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頂き物の小説
第7話「『心配ない』と言われたって、心配なものは、やっぱり心配だったりする」



 僕がここ、機動六課に来てから、もう2週間が経とうとしていた。季節は11月。ミッドの暦の上ではもう冬である。

 その間僕は、ロングアーチの仕事の方をきちんとこなしつつ、すでに日課となったお昼寝などもこなしつつ、平穏無事に日常を過ごしていた。

 体調の方も、シャマルさんが言うには疲労も順調に抜けてきているので、この調子ならすぐに良くなるとのこと。まぁ、だからと言って油断しないようにと釘を刺されたけど。





 ……しませんよ。お医者様を敵に回したくないですから。それがシャマルさんとなればなおさらだ。



 で、その間にも、ここではいろいろなことがあった。





 アルトさんとルキノさんのお茶に付き合っていろいろとお話したり。

 おかげで部隊のプライベートなあれこれに詳しくなりました。誰が誰を好きとか。誰と誰が仲がいいとか、そういうのをいろいろとね。

 ……フェイト。ジュンイチさんを目の仇にするのもほどほどにね? フェイトがジュンイチさんにあしらわれた話、かなりの件数聞いたんだけど。



 シャープエッジの“家族”、でっかい雛鳥のウミやカイとコミュニケーションをとろうとしたらじゃれついてきた2羽に押しつぶされそうになったり。

 そしたらマスターコンボイがなぜか満足げだった。聞けばいつもはマスターコンボイが被害にあってるんだとか。

 改めて、マスターコンボイとは友達になれそうな気がしました。



 食事中、リインに生トマトを押し付けようとしたら、なのはとフェイトとヴィヴィオに「好き嫌いしたらいけません」と怒られたり。

 ちくしょお。フェイトだって納豆苦手じゃないのさ。なのはだって辛いのダメじゃないのさ。

 いや、だからってジュンイチさんみたいになんでもかんでも食べられればいいとも言わないけどさ。あの人はサバイバル生活長いから栄養さえあれば虫とかでも平気で調理して食べられるし。



 ガスケットやアームバレットがスピードアップのブースターをつけたいと言い出したので訓練場でテストに付き合ったら、コーナーを曲がりきれずに海にダイブするハメになったり。

 あれはひどい目にあった。アームバレットなんかアイゼンアンカーにサルベージしてもらうまで海の底だったし。

 というか……僕がガスケットに乗ってテストに付き合う意味、そもそもあったんだろうか?



 ティアナに話の流れで『様』付けで呼ぶように言われたので、ジュンイチさんと二人でホントにみんなの前で大声で『ティアナ様〜♪』と呼んだらなぜか逆切れされたり。

 なぜだろう。僕は悪いことしてないよね? 要望に応えただけだよね?

 というか、なんで僕にだけ怒りが向くの? いや、ジュンイチさんがさっさと行方をくらませたせいなんだけど。まったく、理不尽な話だよ。



 再び遊びに来たこなたを交えてゲーム大会を開いたら、なのはがあっさりと優勝をかっさらったり。

 まったく、あの魔王も大人げないよね。フェイトと二人で騒いでた僕らを注意しに来たはずが、いつの間にか混ざってた上に全力全開でみんなをつぶしにくるんだから。

 ジュンイチさんに挑発されたから、っていうのはなしだからね。同じく挑発されて参加したフェイトが瞬殺されて涙目になってたし。





 ……まぁ、この辺りについては特に語る必要もない普通の出来事だと思うので、割愛することにする。





 …………普通の出来事ったら普通の出来事なんだよっ! 文句あるかっ!





 と、いうワケで、そんな日常を過ごしていたところから、今回の話は始まるのです。まる。











とある魔導師と機動六課の日常×魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜



とある魔導師と守護者と機動六課の日常



第7話「『心配ない』と言われたって、心配なものは、やっぱり心配だったりする」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「それでは、ティアの執務官補佐試験終了と……」

「遅くなりましたが、なぎくんとアルトアイゼンが私達の新しい仲間になってくれたことを祝って……」

『かんぱーいっ!』



 そう言って、それぞれのコップを合わせて乾杯する。紙コップだから定番のチンッ、って音はなし。ちょっと物足りない気がするけどしかたないよね。



 さて、僕らが何をしているのかと言うと、六課の談話室でちょっとしたパーティー。料理はお菓子でドリンクはペットボトルのジュースだけど。



 メンバーはシャーリー以下ロングアーチ三人娘にスバル達フォワード5人。マスターコンボイにジュンイチさんにブイリュウ、ジェットガンナー達トランスデバイス一同と来て……あのさ、フリード。



「きゅく?」

「そろそろ僕の頭の上から降りてくれないかな?
 ほら、ジュースあげるから」

「きゅう♪」



 僕が差し出したオレンジジュースを、のぞき込むような姿勢でゴクゴクと飲む。で、満足そうに一鳴きして……









「……って、継続かいコラぁぁぁぁぁっ!」

「まぁまぁ。
 アレだよ。フリードも恭文とアルトアイゼンが六課に来てくれて嬉しいんだよ」

「スバル……コイツは嬉しかったらソイツの頭に乗るワケ?
 お願い、キャロ。なんとかして。いい加減首が……」

「ほら、フリード。
 恭文さんの迷惑だから……」

「きゅ〜……」



 キャロに促されて、ようやくフリードは僕の頭の上から降りてくれた。

 とても残念そうにしてるけど、こっちとしてもあれ以上頭の上に居座られるといろいろと辛かったのだ。

 ……けどさ、フリード。



「きゅ?」

「たまに、短時間なら、頭の上、乗ってもいいから」

「きゅー♪」



 一転、とても嬉しそうに鳴いてくれた。それだけでなんだかいいことをしたような気になってくるから不思議である。



「まったく……頭に乗られたくらいで大げさだな。
 オレなんかブイリュウが頭に乗ってもぜんぜん平気だぞ」

「だよねー」



 いや、ジュンイチさんの場合身体の作りからして違うでしょうが。一緒にしないでくださいよ。

 そもそも、ブイリュウ。お前ジュンイチさんの頭の上に乗れるの? どう考えてもジュンイチさんの頭よりも大きいじゃない。むしろバランス崩して落下する図しか思い浮かばないんだけど。



 というか……



「なんでわざわざ熱々で淹れたココアに氷ぶち込んでるんですか、あなたは」

「熱く淹れないとココアパウダーが溶けないだろ。
 そして氷を入れなきゃ熱くて飲めないだろ」



 あー、そうでしたね。

 ジュンイチさん、超がつくほどの猫舌でしたね。鍋物とかでも冷ましてからじゃないと食べられないんですよね。ラーメンとかでも冷めるかのびるかの瀬戸際まで待たなきゃ食べられませんでしたっけね。



《いいですか、オメガ。
 私達デバイスはマスターのために尽くすべき存在。しかし、ただ従えばいいというワケはありません》

《どういうことだよ? アルトの姉様。
 私らの役目を考えたら、ボスの望むように戦いをサポートすればいいんじゃねぇの?》

《いえ。マスターを支えると同時、マスターが道を違えぬように導くことも私達デバイスの役目です。
 すなわち――マスターをとことん振り回し、道を違えるような精神的余裕を吹き飛ばしてしまえばいいんです》

《なるほど……
 さすがは姉様! 勉強になるぜ!
 つまり私らの役目は、ボスを支えるのと同時、ボスを弄ることでもあるんだな!?》

《正解です》



 ……そんな僕らの横で、なんかアルトがマスターコンボイのデバイス、オメガに余計なことを吹き込んでるっぽい会話が聞こえるんだけど……うん。放置放置。

 この結果苦労するのはマスターコンボイなんだし……というか、いい機会だし、苦労を分かち合う仲間をひとりでも多く作っておきたい。ジンはどっか出かけてて連絡取れないしさ。



「けど、フェイトさんも顔出したがってたみたいなのに、残念だったね」

「なぎくんとしては、自分の歓迎会でもあるんだし、同席して欲しかったんじゃないの?」

「仕方ないよ。
 なんか、呼び出しがかかったみたいだしさ」



 そう。ルキノさんやシャーリーの言うとおり、後輩であるティアナの試験終了と僕の歓迎を兼ねたこの会に同席したがっていたフェイトは現在不在。

 直前で何やら連絡が入り、申し訳なさそうにしながらも出て行った。

 って言っても、何か事件があったワケでもなさそうだった。どうしたんだろう……?



 ……まぁ、それはそれとして、ティアナはやっぱりすごいよ。



「何がよ?」

「だって、自己採点だとほとんど満点に近かったんでしょ?
 アレ、そこそこ難易度高いのに……」



 アレというのは、執務官補佐資格の考査試験である。このお姉さん、なんとその試験、合格どころか満点を取ったかもしれないのだ。

 うぅむ。すごい。本当にそう思う。



「あくまでも自己採点よ、自己採点。
 つか、あんなのちゃんと勉強してれば楽勝よ」

「実際、ランスター二等陸士はそれだけの勉強をしている。合格は必然と言うべきだろう」

「いやいや、アレは難しいって。
 あたし、対策問題集見てもチンプンカンプンだったもん」



 肩をすくめるティアナと同意するジェットガンナーに答えるのは相方のスバルだ。そーいや、最近スバルも執務官志望に転向したんだっけ?



「うん。
 で、勉強のためにティアの問題集見せてもらったんだけど……」

「ぜんぜんわかんなかった、と」

「う、うん……
 これでも訓練校は主席だったんだけどなぁ……」



 あー、そうだったね。

 日頃の空気の読めない発言が原因でおバカキャラに見られがちのスバルだけど、これでもティアナとのコンビで訓練校を主席卒業してる。つまり、それなりに頭がいいのだ。

 そんな、まがりなりにも主席卒業のスバルですら頭を抱えるような難易度だ、ってことだよ。執務官補佐の試験ってのは。



「まぁまぁ。
 今度、解説付きの問題集作ってあげるから」

「ありがと、あず姉……」

「がんばりなよー、スバル。
 アレ、そうとうがんばらないとムリだから。実際、僕が受かった時もけっこうギリギリだったしね」

《あぁ、そうでしたね。
 必死に勉強してギリギリでしたね。こう、かなりドラマティックなレベルで》



 でしょう? あの時は本当に神経をすり減らしたよ。

 とりあえず、試験後に過去問として公表されたその時の問題を解いてみたジュンイチさんが、一発で満点をとって密かに凹んだことはスバル達にはナイショで――



「ちょぉぉぉぉぉっとまったぁぁぁぁぁっ!」



「ぅわっ!?
 ど、どうしたんですか、アルトさん? そんなに力んで」

「いや、あの……
 ……なぎくん、今何言った?」



 どういうワケか、スバル達と、ジェットガンナー達と、アルトさんが僕をじっと見ている……



 ………………あ、そっか。みんなには言ってなかったんだっけ。



「えっとね、アルト……なぎくん、持ってるんだ」

《何をですか?》

「アルトアイゼンじゃないからっ! っていうか、今わかってて返事したよねっ!?
 だから、なぎくん、持ってるんだよ、執務官補佐の資格!」



『………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』











 …………よし、今驚いたヤツら、全員今すぐ表に出ろ。

 僕が執務官補佐の資格を持っているのがそんなに信じられないってのかいコラ。











「…………ホントだ。資格欄に“執務官補佐”って書いてある」

「なぎくん、これ、偽造じゃないよね?」

「残念ながら本物のようだ」

「そんなワケないでしょうがっ! ちゃんと試験を受けて取ったんですよっ!
 それからジェットガンナー! 百歩ゆずってスキャンして確かめるのは許すにしても、『残念ながら』ってなんだぁぁぁぁぁっ!」



 元々知ってたシャーリーとルキノさん、ジュンイチさんとあずささん。そして興味のないっぽいマスターコンボイを除く全員が、興味心身に僕のIDカードをのぞき込む。

 正直気分のいい光景ではないけど、僕の言葉が真実だと知ってもらうためと思えば何てことはない。



「というか、知らなかったんだね……」

「私、てっきり知ってるものだと思ってたよ……」

「一応、コイツの履歴にもちゃんと明記されていたんだがな。
 お前ら、出向前に見せてもらったコイツの履歴、ちゃんと目を通してなかったようだな」

「あ、それでマスターコンボイは動じてなかったんだ」

《まぁ、アレですよ。
 マスターの悲しい歴史の1ページと思ってください》



 そうだね。

 今のところまったく出番のない資格だよね。



「どうして?」

「いや……まぁ、ねぇ……」

「つか、アンタ執務官志望とかじゃないわよね?
 なんで補佐の資格なんか取ったのよ?」

《そこに触れますか……
 泣きますよ。きっと、マスターが》

「な、泣く……でござるか?」

「泣かれても困るけど、答えなさいよ。気になるじゃない」



 ちびっ子二人やトランスデバイス御一同も同じらしいので、説明することにする。





 話は、4年ほど前にさかのぼる。

 フェイトが中学を卒業する少し前。すでに執務官を志してクロノさんの仕事を手伝っていたフェイトを、僕もヒマな時などに手伝っていたのだけど、どうしても不自由が出てきた。

 当然といえば当然だけど、執務官とか補佐官の権限がないと触れない書類というものがあるのだ。

 元々執務官志望だったフェイトはすでに補佐官の資格を持っていたから問題はなかったんだけど、当時は一艦長に過ぎず、今とは正反対に無茶振りされる側だったクロノさんの仕事量は膨大だった。

 さらに、ちょうどフェイトの使い魔兼助手であり、フェイト同様補佐官資格を取っていたアルフが引退した直後だったことも重なって……しかし、僕ではその問題を解消できなかったのだ。



「あ、ひょっとしてそれで取ろうと思ったの?」



 ロードナックル・クロの言葉にうなずく。

 そう。補佐官資格を取ることにした。フェイトには内緒で。



「なんで内緒なのよ?」

「いや、ビックリさせたくて」

《あれですよ。その時にアレコレやりたかったんですよ》



 とにかく、クロノさんの補佐官であったエイミィさん、そして話を聞いてしゃしゃり出てきたジュンイチさんの協力のもと、秘密裏に勉強して、試験を受けて……見事合格したのだ。

 まぁ、フリーの魔導師を辞める気はなかったけど、フェイトの忙しさが緩和されるまではつき合う気満々で、意気揚々とフェイトに合格の報を伝えようと思った。



 ところが……僕はそこで、あるひとつの驚愕の事実を告げられた。







「……補佐官、スカウトしたって」

『…………あー……』



 そこで一同の視線が集まったのは、もちろんその“補佐官”――そこで苦笑いなんぞしている、僕のオタク友達のシャーリーだ。



 当然といえば当然だけど、クロノさんだって好きで無茶振りしているワケではない。フェイトに負担が集中することになって、問題に思わないはずがなく、解決策を打ち立てるのは当然のことだった。

 そこで、フェイトの希望も交えつつ新たな補佐官を探して……シャーリーに行き着いたワケだ。

 どうも、フェイトが将来正式に執務官になった後はフェイトの補佐につけようと、ちょうど今現在の形に持っていこうと、そこまで見越してシャーリーに目をつけたらしい。





「で、でも補佐官は何人も抱えてOKなんだよ。
 恭文も補佐官に立候補すれば……」

「……断られた」



 その言葉に、今度こそ場の空気が凍りついた。



 もちろん、僕だってそう考えて、フェイトの仕事を手伝うと言ったんだけど、そのフェイトに断られたのだ。

 ちなみにその理由としては――



『あの、もちろん手伝ってくれるのはすごく嬉しいよ?
 でも、私のことは気にしないで、自分のやりたいこと、通したい事をやってほしいな』



 ……だそうだ。



《その時点で、彼女もマスターがクロノ提督ではなく彼女を手伝うためにいる、ということを知っていましたからね。
 だからこそ、強くなることを目標に掲げるマスターに、自分の都合で事務仕事ばかり手伝わせていてはいけないと、彼女なりに気を遣ってくれたようなのですが……》

「フェイトさん、優しいですから……」

「そうだね。100%善意だったさ。
 だからこそ逆に凹んだよ」

「で、でもっ! 困ってる時には、資格もあるし助けてあげられるよっ!?」

「そんな時が来ると思う?
 オーバーSランクのフェイトと、この万能補佐官のシャーリーのタッグでさ」



 スバルのフォローは見事に空振り。

 そう。フェイトの実力とシャーリーの補佐能力が合わされば、たいていのことはなんとかなってまう。おかげでスバルの言ったような事態が訪れることはほとんどなかった。

 しかも、唯一フェイトが自力でどうにもできなかった事態――他のみんなと一緒にディセプティコンの首領に叩きのめされた地上本部攻防戦の時はすぐに駆けつけられるところにいなかった。結果助けに行けずフェイト達は病院送り。



 かくして、僕が取得した資格は活躍の場を与えられることもなく……いい感じでIDカードのコヤシに……



「……もうイヤだ。人生なんて……人生なんて……」

「や、恭文、元気出して?
 ほら、きっといいことあるからっ!」

「ま、まぁ……アレよ。あたしが執務官の試験に合格したら、雇ってあげるわよ」



 いや、それじゃ意味ないでしょ。

 僕は“フェイトを手伝うために”補佐官の資格取ったんだからさ。“ティアナを手伝うために”取ったんじゃないのよ。



「いや、それはそうなんだけどね……」












「だが、見方を変えれば、その資格の出番がないということは、それだけテスタロッサが困っていない、ということではないか。
 本来ならば喜ぶべきところだと思うがな」











 ……………………え?



 突然の声は談話室の入り口から――聞き覚えのないその声に、僕は思わずそちらに視線を向ける。



 そこにいたのは、20代終盤くらいの年頃の、黒髪を背中まで伸ばした長髪の男がひとり。



「イクト兄さん!?」

「帰ってきたんですか!?」



 その姿に、エリキャロが驚きの声を上げるけど……えっと、どちらさま?



「あぁ、そうか。恭文くんは面識なかったね。
 この人は炎皇寺往人さん。元々はお兄ちゃん達ブレイカーの敵だった人で、今は頼れる仲間兼お兄ちゃんのライバル……ってところかな?
 で、エリオくんやキャロちゃんにとっては、頼れるお兄さん分でもあるんだよ。
 イクトさん、この子がお兄ちゃんの友達の……」

「そうか。貴様が蒼凪恭文か。
 今柾木あずさから紹介に預かった、炎皇寺往人だ。呼ぶ時は“イクト”でいい。敬称は好きにしろ」

「は、はい……」



 あずささんの紹介を受けて、イクトさんが右手を差し出してきた。対して、僕も握手を返すけど……







 ………………うん。勝てる気がしない。



 こうして向き合ってるだけでもわかる。この人は……すごく強い。

 たとえ、今この瞬間にアルトをセットアップして斬りかかったとしても、この人に一撃を入れられるイメージが浮かばない。

 もう、この一瞬で僕とイクトさんの上下関係は決まったと言ってもいいかもしれない。



「………………ん? どうした?」



「あ、いえ……」











「ま、待ってくださいよ、イクトさん!」











 と、そこに再び新たな声が――けど、こっちの声には覚えがあった。



「フェイト…………?」

「あぁ、恭文、それにみんなも。
 ただいま……それから、顔出せなくてごめんね」



 そう、フェイトだ。僕の上げた声でこちらに気づき、少し申しわけなさそうにそう答えてくる。



「なんだ、テスタロッサ。お前、この集まりに出る予定だったのか?
 だったらオレの迎えになど来なくてもよかったんだぞ」

「何言ってるんですか。
 イクトさんをひとりで行動させたら、一生かかっても六課までたどり着けないじゃないですか」

「ひどい言われようだな……否定できんが」



 えっと……どういうこと? あずささん。



「あのね、あのイクトさんって、とんでもなく強いんだけど……実は、とんでもない方向音痴でもあるんだよ。たとえ地図を持っていても、ひとりじゃ絶対に目的地にたどり着けない、ってくらいにね。
 その上、機械音痴でもあるから、ナビを持たせても壊すだけ……結局、誰かが道案内するかないんだよ。
 “JS事件”中なんか、この六課の隊舎やアースラの中でもしょっちゅう道に迷ってたんだから」



 …………まぢですか。

 で、そんなイクトさんを無事に六課まで連れてくるために、フェイトが……ってことか。



「面目ない。
 おかげで、お前らからテスタロッサを取り上げる形になってしまったな」

「そ、そんなことないですよ!」

「イクト兄さんは悪くないですから!」



 言って頭を下げるイクトさんに対して、エリオやキャロもあわててフォローの声を上げる。



「二人の言うとおりですよ、イクトさん。
 私達は、好きでイクトさんのお手伝いをしてるんですから」



 そして、フェイトもだ――エリオやキャロの肩に手を置き、イクトさんに向けてフォローの言葉をかけるけど……







 えっと……なんか、距離感近くないですか?



 心根の優しいフェイトが周りの人を気遣うのはいつものことだけど……なんか、いつにも増して献身的な気が……



「あー、そうだね。
 イクトさんとフェイトさん、けっこう仲がいいんだよねー」



 え!? スバル、それどういうこと!?



「ほら、フェイトさんはエリオやキャロの親代わりだし、イクトさんはお兄さん代わりじゃない?」



 思わずスバルに詰め寄った僕にはティアナが答えてくれた。



「そういう立ち位置なせいか、二人ってけっこう一緒に動くことが多いのよ。
 特に、“JS事件”でエリオ達と初対面だったイクトさんにとっては、フェイトさんは心強いアドバイザーな感じでさ」



 あ、あー……そっか。

 二人とも、エリキャロにとっては家族みたいなものだもんね。そういうつながりか。うん。



「そうだよ。
 前にイクトさんが落ち込んだ時なんか……」

「ちょっ、バカ!」



 え? ティアナ?

 いきなりスバルを止めてどうしたの?



「い、いや! 何でもない! 何でもないから!」



 い、いや、そんな必死になられたら余計気になるんですけど……



「まー、大したこっちゃないわな。
 ただ、ちっとした因縁の浮上でブルーになったイクトを励まそうと、フェイトがイクトとデートしたくらいで」

「ジュンイチさぁぁぁぁぁぁんっ!」



 …………………………え?



 ジュンイチさん……今、何て?



「いや、だからフェイトとイクトが――」

「このおバカぁぁぁぁぁっ!」



 しかし、ジュンイチさんがもう一度僕に説明してくれることはなかった。

 瞬時に愛用の戦斧型デバイス“レッコウ”を起動させたあずささんが、ジュンイチさんを一撃の元にしばき倒したからだ。



「お兄ちゃんだって恭文くんの気持ちは知ってるでしょうがっ! なんだっていつもいつもそーやって波風立てるような言い回ししちゃうかなっ!?
 そんなに人間関係荒立てたいのか、このバカ兄はっ!」



 しかも、一撃では飽き足らず、何度も何度もジュンイチさんを打ち据える――あわててスバル達が止めに入るけど、僕にはもうその喧騒も耳には入っていなかった。



 だって……ジュンイチさんの言ってたことが本当なら……











 フェイトが……イクトさんと……











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……何度目かの打ち合いを経て、あたし達は再び間合いを取り、対峙する。



 今の打ち合いで、確信する……うん。やっぱり強いなぁ。

 まぁ、元々文系のあたしがそう簡単に追いつけるような子でもないんだけど。



 そんなあたしの目の前にいるのは、歳の割には背丈のちょっと足りてない、見ようによってはまだ子供にだって見間違えられそうな男の子。



 “古き鉄”ともあだ名されている、お兄ちゃんの“友達”でヴィータちゃんの弟子。

 知り合った当事はまだあたしが前線で戦う身の上じゃなかったこともあって、手合わせする機会はなかったんだけど……“JS事件”を通じてあたしも戦う力を手に入れた。その力であの激戦を戦い抜いた。

 ……なので、ちょっと腕試しを、と思って、朝一で組み手をしようって昨日、昼間のうちに約束してたのだ。



 ちなみに、その約束を守るために、この子は昨夜は隊舎にお泊り。お兄ちゃんと二人で、アイナさんに用意してもらった空き部屋で寝て、この組み手に備えてくれた。

 そういう気遣い関係はホントにマメだよね。どうしてそれが本命のフェイトちゃんに通じないのか心底不思議だよ、あたしは。



 で……手合わせの結果はさっき実感した通り。普通に戦ったんじゃ、勝ちを拾うのはちょっと難しい。

 まだまだ、あたしが追いつくには遠い存在……その歳でこの強さは本当にすごいと思う。なんたってうちのお兄ちゃんが認めてるくらいだし。



 だけど……



「もう一本……いきますよ!」



 言いながら、その子は思い切りこちらに突っ込んでくる。神速の踏み込みと共に、手にした木刀を横薙ぎに振るうけど――



「えいやぁ」

「ぅわぁっ!?」



 この分野“だけ”は負けない自信がある。迷わず自分の木棍を放り捨て、あたしは向こうの木刀がこちらに届くよりも早くあの子の懐に飛び込んだ。そのまま手を取り、重心を崩して転ばせる。



「はい、そこまで」

「って、つかみ技はなしって話でしょ!?」

「ドクターストップによる強制終了だよ。
 これ以上はシャマルちゃんに怒られちゃうよ」



 すぐさま起き上がり、抗議の声を上げるあの子……恭文くんに答えて、あたしは軽く息をつく。

 うん。ここの線引きは絶対だ。あたしはまだシャマルちゃんのクラールヴィントで“ぶちまけられ”たくはないのだ。恭文くんだってそこは同じでしょ?



「…………はい。その通りです」



 うん。素直でよろしい。



 と、そんなあたし達目がけて飛んでくる物体が二つ――振り向きもせず、あたしと恭文くんは投げ渡されたスポーツドリンクのボトルをキャッチする。



「アハハ、さすがの恭文もシャマルさんには形無しだね」



 言って、笑いながら現れたのは、スポーツドリンクをパスしてくれた張本人。

 髪型をポニーテールにしているけれど、その顔立ちはフェイトちゃんにそっくりな――けれど身長とスタイルでちょっぴり負けている女の子。



 アリシア・T・高町。フェイトちゃんのお姉ちゃんだ。



 元々はいろいろあって死んでたらしいんだけど、これまたいろいろあって生き返ったらしい。発育的に負けているのも、死んでた間にフェイトちゃんに(身体年齢的な意味で)追い抜かれちゃったからだとか。

 そして――六課でのあたしの上司。二人で現場での直接分析を目的とした実験分隊“ゴッドアイズ”の隊長、副隊長をやってます……隊長格だけで分隊員いないけど。



「そりゃそうだよ。
 お医者様を敵に回して、いいことなんてひとつもないんだから」

《それに、付き合いが長い分、個人的にもいろいろと弱みを握られていますし。
 もっと言うと身長の具体的数値とか。最新の値が――》

「やかましいよっ!
 それ以上その話題に触れるなぁっ!」



 などと相変わらずアルトアイゼンのボケツッコミを繰り広げる恭文くんだけど……組み手を止めた理由はそれだけじゃない。だから、そこもしっかりと指摘しておく。



「あとね……恭文くん。
 止めた理由、もうひとつあるんだ」

「はい?」

「ちょっと、集中できてなかったでしょ。ちょくちょく注意が散ってたよ。
 あのまま続けて、もしケガでもされたらそれこそシャマルちゃんが怖いから。だから止めたんだよ」

「そ、そんなことは……」

「あるでしょ?」



 あたしに強く言い切られて、恭文くんも観念したようだ。少し罰が悪そうにうなずいてみせる。

 悪いね、恭文くん。こっちは原因になりそうな心当たりまでバッチリなの。それで否定されたって、正直疑わずにはいられないんだよね。

 その心当たりっていうのが、ゆうべの、うちのお兄ちゃんのバカ発言――



「気になってるんでしょ? お兄ちゃんが言ってたこと」

「…………えぇ」

「え? 何?」

「お兄ちゃんがバラしちゃったの。
 フェイトちゃんとイクトさんとのデートのこと」



 あたしの答えにアリシアちゃんが「あぁ」といった顔になる。それだけでいろいろと察してくれたらしい。

 そう。残念ながらお兄ちゃんの言っていたことは本当――フェイトちゃんとイクトさん、デートしたことがあるんだ。

 もっとも、それが恋愛感情から来るものだったのか、って聞かれると素直にはうなずけないけど。その時いろいろあって凹んでたイクトさんを励ますための企画だったから。

 ただ……その一件で二人の距離が縮まっちゃったのも事実。だからこそ、恭文くんがこうして凹んでる。

 だって、昨夜あたしがお兄ちゃんをしばき倒した後、すぐに確認を取った恭文くんに対して、フェイトちゃん、迷うことなく「うん」ってうなずいちゃったんだもの。

 すなわち、それは恭文くんの好意にまったく気づいてないことの証明にもなって……恭文くんにとってはWパンチ。あれは効く。無慈悲なまでに効く。



 実際、あたしの指摘を受けて、恭文くんの周囲のオーラが重くなってきているのがわかる――今の組み手が気晴らしになってたみたいなのに、それも全部台無しな感じだ。

 話題振ったの、失敗だったかも……ううん、違うよね。



 あたしも、恋人が、好きな人ができたからわかる。これは放っておいていい話じゃない。



 だから……恭文くんの顔を両手で捕まえて、自分の方を向かせた。目と目を合わせて、一言一言、確実に恭文くんに伝えていく。



「…………で、恭文くんはどうするの?」

「………………」

「このまま泣き寝入りする? フェイトちゃんをイクトさんに取られたまま、それをよしとするつもり?」

「………………」

「恭文くんのフェイトちゃんへの気持ち、そんな程度のシロモノじゃないよね?」

「………………」

「だから、8年間もスルーされ続けてもずっと想ってこれたんじゃないの?」



 すっかりテンションのダウンしてしまった……というよりあたし達がダウンさせてしまった恭文くんからのリアクションはない。

 まぁ、ムリもない。今までスルーされ続けた挙句に強力な対抗馬の出現だ。状況は恭文くんに対して絶望的な勢いで不利だ。

 けど……逆に言えばまだ「絶望的な勢いで“不利”」な段階でなんとか留まっている。これを引き戻すもトドメを刺すも、全部恭文くん次第なんだ。



「だったらさ……あがこうよ。
 恭文くんの大好きな電王みたいに、良太郎くんみたいに……ふざけた理不尽、覆そうよ」

「…………できると思うの?
 8年間、ずっと追いかけてきた……好きだって何度も言った……でも、ダメだったんだよ!?」

「でも、言い続けてこれた」



 ようやくのリアクションはすぐに悲鳴に化けた――けど、あたしはそれを強い口調で抑え込む。



「だったら、これからも言い続ければいい。
 それで通じなかったなら、それ以上に言い続ければいい。
 今まで恭文くんが鉄火場で貫いてきたみたいに……“想いが通じない”なんて理不尽、思いっきり覆しちゃえばいいんだよ。
 恭文くんならきっとできるから……ね?」



 あたしのその言葉に、恭文くんのヒザから力が抜けた。あわてて抱きとめるあたしの腕の中で、まとっていた暗いオーラが消えていくのがわかる。

 抱きしめた小さな肩が震え、嗚咽がもれる――そんな彼の髪をできる限り優しくなでてあげる。



「泣きたいだけ泣けばいいよ。
 だって……人は泣くことで、前を向くことができるんだからさ……」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………うー、アリシアとあずささんに恥ずかしいトコ見せちゃったなぁ……

 とりあえず、励ましてくれたこと、背中を押してくれたことは感謝だけど。



 さて、あずささんのフォローのおかげで他の誰にも気づかれることなく持ち直した僕はその後仕事に復帰。数日が経ったけど、今のところバレては……いないよね?

 凹んだことはともかく、あずささんの胸に顔をうずめたことがバレたらいろいろと困る。だって恥ずかしいし、フェイトの耳に入ろうものならまた誤解しそうだし。そしてタヌキは絶対ネタにするだろうし。



 さて、そんな僕が今何をしているかというと、そのタヌキの巣に向かうところ。

 ちなみにマスターコンボイも一緒。なんでも提出する書類があるんだとか……って、そんなことを考えている間に到着。



「失礼しまーす」



 なんてあいさつも忘れない。うん。誰が来てるかわかんないしね。

 ……だからマスターコンボイも声かけなよ。僕に丸投げですかい。



「お、来た来た。待ってたで。
 ……あ、マスターコンボイも一緒か。途中で一緒になったん?」

「やぁ、元気そうだね」



 ………………よし。



「失礼しました」



 迷わず僕はきびすを返して退場しようと――



「待たんかコラっ! なんで逃げようとするんや!?」

「だって、査察官を見たら逃げろって先生から教わってるし」

「そないなこと言うワケないやろっ!」

《…………事実です》

「マヂかいっ!?」



 そうなのよ。だから、逃げていいよね?



「そういうことならオレも逃げた方がいいのか?」



 そうだね。マスターコンボイも一緒に逃げようか。盗んだバイクで走り出そうか。



「そんなんあかんに決まって」

「答えは聞いてないっ!」

「なんでやーっ!」

「……相変わらずだね。うん。安心したよ」



 そんな僕達の漫才を呆れたような様子で見ていたのは、まっがーれな人。



「その説明はやめてくれないかなっ!?」



 じゃあ……とあるファミレスで刀持ってるウェイトレスに片想いしてるキッチン担当のヘビースモーカー。



「その説明もアウトだよっ!」



 まったくわがままな。

 仕方がないので、普通に説明することにする。



 緑色のストレートのロングヘアー。そして、白のスーツを見事に着こなしている。

 悔しいことに僕よりも身長の高いこの人の名前はヴェロッサ・アコース。

 職業は、本局勤めの査察官。よーするに、人の仕事のダーティな部分にケチをつけるという人である。

 クロノさんとは昔からの友達で、当然僕やはやてとも親交がある。

 実の兄弟のいない僕にとっては、クロノさん同様、兄さんみたいな感じだったりする。





 そして……敵っ!



「なんでそうなるのかなっ!?」

「当たり前じゃないですか。
 査察部の人達に、僕やジュンイチさんが何回ダーティな処理した書類や、仕事のことやらで詰問されたと!?」

「…………それ、自分達が悪いって感想は持たないのかな?
 しかも、話に聞くところによると、その度に二人して言い負かしてるそうじゃないか。自分達が担当官を何人泣かせてると?」

「そんなことをしていたのか? 貴様ら……」



 マスターコンボイもその内わかるようになるって。できるようになるって。



「あいにくと、オレはそうなるつもりはない。
 なぜなら、オレならばヤツらが口出しするような余地のないほど完璧な仕事をこなし続け、仕事もなくなって干されているヤツらを指さして『この税金泥棒がっ!』とあざ笑ってやる方を選ぶからだ!」

「どっちにしても僕らに優しくないよね、ソレ!?」



 ヴェロッサさん、お願いだからため息をつくのやめてもらえますか? 僕らが悪いみたいじゃないですか。



「まぁ、そんなジョークはさておいて……今日はどうしたんですか?
 うちのタヌキでも口説きに来たとか」

「誰がタヌキやっ!」

「いや、それもあるんだけど」



 あるんかい。僕もアレだけど、この人もそうとうだよ。



「クロノに頼まれたんだ。
 キミの様子がどんな感じか見てきてほしいって……包帯だらけの顔で」

「……何があったんですか、あの人」

「何でも、キミに作成を命じた報告書やら始末書やらの量のことで、そうとう絞られたらしいよ。
 キミのお姉さんとか、キミの悪友とか、ハンマー持った赤い服の女の子とかからたっぷりと」



 なるほど。つか、みんないつの間にそんなことを。



「これにこりて、ユーノ先生へのムチャな要求も少なくなるといいんですけど。
 僕はいいですよ。でも、それが他の人もなのは、さすがにどうかと」



 僕も無限書庫を手伝った時に、ちょうどクロノさんからのムチャクチャな資料請求が来たことがあるからわかる。

 あのお兄さん、こちらの調べる手間とか、作業時間とか、労働基準法とか完全無視で来やがるし。

 必要なのはわかるけど、そのために毎度毎度、書庫がパニックになるってどういうことさ。



 しかも、この間顔を出したら、書庫の下層あたりにテント村ができてたよ。もう泊り込み=帰れないのが当たり前になってて、寝泊りするための環境がものすごい勢いで整備されてきていたよ。



「まぁアレですよ。『あなたのおかげで、医務官からたっぷり怒られて元気にすごしています』とでも伝えてください」

「そ、そうだね。伝えておくよ」



 うーむ。ヴェロッサさんがちょっと引き気味なのが気になるなぁ……ま、いっか。



「じゃぁ、はやてとヴェロッサさんの楽しい時間をジャマしたくないんで、そろそろ失礼しますね。
 行こう、マスターコンボイ」

「お、おう……
 あ、八神はやて。頼まれていた書類だ。じゃあな」

《がんばってくださいね》

「そやなぁ。心遣いおおきに……って、アホかっ! ンなワケないやろっ!」

「え? そうなの?
 だって、ビッグコンボイが数少ない出番のチャンスをフイにしてまで姿を消しているのは、その辺の空気を読んだからじゃないの?」

「違うから! ただの外回りやからっ! そないなこと、こんなところでするワケないやろっ!?」

「……ここじゃなければいいの?」

「そっ、そういう問題やないやろっ!? 私かて心の準備が……いやいや、そうやのうてっ!」



 さすがは乙女。いろいろと大変そうである。



「まぁ、その気遣いは非常にありがたいんだけど」



 言って、ヴェロッサさんが左手をかざすと、そこから何条もの光の輪が現れる。そして、その中心から、大きめのバスケットが出てきた。



「実はティータイムにと思って、お茶とお菓子を持ってきてるんだ。よかったら一緒にどうだい?」

「いただきます。いやぁ、やっぱり持つべきものは査察官の知り合いですよ。実にいいタイミングです」

「……キミ、やっぱりいい性格してるね」

「えぇ。よく『性格がいい』と言われます」

『意味が180度変わってるから、それっ!』













「……学校?」

「高町ヴィヴィオが……か?」



 ヴェロッサさん特製の紅茶に口をつけつつ、世間話。

 はやてが言うには、ヴィヴィオが学校に通うそうだ。そういえば今は通ってないんだっけ。



「うん、年齢的にも新一年生がちょうどよさそうやしな。
 もっとも、タイミング的に解散後の話になってまうんやけど」

「なるほどねぇ……
 で、それはそれとしてだよ……はやて、ティータイムくらいは休憩しなよ」

「まったくだよ」

「……なぁ、恭文。
 人の職場にやってきて、おやつまで持ってくる人間と仲良うティータイムってどうなんや?」

《問題ありません》



 むしろ、美味しい紅茶とミルフィーユを前にして、仕事などする人間の神経を疑ってしまうよ。



「はやて……大事なものをなくしちゃったんだね。
 ……あ、だから影が薄いのか」

「なんやむかつくな自分っ! 私のどこが影薄いんよ!?」

「でも、彼の言うとおりだと思うよ?」

「ロッサ、アンタもかいなっ! 私のどこが影薄いんよ!?」

「いや、そっちでなくて……休憩は大事だよ、って話」



 ヴェロッサさんも休憩を勧めるけれど、はやてはなぜかため息ひとつ。



「気持ちは嬉しいんやけど、私は“JS事件”の失態、取り戻していかなあかんから」

「失態……?
 そんなものあったか?」

「いや、むしろないでしょうが、そんなの。
 あのお祭り騒ぎを起こしてた連中みんなブッ飛ばして、“ゆりかご”墜として、ユニクロンまでブッつぶしたんだから」



 確かに、地上本部襲撃やら、六課隊舎陥落やらを防げなかったのは落ち度かもしれないけど……それを補って余りある成果は出してるはずなんだけど。



「そんなすごい話やないよ。
 リンディさんから聞いてるやろ? 本当にギリギリのラインで拾った勝利なんよ、アレ」



 そう言うと、はやての表情に影が差す。

 まるで、痛く、辛い思い出を呼び起こしているかのように……



「今回の件、ちと反省点が多すぎてな。
 この機動六課は、私の夢の部隊であると同時に、“JS事件”対策のための部隊でもあった。
 せやけど……結果は全部後手後手。目の前の現状に対処するんが精一杯で、ジュンイチさんやスカリエッティ、その他の敵対勢力のみなさんに、最初から最後まで振り回されっぱなしやった」



 特にジュンイチさん……だね。今回の事件、大部分があの人の描いた絵図の通りに進んでたらしいし。



「それに魔導師としてもや。
 地上本部攻防戦……私達はマスターギガトロンひとりに手も足も出せずに、危うく皆殺しになるところやった。
 あそこでジュンイチさんが来てくれたから、なんとか生き残っただけの話や」



 あの戦いではやて達の前に初めて姿を現したディセプティコンの首領マスターギガトロンは、詳しくは知らないけど「これぞ能力者キラー!」な能力をもってはやて達を圧倒したそうだ。

 その力の前に、はやて達だけじゃなくてスカリエッティ側の戦闘機人達も壊滅。なのはに至っては利き腕をつぶされる重傷を負っている。



「私、ぶっちゃけこれで誰か死んでたら、アンタに殺されてもしゃあないもん」

「物騒なこと言うなぁ……たとえこれでフェイトが死んでも、そんなことしないよ。
 ていうか、戦いで人が傷つくのも死ぬのも、当たり前でしょ。いちいち感傷的になったりしないよ」



 紅茶を飲みながら、はやての言葉に軽く答える……うん。そうよ。軽く答えるのよ。



「マスターコンボイなんかも同じ考えでしょ?」

「まぁな。
 オレ達の戦いは、管理局の戦い以上に生きるか死ぬか、だったからな」

「でしょう?
 まったく、ダメダメ。日常は日常でしっかり楽しまないとつまらないし」



 はやては、部隊を設立するのが夢だった。そこの指揮官に立つのを目標にしていた。

 で、実際に立ってみて、いろいろと難しいこととか、反省することとか……考えたんでしょ。



「はやて、いい言葉があるよ」

「何や?」

「『総ての問題は、美味しいジャム入りの紅茶とミルフィーユをいただいている間に解決する』。
 ……というワケで、お茶を飲め。ミルフィーユを食べろ。それが答えだ」

「なんやそのムチャクチャ理論っ!?」

「だが、あながち間違ってもいまい。
 お茶がどうこうはオレにも実感がないからツッコむつもりはないが、少なくとも、今ここで貴様がウヂウヂ悩んだところで、その失態とやらを取り戻せるワケでもあるまい」



 マスターコンボイの指摘に、はやては小さくうめいた。そて、渋々という顔でうなずいた。



 どうやら、僕らの話していることはわかってもらえたらしい。



「悩みたいなら悩めばいいよ。本当にそうしたいなら、僕はこれ以上何も言わない。
 でも、悩んでる間に紅茶は冷めるよ? せっかくここまでおやつとお茶を持ってきてくれた、ヴェロッサさんの心遣いと一緒にね」



 まぁ、あんま偉そうな事いうのもアレだけどさ。



「今はやてが悩めるのは、世界が平和だからでしょ。
 だったら、まずはその平和を享受しようよ――じゃないと、何が平和であるかすらわかんなくなるよ?」



 そう、世界は問題だらけかもしれないけど、おおむね平和。少なくとも、手の届く範囲は。

 それなのに、このタヌキは反省ばっかして、今ある平和に目を向けようともしない。そんなんでいいワケがない。



 これは前に先生が言ってたこと……戦いを終えたら、どんなにコンディションがよくても、ちゃんと休むことが必要。

 身体のため……というより、自分の気持ち、自分の心のため。

 自分がいるべき日常や、平和が何かを、絶対に忘れないために、必要なこと。

 それが休むことだって言ってた……だから、ここに来るのも最初は断ったのになぁ。



 少し話がそれたけど、それなら、今ある平和とは何?

 答えは簡単。



 手元にある暖かい紅茶と、それ用のジャム。そして美味しいミルフィーユだ。



 この、どこにでもあるようなものを、何の憂いもなく味わえる時間こそ平和だと、僕は思う。

 たくさんの人のそんな時間を守るために戦ったはずなのに、当の本人がそれを味わえないっていうのはどういうことさ?



「つーか、そんなに辛そうな顔してるんだったら、管理局なんてやめちゃえばいいんだよ。
 片意地張らなくても生き方なんて色々あるでしょ。
 例えば……」



 言って、僕はそちらに視線を向ける。



「気遣いを持ってお茶とお菓子を持ってきてくれるお兄さんの所に永久就職するとかさ」

「な、ナニ言うてるんや自分っ!?」

「いや、僕の中で『はやて×ヴェロッサ』は鉄板だから」

「あほかっ!」

「なんだ、貴様らはすでにそういう関係だったのか?
 恭文が口説きに来たのかと聞いていたから、てっきりまだだと思っていたぞ」

「マスターコンボイも信じんでえぇからっ!
 むしろ最初ので正解やからっ! まだロッサとはそんな関係やないから!」

「なるほど。まだそういう関係ではないが、そうなる予定はあると」

「あぁぁぁぁぁっ、もうっ!」

「まぁまぁ……
 でも、僕も恭文と同じだよ。今はやてが悩めるのは、差し迫って命の危険がなくて、世界がおおむね平和だからでもあるんだよ?
 だから……」



 ヴェロッサさんは、優しい瞳ではやてに語りかける。愛しい妹に。



「少しずつ、ゆっくり進めばいいよ。
 急いで走りすぎて、転んで立ち上がれなくなるよりはずっといい。
 悩むのもいいけど、息を抜くことだってきっと必要さ」

「ロッサ……」

「心配性のカリムは言うに及ばず、僕もクロノも心配してるよ? 生意気で口の減らない妹の事をね」



 正直、その心配の1割でいいから、僕の体調の方に気を回してほしい。

 特にクロノさん。気を回してなかったからこそオシオキされたってことをわかってないと、また同じ目にあうよ、きっと。



「それにね、はやて」

「なんや?」

「キミの悪友と、そのパートナーも心配してるみたいだよ?」

「……まぁ、お茶が冷めてまずくなるのがイヤなだけです。
 紅茶のお茶っ葉と水は、そんなことをされるためにここにあるワケじゃないですから」

《まったくです。そうなった場合、グランド・マスターの教えにしたがってアナタを斬らなければなりません。それがイヤなだけです。
 ……べ、別に心配なんてしているワケじゃないんだからねっ!?》

『どんなキャラ崩壊なツンデレっ!?』



 ……まぁ、とにかくだよ。



「お茶、冷めないうちに飲んじゃいなよ。ミルフィーユも食べちゃおう?
 仕事は後にしても問題ないけど、これらは問題大量発生だし」

《この場で表現すると、かなり生々しくなるので伏せておきますが》

「……せやなぁ。それは放っておいたらダメやな」



 そこまで言うと、はやては仕事の手を完全に止めて、デスクから立ち上がり……



「それに、大事な友達やお兄ちゃん達に心配かけたら、アカンしなぁ。
 ロッサ、恭文、アルトアイゼン……それにマスターコンボイも、ありがとな」

「うん」

「オレは“友達”にも“お兄ちゃん”にも該当しないんだが」

「それでもや……ありがとな」



 そうして、僕達は仕事のことはさておき、お茶とお菓子に舌鼓を打った。

 その時のはやてが……少し楽になったような顔だったのが、ちょっと嬉しかった。

 だから……改めて思った。



 何も起きてほしくないって。

 平和な時間を、このタヌキがもうちょっと満喫できるように。



 僕はいいのよ。将棋でいうところの“歩”、チェスでいうところのポーンだから。そういうのに割り切りつけてるから。

 突っ込んで、暴れて、最初から最後までクライマックスを貫き通すって決めてるから。

 フェイトやなのはやあずささんや、みんなみたいに優しくなんてなれないの。

 そして、ミルフィーユをおいしそうにがっつき始めた僕の友達もそこは同じ……はやても、すごく優しいの。





 部隊長だから、やっぱり責務は重い。それで、事後にいろいろ反省したりもする。そうでなきゃ、成長できないから。

 そういう意味では、日常と戦いの切り替えが苦手なのかも……

 だからこそ、さっきの「何も起きてほしくない」につながるのよ。これで何かあって、「反省しよう、失敗の取り返しだ」なんて話を繰り返しても、周りが楽しくないのよ。



 ヴェロッサさんだって今日来たのは、そのあたりが気になったからだろうしさ。

 僕のことは、きっと表向きの理由とか、ちょうどいい口実とか、そんなところ。





 やっぱり、タヌキはタヌキらしく笑ってくれていないとつまらないよ。そういうものなんだよ。











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……なぁ、お前さん。さっきから気になってたんだが」

『どうしました?』

「なんでそんな包帯だらけなんだっ!?」



 いや、結構マジな話しちまったから、ツッコみ辛くて仕方なかったが、もう限界だ。

 気になって気になってしかたねぇぞそれ。



『……いろいろ、ありまして』

「いろいろか」

『仕事の振り方が……無茶だと……横暴だと……殺す気かと……訴えられて負ける気かと……』

「あぁ、もういい! 辛いなら話さなくていいからっ!」





 仮にも提督権限を持っているヤツをここまで凹ませるたぁ、いったい何があったんだ?





 …………スマン。ウソついた。実は“犯人”に心当たりがありすぎる。



 ぜってーにウチのバカ息子だ。出向を控えたアイツに書類関係でそうとうムチャぶりしていたのを聞いて、かなりおかんむりだったからな。そろそろ“オシオキ”に動くだろうと思ってたが……とうとうやりやがったか。

 あとはテスタロッサの嬢ちゃんや八神のところのヴィータ嬢ちゃんなんかもやりそうだけど、まず確実にアイツが先陣切ったに決まってる。



 まぁ、それはともかく……





『それで……ナカジマ三佐、地上部隊の方は』

「まぁ、そっちと変わらねぇぞ。ボチボチってところだ」

『そうですか。
 こっちも同じです。組織改革の流れは確実に生まれていますが、まだなんとも。
 最高評議会の一派を抜いても、保守派すべてが消え去るワケではありませんし……何より、改革によって空いた穴を埋められる人材に乏しい』

「そうか」



 管理局はいろいろ問題を抱えてる。最高評議会のことなんて氷山の一角にすぎないだろう。せいぜい一番デカい“一角”だった、くらいのもんだ。



 だが……それでもバカばっかりじゃねぇ。



 オレはともかく、今通信しているクロノ提督やリンディ提督、八神のヤツはそれを改善したいと思っている。

 他にも、現状の組織のあり方に不満を持って、改善したいと思っているヤツはいる。



 そういう意味では、うちのジュンイチも変わらない。

 アイツが最高評議会にケンカを売った理由も、そもそもうちの娘達や八神達のために局を変えたいと思ったから……だからな。



 組織は人が作るもんだ。だから問題も多い。でも、だから変われるんだ。

 管理局は今、変わろうとしている。いろいろな犠牲や、哀しい事件を越えて。

 それがなくちゃ変われなかったことに関しては、まぁいろいろ思うところはある。



 でも……それでも、変わり始めたこと。オレはそれが喜ばしい。





「これ、うちのジュンイチが言ってたんだけどな」

『はい?』

「世界的な平和ってのは、現実的なことを言うなら絶対に実現できない。
 なぜなら、人間っていうのは争い合うことで進歩する生き物だから。小は口論、大は戦争……ってな感じでな」

『それは……なんとも皮肉な話ですね』



 それはオレも同感だ。

 けどな……この話には続きがある。



「けれど……それを少しでもマシな方向に持っていくことはできる。
 争いは止められなくても、争い合う中から生まれる悲しみを、少しでも減らしていくことはできる。
 それこそが、自分達がやらなきゃならないことなんじゃないか、って……」

『しかし、管理局はそれをしなかった……変えていくことを、変わっていくことを放棄した。
 なるほど。彼にキレられても文句は言えませんね、我々は』

「もちろん、自分の力で世界全部をそういう形に変えられるとは、アイツも思っちゃいねぇ。
 けれど……自分達の周りだけでも、そういうふうに変えられたら。そして、それを見た周りのヤツらも同じように自分の周りを変えていくことができたら……
 そうすれば、いつかは世界全部が変わっていくんじゃねぇか、ってな。
 横で話を聞いてた高町嬢ちゃんなんか、その話を聞いてすっかり共感しちまってなぁ。そうとう気合が入ってたぞ。あのジュンイチが思わず引くくらいにな」

『その前に、自分のことに気合を入れてほしいですよ。
 実家の方々が、いろいろ心配されているようですし』



 実家……あぁ、そうか。なんだかんだでケガしたり、娘できたりしたしな。

 それで心配しないワケがないか。てか、高町の嬢ちゃん。マジで自分のこともなんとかしようぜ。ジュンイチにもその辺ツッコまれたんだろうが。





「そういやよ、アイツはどんな調子だ?」

『アイツ……あぁ、恭文ですか』

「そうだ。六課に出向になったろ? お前さん達の差し金で」



 高町嬢ちゃん達は、“JS事件”中のあれこれのダメージが抜けきっていない。

 それを危惧したリンディ提督は、ある優秀な魔導師を六課によこした。



 ……蒼凪恭文、うちの息子や娘の友達だ。当然オレも面識がある。

 近頃の若い魔導師にしては、実力もあるしおもしろいヤツだ。アルトアイゼンのヤツも含めてな。





 あ、ひとつ訂正だ。今は『娘“達”』になってるんだった。スバルがずいぶん気に入った様子だしな。



『アイツも、アルトアイゼンも、あぁいうヤツらですから。問題なくやっているようです。
 距離感も適度に保っているようで、六課に来た目的も、他の部隊員には察知されていないようです』

「そうか。それなら、何かあっても安心だな」

『それはどうなるかはわかりませんが……少し安心できるのは確かです。
 アイツももう、経験だけは豊富な魔導師ですから』

「さすがに身内だからなのか手厳しいな。アイツはオレの目から見ても、かなり出来るヤツだと思うが。
 実際、これまでもいろいろな状況をひっくり返してるじゃねぇか」

『それはそうなのでしょうが、師匠やジュンイチさん譲りで過激な行動が多いですから。
 それに、ひっくり返した分、被害も広がります。主に犯人に対して』

「まぁ……そこはなぁ」





 オレのとこにもよく来てもらってたが、いろいろと出動の度にやらかしてくれたからなぁ。



 犯人確保と現状打破には実はかなり有効な手を打つんだが……いかんせん、それがやりすぎなことが多々あった。

 しかも、ウチにはそっち方面の先輩とも言うべきジュンイチがいた。おかげでその辺にますます磨きがかかっちまったくらいだ。

 おかげで時折始末書の海に溺れてたな。溺死はしなかったが。



 それだけならまだしも、ギンガが説教かますからなぁ。あれは辛そうだった。

 ジュンイチのヤツも、昔した“ある約束”のせいで、ギンガやスバルの前ではそういうの封印してるからな。結果アイツだけが暴走して叱られて……「なんで僕だけ」とか言って泣きそうになってたな。



『ただ、我々の思考を飛び越えた行動を見せるのは、見ていて楽しいですがね』

「……だな」





 オレも、なんだかんだでそこが気に入って、よく来てもらってたしな。

 まぁ……元気でやってるならよかった。





 アイツら……恭文も、ジュンイチも、八神も、あのドデカい事件を乗り越えて、やっと一息つける状況になってきた。



 できることなら、このまま何も起こらず、アイツらにはこの平和な空気を満喫していてもらいたいものなんだけどな。





 ただ……それは望み薄かな、とか思っちまう自分もいたりする。



 理由? 簡単だよ。



 たとえ事件が起きなくても……









 今度はおもしろおかしなドタバタ劇がアイツらの周りで巻き起こるんだろうからな。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「学校見学?」

「うん。もしよかったらなんだけど、恭文くんに付き合ってほしいなって」



 ティータイムを堪能した後、マスターコンボイと別れてロングアーチのオフィスで仕事をしてたら……なのはから話があると言われた。

 で、仕事をきっちり終わらせてからジュンイチさんと二人で話を聞くと、これまたびっくりだった。



 ヴィヴィオの学校見学に、僕も付き合ってほしいと言われたのだ。



「……どうする、アルト?」

《やめておきましょう》

「だね」

「オレもパス……ってワケにはいかないか。ヴィヴィオのことだし。
 けど……うーん……」

「えっ!? 何でみんなしてそんな反応っ!?」



 そんなの決まっている。



「魔王育成のための虎の穴なんて行きたくないし」

《全くです。か弱いか弱い子羊の我々に死ねと? イケニエになれと言うのですかっ!?》

「オレ達なんて生きて帰れるかどうか……」

「そんなとこ行かないからっ! 3人ともか弱くないからっ! と言いますか……また魔王って言うー!」

「冗談はこれくらいにして、なんでまた僕に? ジュンイチさんはわかるけど」

「切り替え早すぎるよ!
 ……えっと、今度私達スターズ分隊はお休み取るでしょ?」

「確か、3日間だっけ?」



 この間スバルとティアナが騒いでたなぁ。休み忘れててどこ行くか予定立てなきゃーって。



「うん、その時にヴィヴィオが通う予定の学校を見に行くんだけど、恭文くんにも付き合ってほしいな、って」

「いや、だからなぜに僕まで?」

「だって、力になるって言ってくれたよね」

「いや……そうじゃなくて、僕は仕事あるでしょうが」



 そう、休みをとるのはなのは達スターズであって僕じゃない。

 なのに、仕事サボって学校見学なんて、行けるワケないでしょ?



「あ、それなら大丈夫」



 しかし、なのははニッコリ笑顔で、こう告げた。



「恭文くんも、私達と同じスケジュールで休み取ることに決まったから」





 ………………………………………………え?











「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」










 こうして……いろんな事が決定した。

 うん、本当に色んなことが。




















(第8話へ続く)






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



次回予告っ!

恭文「まったく……あのタヌキも、せっかく平和になったんだからちょっとは息抜きすればいいのにさ」

Mコンボイ「貴様がそれを言うか?
 過労寸前まで休みなしで動き回って、シャマルから休養を言い渡されたクセに」

恭文「いやね、僕だって休みたいのよ。のんびりしたいのよ。『さらば電王』見に行きたかったのよ。
 けど、周りがそれを許してくれないんだよ。書類の山が待ってるんだよ。絶対トラブルとか巻き起こるんだよ。
 うぅ……僕が一体何をしたぁぁぁぁぁっ!」

Mコンボイ「あー、えっと……
 ………………すまん」





第8話「とある魔導師と暴君の休日・一日目」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



(あとがき)



オメガ《えー、ミスタ・恭文が凹んだり励ましたりと忙しかった第7話をお送りしました。
 なお、冒頭のミニパーティーで私の口調があとがきと違うのは仕様です。こちらでは読者の皆様への礼儀としてていねいにしゃべっているんです》

Mコンボイ「それはいいが……今回の話、前半部分は途中からガラリと変わったな。
 本家の通りにミニパーティーかと思いきや、炎皇寺往人の登場で急転直下」

オメガ《凹みましたねー、ミスタ・恭文。周りがボケるのもはばかられるくらいに。
 なお、実はあの辺りの展開は本家で言うところの第15話、そのラストに描かれたおまけ『誰だって、悲しいときには何もできなくなる』が元になっています》

Mコンボイ「なぜ、おまけとはいえ本家15話で描かれた事件がこんな早い段階で出てきたかというと……この『とまコン』において、本家の通りの展開ではあのおまけのイベントは絶対に発生し得ないと作者が気づいたためだ」



(はい。発生フラグ自体がすでに叩き折られた状態です)



オメガ《それだけではわからない、という方のためにちょっと状況を整理しましょう。別ウィンドウででも本家第15話のおまけを確認してみてください》

Mコンボイ「あの事件は、パーティーに呼ばれたゲンヤ・ナカジマがパーティーのパートナー役をフェイト・T・高町に依頼。引き受けた彼女がそのための支度を無神経にも蒼凪恭文に頼んでしまったためにヤツが凹んで……といった流れだった。
 そう。無神経にも蒼凪恭文に頼んでしまったためにな」



(ブースの外から「繰り返し言わないで! 反省してるからーっ!」と悲鳴が上がるが、六課のコンボイ、完全に無視)



オメガ《ここでポイントとなるのは、ミスタ・ゲンヤがミス・フェイトにパートナーを依頼した理由です。
 “そういう場には妻なり娘なりをつれていくのが普通だが、クイントは故人、ギンガはミスタ・恭文へのケーキ作りでスルーされ、仕方なくミス・フェイトへ”……ということでした》

Mコンボイ「だが……読者諸君。『とまコン』の前回の話をもう一度確認してほしい」

オメガ《『とまコン』だと……生存してるんですよね、ミス・クイント》

Mコンボイ「つまり、本家の通りゲンヤ・ナカジマがパーティーに呼ばれても、その時はクイント・ナカジマを連れて行けばいい。フェイト・T・高町に頼む理由はカケラも存在しない」

オメガ《したがって、あのエピソードのイベントは発生条件の段階ですでに起こり得ないものとなってしまっているワケです。
 しかし、あのイベントはミス・フェイトの存在がミスタ・恭文の中でどれだけ大きなものかをもっともよく表していると言っても過言ではない話。ぜひとも描きたいと作者が頭を悩ませたところ……》

Mコンボイ「思い出したワケだ。前シリーズ『MS』において、フェイト・T・高町に対し豪快にフラグを立てた、炎皇寺往人の存在を」

オメガ《そういうことです。
 そこで、彼の存在を利用させてもらうことにした。ミスタ・イクトという強力な恋敵の登場によって、ミスタ・恭文の心に深い影を落とす……といった感じに形を変えて、今回の話の中にあのイベントの要素が盛り込まれることになったのです》

Mコンボイ「もっとも……本家で蒼凪恭文を励ましたギンガ・ナカジマは柾木ジュンイチに対してフラグが立ってしまっていたため、その代役はヤツへのフラグの立っていない柾木あずさになってしまったがな」

オメガ《まぁ、結果的にはよかったのではないでしょうか。
 好きな人を恋人にできた、恋愛の先輩としてのアドバイスという形に落ち着くことができましたし》

Mコンボイ「なるほど……」

オメガ《まぁ、当分は恋愛方面のイベントのないボスには理解のできない領域でしょうけど》

Mコンボイ「やかましいわっ! どうせオレは恋愛方面は門外漢さっ!
 …………って、ちょっと待て。『“当分は”ない』?」

オメガ《えぇ》

Mコンボイ「おいおいおいおいっ!
 それは何か!? ゆくゆくはオレにもそういう展開がある、ということか!?」

オメガ《そうですね。
 もう作者の頭の中ではカップリングも固まっていて……ただし、その相手というのがまだまだ登場が先なんですよ。だから、『当分は』》

Mコンボイ「いやいやいやいや、待て待て待て待てっ!
 オレが恋愛だと!? ムリムリムリムリっ! 絶対不可能っ!」



(六課のコンボイ、今までにないほどにうろたえる。ヒューマンフォームなのでその顔は真っ赤)



オメガ《おやおや、新鮮な反応ですね。
 さて、そんな意外とウブな一面を見せてくれたボスはさておき、次回からは休日編です。
 スターズ分隊が休みということで、当然ながらボスも休み。果たして、私達の出番はあるのか……などと気にしながら、今回はお開きとさせていただきます。
 また次回お会いいたしましょう》

Mコンボイ「こらっ! 貴様オレの話を……!」



(なおも真っ赤な顔でバタバタとあわてている六課のコンボイ。
 終末と始まりの大剣、無視してマイクのOFF信号を送信し――幕)





(おしまい)


 


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