頂き物の小説
第20話「男には、無意味とわかっていても通さなきゃならない筋がある」:1
季節は11月も半ば。あと少し経てば、色づいた落ち葉が町を色づき始めるそんな時期。
アタシは、ゆっくりと紅茶を飲む……うん、美味しい。
オープンテラスで上りきった太陽の光を浴びながら、ゆったりと紅茶を飲む美女二人……うん、いい絵だわ。
「アリサちゃん、そういうのは自分で言うことじゃないよ……」
「いいじゃない別に。てか、アイツみたいなツッコミしないでよ。せっかくの紅茶が台なし」
今、アタシに話しかけたこの子は、アタシの友達。
紫がかった暗めの青い髪。それを、白いヘアバンドが彩る。
この子の名前は、月村すずか。小学校一年からの大親友。アタシと同じく、現在大学生。
……もう10年以上になるのよね。すずかと、あともうひとりとの付き合いも。
「そうだね。でも、ホントにあっという間。アリサちゃんやなのはちゃんと出会って……うん、あっという間だよ」
どこか遠い所を見るような目をするすずか。
まぁ、ホントにそうよね。そこにフェイトやはやてが加わって、なのはの魔法のこととかケガとかがあって。
そのリハビリが終わった直後くらいに、あのチビスケがこの街に来て、友達になって、いろいろあったけど……楽しい時間だった。
「そうだね……特になぎくんが来てからは、もっと楽しくなった。
ほら、中学に上がってからは、私達女子校だったから、男の子の友達できにくかったし」
「まーね。
でもすずか、アンタは間違いなくアイツだけじゃないでしょ」
「………………うん」
あたしの問いに、すずかは笑顔でうなずいてみせた。
………………うん。本当にイイ笑顔で。
「えっと……柾木ジュンイチ、だっけ? ホント、あんなののどこがいいのよ?
こないだミッドでユニクロンをブッ飛ばした後、祝勝会で少し話したけど、ほとんどチンピラじゃない」
「うん。それはそうだね。
揚げ足は取るし屁理屈はこねるし仲間でも平気でハメるしツッコミは容赦ないし朴念仁だし」
否定しないんかい。それにすずかもすずかで容赦ないわね。
「でもね、それでも、本当に大変な時はちゃんと助けてくれるんだよ。
それって、私達のことをちゃんと見守っていてくれてるってことだよね?」
「そういうものかしら?」
「そうだよ。
ジュンイチさんがあぁなのは……あの人が、基本的に他人を試す人だから」
他人を……試す……?
「うん。
ほら、さっき言ったみたいに、ジュンイチさん、態度がムチャクチャでしょ?
でもね……ジュンイチさんも、自分のそんなところをわかってる。わかってるから、自分のそういうところを知って、自分についてくるかどうかは相手に任せてるの」
「自分のムチャクチャについてこれるならついてくればいい。受け入れられないならついてこなくてもいい……そういうこと?」
聞き返す私に、すずかは笑顔でうなずいてみせた。
「その代わり、ついてくる人にはすごく優しいんだよ。
どこにいても、どれだけ私達を振り回していても、ちゃんと私達のことを見守ってくれてる……
お父さんみたいに、私達を優しく包み込んでくれる人なんだよ」
「『お父さん』って……アレが?」
ごめん、すずか。あたしにはその感覚は理解できない。
だって、祝勝会の時、なのはの教え子の……スバルだっけ。あの子に狙ってた肉を取られて本気でブッ飛ばしてたのよ。どう考えても「お父さん」の反応じゃないわよ。
そんな事を考えながら紅茶をまた一口……うん、美味しい。
アタシの名前はアリサ・バニングス。現在大学生。
今は、すずかの家のオープンテラスで二人してまったりお茶をしながら、友達を来るのを待っている。
大事な……すごく大事な友達を。
「あ、来たみたいだよ。ホラっ!」
すずかが、そう言って、立ち上がりながらある一点を指差す。
その先は、この家の庭。そこに、大きな光の柱が立っていた。
普通なら驚くようなこの光景も、アタシやすずかにとってはもう見慣れたもの。
その光の柱が消えると、その中から人が現れた。だけど、それはひとりじゃない。
それを確認してから、アタシとすずかはそこへと走り寄る。友の名前を呼びながら。
「フェイトちゃーんっ!」
その声に、アタシ達の大親友のひとり、フェイト・テスタロッサ・高町がこちらを向く。
……次の瞬間、すっごくうれしそうにこちらへ駆け出してくれた。
「アリサ、すずかっ! 二人とも、久しぶりだね。元気にしてた?」
手をつなぎ合って、再会を喜ぶ……と、後ろから残りの面々が近寄ってきた。
「お久しぶりです。アリサさん、すずかさん」
「ご無沙汰しています」
そう言いながらお辞儀をするのは、6月になのは達が仕事で連れてきた、そしてこないだのユニクロンとの戦いで再会した子供達。
フェイトが保護者をしていて、なのはが魔法での戦い方を教えている子供達、エリオ・モンディアルに、キャロ・ル・ルシエの二人だ。
「うん、久しぶりだね。二人とも元気だった?」
『はいっ!』
「二人とも、背がちょっと伸びたんじゃないの? ……あ〜あ、もうエリオとは一緒にお風呂入れないわねぇ〜」
アタシがそうからかい気味な口調で言うと、エリオの顔が赤くなって『いや、その、それはあの……』などとパニくりだした。
それを、キャロがきょとんとした顔で……いや、ちょこっとにらんでる。え、なんか色んな変化が起きたのっ!?
なら、あんまからかっちゃ悪いわね。
「そーだよ。いたいけな少年をいじめないでほしいね。エリオは未来の騎士さまだよ?」
《そうです。マスターのように道を踏み外したらどうするつもりですか?》
「そうそう……ってっ! 僕がいつ道を踏み外したっ!?」
《まぁそれは置いておいて》
「おいとくなっ!」
……アンタ達、ホントに相変わらずよね。色んな意味で。特にアンタよアンタ。また身長伸びてないし。
「久しぶりねナギ。あいかわらずチビスケね。でも、アンタも元気そうじゃないのよ。
つか、メールでも言ったけど、連絡取れなくなって心配したのよ?」
「あはは……ごめん。ちょっとばかりヤボ用で一ヶ月ほど姿隠してたから」
「……いや、それはリンディさんやアルフから聞いてるけど。アンタ、本当に何やったのよ」
「いや、普通に戦ってた」
なるほど、『普通じゃない状況』で戦ってたワケね。こいつは本当に……
「ま、元気そうで安心したわよ。ここにいるってことは、当然勝ったんでしょ?」
「もちろん」
「圧勝でしょうね?」
「とーぜん」
小さな胸を張って、自身満々に言うナギを見て、私は安心した。
本当に変わってない。これなら、これ以上言う必要はないかなと思ったから。
「ならいいわよ。これで負けてたらボコボコにしてるとこだったけどね」
「……というか、久しぶりだねアリサ。
相変わらずツンデレだね。そして、クギミー的なのも変わってなくて素晴らしいよ」
「いきなりそれっ!? そういうことを言う口は、この口かしら〜」
「い、いひゃいひょー!」
この、アタシより身長の低い男の子の名前は、蒼凪恭文。アタシは愛称で『ナギ』と呼んでいる。
……まぁ、アタシにとってはあれよ。アタシの方が年上だし、子分というか弟みたいな感じかな。
《そう言って、度々マスターの世話を焼いてくださって、本当に感謝しています。
あ、遅れましたがお久しぶりです。アリサさん》
「はい、アンタも久しぶりねアルトアイゼン。相変わらずナギのサポートで大変なんじゃないの?
コイツ、相当やらかしたみたいだし」
《それはかなり。ですが、問題はありません。マスターですから》
「そっか。なら納得だわ」
ナギが胸元からかけている青い宝石は、ナギのパートナーでデバイスのアルトアイゼン。
なんか、こいつとは昔からウマが合うのよね。ナギのいないところでいろいろ話をしたりもするし。
でも、なのはのレイジングハートやフェイトのバルディッシュは、この子みたいには話さない……無口な子なのかしら?
「いや、それは前にも言ったけど、アルトアイゼンが特別だからだよ。普通は、インテリジェントデバイスでもここまでの対話能力はないから」
「じゃあ、これは何よ? 普通にしゃべりまくってるじゃないの」
「なんというか……ヤスフミやあの人のパートナーだったからかな? ごめん、そうとしか説明できないよ」
……よくはわかんないけど、そういうものらしい。ナギの剣の先生は、コイツ以上にアクが強いらしいから。
「ユニクロンを倒した後の祝勝会以来か。
息災なようで何よりだ、月村」
「うん。
イクトさんも元気そうでよかったです……あ、またナビとか壊してないですか? 壊してるならすぐ直しちゃいますけど」
「……………………後で頼む」
で、すずかはと言えば一緒に来ていたイクトさんと話してる。こっちもこっちで付き合い長いし、話弾んでるみたい。
そして……
「アンタも久しぶりね、マスターコンボイ。
相変わらず、ナギに勝るとも劣らないチビっぷりね」
「ナギとは恭文のことか?
どうでもいいが、恭文もろとも大きなお世話だ」
あたしが声をかけたのはヒューマンフォームのマスターコンボイ。あたしの言葉にギロリとにらみ返してくるけど……あれ、なんかナギを引き合いに出したことに怒ってる?
「あぁ、それには理由があるでござるよ」
理由? 何よ、シャープエッジ。
「恭文とマスターコンボイ、友達になったんだよ。
マスターコンボイにとってはまさに“初めての友達”ってヤツでね……おかげでちょっと過保護気味なんだよ。めんどくさいよねー」
ちょっ、友達って……アイゼンアンカー、それホント?
マスターコンボイに友達って、しかもそれがナギって……
というか、それで過保護気味って……いや、こっちはわからないでもないか。
マスターコンボイって、“GBH戦役”の、マスターメガトロンだった頃から、それなりに縁のあったなのはに対してはどこか甘いところがあったし。
そっか……マスターコンボイに友達ねぇ……
「…………おい、アリサ・バニングス。
その気に入らないニヤニヤ笑いを今すぐ止めろ」
さーて、どうしようかしらねー?
「………………オメガ」
《ボス、何怒ってるのさ?
ミス・アリサはただ、ボスとミスタ・恭文の関係を生暖かく見守ろうとしてるだけじゃないの》
「『生』がついてる時点で気に入らんのだっ! 『生』がっ!」
《二人のカップリングで本を作ろうとしたミス・はやてよりはマシでしょうが》
「確かにそうなんだけどなっ!」
…………ナギ、その話マヂ?
「………………まぢ。
なお、話を聴いた瞬間僕とマスターコンボイで部隊長室に突撃かけて、なんとかネームの時点で阻止したんだけどね」
まったく、はやてもはやてで相変わらずってワケか。
でもナギ、はやてのことだから、きっとぜんぜん懲りてないわよ?
「あー、やっぱりそう思います?
今度またガサ入れしなきゃダメかなー……?」
うん。ダメでしょうね。絶対まだ原稿どこかに隠し持ってるわよ。
「ったく、あのタヌキめ……
僕とティアナやらスバルやらのカップリング本なんか書こうとしたアリシアもだけど、二人してちっとも懲りないなー、ホント……」
……アリシアはそっち方向なワケね。
まぁ……苦労してるのはわかったから、その単色モノクロの瞳はやめときなさい。アンタ一応旅行中でしょう?
とにかく……うん、いこっか。
とある魔導師と機動六課の日常×魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
とある魔導師と守護者と機動六課の日常
第20話「男には、無意味とわかっていても通さなきゃならない筋がある」
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うん、あの二人には困ったもんだよ。
タヌキは論外だとして、アリシアの方も問題だよ。僕とスバルやティアナとは何でもないのに。
…………フェイトとのカップリング本書かれそうになった時はちょっとぐらついたけど。
とにかく、いろいろと話をしながら僕達は海鳴の町を歩く。
そして到着したのは……一件の家。
中に入ると、純和風の佇まい。道場があったり、庭に池があったり。僕はよく出入りをしていた場所。
僕達は、インターホンを鳴らすと……中から足音がする。ひとりじゃない、複数の足音。そうして、引き戸式の扉が開く。
そこにいたのは、ひとりの黒髪の男性。その傍らに栗色の長い髪の女性。
「お父さん、お母さん、ただいま」
「いや、本当にお久しぶりです」
「フェイトちゃん、恭文くんもお帰り」
「いや、しばらく会わない間に……伸びてないな」
《士郎さん、言わないであげてください》
この人達は、男性は高町士郎。女性は高町桃子。僕は士郎さんと桃子さんと呼んでいる。
ここまで言えばわかると思うけど、ここは高町家。つまり……なのはとフェイト、アリシアの実家なのだ。
そう。この旅行の本来の目的はフェイトの里帰り、なので……
「士郎さん、桃子さん、ただいま」
「お久しぶりです!」
「エリオくんとキャロちゃんも、久しぶりね」
「元気そうで安心したよ。
だって……二人とも、なのはにしごかれてるんだろ? 向こうの世界で、悪魔とか魔王とか言われてるんだろ?」
その瞬間、そう口にした士郎さん以外の全員が僕を見る。
だけど、僕の視点は既に空へと向いている。なんの問題もないのだよ。あぁ、いい天気だなぁ〜。
「あ、あの……そんなことないですから。なのはさんは、変わらずすごく優しいです」
「いつも、私達のことを気遣ってくれています。魔王っていうのは、性悪なぎさんの、不器用で意固地な意地悪なんです」
「それもヒドくないっ!?」
「まぁまぁ。とにかく、みんな中へ入って。お茶とお菓子も用意してるから、それでも食べながら話を聞かせてくれ」
そして、士郎さんの先導で、僕達は高町家へと入る……いや、ここも久し振りだよね。うん、本当に帰って来た気持ちになるよ。
そして気づく。リビングの方から話し声が聞こえることに……ん?
それになんとなくイヤなものを感じながら、リビングに入った。そして……僕は頭を抱えた。
「恭文さん〜♪」
「フェイトちゃん、エリオとキャロも、遅かったね。あと、恭文くん……お話しようね。お父さんに何言ってくれてるのかな?」
「否定する要素カケラもないと思うけどなー……」
「お兄ちゃん……いくら事実でも、言わない方が相手のためってこともあるんだよ」
「はむはむ……士郎さん、桃子さん、美味しいです♪ あ、恭文、フェイトママー!」
いたのは、空色のロングヘアーの10歳前後の女の子。
6歳くらいの、アリサと同じ髪をしたこれまたロングヘアーで両サイドをリボンでちょこんと結んでいる小さな女の子。
まるでそんな二人の保護者のようにすぐ脇に控える、いつも通り黒ずくめの僕の友達とその妹さん。
そして……魔王。
「魔王じゃないもんっ!」
「あぁ、神なんていなかったんだっ! 魔王からはどこへ行っても逃げられないんだっ!」
「だからっ! 魔王じゃないよっ! というか、私をそんな恐怖の代名詞みたいに言うのやめてよっ!」
《Jack Pot!》
「アルトアイゼンもなんで『大当たりっ!』って言ってるのっ! どうしてD○Cっ!?
あれかなっ! 青くて刀使いだからOKとか思ってるのかなっ!? でもそれはまちがいだよっ!
というかっ! この状況でそれが飛び出す意味がわからないよっ!」
つか、どうしてリインとなのはとジュンイチさんとあずささんとヴィヴィオがここにいるんだよっ! そっちの方がわからないからっ!
てか、なんでアリサとすずかさんまでビックリしてるっ!?
「なのはっ!」
「なのはちゃんっ!」
「アリサちゃん、すずかちゃんも久し振り〜」
「なのは、待ってっ! どうしてここにっ!?」
やっぱり、魔王からは逃げられないから……
「違うからっ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「士郎さん達にヴィヴィオを紹介するために……」
「そうだよ。もちろん、事情は説明してたんだけど、ちゃんと会わせたくて。まぁ、フェイトちゃん達と違って、日帰りなんだけどね」
「で、こっちに私的に用のあったオレとあずさも、オレが一応ヴィヴィオの父親代わりということで同行……と言うかオレがヴィヴィオに『ついて来て』とせがまれてな」
《ですが、どうやってこちらの世界へ?》
「ハラオウン家の方のポートだよ」
「フェイトさん達のスケジュールは知ってましたから、その前に、向こうのポートから跳んで、待ち伏せしてたですよ」
《そうして、私達をビックリさせようと……》
アルトの言葉に、リインがうなずく。うん、納得した。でも……なんでリインまで一緒っ!?
「そんなの、恭文さんに会いに来たからに決まってるですよー!」
「あぁ、それなら納得。リインは、ナギにとっての、元祖ヒロインだしね」
「はいです♪」
いや、それで納得するっておかしいからっ!
「いや……お前らのつながりの深さ知ってるヤツからすれば当然の認識だと思うが。
だって本来のマスターぶっちぎってここにいるんだぜ、コイツ」
あー、そうだよねー。
またはやてが泣かなきゃいいんだけど。マスターとして、八神家家長としてリインがこっちにべったりなのけっこう気にしてるし。
「……そういや士郎さん、美由希さんはどこに?
休みとって戻ってきてるって聞いてたんですけど」
もういい加減疲れてきたので、話を変える。頭を抱えながら、入ってきた時に気づいた疑問をぶつけることにした。
「あぁ、美由希なら私用で出かけているよ。本当なら、キミ達の出迎えがしたかったとゴネてたけどね」
《……想像できますね》
「僕、姿隠していいかな?」
「ダメ。お姉ちゃん、恭文くんのこと本当に心配してたんだから。ちゃんと会ってあげて」
「ちくしょお……魔王のバインドが僕をしばる」
「魔王じゃないもんっ!」
……とにかく、そんな感じで楽しく話しながら、時間は過ぎていった。
今年起きたこと、ヴィヴィオのこと、六課でのこと、いろいろ話した。すごく楽しくて、幸せで……平和な時間。
うん、本当に帰ってきたんだ……よかった。
そして、夕方になろうかという時間……あのお方が来ました。
「恭文――――っ!」
「回避っ!」
僕達がいたリビングのドアを開けて、僕の姿を確認したとたん、いきなり抱きつこうとしてきた女性が出てきた。
僕は、ソファーから即座に立ち上がり、背中に敷いていたクッションを、全力でぶん投げる。そして……飛ぶっ!
跳躍した僕は、テーブルを飛び越え、部屋の真ん中に着地。そして、そのまま襲撃者がいる方向とは逆に、素早く数歩下がる。
襲撃者は、僕のぶん投げたクッションをひらりと回避すると、僕へと迫ってきたが、間合いとタイミングをずらされて、その場に踏みとどまった。
ちっ、さすがにこれでは崩れないか。
「ひどいよ〜。久しぶりに会ったのに、どうして逃げるの?」
「美由希さんがいきなり抱きつこうとするからじゃないですか。
というか、年齢を考えてくださいっ! 僕も大人だし、あなたも大人ですよっ!?」
「いいじゃない別に。恭文がちっちゃいのがいけないんだよ?」
「ちっちゃいって言うなぁぁぁっ! そしていけないってなんだよいけないってっ!?
謝れ! すべての小さな巨人達に頭を垂れろっ!」
エリキャロ&パートナーズとヴィヴィオは驚いてるけど、他のみんなはいたって冷静。というか、マスターコンボイなんかは美由希さんの身のこなしに口笛吹いて感心してるし、桃子さんに至っては、この襲撃者の応援までしてる。
僕にいきなり抱きつこうとしてきたのは、ひとりの女性。
黒髪をひとつの三つ編みにして、眼鏡をかけている。そして、スタイルは……抜群にいい。
多分、100人に聞いたら、90人くらいは美人と答えるだろう。僕も答える。きっとジュンイチさんですら答える。
……このお姉さんは高町美由希。
なのはの姉さんで、僕とは10歳以上離れた友達……というかオモチャ。僕が美由希さんのね。
現在は本局の無限書庫でユーノさんについて副司書長として……本の虫やってます。
……あ、ちなみにジュンイチさんとも知り合い。ジュンイチさんが無限書庫を利用しに行った時に知り合って、たまに二人で組み手とかもしてるとか。
「失礼な。恭文のことを別にオモチャだなんて思ってないよ〜。
ただ、ちょっとからかって遊んでただけで……」
「それをオモチャと言うんですけど?」
「あ、それなら恭文も私のことそういう風にしていいよ?」
「はぁっ!?」
いきなり何を言い出すんだこの人は。
「いや、私からばっかり抱きついたりしてるから……たまには、いいよ? 恭文から抱きついても。
それ以外のことも、優しくしてくれるなら、何してもいいよ」
「謹んで遠慮させていただきますっ!」
なぜ『こんな美人の告白紛いの言葉を断るのか?』……だって?
簡単だよ。今のこの人の瞳の奥にある、妙に艶っぽい感覚に恐怖を覚えたからだよっ!
あと、何度も言ってるけど、僕はフェイトが本命だからっ!
「なら仕方ないなぁ。私から抱きつくね」
「にこやかに笑って言うなぁぁぁぁっ! そして何が仕方ないんだよ何がっ!
そんなにハグに飢えてるならジュンイチさんにでもしてなよっ! この人そーゆーの気にしないからっ!」
「こら待て!
オレだってそんな人身御供な流れで抱きつかれたって嬉しかないわっ!」
そんな外野の某暴君の抗議はサラリと無視しながら、美由希さんは僕ににじり寄る。
まずいな、身のこなしやらなんやらは美由希さんの方が上だし……どうすりゃいいのさこれ? マヂでジュンイチさんとかマスターコンボイとか盾にしようか……
……そうだっ!
「美由希さん、重大な連絡事項があります」
「連絡事項? ……あ、そうだっ!」
「……ひどいなぁお姉ちゃん、なのはのことより恭文くんが先なんだもの」
「なのはっ! フェイトもイクトさんも、久しぶりー!
…………あれ、アリシアはいないの?」
「うん。
アリシアは休みの予定が合わなくて……」
そう言って、美由希さんはなのは達の方へと駆け寄っていく……
助かった〜、なのはがいてくれてよかったよ。たまには横馬も役に立つね。
美由希さんに捕まったら、撫でられハグハグされて匂いをかがれて……割と大変な目にあうからな。
正直、大人の女性である美由希さんにそういうことをされると……本気で理性がぶっ飛ぶ。
《フェイトさんはダメなのに、本命以外でこうなるというのが、マスタークオリティというかなんというか……》
「気にしないでアルト、つか、疲れた……」
「…………茶、飲むか?」
「それはいろんな意味で場違いな労いだよマスターコンボイ」
「ナギ、アンタもいろいろと大変ね」
「そう思うなら助けてよアリサ」
というか、基本みんな傍観ってどういうことさ?
特に高町夫妻。年頃の娘が10歳近く歳が離れてる男の子を追っかけ回すことに対して、不安はないのか?
「ないそうよ?」
「あの人達は……」
「あと、私に助けを求めないで、自分でなんとかなさい。
例えば……誰か、フェイト以外の女の子でもいいから、恋人を作るとか」
『フェイト以外』の部分は聞き逃すことにした。まぁ、そこはいいさ。でも、確かにそれが一番良い方法か……
「そうすれば、美由希さんだって、さすがに自重するわよ。報告の時には、間違いなく修羅場になると思うけど。
……腕っ節の強い子と付き合った方がいいわよ? 突然お別れになりたくなかったらね」
かなり真剣な表情で、アリサが僕に語りかけてくる……こやつは。
「不吉なアドバイスありがとう。心から感謝するよ……でも、相手いないんだけど。
というか、フェイト以外に興味ないし」
「アンタね……」
アリサとそんな会話をしている一方で、美由希さんはヴィヴィオとさっそくスキンシップ。楽しそうな顔してるなぁ。
「美由希さん、なのはのこと可愛がってたしね。年下に対してはついあぁなるんでしょ。てか、アンタに対してだってそれよ。美由希さん、弟はいないんだし」
「……そうだね」
そう考えていると、携帯端末に通信が届く……このアドレスは。
通信モニターを……って、ダメダメ。ここは管理外世界なんだから。端末を音声通話モードに切り替えて、回線を開く。
「もしもし?」
『はろー!』
「……やっぱりエイミィさんか」
『何よー! なんか不満でもあるの?』
「だって、人妻だとロマンスに発展する可能性ないじゃないですか」
『……あの事、みんなにバラすよ? キミが私の着替え中に部屋に突撃して』
「ゴメンナサイ。チョットシタジョォクナノデ、ソレダケハユルシテイタダケルト、アリガタイデス」
「…………どうした? いきなり端末片手に土下座などして」
うん、マスターコンボイ、これについては追求しないでくれるとうれしいかな?
僕に通信をかけてきたのは、エイミィ・ハラオウン。
あのムチャぶり提督、クロノ・ハラオウンの奥さんで、これまた昔からいろいろとお世話になっている人だ。
今は、クロノさんとの間で生まれた双子の子供達“カレル”と“リエラ”のお母さん。
なんというか……お母さんになってから、雰囲気がすっごく大人っぽくなったんだよね。それまではちょっとだけ子供なところがあったんだけど。
『ちょっと、今何か失礼なこと考えなかった?』
「いえ、なんにも」
『ホントに〜? まぁいいけどね。とにかく、恭文くん』
「はい」
……あれ? エイミィさんの声が、なんか真剣だぞ。僕何かしたか?
『……おっかえり〜! いやぁ、久々の帰郷は楽しめてるかな?』
「なんで、いきなりいつもの調子に戻るんですかっ! ビックリしたじゃないですか」
『いやぁ、ついつい……ね。クロノ君から、相当危ない目にあったって聞いてたから、義姉としては、やっぱ心配だったのよ』
「すみません……」
『謝んなくてもいいよ。ちゃんと、フェイトちゃんや、リインちゃんとの約束、守れたんだしね』
本当にギリギリでしたけどね。というか、ちゃんと守れたのかどうか、やっぱり自信がない。
『ま、暗い話はおいといて……それで、今はなのはちゃんち?』
「はい。みんなでマッタリしてたとこです」
『そっかそっか。じゃあ……美由希ちゃんも帰ってきてる?』
「えぇ、たった今。代わった方がいいですか?」
今、使っている端末は、管理局印のものではあるけど、美由希さんはなのはの姉。
何より、本人が無限書庫の副司書長ということで思いっきり関係者。問題は特にない。
『あー、なら代わってもらってもいいかな? ちょっと相談したいことがあるから』
「了解、ちょっと待っててくださいね……美由希さん、エイミィさんから電話です。ちょっと相談したいことがあるって」
「エイミィから? わかった、ちょっとコレ借りるね」
僕から端末を借りて『もしもし?』と話し出したとたん、すっごく楽しそうにしゃべりまくる。
まぁ、仕方ないか。確か……10年来の大親友だっけ?
これは、美由希さんとエイミィさんの二人から直接聞いたのだが、二人はなのはとフェイトが友達になって少し経ってから、なのは達が縁で出会ったそうだ。
で、会った早々意気投合。
一緒にお風呂で裸の付き合いを経た後に大親友となった……どんな体育会系ですか。
それは、エイミィさんがクロノさんと結婚して、美由希さんがひとり取り残された寂しさをかみしめる夜を経験したとしても変わることはなか……痛い!
痛いから美由希さん、アイアンクローはやめてっ! あなたの腕前でそれやるとシャレがきかないからっ!
「あー、ごめんねエイミィ。恭文が失礼なこと考えてたからお仕置きしてるの。
……え? いやだぁ〜、別にそんなんじゃないって」
あぁ、やばい。なんか痛みが強すぎてなんにも考えられなくなって……
「うん、わかった。それじゃあ時間は……うん、それくらいに行くね。
みんな大丈夫だと思うから。うんうん……それじゃあ後でね」
……あぁ……かわが……みえる…………
「そのくらいにしておけ、高町美由希。
それ以上は恭文が危ない……つまり、それ以上はオレとの開戦を意味するぞ」
「え……? あぁっ!」
薄れた意識の中で、美由希さんが手を離した感覚だけはわかった。でも、そのまま……
倒れ込みそうになるが、美由希さんがすぐに抱き寄せた。女性特有の柔らかい感触といい匂いが身体と鼻をくすぐる。
……何回も抱きつかれたりしてるから知ってはいるけど、やっぱりこの感覚は慣れない。無意味にドキドキしちゃうもん。
「や、恭文っ!? ごめん、加減忘れてたっ! ね、大丈夫? しっかりしてー!」
「み、美由希さん……そんなんだから結婚できないんですよ……?」
「……はい」
《マスター、その状態に追い込まれてもツッコミは忘れないんですね……》
「だね……って、アルトアイゼンっ! 久しぶり〜。元気してた?」
《はい、マスター同様です……なるほど》
「どうしたの?」
《いえ、美由希さんの中では、私は高町教導官より後にあいさつしても問題ない存在なんだと思いまして》
「へ!? いや、違うから。そんなことないよ?」
《いいんですいいんです。どうせ私なんて……》
……アルト、美由希さんからかうのもほどほどにしときなよ? 正直きつかったから、僕は止めないけど。
そしてマスターコンボイ。もう少し早く助けてほしかったよ。
「貴様の不用意な思考が原因だろう?
救出を遅らせたのはそのあたりの天罰分だ」
……さいですか。
とりあえず、ただただ平謝りな美由希さんの膝枕で(強引にこの状態に移行された)少し休憩しながら、感覚が元に戻るのを待つ。
といいますか、あれは女性の握力じゃなかったって。強化魔法使ったベルカ式の魔導師とタメ張れるよ。
「アンタ、それをやられた相手の膝枕を満喫しながら言うことじゃないわよ」
「……ほっといて。まぁあれだよ、心地よい感覚が悪いんだ」
「というか……実際のところは動けないだけだろう? ダメージ深くて」
「………………正解」
「あははは。なら、これからずーっとしてあげようか?
恭文が膝枕好きなら、すぐにできるように、私も向こうの世界に行って、そばにいるからさ」
美由希さんが、どこか艶っぽい瞳で僕を見つめながら、そう言ってくる。
……からかわないでくださいよ。美由希さんは僕のことそういう風には思ってないでしょ?
「思ってるって言ったらどうする?」
「……へっ!? いや、それはあの」
いや、別に美由希さんくらいキレイだったら、僕みたいなのよりいいのがいくらでもいるだろうし。
ここにいるメンバーだと……ジュンイチさんとかイクトさんとか。まぁ、どっちもいろんな意味で大変な相手だけどさ。
「そんなの関係ないよ。
というか、恭文は、私が好きでもない男の子に簡単に抱きつくような子だと思ってたんだ。なんか、ショックだな……」
「いや、思ってないですからっ!」
「ホントに? ふふ、だったらいいよね〜♪」
「いや何がっ!?」
「だって、私はずーっと恭文のこと見てたよ? 抱きつくのだって……そうだからなんだけどなぁ」
ヤバイ。この状況はヤバイ。というか、年齢が離れすぎてるような……
「あら、愛に年の差は関係ないわよ。ね、アナタ?」
「そうだな。恭文くん、美由希は多少落ち着かないところがあるかもしれないが、いい子だと思う。
私としても、キミが本当の息子になってくれるなら実にうれしいしな」
「……だそうだよ。どうする〜? 私は、別にかまわないよ。
まぁ、フェイトちゃんには負けるかもしれないけど、私だってそこそこだと思うんだよね」
ニコニコしながらそう口にするのは、高町夫妻と当の美由希さん。いや、それはその……
というか、フェイトの前でそんなこと言うなっ! なんか応援オーラが出てるからぁぁぁぁぁっ!
からかわれてるだけだと思うけど、でも、そうじゃなかったら美由希さんのこと傷つけるし……
だけどこのままだとほんとに高町家に婿入り……でも……どうすりゃいいんだよぉぉぉぉっ!
「もうっ! みんなでからかっちゃだめだよっ! 恭文くん、すっごく困ってるよ?」
「そうだよっ! 士郎さんも桃子さんも自重してっ!」
助け舟を出してくれたのは、なのはとあずささん。
二人にそう言われて『はーい』と口をそろえる女性二人と『すまんすまん』と平謝りの士郎さん。
……助かったー! やっぱ神はいるんだ。ちゃんと僕を助けてくれるし。
「それに、なぎくんは柾木家に婿入りするという正式な約束があるんだよっ! それを……」
「あるかボケぇぇぇぇぇぇっ! 何勝手に人の進路決定してくれてるんですかアンタはぁぁぁぁっっ!
そんな約束した覚えないわっ! つか、婿入りって誰の婿になるんですか誰のっ!?」
「え? そ、それは……当然、あ・た・し・の……♪」
顔を赤らめるなぁぁぁぁぁぁっ!
「あ、あの、あずささん。ヤスフミは、ちょっとキツイところもあるけどいい子だから、仲良くしてあげてね?」
「うん♪」
「そこ勝手に話を進めるなぁぁぁぁぁっ!」
「ヤスフミっ! あずささんのどこが不満なのっ!?」
「あずささんというより、僕の意思とは関係のないところで話が進んでるのが不満なんだよっ! せめて、僕の許可を取れ僕の許可をっ!
僕の意思は完全無視ってどういうことだよっ!」
あぁ、疲れる。
というか、ここでしっかりツッコまないと、本気でそうなりかねないのが辛い。あの、どうしてこんなことに? 僕はフェイト一筋なのに。
「そうですっ! みんな好き勝手言いすぎですよっ!」
「あ、リインさんが味方してる」
「やっぱり、なぎさんが大事なんですね」
「当然ですっ!」
そりゃあまぁ、付き合い長いしね。こうなるのも当然。あぁ、ここはアウェイじゃなかった。そう、ここは天国だったんだっ!
「そういう話はっ! この元祖ヒロインであるこの私、祝福の風・リインフォースUにきっちりしっかり事前に話を通してからにしてくださいっ!
もちろん、全力で却下しますっ!」
「お前もかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「リイン曹長、恭文とラブラブだもんね〜」
「はいです♪」
「違うからっ!」
「違わないですっ! リインと恭文さんは、アルトアイゼンも合わせて三人で古き鉄じゃないですかっ!
どうしてそういうこと言うですかっ!? リインが……リインが嫌いになったですかっ!」
そういう話じゃないからぁぁぁぁぁぁっ! つか、ラブラブって明らかに恋人空気じゃないのさっ! おかしいからっ!
《マスター、何を今さら。リインさんがいたからこそ、今のマスターがいるんじゃないですか。
元祖ヒロインであるリインさんを無視して幸せになることなど、許されるはずがないでしょ》
くそ、言っていることがもっともらしいのが余計に腹立つっ! どうなってんのさこれっ!?
つか、六課滞在組は大事なことを忘れてる。
あずささんの方は100%芝居だってことがなぜわからんっ!? この人ヴァイスさん一筋でしょうがっ!
『…………そういえばっ!』
………………待たんかいコラ。
「……でも、よかった」
「え?」
「私……まぁ、みんなもそうだけど、けっこう心配してたんだ。少しだけ話は聞いてたから。
こうやって、恭文とまた会えて……本当によかった」
寂しそうな、悲しそうな色合いの瞳。それを見ていると、非常に申しわけのない気持ちになってくる。
やっぱり、相当心配かけてたんだよね。なんというか……ごめんなさい。
「いいよ。ちゃんと帰ってきて、いつも通りの顔を見せてくれた。それだけで、私うれしい……恭文、お帰り」
「……ただいま、美由希さん」
僕がそう言うと、美由希さんは笑顔で応えてくれた。なんというか、お姉さんには勝てない。うん、そう思った瞬間だった。
「そーだよ? お姉ちゃんは強いんだから」
「……よく知ってます」
ギンガさんもそうだしね。うん、あれも強いわ。あー、そういえば聞きたいことがあったんだ。
「美由希さん、さっきはエイミィさんと何話してたの?」
膝枕な体勢のまま、美由希さんに聞いてみる。
……瞳に先ほどまでの艶っぽい光はすでになく、友達……というかなのはを見る時のような優しい光を秘めて、僕を見ている。
うーん、やっぱりさ。それはその……ちょっち、恥ずかしいな。
「あ、うん。もしよかったら、夕飯はハラオウン家で食べないかって。なんかリンディさんが張り切って作ってるらしいんだよ」
「リンディさんが?」
「あー、僕らが帰ってくるってのもあるし、チビッ子二人がプライベートでの海鳴初上陸ってのもあるから、がんばりまくってるんでしょ」
「うん、そうみたい。あとね、その前に、みんなでスーパー銭湯に行かないかって」
ちなみに、海鳴のスーパー銭湯は僕も当然行ったことがある。
何種類もお風呂があって、どれもこれも広くって楽しいんだよね〜。
……このコミュニティの中で男が、僕とジュンイチさん、イクトさん、士郎さんと恭也さん、クロノさんとザフィーラさんくらいしかいないってことを除けば。
その中で、よくなのは達とつるんでヒマがあったのは僕だけだし、場合によってはひとりぼっちだよ? 仕方がないとはいえ寂しいって。
「そういうワケだから、みんな、これからお風呂タイムに入るよっ!」
「んじゃ、寝てもいられないかな。よっと……」
美由希さんの膝枕から頭を離して、身体をゆっくりと起こす。
「美由希さん、ありがとうね」
「いいよ別に。またしてほしくなったらいつでも言ってね」
「あ、恭文くんっ! 今度はあたしがしてあげるからっ!」
「……あずささん。それはヴァイスさんにしてあげるための練習台ですか?」
「とーぜんっ!」
…………そんなことだろうと思ったよ。
「なら、私がしてあげるですよ〜♪」
「……重くない?」
「大丈夫ですよ」
「うん、なら今度お願いしようかな」
まぁ、リインとはあれこれしてるしね。それくらいは……
「……あ、士郎さんと桃子さんはどうします?」
「おじ様、おば様、せっかくですし一緒に行きませんか?」
「いえ、私達はこのままハラオウン家の方に向かうわ」
「そうだな。リンディさん達だけでは大変だろう。少し手伝ってくるよ。私達のことは気にしないで、みんなで楽しんできなさい」
「あ、じゃあオレも……」
「ジュンイチくん、私は『みんなで』と言ったぞ。
キミも、みんなと楽しんでくればいい」
「…………りょーかい」
ふむ……なら、ちょっとだけ申しわけないけど、楽しもうかな。
「エリオ、キャロも、それで大丈夫かな?」
「はいっ!」
「前に入ったし、大丈夫ですっ!」
「恭文〜。『せんとう』って何ー?」
僕の手をくいくいひっぱってきたのは、今まで話を聞いていたヴィヴィオ……あれ? ヴィヴィオって銭湯知らないの?
「ヴィヴィオは、そういう施設に行ったことがないから」
「なるほど、だったら行きながら教えてあげるよ。『せんとう』は、とっても楽しいところなんだよ〜」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
僕のその言葉にヴィヴィオの顔が笑顔に染まる。
……うん、ヴィヴィオにとっては初めての銭湯か。楽しくなるといいなぁ〜。でも、『戦闘』とは違うからね?
「わかってるよー。ヴィヴィオを子供扱いしないでー」
「あ、ごめんごめん。ヴィヴィオはもう立派なレディだもんね〜」
「はいはい、話はそこまでだよ。それじゃあ……準備でき次第、移動開始するよっ!」
美由希さんの号令をきっかけに、後片づけをささっと済ませていく。
といっても、僕が膝枕してもらっている間に大体のことはすませていたので、最終確認くらいなんだけど。
士郎さんがしっかりと施錠したのを確認してから、僕達は海鳴市が誇るスーパー銭湯へと向かうのであった……
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