。



 ……いや、正確には、あの人が本気で戦う場面に遭遇したことがない。







 もし、今のジュンイチさんが本当に全力で戦ったら……どうなるんだろう。



 ひょっとしたら、先生ともタメを張れるんじゃないかな?



《それはどうでしょうか。
 確かにいくつかの能力では上回っているようですけど……総合的に判断すれば、彼もグランド・マスターの強さにはまだまだ及んでいないと思いますが。
 それに、仮に及んでいたとしても……わかってるでしょう?》

「だね。
 あの人が身内に対して本気になんてなるはずないし」



 …………いや、正確には、本気に「なれない」が正しいんだけど。



 あの人は、あれだけ奔放にみんなを振り回していながら、その実本当の意味でみんなが“傷つく”ことを何よりも恐れてる。

 それも……限りなくトラウマに近いレベルで。





 そんな人が、僕ら身内に対して本気になんてなれるはずがない。





 あずささんに前に聞いた話だと、仮に本人がそう望んだとしても、身内相手では絶対に本気にはなれないらしい。身内が傷つくことへの恐怖が無意識下でのブレーキになって、本気を出すことを阻んでしまうんだ。

 そしてそれは……「友達」として対等の立場で付き合ってくれている僕に対しても変わらないらしい。むしろ大事に思ってくれている分、その無意識のブレーキはさらに強力になってるとか。





「“JS事件”でギンガが敵に捕まり、敵に回った時でも、あの男は彼女に対して本気にはなれなかった。
 戦力的に圧倒されながら、それでも本気を出素して戦うことができず……消耗という代償を払ってでも、イグニッションフォームでムリヤリ勝ちに行くしかなかったほどだ」

「そこまでですか……
 シグナムさん的には残念なんじゃないんですか? 本気のジュンイチさんと戦えないのが」

「まぁ、な……
 あの男が、一度自分の側として定義してしまった者に対して本気になることは絶対にありえない……もはや、私が本気のあの男と戦う機会は永久に失われてしまったワケだ。
 …………いや、最初からそんな機会などなかったのかもしれないが」



 答えて、バトルマニアなシグナムさんはため息をひとつ……けど、なんとなくわかってしまった。



 シグナムさんのため息に、もっと別な感情が混じっていることに。

 シグナムさんの抱く、ジュンイチさんへの複雑な感情が今のため息に混ざっていたことに。



 まったく……あの人の周りも、たいだい人間関係複雑だよね。



 けど……







 本気のジュンイチさんと戦えなくて残念、っていうのは、ちょっぴりだけ同感、かな?







 あの人が修行の中で撃ったと思われる、天高く放たれた真紅の炎の渦が上空の雲を吹き散らしていくのを遠目に見物しながら、僕はそんなことを考えていた。











とある魔導師と機動六課の日常×魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜



とある魔導師と守護者と機動六課の日常



第23話「人の善し悪しとセンスの良し悪しは無関係」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あぁ、ジュンイチさん」

「あん……?」



 そう声をかけられたのは、みんなの午前の訓練が終わって、その内容についてジュンイチさんからアドバイスをもらっていた時のことだった。

 メニューはいつもの基礎訓練に加えて模擬戦を少々……というか、模擬戦、少ししかできなかった。



 だって……目の前のジュンイチさんが恭文くんと二人してヒートアップしちゃって、けっこう長々とやり合っちゃったから。

 おかげで他のみんなの模擬戦の時間が削られちゃって……うん。ジュンイチさん、少し反省しようか?



「オレが悪いのかよ?
 最近アイツの伸び、すげぇんだぞ。オレでも撃墜するのに苦労するくらいなんだから」



 うーん……それを言われると、教官としては強く言えないんだけど……



 それはともかく……どうしたのかな? グリフィスくん。



「あぁ、はい。
 実は、ジュンイチさん宛てに、これが……」



 そう言ってグリフィスくんが差し出してきたのは、30センチ四方くらいの大きさの段ボール箱。

 差出人は……霞澄さん?



「あぁ、そっか。
 ありがとな」

「いえ。では、僕はまだ仕事がありますから」



 答えて、グリフィスくんはロングアーチのオフィスに戻っていく……そして、私の興味はジュンイチさんの手の中の箱に集中。



「ジュンイチさん、それは……?」

「心強い味方だよ。
 なのはだって見たことあるはずだぜ」



 そう私に答えると、ジュンイチさんは手際よく箱を開けて……取り出したのは、ちょっと分厚い携帯電話、といった感じの端末ツール。

 ジュンイチさんがそれを開くと、中から光があふれて……手のひらサイズの、炎でできた鬼の姿を作り出した。





 そうだ……ジュンイチさんの言うとおり、確かに見覚えがある。



 前見た時はもっと大きかったけど、この子は……



「この子……確かユニクロン戦でジュンイチさんが呼び出してた子ですよね?」

「まぁね。
 オレと契約してる精霊獣、“炎帝鬼フレイム・オブ・オーガ”だ」



 答えて、ジュンイチさんは端末の上で仁王立ちするその子を私の前に差し出してくる。



「よろしくね。
 私はなのは。高町なのはだよ」

《主から聞き及んでいる。
 こうして話すのは初めてだな、娘よ》



 ………………ずいぶん、貫禄のあるしゃべりをする子ですね。



「まぁ、こんななりでも、オレ達なんかよりずっと年上だからな」

「そうなんだ」

《そうなのだよ。
 正しく顕現した姿は、かつての戦で貴様も目にしていよう?》



 そっか……ユニクロンとの戦いで出てきた時の、大きな炎の鬼の姿が本当の姿なんだね。

 けど……ジュンイチさん、どうしてこの子が霞澄さんから送られてきたんですか?



「この端末……“ブレインストーラー”っつーんだけどな。母さんに調整を頼んでたんだよ。
 それが終わって、こうして送り返してもらったワケだ」



 えっと、『送り返して』って……宅配で、ですか? 大事なパートナーなのに?



《娘よ。この男や母君にそれを言って通じると思ってるか?》

「…………ですね」

「失礼な。
 ちゃんと生物扱いで送ってもらってるだろ」

《『生物』は『生物』でも、母子そろって生物ナマモノ扱いだろうがっ!
 そういうことを言うなら生物セイブツ扱いで送ってくれないかっ!?
 一度、余計な気を遣ったセールスドライバーにクール便指定されて凍死しかかったんだが!?》

「ちゃんと送り状に書いてるだろ、『生物』って」

《ふりがなをふれぇぇぇぇぇっ!》



 ………………うん。

 とりあえず、この子もジュンイチさんの“被害者”なのはよくわかったよ。



《わかってくれるか》

「はい。身に染みるほど」

「つくづく失礼な」



 ジュンイチさんが不満そうだけど……うん。自業自得だと思いますよ?



《まぁ……主のコレは今に始まったことではないからこれ以上は言うまい。
 それより……娘よ》

「あ、はい」

《主が私を呼び戻したのは、単にブレインストーラーの調整が終わったから、だけではないのだよ》

「え………………?」



 それって……どういうこと?











「それは、私から説明するわ」











 言って現れたのは……はやてちゃん? どういうこと?



「うん、その前に……
 オーガ、久しぶりやな」

《息災のようだな》

「え? 知り合い?」

「あのなぁ、なのは……
 はやてはお前らよりもオレとの付き合い長いんだぞ。当然オーガのコトだって知ってるさ」



 あ、なるほど。



「で、話戻すけど……
 なのはちゃんも知ってるやろ? ここ最近の、下級瘴魔の異常発生」



 うん。

 誰かが、意図的に作ってるかもしれないんだよね?



「もうとっくに『かもしれない』なんてレベルは超越してるけどなー、ここまでクモ種ばっかりに偏ってるとさ」

「けど……そうなると気になるのが、それを仕組んでる犯人の正体と……」

「その目的、だね」



 確認する私の言葉に、はやてちゃんもジュンイチさんもうなずいてみせる。



「まず真っ先に挙がる可能性は、瘴魔獣を作る技術を磨き上げるための実験台……素材がクモばっかりなのは、実験用に大量に仕入れたんだろうよ。
 けど……それは逆に言えば、実験が終わったら、もっと別の種類の瘴魔獣や、もっと強力な、ヘタをすればハイパー瘴魔獣クラスが出てくる可能性もある」

《そのための戦力補強の意味から、主は私を呼び戻したのだよ。
 主のイグニッションフォームはそうそう乱発はできんからな》



 そっか……ジュンイチさんのイグニッションフォームは体力を大きく消耗する。連戦とかの可能性を考えるとあまり頼れないもんね。



「そういうこった。
 オーガがいれば、フォームチェンジも含めて戦い方の幅が広がるし…………」



 そう答えた瞬間――ジュンイチさんの動きが止まった。



 えっと……どうしたんですか? なんだか、顔がいきなりシリアスモードに……いや、ジュンイチさんにそういう顔されると、もうイヤな予感しかしないんですけど。



「…………その予感、ビンゴだよ」

「というと……まさか……」

「あぁ」





















「ちょっとばかり、戦闘要員フル出動、いってみようか」





















 ジュンイチさんのその言葉と同時――隊舎に警報が鳴り響いた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「何よ、コレ……!?」



 ヴァイスさんの操縦する、ヴァイスさんのパートナーのヘリ型トランスフォーマー、スプラング(もちろんビークルモードね)の機内――うめいたティアナの言葉にはまったくもって同感。

 状況説明のために目の前に展開されたウィンドウ――そこに映し出された現場の様子は、そう思わずにはいられないものだったから。



 現場は、クラナガンの外れの再開発地区――“JS事件”の最終戦、“ゆりかご”決戦からユニクロン戦までの流れの中で戦闘に巻き込まれた地区で、残骸の撤去も終わって新しい建物の建築が始まるか始まらないか、といった感じのエリアだ。





 けど……そこは今、すごいことになってる。

 今までジュンイチさんが蹴散らしてたっていう、あのクモの化け物が大量に居座ってるおかげで。



「幸い、今のところあの下級瘴魔達はおとなしくしてくれてる。
 それが、操られていないから……なのか、操ってる人がいてその人がそう指示しているのか……そこまではわからないけどね」

「どっちにしても、放っておいていい相手ではない。
 すでに近隣の地上部隊が周辺を封鎖。高ランクの魔導師には迎撃の支援も取り付けた。
 オレ達は先行している副隊長陣に合流。先陣に立って下級瘴魔の駆逐にあたる」



 あー、フェイト、イクトさん、ちょっといいかな?



「ヤスフミ、どうしたの?」

「前に聞いた話だと、瘴魔って倒しても、その“力”をきっちり浄化しなきゃ周りの“力”を取り込み直して復活しちゃうんだよね? しかも巨大化して。
 前に僕がクモの瘴魔獣をブッつぶした時は、ジュンイチさんがきっちり浄化してくれたワケだけど……今回はその辺の対策ってできてるの?」

「その辺りは心配ない。
 柾木も、今まで考えなしに暴れてきたワケじゃない。しっかりデータをとってきてくれた。
 そのデータを元にロングアーチが検証した結果、お前達の魔力量なら十分に浄化が可能であることが確認されている」

「ただ……きっちり魔力を叩き込まないとダメ。
 だからスバルはただの打撃じゃダメだし、ヤスフミも戒めを外さないと、倒すのはともかく浄化までは……ちょっと厳しいと思う」



 やっぱりか……そこは仕方ないかな?



《そうですね。
 戦力的にそうしなければ厳しい、というワケでもありませんし、ここは気にせず外していきましょうか》

「だね」

「他に質問がないなら、そろそろ降下準備に入ろうか。
 もう、現場の副隊長達は交戦に入ってるし……」



 フェイトがそう告げた瞬間だった――現場の映像の中心に炎が巻き起こった。

 炎は渦を巻き、周りのクモ瘴魔を薙ぎ払っていく……って、これ、ジュンイチさん!?

 あの人、もうとっくに先行済み!? くそっ、先越されたっ!



 ヴァイスさん急いでっ! 早くしないとあの人がみんなブッ飛ばしちゃうっ! 見せ場持っていかれるーっ!











「なぎさんが気にするのは見せ場なんだね……」

「まぁ、人的被害の心配もないし……いいのかな?」

「いいんじゃないかな? その方が恭文らしくて」



 うん、スバル。後で僕のことどう思ってるのか……じっくり、お話しようか?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「紫電、一閃!」

「ぶち抜けぇぇぇぇぇっ!」



 咆哮と同時、クモ型下級瘴魔が数体まとめて宙を舞う……おーおー、二人とも気合入ってるねー。



 まぁ、かく言うオレも、右手から解き放った炎で別のクモ型瘴魔をきっちり焼き払ってたりするんだけど。





 現在、オレ達三人とそのパートナー達はスバル達六課フォワード部隊に先駆けてクモ型瘴魔の大掃除中。いい感じに大暴れさせてもらってます。



 で……そのフォワード陣はそろそろ到着の模様。上空にスプラングが来てるし。



 今ごろ恭文のヤツ、オレに見せ場取られやしないかと戦々恐々だろうねー。そういうの気にするヤツだし。





「貴様がそれを言うか?」

「お前だって、そういうのぶっちぎりで気にするだろうが!」

「そうなんだけど……なっ!」



 シグナムとヴィータに答えて、オレは再び右腕を一閃――そこから放たれた炎が、オレを狙って放たれたクモ瘴魔どもの糸を焼き払う。



「ま、せっかくだし、アイツの出番全部奪って悔しがらせてやるってのも手かな?
 師匠としてその辺どう思うよ? ヴィータ?」

「魅力的な提案だけど……あまりハッスルして後でシャマルに叱られるのもゴメンだな」

「違いねぇや」



 ヴィータの言葉に笑い声を上げる。そんなオレ達の背後からクモ瘴魔が2体ほど飛び出してくるけど――



「スターソード!」

「ビクトリースマッシュ!」



 この二人がいる。ビクトリーセイバーの剣が、ビクリーレオの蹴りが、背後に回り込んでいた2体をブッ飛ばしてくれる。



「しかし、試験を控えた恭文に負担をかけたくないのも事実。
 ここは一気に叩くべきかと」

「ま、ヴィータががんばれない分は、オレ達でフォローすればいいんだしな」



 ふむふむ。フクタイチョーズのパートナーさん達は速攻撃破に賛成か。


 そんじゃ、多数決によって瞬殺けって〜い♪ さっそく炎をぶちかまして……





















「まてマテ待てぇいっ!」





















 ………………チッ、ご到着か。





 見上げると、上空に到着したスプラングから、フォワード陣がフェイト達に先立って降下してくるところだった。真っ先に飛び出してきたらしい恭文が空中でアルトアイゼンをセットアップして……











「チェストォォォォォォォォォォッ!」

「どわぁぁぁぁぁっ!?」











 って、斬りつけんのオレかいっ!



「いきなり何すんのお前っ!?」

「うっさいっ!
 せっかく大暴れできるってのに、僕の獲物を奪おうとすんじゃないよっ!」



 すかさず爆天剣で斬撃を受け、つばぜり合いに――そのままの姿勢でにらみ合い、オレと恭文は言葉を交わす。



《申しわけありませんが、最初から最後までクライマックスで大暴れしてこその私達です。
 そのための獲物を奪うというのなら、たとえ相手があなたでも叩きつぶして押し通るのみです》

「ほほぉ……主従そろって言ってくれるじゃないか。
 上等だ! 大暴れしたいというのであれば、このオレを倒してからいくがいいっ!」

「言われるまでもないよっ!
 いくよ、アルト!」

《はい。最初から飛ばしていきましょう》







「って、ちょっと待ってっ!」







 今まさに斬り結ぼうとしていたオレ達の間に割って入ったのはフェイトだった……何だよ、いいところで。



「それはこっちのセリフですっ!
 なんで二人がやり合うことになってるんですかっ!?」



 そんなの、この下級瘴魔どもをどっちが蹴散らすか、その権利を賭けての戦いに決まってるじゃないか。なぁ? 恭文。



「だよね。
 と、いうワケで気を取り直してっ!」

「おぅともよっ!」

「取り直さないでっ!」



 再びかまえたオレ達だけど、またしてもフェイトが止めに入る――今度は何だよ。いいかげんケリつけて下級瘴魔の迎撃に戻りたいんだけど。



「だったらそのまま戻ればいいじゃないですかっ! ヤスフミと斬り合ったりしないでっ!
 ヤスフミも何ノッちゃってるの!?」

「あー、ゴメン。
 ジュンイチさんに負けてられるかと思ったら、つい挑発に乗っちゃって」

《まったく、タチが悪いったらないですよね、この人も》

「一瞬でオレが悪いことにされた!?
 待てマテっ! 最初に『出番取られてたまるか』って斬りかかってきたのはお前らだろ!?」

「だから、そうやってケンカを再開しようとしないでっ!
 二人とも悪いんだから、ヤスフミもジュンイチさんもちゃんと瘴魔を迎撃してっ!」



 やれやれ、恭文のお姫様はご立腹か。

 このままのノリでも、迎撃については問題ないのにな、オレも恭文も。



「ですよねー。
 戦いはいつだって、ノリのいい方が勝つんですから」

「こうやってバカやるのも、テンションをノせるための儀式みたいなものなのに、それがわかってもらえないのは哀しいことだねぇ」

「………………いや、わかってあげられる人の方が稀だから」

「旦那とか恭文とかオレ達の方がレアなんだっての。いい加減自覚しろよなー」

「だなだな」



 そうオレ達にツッコんでくるのはジャックプライムにガスケット、アームバレットも……あれ、お前ら地上移動組も到着? いつの間に?



「貴様らがバカをやっている間にな。
 さぁ、いい加減テンションも上がったろう。さっさとこのザコどもを蹴散らすぞ」



 言って、マスターコンボイがオメガをかまえる……むぅ、お前もノリ悪いなぁ。

 まぁ、自分からボケにいくタイプのキャラじゃないしね。そこはしょうがないか。



「ま、しょうがないか。
 できることならもうちょっとバカやってからにしたかったけど、そもそもマジメに迎撃しますか。
 フェイト! オレ達に対して『しっかりしろ』ってケツひっぱたいたんだ。それ相応の働きはしてもらうぜ!」

「あなたに言われなくてもっ!」



 うんうん。こういう時はオレを毛嫌いしてるのがいい感じのハッパになってくれるから便利だよねー。



「自分が嫌われてることすら利用できるお兄ちゃんが特別なだけだと思うけど……」



 はい、スバルうっさい。

 そんじゃま、ここからは気合を入れ直して……





















“…………茶番は終わりかえ?”





















『………………っ!』



 突然脳裏に響いた声と同時、とっさに恭文達が身がまえる――オレだけに聞こえた声じゃない。全員に向けた思念通話か。



 オレも表面的な態度はそのままで、意識を戦闘モードに切り換えて警戒を強める。そんなオレ達の前に、突然魔法陣が展開される――もちろん、転送系の魔法陣だ。





 魔法陣から光があふれ、それが集まって形を成していき――











 ひとりの男と、ひとりの少女がその姿を現した。











 男は上下一体になったボディスーツの上に打撃部位と急所だけを保護するプロテクターと鋭いニードルを先端に備えた手甲。見るからに動きやすさを重視しているとわかる戦闘コスチュームに身を包んで、白髪と見間違いそうなくらいの銀の長髪をなびかせながらオレ達に向けて鋭い視線を向けている。



 女の子は方は……うん。一目見ただけで後衛だとわかる。法衣っぽい服の上にマントをはおってる。印象としては、キャロのバリアジャケットをもっと直線的、鋭角的な感じにデザインし直して、黒・紺系にカラーリング変更したもの……って言えばいいかな? 背丈もちょうど同じくらいだし。

 こちらは赤毛の長髪をツインテールにまとめている。こっちもなかなか勝気そうだけど……うん。幼さが残ってるせいか迫力半減だ。





 そして、彼らの後ろにさらに二つの魔法陣。2体の瘴魔が転送されてきた。

 どちらも下級瘴魔じゃない。れっきとした瘴魔獣……サソリ種のシザーテイルに、バッタ種のバッドホップだ。2体は先に現れた二人の後ろに控え、敬うようにひざまずく。



「魔導師が、瘴魔を従えてる……?」

「どうだかな」



 転送魔法で現れたことからあの人間二人が魔導師だと判断したらしい。エリオがつぶやくけど……残念ながら、そうではないという確信をオレはすでに得ていたりする。

 だって……



「コイツら……少なくとも男の方から感じる“力”は……瘴魔力だ」

「しょ…………っ!?
 ち、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」



 オレの言葉に真っ先に食いついてきたのはスバル……ま、オレやイクトとの付き合いから、このメンツの中じゃオレ達当事者の次に瘴魔について詳しい身だし、そこは当然か。



「あの人……人間だよね!?
 それなのに、瘴魔力を持ってる……ってことは、イクトさんと同じ……!?」











「そうだ」











 スバルの言葉に答えたのはオレでも、フェイトにくっついて来ているイクトでもない。

 ご本人……男の方。なんだ、律儀に名乗ってくれるワケ?



「そこの小娘の推察通りだ。
 私達は……瘴魔神将だ」

「そんな……!?
 瘴魔神将は、イクトさん達の世界固有の能力者のはずじゃ……!?」



 ………………あー、そっか。フェイトは知らないんだっけ。



「テスタロッサ……残念ながらそういうことでもない」

「シグナム……?」

「ブレイカーも瘴魔神将も、転生系の能力者だ。
 そして……転生、すなわち生まれ変わりに、次元世界の枠組みによる制約はない」

「転生してんだよ……管理世界にも、しっかりとな。
 ただ、ブレイカービーストはジュンイチ達の世界にしかいないから、ブレイカーが転生しても覚醒する機会はグンと減るし、そうなるとブレイカーの対抗的な存在である瘴魔神将も覚醒の機会に恵まれない……
 要するに、いることはいるけどめったに覚醒しないから確認されてないだけ……でも、転生は確実にしてる。
 実際、ジュンイチのヤツは前世の記憶として古代ベルカ文明圏で生きてた記憶が残ってるしな」



 こらヴィータ。余計なことは言わなくていいんだよ。

 ほら、お前がいらんことまで言うから、フェイトのヤツがこっちに鋭い視線を向けてるじゃないか。



「まぁ、その辺を論じるのは後でもいいでしょ。
 今問題なのは、アイツがどこ出身か、じゃない。アイツらが瘴魔神将として僕らの前に立ちふさがってる……そこなんだから」

「そうだな。
 コイツらの出自など関係ない……敵なら叩く。それだけだ」



 その点、恭文もマスターコンボイも、今やるべきことはちゃんと心得ていた。話している間にも、連中はもちろん、周りでこちらの様子をうかがっている下級瘴魔達の動きもきちんと警戒してくれている。





 だから……オレとしても安心して連中から情報を聞き出そうとできるワケですよ。



「で?
 その瘴魔神将さん達が、オレ達に何の用かな?」

「知れたこと。
 オレ達がこの世界で覇を唱えるためには、貴様らの存在は必ずジャマになる。
 ブレイカーである貴様や、そこの瘴魔神将の裏切り者……それだけでなく、あのユニクロンにすら打ち勝った凄腕の魔導師やトランスフォーマーが顔をそろえる機動六課の存在はな」

「わざわざ宣戦布告にきてやったのじゃ! ありがたく思うが良いぞ!」



 男のそばで、女の子も手をブンブンと振って自己主張しながらそう付け加える……うん。かわいいけどなんか偉そうでムカつくから黙ってようか? かわいいけど。大事なことなので二度言いました。



「やれやれ、オレ達がジャマだから真っ先につぶしておきたい。そのために戦いを挑む……かよ?
 バカだねー。六課なんてあと4ヶ月もすれば解散だぜ。その後に動き出しておけば、楽に暴れられたってのにさ」

「凄腕の猛者が分散される方が後々やりにくいさ。個別とはいえ行く先々でジャマをされる。
 集中している今のうちに、まとめて叩いておく方が長期的には利が大きい」



 ………………なるほど。少なくともバカじゃないか。

 そして……オレ達みんなにケンカを売る、なんて、ある意味無謀とも言える選択を選べるくらいには実力に自信がある。か……





 今の口ぶりだと、男の方は“JS事件”やユニクロン退治で六課が中心に立ったことだけじゃなく、六課がゆくゆく解散することまで知っていた。知っていた上で、解散して戦力がほうぼうに散って活動されることの方が厄介と判断して、つぶしに来た。

 つまり……こっちのことはそれなりに調べてるってことだ。その上で「勝てる」と踏んで仕掛けてくる……その自信、あながちハッタリじゃないと思っておいた方がいいかな?





「で? そうして宣戦布告に来た割には、自己紹介のひとつもなしかよ?
 こっちはさっきから、お前さん達のことを何て呼べばいいか、対応に困ってんだけど」

「そうだな。それは失礼した。
 我が名はホーネット。“貫撃のホーネット”だ。
 そして、この方が……」

「わらわは、“万蟲姫まむしひめ”なるぞ!
 わらわが首領じゃ! 偉いのじゃ! 存分に敬うがよいぞっ!」



 なるほど。どうもさっきから態度がデカイと思ってたら、そっちの娘っ子の方がリーダーかい。

 ずいぶんとまぁ、ちみっこいのをリーダーに据えたもんだな。



「当然だ。
 姫様には、我らの上に立たれるだけの“力”がある」



 あっさり答えるホーネットだけど……うん。「姫」ときたか。

 となると、しっかり反応するのがこっち側にひとり……



「フンッ、そのような小娘が『姫』でござるかっ!
 『姫』というのは、こちらの姫のような気高くも純粋で心優しい方のことを言うのでござる!」

「し、シャープエッジ。こんな時に……」



 案の定、キャロのことを“姫”と崇拝するシャープエッジが、当のキャロが赤面するのにもかまわずかみついた……うん。マスターコンボイやジャックプライムと一緒に、彼らGLXナンバー御一同も来てたのよ。今までセリフがなかっただけでさ。





 でもさ……シャープエッジ。

 最近の恭文への言動とか見てると、コイツも最近、けっこう黒いよ?





「なるほど。貴様らのことはわかった。
 だが……神将が二人、とは、新たな瘴魔軍はずいぶんとささやかな組織のようだな。
 それとも、まだ神将が他にも控えているのか?」

「『瘴魔軍』……?」



 内心でシャープエッジにツッコミを入れるオレに代わって、今度はイクトがそう告げる……けど、その言葉にホーネットは訝しげに眉をひそめてみせた。



「誰が“瘴魔軍”を再編したと?
 貴様が捨てたような古臭い組織に、用などない。
 我らは組織を一から組み立てた……我らの組織は、貴様らの倒した瘴魔軍とは次元を異とする存在なのだ」

「ほぅ……ならば何と呼べばいい?」

「ふっ、その質問を待っていたのじゃ!
 シザーテイル! バッドホップ!」



 答える万蟲姫の言葉に、後ろに控えていた2体の瘴魔獣が動く――元々宣戦布告で名乗るために用意していたんだろう、横断幕らしきものを2体で協力して広げていく。つか、お前ら万蟲姫の付き人かい。



 それはともかく、横断幕にはオレ達地球の漢字で、組織名らしきものが書かれていた。





 ただ……









 “蝿”









 “蜘”









 “苑”









 ………………うん。



『読めるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』



 当然ながら、みんなから非難の声が上がるワケですよ。



 ゴメン。これは現地出身のオレ達ですら読めん。たぶん何かの当て字なんだろうけど……うん。読めない。





「何じゃ何じゃ、読めぬのか?
 そりゃそうじゃろうのぅ。瘴魔発祥の世界の言語をわざわざ調べて名づけたのじゃからな!」



 一方、そんなオレ達に対して、万蟲姫は自信満々……うん、ムカつく。カワイイけどムカつく。なので開戦したら真っ先にブッ飛ばす。



「仕方ないから、教えてあげるのじゃ!
 これはこう読むのじゃ……」











「“ようちえん”と!」





















 …………………………はい?





 あー……すまん。
 もう一回……頼めるか?



「何じゃ、聞こえなかったのか?
 仕方ないのぅ。これはな……」











「“ようちえん”と読むのじゃ!」





















 ………………聞き間違いじゃなかったらしい。





 えっと……つまり……



よう







えん





 …………ってことですか?





 予想外と言えばあまりにも予想外なその名前に、オレ達はしばし言葉を失って……











『………………あはははははははははっ!』











 衝撃の過ぎ去った後は、当然の如く大爆笑。





「よ、ようちえんって、ようちえんって……っ!」

「ま、マスターコンボイさん、笑っちゃあの子に悪いって……ぷっ」

「そういうスバルだって、笑ってるじゃないか……あははははっ! もうダメ! ガマンできない!」

「あ、あの子、こっちを笑い殺すつもり!? ぷくく……あははははっ!」

「だ、ダメだよ、みんな……今は戦闘中……なんだから……っ!」



 マスターコンボイやスバル、恭文にティアナはもちろん、アイツらをいさめるフェイトも笑いをこらえるのに必死だ。



 イクトも声に出してないだけで腹を抱えて身体を震わせているし、エリキャロも同じような感じ。

 トランスフォーマーのみんなにしても、ガスケットやアームバレットを筆頭に爆笑中。あの寡黙なジェットガンナーですら肩を震わせているんだから、その衝撃のすさまじさはわかってもらえると思う。



 で、当然オレも……



「あははははっ! 何だよそのネーミングっ! ナイスすぎるだろっ!
 わざわざ調べて、難しい当て字してまで名づける名前がそれかよっ! いいセンスしてるぜ! あははははっ!」



 腹を抱えて爆笑中。あー、笑いすぎで苦しいったらないよっ!

 笑いすぎて息苦しさまで感じながら顔を上げ、こちらに向けて手甲に装備されたニードルを繰り出すホーネットに視線を向けて――











 ――――――って!?











「どわぁっ!?」



 笑いなど一瞬で消し飛んだ。思考よりも本能からの指示で身体をずらしたオレの頬を、ホーネットの繰り出した鋭い突きがかすめる。

 その切れ味に頬が裂け、出血したのがわかる。とっさにバックステップ、距離を取ろうとするオレだけど――追ってきやがった! しかも追撃の突き、ムチャクチャ速ぇっ!?

 まるでマシンガンのような勢いで次々に襲いかかる連続突きを、オレはギリギリのところでなんとかさばいていく。それでもなんとか蹴りを放ち、ホーネットの足を止めるのに成功する。



 オレへの追撃でこっちに対して深追いしていたホーネットは素早く後退、万蟲姫のそばに戻る……一瞬にして繰り広げられた攻防に、恭文達の顔からも笑いは一切消し飛んでいた。

 まぁ……それもそうか。オレがここまで防戦一方になったところなんて、コイツら見たことないだろうし。



 ……つか、なんつー速さだよ、アイツ。

 確かにこっちは爆笑してた。油断がなかったかと言われれば……してたかもしれない。

 それでも……並のスピードの相手なら見落とすことはない。オレの動体視力をなめてもらったら困る。





 なのに……初動を見落とした。



 反応が遅れる、どころの騒ぎじゃない。オレの目の前に飛び込み、攻撃体勢に入るまで、その動きを捉えられなかった。





 それはつまり、オレの強化された反応速度ですら、油断してると捉えきれない速さ、ということ――たぶん、うちのスピード自慢達と平気でタメを張れるくらいのスピードをアイツは発揮できる。



 くそっ、冗談じゃないぞ。アイツが狙ってくれたのがオレだったからよかったようなものの、もしホーネットが最初に狙いを定めたのが別のヤツだったら……多分、ほとんどのヤツが最初の一撃で終わってるところだ。

 この場で、オレ以外ににあの一撃に反応できそうなヤツといえば……恭文とイクトくらいしか思いつかない。たぶん、フェイトやシグナムですらアウトだ。





 つまり……ふざけた名前はともかく。実際の実力は……かなり高い。



 気合、入れてかかってく必要があるか――





「てめぇ、よくも旦那を!」

「ふざけた名前のクセして、ナマイキなんだな!」



 ――って、オレが警戒してるそばから突貫すんな、暴走コンビ!



「待て、お前ら!
 お前らのかなう相手じゃn



 警告の声も間に合わない。飛びかかっていった暴走コンビに対してホーネットは右手を一振り。そこから放たれた、緑色の瘴魔力の渦が、二人を容赦なくブッ飛ばす!





「なんでオレ達だけ!」

「こうなるんだなぁぁぁぁぁっ!?」



 結局、いつもの悲鳴を残して暴走コンビ退場……くそっ、相変わらず正念場以外だとホントに役に立たないな、あの二人っ!



「フフフ、バカじゃのぉ。
 ホーネットは我が“蝿蜘苑ようちえん”最強の戦士なのじゃ。お前らなんかが勝てるワケないのじゃ!」

「『なんか』とは言ってくれるな」



 万蟲姫の言葉に、マスターコンボイが答えながらオメガをかまえる――うん。なんかあの小娘の今の発言で、みんないい感じにスイッチが入ったみたい。そろってやる気マンマンだね。



「退くつもりはなし、か……
 まぁ、退いたところで、障害として排除するつもりの相手を逃がすつもりもないがな」

「そうじゃそうじゃ!
 ホーネット! やっつけてしまうのじゃ! バッドホップ! シザーテイル! お前達もじゃ!」



 そして向こうも戦闘準備万端。上等じゃないの!



「恭文、イクト! オレ達はあのホーネットだ!
 瘴魔獣2体は残りのメンツで好きにしろ!」

「あなたが仕切らないでください!」

「代案あるワケ!?」

「ないから従いますけどっ!」



 オレの言葉にフェイトが答えて――それが開戦の合図になった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「たぁぁぁぁぁっ!」

「どっせぇいっ!」



 あたし達フォワード陣が相手にするのは、“Bネット”でシザーテイルと名づけられたサソリがベースの瘴魔獣――スバルとロードナックル・クロが思い切り殴りかかるけど……止められた。

 シザーテイルの周囲に放出された瘴魔力のフィールドが、楯になってスバル達の拳を受け止めたのだ。さすがにすべてを受け止めきれずにフィールドは破られるけど、勢いの殺された二人の拳はシザーテイルの両腕の甲羅によって受け止められてしまう。



「クロくん!」

「はいよっ!」



 けど、スバル達もタダでは転ばない。スバルの指示に答える形で、クロは叩きつけた拳に体重をかけた。トランスフォーマーと人間サイズ、体格差を活かして押さえ込んで――



「アイゼンアンカー!」

「めんどくさいから……とっとと沈めぇっ!」



 そこに飛び込むのがエリオと、マイクロン形態、人間サイズのままのアイゼンアンカーだ。エリオのストラーダとアイゼンアンカーのラダーロッド、同時攻撃でシザーテイルをブッ飛ばし、



「あーちゃん……ホームランっ!」



 その吹っ飛ぶ先にはあずささん。石突の辺りを握ったレッコウを思い切りフルスイング。シザーテイルをこっちに向けて打ち返し、



「ジェットガンナー!」

「了解!」



 あたしとジェットガンナーが仕上げの一発。二人の魔力弾がシザーテイルを直撃する!





 けど……これで倒せるような甘い相手じゃないのは、すでに想定済み。

 警戒するあたし達の目の前で、魔力弾の直撃で巻き起こった爆煙が晴れていき――シザーテイルがゆっくりと立ち上がるのが見えた。



 ったく、あたし達の射撃があの程度しかダメージしか与えられてないってのは、ちょっと屈辱ね……



「だが、ダメージは通っている。
 こちらのすべてを出し切れば、倒せない相手ではない」



 そんなあたしの心を見透かしたみたいに、絶妙なタイミングでジェットガンナーからのフォローの声……まったく、奮い立たせてくれるじゃないの。



「ジェットガンナーの言う通りでござる。
 拙者達とて、すでに幾度となく瘴魔との戦いを戦い抜いてきたのでござる」

「わたし達が援護します!
 みんなで力を合わせれば、きっと勝てますよ!」

「きゅくるーっ!」



 シャープエッジはもちろん、キャロやチビ竜も同意見ってワケね……そうもやる気を見せられたら、フォワードリーダーとして、がんばらないワケにはいかないでしょうが!



「そんじゃ、このまま攻めきるとしましょうか!
 前衛組は攻め続けて、相手に反撃の手を出させないで!
 ただ、距離を詰めっぱなしってのもナシよ。向こうだって見るからに近接系だし、こっちの援護に当たっても知らないからね!」

『了解っ!』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「はぁぁぁぁぁっ!」



 バルディッシュに光刃を生み出し、斬りかかる私の攻撃をかわして、バッドホップと呼ばれたバッタ型の瘴魔獣は素早く跳躍、上空に逃げる――けど、



「甘い!」

「逃がすか!」



 そこにはシグナムとスターセイバーが回り込んでいる。スターセイバーの斬撃を、バッドホップは空中で身をひねってかわすけど――そこまでが限界だった。飛び込んだシグナムの振るったレヴァンティンが、バッドホップに一撃を叩き込む。



 それでも、バッドホップは空中で体勢を立て直した。着地と同時に横に飛んで、追撃を狙ったジャックプライムの愛刀カリバーンの一撃をかわす。



「逃がすかよっ!」

「チョコマカ跳び回りやがって!」



 そんなバッドホップを、ヴィータとビクトリーレオが追う――そう。バッドホップには、私達隊長陣が総出でかかっている。





 私としては、私達の内の一組でも、フォワード陣につけてあげたいと思ったんだけど……それはシグナムが却下した。

 みんななら、私達がいなくても十分戦える。それよりも、バッタがベースということでジャンプ力に優れる、つまり空間戦闘にも十分対応していると考えられるバッドホップに、空を飛べる私達が総出であたった方がいい――と。





 確かに、地上戦が中心になりそうなサソリ型のシザーテイルなら、陸戦主体であるフォワードのみんなに任せておいてもそうそう危ない事態にはならないと思うし、私達が総出でかかるなら、こっちを速攻で終わらせて他の援護に……という展開も十分に狙える。



 そんなことを考えながら、チラリともうひとつの戦場に視線を向ける――ヤスフミとイクトさん、そしてジュンイチさんの戦う戦場だ。



 あの三人が同時にかかって行っているのに、まだ相手には一撃も許せていない。ジュンイチさんですら反応し切れなかったスピードに、三人とも苦戦してるみたい。





 展開次第では、ここを終わらせた後はヤスフミを援護してあげた方がいいかもしれない。イクトさんですら手を焼く相手じゃ、ヤスフミじゃ荷が重いと思うし。



 …………ううん。きっと荷が重い。だから、早く終わらせて、助けてあげないと。



 そのためにも――





「ジャックプライム、もう一度仕掛けるよ。
 私達のスピードで足を止める――そうすれば、ヴィータの打撃力で一気に持っていける」

「りょーかいっ!」





 この場は――全力で終わらせるっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………なんか、またフェイトに過保護なことを思われた気がする。





「ンなこと言ってるヒマがあったら、手ェ動かせ、手!」



 言われなくても――わかってますよっ!



 ジュンイチさんの言葉には実行で応える。同時に放たれた真っ赤な炎が両脇を駆け抜ける中、獲物に向けてアルトを振るう。

 けど……逃げられた。上空に飛ばれ、横薙ぎに振るったアルトは虚しく虚空を薙ぎ払う。

 そしてすかさず反撃――頭上から降ってきた、槍のように一直線に放たれた蹴りをかわして、僕はジュンイチさん、イクトさんのところまで後退。体勢を立て直す。



 ったく、なんてスピードだよっ! 僕らの攻撃、完全に対応されてる!





 僕の剣は、今までにも何度も言ってきたけど、一撃ですべてを斬り捨てる示現流。



 ジュンイチさんも、イクトさんも、手数で攻めることもできるけど本命は馬力任せの一撃必殺。





 三人そろって一撃の威力は十分に自慢できるレベルだけど……その高い攻撃力も、当てられなければ意味がない。

 そんな状況が、今まさに僕の目の前で展開されている……くそっ、さっきからちっとも当てられないっ! 万蟲姫が余裕ぶっこいて高みの見物としゃれ込んでるはずだよ!

 フェイトとガシガシやり合う中で、自分よりも速い相手と戦うのには慣れてたつもりだったけど……なんかフェイトよりも速くない!?



「フェイトとガシガシやってるからそう感じるんじゃねーの?
 対してアイツは初対面――戦い慣れてるフェイトと違って動きを読めないから、余計に落差を感じるんだろうよ」



 解説アリガトウ、ジュンイチさん。



「けど……どうするんですか?
 フェイトより速く感じる理由がわかっても、アイツに一撃叩き込む方法が見つからなきゃ意味ないでしょーが」

「んー、前にオレが模擬戦でスバルにやった手はどうかね?
 逃げ場もないくらいの範囲に、防御もできないくらいの高火力を……」

「こんな市街地に近いところでそんなバカなマネができるか。却下だ、却下」



 ジュンイチさんの提案はあっさりイクトさんに止められた。

 つか……オレもそれは反対ですよ。実行犯はジュンイチさんでも、どうせ僕らも一緒に怒られるんだから。「どうして止めなかった」とか言ってさ。



「気にせず一緒に怒られようか?」

「笑顔で巻き込み宣言しないでっ!
 つか、実行するのは決定かっ!」

「なんかもーめんどくさくなってきてさ」

「アイゼンアンカーみたいなこと言わないでよっ!
 今はめんどくさくなくなっても、後で間違いなくもっとめんどくさくなるんだからっ!
 ほら、イクトさんも止めて! 厄介ごとは御免なんだよ僕はっ!」

「そうは言うが……オレがヤツに炎を当てようとすると、今の柾木の提案どおりの攻撃でしかムリなんだが」

「自分で狙って撃つのダメダメだもんなー、お前」

「あああああっ、こっちもこっちであきらめかけてるしっ!
 タチが悪いっ! なまじホントにできちゃう火力があるだけにますますタチが悪いっ!」



 やるなら二人でやってくださいよ。そして二人ではやてやレジアスのオッサン達から怒られてください。

 僕は止めましたからね。怒られたくないから止めましたからねっ!



「ハッハッハッ、心配するな、恭文。
 ここで“止めた”って既成事実作ったって……どーせ持ち前の運の悪さで一緒に怒られる展開に落ち着くに決まってるじゃないか」



 だぁぁぁぁぁっ! 完全に僕も怒られること前提で考えてるし、この人っ!

 つか……くそっ、否定できないっ! その可能性を否定できない僕がいるよママンっ!



《誰ですか、ママンって。どこのジョナサンですかあなた。
 ……まぁ、心配しなくても、多分撃たずに詰めると思いますよ》

「は?」

「何…………?」

「だねー。
 おバカな会話して向こうの気をひくのも、そろそろ十分かな?」

「え?」

「おい、どういうことだ?」



 アルトの発言を皮切りにいきなり空気の変わったジュンイチさんに、置いてきぼりの僕とイクトさん。



 えっと、お二人さん、それは一体どういうこと……





















「そこまでだ」





















 その言葉は……高みの見物を決め込んでいた万蟲姫の背後から。



 同時、何もないと思われていた空間からマスターコンボイが万蟲姫の首筋にオメガの刃をあてた状態で姿を現す……って、幻術で姿消してた!?





 まさか……ジュンイチさん!?



「そゆコト。
 前に、似たような感じでティアナが敵対時代のルーテシアの背後をとったことがあったのをマスターコンボイが思い出してさ。アイツ直伝のオプティックハイドで再現してみたってワケ♪」



 そう答えたジュンイチさんが視線を向けるのは、当然僕じゃなくて……



「さて、どーすんだ? ホーネット。
 お前のご自慢のお姫様はあの通りだぜ――守りを置かないとはうかつだったな。自分の戦闘力を過信でもしたか?」

「はわわわわっ!? ホーネット! 助けるのじゃ! ホーネットーっ!」



 マスターコンボイに捕まったまま悲鳴を上げる万蟲姫……うん、どっちが悪者かまったくわからない構図だね。



 とにかく、これでホーネットは無力化できるかな――











「それで詰んだつもりか?」











 返ってきたのは、こちらに対する問い返しだった。



「私が本当に、姫様を何の考えもなく放置していたと、本当にそう思ってるのか?」



 動揺など微塵も見せずにホーネットが付け加えて――気づいた。



 悲鳴が……止んでる。



 これって――まさか!?







「マスターコンボイ、下がって!」



「何………………?」





 僕の警告の声にマスターコンボイが声を上げ――





















 “力”が弾けた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「何だ!?」



 突然巻き起こった、魔力とは別種のエネルギーの嵐は、バッドホップと戦う私達のところにも届いた。驚いたヴィータが声を上げて、嵐の中心へと視線を向けて――



「どわぁっ!?」



 そんなヴィータに、吹っ飛ばされてきた何かが激突した。支えきれずにひっくり返り、ヴィータはそのままゴロゴロと転がっていく。



 一体、何が……って、



「マスターコンボイ!?」

「ぐ…………ぅ……っ!?」



 そう。吹っ飛んできて、ヴィータにぶつかったのはヒューマンフォームのままのマスターコンボイ。しかも、全身が焼かれてプスプスと煙を上げている。

 一体、何が……!?



「気を、つけろ……!
 あのバカ姫、ただのバカ姫ではなかった……!」

「え……?
 『姫』って……」



 ヴィータに支えられて身を起こすマスターコンボイに言いかけて……気づく。



 “力”の渦、その中心――そこにいる、ひとりの少女の姿に。



 あれは――





「万蟲姫!?」





 そう。嵐を巻き起こしているのは、向こう側の後衛に位置していたはずの万蟲姫だった。



 なんて出力……!? 私やなのはと……ううん、たぶん、はやてと比べたって負けてない。



「まぁ、瘴魔力は精霊力同様、魔力のみの出力よりも高いパワーが発揮できるからな……!」

「ったく、シャレになってないっつの!」

「中途半端なちょっかいが、いらん刺激を与えちまったかな……?」



 私に答えたのはイクトさん。ヤスフミやジュンイチさんと一緒に後退してきて、私達と合流する。



 その流れで、向こうもバッドホップが万蟲姫やホーネットと合流――私達同様、今の騒ぎで戦闘が中断されたのだろう。ティアナ達が戦っていたはずのシザーテイルもまた、彼らに合流してくる。





「フェイトさん! ジュンイチさん!
 一体何があったんですか!?」

「って、あぁっ!? マスターコンボイさんっ!?
 大丈夫なんですか!? なんか焦げてるんですけどっ!?」



 そして、ティアナとスバルを先頭にフォワード陣も私達に合流。戦闘はひとまず仕切り直しみたいだ。



 ただし……こちらに不利にかたむいた形で。





「イクトさん、詳しい説明、お願いできますか?」

「柾木とマスターコンボイがあの万蟲姫にちょっかいを出してな……何やら爆発させてしまったらしい」



 やっぱりジュンイチさんが原因ですか。マスターコンボイまで巻き込んで何やってるんですか。



「『やっぱり』って何だよ、『やっぱり』って。
 何かマズイことがあったら即オレのせいかよ? ヤだねー、発想の貧困なヤツはさ」

「………………っ!
 実際にジュンイチさんの打った手のせいでっ!」

「あー、待った待った!
 こんな時までケンカはなしなしっ!」



 ヤスフミが間に立って、私達のやり取りは一時中断……確かに、今はケンカしてる時じゃないよね。



「ま、それもそうだな。
 ただ……さ、恭文もイクトもマスターコンボイも、気づいてる?」

「まぁね。
 マスターコンボイが吹っ飛ばされる直前から……あのバカ姫が黙り込んだままだ」

「そういえば……
 マスターコンボイに捕らえられ、さんざん悲鳴を上げていたはずなのに……」



 恭文の答えにイクトさんがつぶやく……えっと、どういうことですか?



「悪いがそこまではわかんねぇよ。
 恐怖でプッツンしたか、二重人格か……それとも別の要因か。
 いずれにせよ、あのバカ姫も厄介な敵に化けちまったのは間違いねぇや」

「『厄介な』……?
 ずいぶんと控えめな表現じゃないか」



 ジュンイチさんに答えて、ホーネットが一歩を踏み出す――ただそれだけで、私の全身の細胞が警報を発する。さっきの神速の踏み込みを見たからかもしれない。



「最初から、貴様らごときが勝てるはずもないのだ。
 ユニクロンを倒して、調子に乗っていたようだが……所詮、相手が不完全だったことに助けられただけ。
 隊長格ですら瘴魔獣1体に手を焼くような程度で我らに勝とうなど、片腹痛い」

「ンだと……!?」



 ホーネットの言葉に、不穏な空気をまとうのはヴィータだ。



「落ち着け、ヴィータ。安い挑発だ」

「けど、シグナム……!」

「そちらの騎士の言うとおりだぞ、小娘。
 貴様ごときザコに、我らの相手など務まると思うな」

「………………っ!
 てん、めぇぇぇぇぇっ!」

「待て、ヴィータ!」



 シグナムが止める声も効果はなかった。ホーネットの“追撃”で、ヴィータがグラーフアイゼンをかまえて突撃――って、いけないっ!







「遅い」







 とっさに動く私だけど――その次の瞬間には、私の目でも動きを追うのがやっとというほどのスピードで、ホーネットはヴィータの眼前に飛び込んでいた。

 私のフォローが間に合うタイミングじゃない。表情が凍りつくヴィータに向けて、ホーネットが一撃を繰り出して――











「させんっ!」











 声と同時、金属音が響く――って、シグナム!?



 そう。ヴィータを狙った一撃を止めたのはシグナムだ。きっと、ホーネットの挑発でヴィータが動くのを見越して、私よりも先に動いていたんだ。



「下がれ、ヴィータ!
 こいつの速さは、お前では捉えられん!」



 言って、シグナムがレヴァンティンでホーネットに斬りかかる――ホーネットも対応するけど、シグナムの鋭い斬撃に圧されて少しずつ後退していく。



「なるほど。
 自分よりも速い相手と、戦い慣れているようだな」

「当然だ。
 テスタロッサは、貴様よりも数段速い!」



 ホーネットに答えて、シグナムはさらに斬りつける――援護したいけど、間合いを詰めたままの斬り合いにヘタに手を出せばシグナムのジャマにしかならない。



「テスタロッサに比べれば、貴様など!」

「ずいぶんと彼女を持ち上げるじゃないか。
 だが……」



 斬りかかるシグナムのレヴァンティンをかわして、ホーネットが後退。また仕切り直しか――そう思った時だった。



「これは……防げるか!?」



 言うと同時、ホーネットが再び突っ込んできた。



 対し、シグナムもレヴァンティンをかまえて――











 ホーネットは、彼女の脇を駆け抜けた。











「何っ!?」

「え………………?」



 その先には――ヴィータ!? まさか、ヴィータ狙いに切り換えた!?



 予想外の動きに、私も、ヴィータ本人も反応できなかった。そのまま、ホーネットがヴィータに一撃を繰り出し――





















「ぐぅっ!?」





















 ――シグナム!?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 く…………っ! やはりかわしきれなかったか……っ!



 私の左肩を貫く痛みに、さすがの私も顔をしかめずにはいられなかった。





 だが、あのタイミングでヴィータを救うには、防御も捨てて最大加速で突っ込まなければ間に合わなかった……







「――てめぇっっ!」







 直後、咆哮がすぐそばで響く――直後、背後で衝撃音が響くと私の肩を貫く何かが力を失った。そして私を抱きとめて離脱したのは――





「柾木……!?」

「ったく、このバカ騎士がムチャしやがって!」



 そう。私を救ったのは柾木だった――ところで誰がバカ騎士だ。



 反論しようと顔を上げて――って、近いっ! 顔が近いぞ柾木っ! いや、私を抱きかかえて離脱したのだからある意味当然の位置だけれどもっ!



「………………?
 どうした? シグナム」

「あ、いや……」



 落ち着け私。今の私は恭也の妻だ、知佳の友だ……知佳からは夫扱いされているが気にしてはいけない。うん。

 それに柾木は“あの人”ではない。違う。別人だ……それはわかっているのだが……あああああっ! ダメだ、思考がまとまらんっ!



「シグナム!」

「大丈夫だ。急所は外れてる」



 ナイスタイミングだ、スターセイバー! 今この時ほどお前が来てくれることを期待したことはないぞ!



「もう大丈夫だ、柾木。
 助けてくれたこと、感謝する」

「おい、ムリすんな」



 だから柾木は放せぇぇぇぇぇっ! 心配しているんだろうが、私を戦わせまいと抱きしめる腕に力を込めるんじゃないっ!



「心配するな!
 私がこの程度の傷で倒れるものか!」



 ダメだ。この男は“あの人”とは違い無神経すぎる。ムリヤリ柾木の腕を振りほどき、私は左肩に残っていたホーネットのニードルを引き抜いた。

 痛みが残る左手のことはとりあえず思考から外しておく。残る右手でレヴァンティンを握り、私は改めてホーネットをにらみつける。



「ほぉ……まだやるつもりか?」

「当然だ。
 この程度の傷で、私が貴様などに遅れを取るものか」



 言って、私はレヴァンティンの切っ先をホーネットに向ける……おい、何がおかしい?



「いや、何。
 私の針で貫かれて、無事でいられると思っているのがおかしくて、な」



 何だと? それはどういう……











 その瞬間――私の中で何かが震えた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「シグナム!?」



 驚くジュンイチさんの目の前で、シグナムさんの身体がその場に崩れ落ちる。あわててジュンイチさんが抱きとめたところに僕が駆け寄って――息を呑んだ。

 だって……シグナムさんの顔が、真っ青になってるから。



 アルト。これ……



《毒物の類……ではないようです。
 ただ、これは……》



「貴様……シグナムに何をした!? 毒か!?」



 答えるアルトの言葉をよそに、イクトさんがホーネットを問いただす……そうだね、アイツに聞いた方が早いかも。



「毒……? 違うな。そうではない。
 …………いや、毒であった方がまだマシだったかもな」

「どういうことだ?」

「知らないのか?
 ハチの一刺しがもたらす、その効果を」



 ハチの……?

 今の口ぶりからすると、毒ではないだろう。毒以外の、効果……?



「………………まさか、フェロモン……?」



 キャロ……?



「ハチの多くは、針を刺した後、その針が周りの袋ごとちぎれて死んでしまうんです……けど、その袋から仲間を呼び寄せて、しかも興奮状態に陥れる警報フェロモンを発するんです。
 もし、あの人の言ってる『効果』がそのことだとしたら……」

「なるほど、大したものだ。
 “ほぼ”正解だ……目の付け所が正しいだけで、結論は違うがな」

「どういうことだ!?」

「その小娘の言うとおり、ハチの針からは仲間を呼び寄せる警報フェロモンが発せられる。
 だが……残念なことに、私にはその効果で呼び寄せるような戦力はない……瘴魔獣ごときを呼んだところで、足手まといにしかならないしな。
 だから、その代わりとして現れるのが……こいつだ」



 ホーネットがジュンイチさんに答えて――ウソ、ホーネットが増えた!?

 突然、魔力でできた分身が何人も現れたのだ。そのすべてが本物のホーネットを中心に並び立ち、僕らと対峙する。





 …………つか、あの分身……“紫色の魔力”でできてる気がするんですけど。



 まさか……



《えぇ……そのまさかみたいです》



 やっぱり……アイツ、シグナムさんの魔力で分身を!?



「その通りだ。
 私のニードルで貫かれたものはその“力”を奪われ、その魔力をもって私は自らの分身を作り出すことができる。
 さながら、ハチの一刺しがさらなるハチを呼び寄せるが如く、我が一刺しはさらなる分身を作り出す……
 それが私の能力“奪力分身”だ」



 くそっ、力の抜けそうな能力名で厄介なマネを!



 …………いや、厄介なんてもんじゃない。



 シグナムさんは守護騎士プログラムのひとり……その存在自体が魔導プログラムだ。つまり、魔力それ自体がシグナムさんの命でもある。

 それが吸われてるってことは……シャレにならない事態が待っているのは簡単に想像できる。



「そうだな。
 そうなる前に、ヤツを倒すしかあるまい……ヤツを倒し、魔力の吸収ルートを断つ」

「ですね」



 そう。シグナムさんが魔力切れで消えてしまう前に……イクトさんと二人、ホーネットやその分身、そしてバカ姫や瘴魔獣をにらみつけて――





















「どいてろ」





















 無造作に……本当に無造作に。


 ジュンイチさんが、僕らの間を抜けて前に出た。



「恭文……イクト。
 お前らは瘴魔獣なり万蟲姫なりを頼む」

「ジュンイチさん……?」

「ホーネットはオレが引き受ける。
 アイツだけじゃない……アイツの分身も、全員だ」

「待て、柾木!
 貴様ひとりでどうにかなる状況か!?」



 いきなりナニ言い出してるんですか、この人は。イクトさんが止めるのもムリないよ。



「イクトさんに賛成。
 あの分身がどれだけの強さか、まだわかんないんだよ? もし、アレが本物と同じくらいの強さだとしたr

「それでもだ」



 僕らの反論、聞く耳持たずですか。







 つか……あの、ジュンイチさん。



 なんでいきなりそんなマジモードなんですか。シリアス全開じゃないですか。





 ………………あー……ひょっとして………………怒ってます? しかもムチャクチャ。





「そうだなぁ……
 アイツを全力で、徹底的に、生まれてきたことを後悔したくなるくらいにボコボコにしたいと思うこの感情を、『怒ってる』って言うなら、怒ってるんじゃない?」





 …………………………うん。怒ってる。



 ジュンイチさん、本気で怒ってる。いつも何かしらで怒ってる時なんかとは、比べものにならないレベルで怒ってる。



「シグナムの魔力で分身を作った、だぁ?
 ナメたマネしやがって……誰も、アイツの魔力で傷つけさせたりするもんかよ」



 言って、ジュンイチさんはさらに一歩――なんかもう、頭に血が上って、“力”を抑え込むのも厳しくなってるみたい。もう10メートルは離れてるのに、発する熱量でぶっちゃけ熱い。



「だと思う。
 だからお前ら、オレの周りで戦うなよ――今のオレに、お前らを巻き込まずに戦う保証はできねぇぞ」



 ホーネット達の前まで進み出て、両足を大きく開いてかまえる――







「そんなに半殺しにされたきゃ見せてやるよ――」



















「このオレの、ホントの本気、フルパワーを!」





















(第24話へ続く)





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



次回予告っ!

ジュンイチ「そんなに半殺しにされたきゃ見せてやるよ。
 このオレの、ホントの本気、フルパワーを!」

恭文「さて、ここで問題です。
 ジュンイチさんが本気になったらどうなるでしょうか!?」

マスターコンボイ「(ピンポンっ!)髪が金色になってスーパーブレイカーにっ!」

アリシア「(ピンポンっ!)月光蝶発動っ!」

なのは「(ピンポンっ!)恐怖の大王ミッドに降臨っ!」

ジュンイチ「お前らオレを何だと思ってる!?」





第24話「とある暴君のお久しぶりの全力全潰」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



あとがき



オメガ《さて、知力を対価に戦闘力をべらぼうに高めたかのような新キャラさん達が登場した第23話でした》

Mコンボイ「瘴魔の新勢力か……
 あの柾木を翻弄した点からもかなりの実力者だとは思うのだが……うーん……」

オメガ《あのネーミングセンスが、彼らを一気にギャグキャラ化させてますよね、絶対。
 実力が高さでシリアスムードを見せつけ、かといって性格面のダメダメさで笑いを誘う……シリアスもギャグもこなせるとは、これは強敵です!
 ボスも負けてられませんよ。もっとしっかりしてください》

Mコンボイ「ちょっと待て!
 その会話の流れだと、オレにもシリアスだけでなく笑いも取れと言ってないか!? オレは基本シリアスキャラなんだが!?」

オメガ《何言ってるんですか。もう十分ボスも笑いをとってるじゃないですか。しかも過去作品からずっと。
 けど、今までのそれではの新キャラ達には太刀打ちできないから、もっと笑いも狙っていかなければと》

Mコンボイ「やかましいわっ!
 そういう方向で勝っても自慢にもならんわっ!」

オメガ《いえいえ、読者人気的には勝ちですよ。
 そういうワケですから、心置きなくギャグキャラに堕ちてください》

Mコンボイ「『堕ちて』って言わなかったか、今!?」

オメガ《気にしてはいけませんよ、ボス。
 さて、それではそろそろお開きの時間ですね》

Mコンボイ「そうだな。
 読了、感謝する。また次回も読んでくれることを期待するぞ」





(おしまい)






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