頂き物の小説
第4話「何事も程ほどが一番。まったりしたい時なんかは特にそう」
「トランスフォーム!」
建て直された六課の本部隊舎前ロータリーに到着、私が降りるのを確認してから、私のパートナートランスフォーマー、ジャックプライムはトラック型のビークルモードからロボットモードへとトランスフォームした。
そのまま、二人で本部隊舎に足を踏み入れる。
もう日は沈みきって、昼の課業時間の終わった隊舎の中は静かなもの……結構時間かかっちゃったな。
ヤスフミ、もう夕飯食べたかな? もしまだなら一緒に食べて、いろいろ話したいな。ここ半年、本当にいろいろあったから。
あ、エリオとキャロとも仲良くしてくれてるといいんだけど。初対面だし、ちょっと心配。
そんなことを思って隊舎に入ると、目についた人影。
ピンクのポニーテールに凛々しさを感じさせる表情……そう、シグナムが向こうから歩いてきた。
「シグナム」
「ただいまー」
なので当然、私とジャックプライムは声をかける。
「あぁ、テスタロッサ、ジャックプライム」
シグナムは、私の声に気づくとこちらを見て、呼びかけに応えてくれた。
「今戻ってきたところか?」
「えぇ。
それであの、ヤスフミ……今どうしてますか?」
「医務室だ」
……………………………………え?
「医務室?」
「そうだ」
「あの……ケガとか病気の時に行く場所?」
「そうだ」
「あずささんの料理を食べたヴァイス陸曹が行く場所?」
「そうだ」
「改造実験帝国SHA○!?」
「そうだ」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
い、医務室っ!? いったい何がどうしたっていうのっ!
「少し事情があって、先ほどまでスバルとマスターコンボイを相手に模擬戦を行っていてな」
『模擬戦っ!?』
「それで、今は3人一緒に事後検査だ。
しかし、なかなかいい勝負だった。今のスバルとマスターコンボイに勝つとは、あいつも腕をまた上げたと関心してしまった」
シグナムのその言葉に、私達は言葉を失うしかなかった。
というかシグナム、論点はそこなんですかっ!? なんでそんなに嬉しそうなんですかっ!
……なんでっ! まず、どうしていきなり模擬戦なんて話になるのっ! しかもゴッドオンして!?
はやてやみんなは止めなかったのっ!?
「あの、それで大丈夫なんですか?」
主にスバルが。
マスターコンボイは大丈夫だろうけど、ヤスフミ、まったく加減しないから……
「あぁ。問題ない。
特にどこかをケガしたということもないしな」
そのシグナムの言葉に、一応は胸をなで下ろす……よかった。
「ただ、蒼凪の方が……少しな」
「え?」
「詳しくはシャマルから聞くといい。ロビーでみんな集まって話を聞いているから、お前も行ってこい」
「あ、はい……」
……一体どうしたんだろ?
ひょっとして、模擬戦でどこかケガをしたとかっ!?
「そう心配そうな顔をするな。それほど重い話ではない」
「そうですか?」
「そうだ。というワケで……また後でな、二人とも」
「はい、シグナム」
「またねー」
そうして、私とジャックプライムは、みんながいるというロビーの方へと、足早に向かった。
でも……
初日でこれなんて、これからどうなるんだろ。
とある魔導師と機動六課の日常×魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
とある魔導師と守護者と機動六課の日常
第4話「何事も程ほどが一番。まったりしたい時なんかは特にそう」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「う……ん……」
気だるい感覚が身体を包む。
まだ、心と頭と身体のトライアングルのバランスが上手く取ることが出来ない、目覚めた瞬間の特有の感覚。
うん……あたし……どうしたの?
そう思いながら目をゆっくりと開ける。
そこに映るのは真っ白な天井。まるでどっかの病室を思わせるような天井。
……あぁ、知ってる天井だ。
とりあえず……起きよう。
そう思って、身体をゆっくりと起こす。
えっと……ここは……
「医務室だよ」
「へっ!? ……恭文っ!」
突然、声をかけられた。そちらを見ると、地上部隊の制服を着た小さな男の子がいた。
恭文だ――マスターコンボイと二人、事務机の傍に置かれているイスに座ってそこにいた。
……というか、いつからそこに?
「さっきからずっといたよ? そして、誰が豆だ」
誰もそこまで言ってないよっ!
《あー、気にしないでください。
……なお、私も同じくいました。
マスター、どうも我々はスバルさんからすると、存在感がないようですね》
「オレもいたんだが……」
「は、ははは……ごめん」
「別にいいよ。
……それより、身体の調子はどう?」
恭文からそう言われて、もう一度身体チェック。と言っても別に身体を動かしたりするワケじゃない。
自分の感覚を研ぎ澄ませて、身体のどこかに違和感がないかどうかを探る。
……よし。
「いい感じかな? もう一戦くらいいけそう」
「……元気すぎでしょ。お願いだからもうちょっと落ち着いて」
「負けた後くらいはおとなしくしておけ、このじゃじゃ馬が」
恭文に続いたマスターコンボイさんの言葉に――思い出した。
……そうだ。あたし、負けたんだ。
思い出して、ちょっとだけ悔しい気持ちになる。最後のあの一撃まで、少なくとも本気じゃなかったんだなって。
というか……口で振り回されたのがムカつくーっ!
彼女ってなにっ! バカじゃないのってナニっ!? そしていきなり「わかった」なんて言うなぁぁぁぁぁっ!
このコンビいつもあんな戦い方してるのっ!? あれじゃまるでお兄ちゃんだよっ! お兄ちゃんに負けた人がみんなすごく悔しそうな顔する理由がよくわかったよっ!
「……どうしたの?」
《あの、どこか痛むのですか?》
恭文が、あたしの顔をどこか不安げにのぞき込む。アルトアイゼンも心配してくれている様子。
……大丈夫だよ、大丈夫だから。だから、そんな心配そうな顔、しないでほしいかな。
なんていうか、エンジン入るとあぁなるんだね。あの時と全然雰囲気違うし……よくわかったよ。
「……そういえば、恭文はどうしてここに?」
「眠り姫が目を覚ますまで待ってたんだよ。さすがにキスして起こすワケにはいかないし」
き、キスっ!? ま、まさかあたし……!
「……初対面で好き合ってるワケじゃないのに、そんなことするワケないでしょうが。
お願いだから顔を赤くしないでよ」
「あ……うん」
《それは冗談なのですが、真面目な話、スバルさんが目を覚ますまでついててあげたいっと言って聞かなかったんです。
……自分だってシャマルさんからドクターストップをかけられたというのに》
そうだったんだ。ありがと……って、ドクターストップっ!?
恭文、どういうことっ!? ひょっとして、あたし達、ナニか変な攻撃しちゃったのっ!?
「あぁ、違う違うっ!
……うんとね、なんか……」
「過労だって判明したの」
「…………過労っ!?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「僕も嘱託として仕事してる身だしね。ここに来る前に抱えてた事件の報告書とか、山のように抱えてたワケですよ。
それを、この六課への出向に合わせて全部片づけなくちゃならなくてね……直前ギリギリまで、しこたまがんばってたの」
目覚めたスバルに対して、僕が簡単に事情説明。
うん……簡単に。
でないと、モモ達のクライマックスを見にいけなかった僕の大愚痴り大会になっちゃいそうだから。
「なるほど……って、そんな状態で模擬戦してたのっ!?」
「スバル。そこにはツッコんでやるな。
オレも話を聞いて驚いた」
《問題はないと思っていた私が原因です。すみませんでした》
あー、アルトだけのせいじゃないよ。僕も、一日ぐっすり寝れば大丈夫とか思ってたし。
「……それで、シャマル先生は結論としては何て言ってたの?」
「うん、別にケガとかじゃなくて、ただの疲れ。それも軽めのね。
ただ、念のために疲労が抜けるまでは模擬戦や、魔法戦の訓練の類は禁止。でも、剣の素振りや、軽めの組み手くらいはやってもいいって許可をもらった」
「そっか、よかったね。
……えっと……ごめん」
……なんで謝るのさ。僕の不養生が原因なんだから、スバルはなんにも悪いことしてないでしょうに。
「それでも……ごめん。
知らなかったって言っても、そんな状態で模擬戦って、やっぱりいきなりすぎたかなって……」
いや、だから謝んなくていいから。
あー、なんか暗い空気出してるし、どうすりゃいいんだこれっ!
「笑えばいいと思うよ?」
いや、そんなエヴァなことしたって……
………………あれ?
今の声……スバルの声でも、マスターコンボイの声でも、アルトの声でもない。
……まぁ、知ってる人の声ではあったけど。
ただ……この場で聞くとは思っていなかった声だ。
ゆっくりと声のした方向へと振り向いて――声を上げる。
『(泉)こなたっ!?』
………………え?
ハモった声はスバルやマスターコンボイのもの。思わず顔を見合わせる……えっと、お二人、知り合い?
「うん。
恭文も?」
はい。その通り。ぶっちぎりで知り合いです。
ただし……ミッドチルダではなく、地球の知り合いなんですけど。
「うし。状況を確認しよう。
こなた……どーしてここにいる?」
息をつき、僕が尋ねたその子は、僕よりもさらに背の低い、青色の長髪をなびかせた女の子。
ちなみに、服装は陸士部隊を始めとした管理局の制服ではなく、完全な私服。
泉こなた。
地球で知り合った女の子で……確か魔導師でも何でもなかったはずなんだけど。
そのこなたがどうしてこのミッドチルダに、六課にいるのか? 当然といえば当然の疑問をぶつける僕だけど――
「恭文、こなたはあたし達の仲間だよ?
民間協力者として、一緒に“JS事件”の解決に協力してくれたの」
そんな僕に答えたのはスバルだった。
えっと……じゃあ、六課に協力してたっていう民間協力者のゴッドマスターって……
「うん。私達だよ。
その“民間協力者”組の中で、一番最初にゴッドマスターになったのが私なんだよ」
「それで……恭文とこなたはどういう関係なの?」
スバルのその問いに、僕はこなたと顔を見合わせた。スバルへと視線を戻して、「せーの」で答える。
『オタク仲間』
もっと言うとアキバ仲間だね。地球の秋葉原で知り合って、そのままオタク同士意気投合。アキバに顔を出す度につるんでて……まぁ、そんな感じ。
……あ、ちゃんとノンセクシャルな友達だからね? 僕はフェイト一筋なんだし。
「…………いや。予想はできたな。
泉こなたと知り合いという時点で、その答えは予想しておくべきだった」
えー、マスターコンボイ、それは一体どういう意味ですかな?
「そうだよ。失礼しちゃうなー。
……っと、それよりも……恭文っ!」
僕のとなりで口を尖らせていたこなたが、僕に向けて声を上げる。
これは……アレかな? 医務室でやるにはちょっとせまいけど、望むところっ!
「答えよっ! 恭文っ!」
「おぅよっ! こなたぁっ!」
気合を入れるこなたに答え、ベッドから跳び下りる。
突然のことにスバルが目を丸くしているけど気にしない。場所が場所だけに走り回ることはできないから、こなたと正面から向き合い、拳を中心とした演武を決める。
「ビッグサイトは!」
「オタクの風よっ!」
「水分!」
「欠かさずっ!」
『新刊確得っ!』
『見よっ! 夏コミは、熱く萌えているぅぅぅぅぅぅっ!』
………………
…………
……
『…………冬コミ編っ!』
「やらんでいい」
冷静なツッコミと同時――“力”の塊が僕とこなたにピンポイントで叩きつけられた。
周りを一切巻き込まないほど正確に叩きつけられた“力”に殴られるように、僕もこなたもその場に転がる。おー、痛い……
「ったく、医務室がうるせぇから何をやってるのかと思ったら……」
そんな僕達を前にため息をつくのは――ジュンイチさんっ!?
「どーして!? いつの間にっ!?」
「模擬戦の途中から観戦してたよ。
で、オフィスで席借りて民間協力に関する手続き関係を済ませて、お前らの様子を身に来たら……ってなトコ。
それより……」
言って、ジュンイチさんが視線で示すのは――
「そこで状況についてこれないでいるスバルへのフォローの方が先だと思うんだけど」
っと、そうだ、忘れてた。
「あー、スバル、気にしないでいいよ?」
「アレは私と恭文の、言ってみればあいさつみたいなもんだし」
《そうですよ。スバルさん、あなたは気にしなくていいんです。
この二人、知り合って間もない人間の前では嬉々としてコレをやりたがるんですよ。
まったく、バカやって相手の気を引こうなんて、どこのさびしんぼさんですか》
うん。アルトはちょっと黙ろうか。
「しかし……貴様が止めるというのも珍しいな。
こういうネタはむしろ率先してノる方だと思っていたが」
その一方で、マスターコンボイが興味を示したのは僕らじゃなくてジュンイチさん。
まぁ、確かにジュンイチさんがこの手のネタにノってこないのは珍しいけど……理由はなんとなく想像できた。
「たりめーだ。
こんな楽しいネタ、オレを抜きで進めやがって」
やっぱり。
ところで、ちょっと気になったんですけど……ジュンイチさん。
「ん?」
「その肩にいるの……ぶっちゃけ、何?」
そう。
ジュンイチさんの肩には、身長にしてだいたい30cmほどの竜がとまっていた。
って言っても、キャロの連れているフリードのような生物然とした竜じゃない。何というか、アニメとか漫画っぽくディフォルメされた感じで……ポケモンとかデジモンとか想像してもらえればわかると思う。
「あぁ、そーいや、恭文も初対面だったな。
ブイリュウ、自己紹介」
「うんっ!」
そんなジュンイチさんの言葉に答え――そう。言葉をもって答えたのだ。とにかくブイリュウと呼ばれたその竜は背中の翼でパタパタと羽ばたき、僕の目の前に。
「初めまして! オイラ、ブイリュウ!
ジュンイチのパートナープラネルだよ。よろしくっ!」
「蒼凪恭文だよ。よろしく」
《アルトアイゼンです》
羽ばたきで空中にその身を留めたまま、器用にお辞儀する。なので僕もそれに答えておじぎしておく。
けど……また知らない単語が出てきた。プラネル……?
「あぁ。
恭文にも、話だけはしてるよな? オレの“ブレイカービースト”の話は」
「あ、うん」
ジュンイチさんは魔導師ではなく、“ブレイカー”と呼ばれる転生型の特殊能力者だ。
で、そのブレイカーにはそれぞれ、ブレイカービーストと呼ばれる獣型の機動メカがパートナーについている。
そして、ジュンイチさん達が乗り込むことで人型のロボット形態“ブレイカーロボ”となって戦う……って、どこのスーパーロボットですか。いや、元々オリジナル系勇者シリーズ作品からのゲストな人だからしょうがないんだろうけど。
「けど、トランスフォーマーよりもでっかい連中だからな。パートナーだからって四六時中オレ達と一緒にいるのも不便が過ぎる。
そこで、代わりにオレ達と一緒にいてくれる分身体、それが……」
「オイラ達、プラネルだってこと!」
ジュンイチさんの言葉に、ブイリュウは空中で自慢げに胸を張る。
どーでもいいけど、さっきから羽ばたきながら器用なもんだね。リインみたく魔法で滞空してるってワケでもないみたいなのに。
「けど……うん、納得した。
要するに、ブレイカービーストの使い魔……みたいな解釈でいいんだよね? だからそんなアニメちっくな姿だし人の言葉もわかる」
「そだね。それでいいよ。
これからよろしく、恭文!」
「うん。こちらこそ」
と、そんなことを話していると、医務室のドアが開いた。
入ってきたのは……僕が良く知っているひとりの女性。
「失礼します」
「……フェイトさんっ!」
「スバル、目が覚めたんだね。よかった」
そう言いながら、僕達の方に近づいてくる。
一歩ずつ歩くたびに、煌びやかな金色の長い髪を靡かせ、優しい輝きを放つ瞳は、吸い込まれそうなルビー色。
そんな容姿の彼女の名前は、フェイト・テスタロッサ・高町。
時空管理局の執務官を目指して只今絶賛まい進中の優秀な女性。
それと同時に、嘱託の身分というハンデをぶっちぎって六課の分隊長兼捜査主任を務められるほどの実力を持ったオーバーSランク魔導師。
はやてやシャマルさん達、それにリインと同じく、僕が魔導師になってからの付き合いのある友達。
……うん、ちょっと違うな。対外的にはお姉さんって感じになるのかな?
なんというか、僕の事をすぐ子ども扱いするし。
「ヤスフミ、どうかした?」
あぁ気にしなくていいから。うんうん! といいますか、気にされるといろいろとマズくなりそうだし。
「そう……?」
「フェイトさん、おひさー♪」
「うん、こなたも久しぶり。
かがみ達は元気?」
「もちろん♪」
そんなフェイトに声をかけてくるのはこなた……そうだね。“JS事件”で共闘したってことは、当然フェイトとも知り合いなんだよね。
そして――
《フェイトさん、ごぶさたしています》
「うん。久しぶりだねアルトアイゼン。
ヤスフミも……少しだけ、久しぶり」
「……うん」
なんていうか……うん、ドキドキしてしまう。だって、フェイト綺麗なんだもん。
とにかく、話を進めることにする……なんでフェイトここにきたの?
「ヤスフミ達が模擬戦をして、ここにいるってシグナムからね」
「あー、それで僕やスバル達の様子見に来てくれたの?」
「うん、それで、シャマルさんからも話を聞いてきたところ。
ジャックプライムは、もうちょっと詳しい話を聞いてる。恭文の今後の休養とか、その辺で。
それで……スバル、身体の方は大丈夫かな?」
「あ、はい。大丈夫です!」
元気いっぱいにガッツポーズなどする豆柴……うん、よかった。元気そうだ。
「あの……変なところとかないかな? こう、アザになってたりとか」
「え?」
「フェイト、ちゃんと僕もアルトも非殺傷設定で威力も調整した上で斬ったから」
「それに、オレのゴッドオン越しだ。問題はあるまい」
師匠に念のためにと監修してもらったから、問題はないはず。いや、調整した上で加減なく斬ったんだけど。
「なら、スバルは大丈夫そうだね。
……ヤスフミも、身体の方はどう?」
「あー、うん大丈夫。
ただ、疲れが取れるまでは絶対に無茶しないようにって釘を刺されたけど」
「うん、それも聞いてる。
こっちの事は気にしなくてもいいから、しっかり休んでね」
……ごめん。
「どうして謝るの?」
「みんなの力になるために来たのに、来た早々これだもの。
ホントにごめん。迷惑かける」
うつむきながらそう答える。
……あぁぁもうっ! イラつくったらありゃあしないっ!
我ながらどうしてこんなにダメダメなんだっ!?
うー、久々にフェイトと一緒にアレコレできるっていうのに……
「大丈夫だよ」
何時の間にか強く握りしめていた拳に、フェイトがそっと手を重ねる。
「フ、フェイトっ?」
「ヤスフミが一生懸命がんばってここに来てくれた事、みんな知ってるから。誰も、この事で怒ったりなんてしないよ?
私もそうだし、ヴィータだって……ちょっと苦い顔してたけど大丈夫だから」
いや、でも……
「ただ……少しだけがんばりすぎちゃったね」
僕の手を握りながら、フェイトが優しく微笑む。
ルビー色の瞳に金の髪。二つの柔らかな光が、僕を魅了していた。
不謹慎かもしれないけど、フェイトが綺麗なんだからしょうがない。
なんかジュンイチさんがため息まじりに肩をすくめているのが見えるけど気にしない。しょうがないんだから。
…………こなたとブイリュウが「あぁ、そういうこと」と言わんばかりにニヤニヤしてるけど気にしない。しょうがないったらしょうがないんだよっ!
「もし、ヤスフミがどうしても気になるのなら、しっかり反省すればいいんだよ。
それで、同じ事を他の仕事で繰り返さないようにすれば大丈夫だから……ね?」
「う、うん。ごめん」
「もう謝らないでほしいな。こういう時は……」
「……ありがとう?」
僕がそう言うとフェイトが微笑みながらうなずく。
その笑みに、心が締めつけられるような感覚になる。
「そっか……フェイト、ありがとうね」
「うん」
……幸せ。
うん、凄く……幸せ。
だって僕は……この人が、好きだから。
「…………で、オレ達は空気なワケね」
「っ…………ジュンイチさん」
そんな僕らの間の空気を読まずに口をはさんできたのはジュンイチさん……なんだけど……あれ?
なんか……フェイトの雰囲気が変わった? なんつーか……鉄火場で犯人相手にしてる時みたいに。
「今日戻ってきたんですか……?
聞いてませんでしたけど」
「正式な合流はまだ未定だったんだけどねー。
作業が今日の昼には片づいて、合流の目処がついたんでね。民間協力にあたっての手続き関連だけでもと思って来たんだよ。
何かとお忙しそうなお前が気にするようなことじゃねーよー」
「………………っ!
私は、六課の分隊長として!」
「オレ、ライトニング分隊じゃねーし」
………………うん。間違いない。
フェイト、ジュンイチさんに対して警戒心がむき出しだ。
対するジュンイチさんは気にすることもなく受け流してる。挑発するような物言いはこの人のデフォルトだから気にしないでおく……フェイトが相手っていうのはちょっとだけムッとするけど。
えっと……何コレ?
「あー……ゴメンね、恭文。
フェイトさん、お兄ちゃんに対していい印象持ってないから」
あー、なるほど。
スバルの説明でなんとなく理解した。
フェイトって、基本的にまっすぐで純粋なところがあるから……まっすぐすぎる、純粋すぎるようなところがあるから、ジュンイチさんみたいな“汚れ役上等”なタイプとは基本的にソリが合わないんだ。
前々からウワサを聞くたびに「それだけの力があるのに、どうしてこんな戦い方を……」って感じで渋い顔してたし、はやてや師匠から聞いた話じゃ、“JS事件”の間にも対立して、実際にぶつかったあげく返り討ちにあったらしい。
うん。そりゃ警戒するか。
「……っと、そうだ。
ジュンイチさんのせいで思い出した」
「え?」
「アルトアイゼンっ!」
《……フェイトさん、そんな怖い顔をしないでください。せっかくの美人な顔が台無しですよ?》
そう、フェイトの矛先は今度は僕らに向いてきた。まるで……いや、怒ってます。本当に。
「うん、じゃあこれ以上台無しにならないうちに、私の話を聞いてくれるかな。
映像でずいぶんとスバルのことを振り回してたね」
……あぁ、アレね。うん、あれはびっくりしたよ。いや、いつもの事と言えばいつものことだけど。
「スバルを動揺させてスキを作ろうとしたのはわかったけど……
だからって、女の子の気持ちをああいう風に振り回すのは絶対にダメだよ?」
《いえ、私は男女平等がモットーですから。問題はありません》
そんな言い訳が現代社会で通じるかっ! つか、いけしゃあしゃあと問題なしって言い切ったねおいっ!
といいますか……あぁ、フェイトの顔が般若に変化して……
「そんな言い訳は聞きませんっ!
……ほら、二人ともスバルにちゃんと謝って」
「そうだよアルト。ちゃんと二人で……え? 僕もっ!?」
僕がそう聞くと、フェイトは『当然』と言わんばかりにうなずいた。
「……大丈夫だよフェイト。このことは、しっかり反省して次の仕事で同じ事を繰り返さないようにするから」
「それとこれとは話が別っ! マスターとして、ヤスフミがしっかりしていないのも原因だよっ!
……仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど」
……まぁ、ちとやりすぎたからなぁ。こういうのは、必要でしょ。
「スバル、その……ごめん」
「うん、よろしい。ほら、アルトアイゼンも」
《……すみませんでした。
納得のいかない部分は9割ほどあるのですが、フェイトさんをこれ以上怒らせると、マスターがヘコむので謝っておきます》
「あぁ、いいよいいよ。あたしも大人げなかったし。
それにおもしろいもの見れたし……うふふ」
……さてスバル、何で僕を見てそんなニヤニヤしてるのよ?
「だって〜、恭文がフェイトさんにデレデレで弱いからさ。見ててついおもしろくって。
ねー? こなた♪」
「ねー? スバル♪」
「よし、スバル。目が覚めたんだから早く部屋に戻りなさい。というか帰れ。
こなたも用がすんだならさっさと消えろ」
「なんでそうなるのっ!?
だって、すっごいラブラブな空気出てたよ? 恭文デレデレだったよっ!
だよね、こなた!」
「そうだよ!
見てるこっちが続きが気になってしょうがなかったくらいなんだからっ!」
「ら、ラブラブって言うなっ! 普通の会話だ普通のっ! つーかデレデレしてないしっ!」
そう、僕はこういうキャラっ! 一体何の問題があるとっ!?
そしてこなたは続きなんか期待しないでっ! 続きなんかないから辛いんだよっ!
《そうです。マスターはあれが普通なんです。
フェイトさんの前では『ツン』やら『ヤン』やら『クー』やらは存在しないだけです》
「黙れやこらぁぁぁぁぁっ!」
お願いだから……お願いだからフェイトの前でそういうことを言うのは本当にやめてぇぇぇぇぇっ!
あぁ、これはいつものパターンだと……
「スバル、こなた。
私とヤスフミは、そういうのじゃないよ? 前にも言ったけど、姉弟みたいな感じなんだ」
……やっぱりか。
うん、そうだね。そうなんだよね。わかってるから、そこは口に出さないでほしい。その言葉と笑顔が心に突き刺さるから。
あー、追記がひとつ。ぶっちぎりで片想いです。というか……通じてません。
《マスター、強く生きてください。いや、なんというか……すみません》
「がんばってね。というか、ごめん……」
「恭文。どんまいっ。ふぁいとーっ」
……うん、がんばるよ。フェイトがなんだかポカーンとした顔浮かべてるけど、気にしないことにする。
「よくわかんないけど……ね、みんなお腹すいてるよね? 夕食、食べに行こう」
「夕食?」
……あー、そういえばまだ食べてなかった。もうお腹ペコペコだよ、結構ハデに動いたしなぁ
「せっかくだから一緒に食べよう?
今日の話とか、いろいろと聞きたいな。私はさっき戻ったばかりだし」
「あ、私がみんなを代表して持ってきたお土産のケーキがありますよ。
フェイトさんやスバル達の分は食堂の冷蔵庫で保管してもらってますから、ついでにデザートで食べちゃいましょう♪」
「ホント!?」
「うん。ありがとう、こなた」
そうして僕達は、少し遅めの夕食にありつくために、六課の食堂へと向かう事となった。
……ただ、気になる点がひとつ。
とりあえず、スバルはその気の毒そうな目で僕を見るのをなんとかしてほしい。
そんな気持ちを抱きながら……廊下を歩いていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……あぁ、でも美味しいー!」
そんな歓喜の声を上げるのは、ひとりの男の子。本当に嬉しさと幸せに満ちた表情を私に見せてくれる。
「昼間も思ったけど、六課のご飯ってレベル高いなぁ。しあわせー!」
「でしょ? 私が六課に来て、本当によかったって思ってることのひとつなんだ〜♪」
「だよね〜♪」
「ヤスフミ、スバル、こなたも、そんなにあわてて食べたらダメだよ。身体に悪いよ?
……ほら、特にスバルは起きたばっかりなんだから」
「……はい」
「おい、ブイリュウ。
口の周りがケチャップまみれだぞ……ほら、拭いてやるからじっとしてろ」
「ほーい」
私とヤスフミ、スバルとマスターコンボイ、そしてジュンイチさんとこなたにブイリュウ。7人(6人と1体?)は、食堂に移動して夕食を美味しくいただいていた。
そして、ご飯を食べながら、今日の話を聞いている。私がリクエストしたんだ。でも、ヤスフミすごいね。
「ん〜、何が?」
「だって、移動の最中にみんなにいっぱい話しかけられてた。
たった一日なのに、もう六課に馴染んでるみたい」
「そーかなぁ? 初日にいろいろとやらかした問題児だから、すぐ覚えられただけだと思うけど……
というか……フェイト、忘れてない? メンバーの大半顔見知りだよ?」
「そうなの?」
スバルが、サラダを食べながらそう聞いてきた……そういえばそうだったね。
「そうだよ。
ロングアーチだと……グリフィスさんはシャーリーと同じタイミングで知り合ってる。
ルキノさんはアースラでの仕事の時に仲良くなったし……他の人も、フリーの仕事の時に顔合わせてる人が多いみたいだから」
《初対面なのは、スバルさん達フォワード陣と、アルトさんとヴァイスさんに整備員の方々くらいではないでしょうか?
こなたさん、“民間協力者”の方達の方はどうですか?》
「んー、恭文がどっかでフラグ立ててない限りは、ひよりんだけかな?」
「ひよりもいるのっ!?」
「うん、いるよー」
こんな会話をしつつも、ヤスフミは色んな事を話してくれた。
朝礼で壇上から転げ落ちたこと。
……そんなことしたんだね。なんていうか、うん、変わってないよ。
そうして、その後やってきたシャマルさんにザフィーラ、リインとあいさつして、リイン先導で隊舎の見学+あいさつ回りツアーに出たこと。
そうしてあいさつ回りをしていって、ロングアーチやバックヤード。それに、スバル達前線メンバーと話して、六課の雰囲気がとてもいいものだと思ってくれたこと。
そして、スバルと『教導官のちゃんとした許可さえ取れれば、別に今日、これから模擬戦してもかまわない』と言ったら、ホントにやるハメになってしまったこと。
それをアルトアイゼンに『うかつ過ぎる』と、怒られたことを話してくれた……
「確かに……ちょっとうかつだったかもね。
スバルは、こうと決めたら一直線ですごく押しが強いから」
みんなも、ヤスフミがどれくらい強くなっているか気になっていたから、余計にマズかったね。
「そうは言っても、これはしょうがないんじゃね?
なんせ、この時点で、恭文はスバルの人となりを知らなかったんだからさ」
そう恭文をフォローするのはジュンイチさんだ、となりに座るスバルの頭をグシグシと乱暴になでながら、
「コイツが六課フォワード陣が誇る暴走特急だって知ってたら、恭文だって発言は慎重にしただろうさ。
知らなかったモンはしょうがないだろ。コイツが六課フォワード陣が誇る暴走特急だってコト」
「うぅっ、ご迷惑おかけしました……
だからお兄ちゃん、あんまり『暴走特急』『暴走特急』って連呼しないで……」
「別にいーじゃん。
中にセガールがいそうで、強そうで」
「いないよっ!
それにあたしは『特急』よりも『戦艦』派だよっ!」
……うん。何かのネタなんだろうけどついていけない……
特急? 戦艦? セガールって誰? 聞き覚えはあるんだけど……
「と、とにかく……ホントにゴメン、恭文……
ホントのホントに反省してるから……」
《先ほどの発言を聞くに、本心から思っているかどうかは疑わしいですが》
「わ、わかってるからそんなこと言わないでよー!」
「まぁ、押しが強いのは戦ってみてよくわかった。なんというか、スバルは間違いなくフロントアタッカー向きだわ」
「で、どうだった? スバルと戦ってみて。
……というか、今日一日六課を回ってみて」
正直に言うと、ヤスフミがもし六課を気に入ってくれなかったら……というのがヤスフミが来ることが決まってから、ずっと気になっていた。
私の言葉に、ヤスフミが少しだけ考える様子を見せる。そして、口を開いた。
「そうだな〜。まず、六課自体は気に入ったかな?
さっきも言ったけど、居心地良さそうだし、スタッフもみんないい人達だしね」
《それは、私も同じです。
フェイトさんやはやてさんもいらっしゃいますし、しばらくは安心して過ごせそうです》
「そっか、そう言ってくれると嬉しいよ」
これなら、大丈夫かな? やっぱり、不安は大きかったから。私は、ヤスフミの言葉に、安心していた。
「あと、スバルと戦ってみて、なのはや師匠達がすっごく気持ちを込めてフォワード陣を育てているってのはよくわかった。
……真面目に話すと、戒め外さなきゃ勝てるかどうかわかんなかったしね。やっぱまだまだだわ」
……あの人は色んな意味で別格だから、比べちゃダメだよ。
「まぁ、鬼か修羅の類なんじゃないかって疑問に思う時あるしね」
《未だ目指すべき高みは遠くにあるということです。がんばっていきましょう》
「そうだね」
「……ねぇ恭文」
私達がそう話していると、スバルが少しだけ真剣な表情で話しかけてきた……どうしたのかな?
「戒めって……何? ひょっとしてカートリッジ使わなかったことと関係があるの?」
「ヤスフミ、ひょっとしてスバルには……」
「うん、眠ってたからまだ話してない。
……うんとねスバル、僕には、戦い方を教えてくれた先生が3人いてね。ひとりは……もう知ってるよね」
「うん、ヴィータ副隊長だよね」
「そうだよ。
そしてもうひとりが、そこにいるキミの最初のお師匠さん」
「お兄ちゃんっ!?」
「そこまで詳しく教えたワケじゃねぇよ。
オレはただ、“力”のコントロールをちっとばかし教えただけ――戦い方については、もうその時点でヴィータ達がいたからな。あっちに丸投げかました。
だから厳密にはほとんど何も教えてないも同じ。『師匠』と言うには足りないよ、すっごく」
驚くスバルに対して、ジュンイチさんは手をパタパタと振りながらそう答える。
「それでね……」
……そう。ヤスフミには3人の師匠が居る。ひとりは、私達の友達のヴィータ。
二人目が……ジュンイチさん。
ただ……ジュンイチさんについては、私達もつい最近まで知らなかった。今言ったみたいに師弟というには浅い関係だったから、恭文としても師弟というより仲間・友達感覚の方が強くて、そういう風にしかジュンイチさんのことを語ることがなかったからだ。
そして、最後の3人目が、恭文が先生と言ったあの人だ。
ヴィータは、ベルカ式魔法を用いての魔法戦の技術全般を。
ジュンイチさんは、恭文の魔力のコントロールを磨いた。
そしてあの人は、刀での高度な近接戦闘技術と、今やヤスフミのベストパートナーとなったアームドデバイス・アルトアイゼンをヤスフミに託した。
二人とも……そしてきっとジュンイチさんも、ヤスフミに想いを込めて、自身が培ってきた戦闘技術を叩き込んでくれた。
そうして出来上がったのが……一撃必殺を具現化した今の戦い方。
あと、ヤスフミとアルトアイゼンが……こう、相手に対して口先で精神攻撃をしながら戦うのは、あの人の影響。今はジュンイチさんの影響もあるんじゃないかとも思ってるけど。
正直、アレはやめた方がいいと思う。そんなことしなくても、ヤスフミもアルトアイゼンも強いのに。
そして、戒めというのは、あの人がヤスフミに課したひとつの修行方法。
アルトアイゼンには、一応私のバルディッシュやなのはのレイジングハートのように形状変換の機能が備わっている。
そして、カートリッジに関しても、ジガンスクードがある。
でも、あの人は恭文とアルトアイゼンに、それらを安易に使う事を禁じた。
確かに、それらの機能は強力ではある。でも……
「『強力な力に安易に頼れば、それは自身を強くする伸びしろを殺す可能性がある。だが、安易でなければ問題ないので、その時を見極める目と感覚を養うべし』
それが、師匠達……というより、僕の剣の先生からの教えなんだ」
「それが戒め? ねぇ、恭文、その教え少し無茶苦茶じゃないかな?」
「どうして?」
「言いたいことはわかるよ。強い武器を持ってるからって、いつもその武器に頼ってたんじゃ、自分はいつまで経っても強くなれない……ってことだよね?
けど……だからって使わないことにこだわって、もしそれでどうにもならなくなったら……」
うん、まず普通はそこを心配する。でも……
「その時は……というか、そうなる前に遠慮なくカートリッジなり形状変換なり使う。スバルにやったみたいにね」
《私達がこだわるのは“強力な力に頼らないこと”ではありません。
いえ、こだわりがないとは言いませんが、それ以上に大切なのは“その強力な力を使うべきか否かを判断する目”です》
「でも、カートリッジや形状変換って、局で言うと、エース級の魔導師クラスだと普通のことだよ。
それに対しても基本的には使わないようにするって……やっぱり危ないよ。実戦でもそうなの?」
「うん」
《そうしなければ修行になりませんので》
……うん、実戦でもそうなんだよね。
もちろん、今二人が言ったように、ヤスフミもアルトアイゼンも、それにこだわりすぎてどうにもならなくなるまではやらない。
二人とも息はピッタリだし、状況判断も私やなのは以上にしっかりしてるから、どっちかが無理だと判断したら、すぐに外して戦える。
私もみんなも、なんというか……二人のしたたかというかちゃっかりしているというか、そういう所を信用して、スバルが『危ない』と言った修行法を公認している。
それに、『絶対に泣かせるようなことはしない』って約束してくれているから。
ヤスフミ、自分からした約束は絶対に守るし、アルトアイゼンも、そのために自分のありったけの力を貸してくれている。
まぁ……“泣かせない”というだけであって、今日みたいに二人してやりすぎちゃうことはあるけど。
「スバルが戸惑うのもしゃーないかもな。
常日頃から“全力全開”を地でいくコイツにゃ、訓練はともかく実戦でまで力を抑えたまま戦うってこと自体が未知の感覚だろうし。
まぁ、そこはオレやギンガが“そういうふう”に育てたからなんだが」
「う、うん……
というか恭文、その人はそれで戦えるの?」
「スバル……その人はヤスフミと同じ戒めをつけた状態でもすっごく強いの。
少なくとも、全力全開の私となのはの相手を同時に出来るくらいに」
私がそう言うと、スバルやこなた、そしてマスターコンボイの表情が、驚きに満ちたものに変わる。
……うん、信じられないよね。
実際に模擬戦をするまで私も同じだったから、気持ちはすごくわかるよ。でも、本当のことなんだ。
ヤスフミのもうひとりの師匠は、私達もよく知っている人物。
元教導隊出身で、今は局の仕事を引退して、あちらこちらの世界を放浪しての武者修行の旅に出ている。
性格は、ひょうひょうとしたつかみ所のない人なんだけど……戦闘となるとそれを感じさせないくらいの強さを見せる。
そしてあの人は、ヤスフミと同じ戒めを自らに課している。
術者自身と信頼できるデバイスの基本戦闘能力がちゃんとしていれば、それだけでどんな相手でも渡り合える。
そんな自分の教えが口先ではないことを、戦いの中で証明するために。
『言ったことの責任は通す。場合によっては命を賭けてでもやる』
……あの人が、ヤスフミに対して幾度となく言った言葉。そして、あの人はそれを実際の行動として通そうとしている。
なんというか、ヤスフミはそんなあの人の影響を強く受けている。いい所も悪い所も含めて。
剣士としてだけではなく……人生の師と言っていいのかもしれない。
少し話がそれたけど、スバルに言った通り、あの人は形状変換やカートリッジの力、場合によっては魔法を使わなくてもとても強い。
私やなのはも、全力を出しても勝てるかどうかわからないくらいに。
……ごめんなさい、ウソつきました。勝てません、はい。
二人がかりでも……勝てません。
カートリッジと形状変換なしなのに、なのははエクシード、私は真・ソニックフォームの状態なのに……勝てません。
完全に動きを見切られるんです。こっちが攻撃しても、全部受け止められるんです。
というか、当たらないんです。
それだけじゃなくて、ライオットザンバーであの人の斬撃を受けると、受けたところから刀身が真っ二つにされてそのまま墜とされるんです。
……もう、泣きたい。
「なんか……信じられない。
あ、ひょっとして、恭文が模擬戦の途中で言ってた『スターライトブレイカーを一刀両断する人』って……」
「うん、ヤスフミの先生のことだね。私となのはがタッグで挑んだ時に、それをやられてね……」
あの光景は、今でも忘れられない。本当に……凄かったから。
「あの時は僕もびびったよ。まさかそんな真似が出来るとは思ってなかったから」
《と言いますか……その場に居た人間全員がドン引きでした。いやぁ、その時のギャラリーの様子を録画出来ていれば、是非お見せしたかったです。
試合の様子は録画していたのですが、ギャラリーまでは無理だったんですよね……》
「……アルトアイゼン、それは趣味が悪いと思うよ?」
私やなのはは……すっごく必死だったのに。
「信じられない……」
「なんでそう思うのさ?
“規格外”って意味なら、そこにこの上なく体現してる人がいるでしょうが。
なのはのスターライトを自分のスターライトに取り込んで撃ち返したって聞いたけど?」
そう言って恭文が指さすのはもちろんジュンイチさんだ。
「それに、教導隊でもトップクラスのレベルだったら、先生じゃなくても普通のデバイスでそれくらいはできるよ。
現に、フェイトとなのはも昔、先生と教導隊で同期だったファーン先生って人にボロ負けしたっていうし」
……はい、負けました。本当にハデに。
「学長にっ!?」
「なんだ、ファーン先生のことは知ってるんだ」
「だって、あたしとティアの出身校の学長だよ?」
「あー、なるほど。納得したわ」
……うん。思いっきり……負けたね。能力的なことで言えば私達の方が上なのに……完敗だった。
そして、ファーン先生があの人と同期で、仲がよかったというのを知ったのは大分後だった。
もちろん、あの人ほど無茶じゃないけど。
「………………こうやって話を聞いていると……意外に黒星多いな、お前ら」
「……言わないで、マスターコンボイ……」
《あの方も負けず劣らず経験豊富で強いですからね。
マスター、勝てたことありましたっけ?》
「……ない。つか、わかってるんだから聞かないで。
ジュンイチさんは勝ったこと……つか、戦ったことある?」
「………………スンマセン。オレの魔導師キラーな能力がなかったら勝てませんでした。うん、絶対に。
ファーンさんがミッド式だったから勝てたよーなもんです。あの人みたいにベルカ式だったら絶対勝てませんでした。
めっちゃ紙一重の勝負でした。勝ったはいいけどマヂまた死ぬかと思いました。正直もう二度とやりたくありません」
私も……実は負けっぱなしだったりする。うぅ、ヤスフミじゃないけど、修行が足りないんだ。
「まぁ、スバルの言うこともわかるよ?
今や敵方も含めて、カートリッジや形状変換は主流となっている機能だし、強力なのは間違いない」
そう、今やそういった機能は、エース級と呼ばれている人達の間では、普通になっている。
だから、それをあえて封印して戦うなんていうのは、このご時世では古臭くてまともじゃないと思われても仕方ないのかも知れない。
「だけど……
それでも、そこまでしてでも追いかける価値のある人だって思うんだ」
そこまで言うと、恭文はホットミルクを取って一口すする……あ、幸せそうな顔になった。
そんな表情をすぐに真剣なものに切り替えて、スバルへ話を続ける。
「その持論を口先だけじゃなくて、自分でもしっかりとした形で実践している。デバイスの特殊な機能や、強大な魔力やレアスキルなんてなくても、ここまで強くなれるってことを。
そのレベルだって半端じゃないんだし、僕から見たら、どこに文句をつける要素があるのかわかんないよ」
ヤスフミが、楽しそうに瞳を輝かせながらそう口にする。
……変わってないね。あの人に対しての憧れは。
「そう……なんだ。恭文にとっては、その人の戦い方と強さは目標なんだね。
あたしにとって、お兄ちゃんやなのはさんがそうであるみたいに……だから、戒めを背負ってるんだ」
「うん。昼間のエリオの話じゃないけど、先生みたいに強くなるのが目標かな?
もちろん、ヴィータ師匠やジュンイチさんも同じくだね。でもさ……まだ一回も勝てないんだよねぇ〜」
「あの人に関して私もだよ」
「何言ってやがりますかねー。
『“あの人に”関しては』?――フェイト。お前今、オレからくらった黒星、カウントから外したろ。
オレにもボロ負けしたまんまでしょうが。ちゃんと現実と向き合おうねー」
………………むっ。
ジュンイチさんの言葉に一瞬ムッとするけど……うん。そうなんだ。
“JS事件”の時、私達機動六課隊長陣がジュンイチさんと対立、戦う機会があった。
けれど……結果は惨敗。
はやてとビッグコンボイを除く全員がかかっていって……ジュンイチさんひとりに勝てなかった。
口八丁手八丁で各個撃破に持ち込まれて、連携することもできずに撃墜されてしまった。
特になのはは、それまでの悪手打ちへのお説教も込みで相当叩かれた。それこそ一方的に。
「まぁ……フェイト。ジュンイチさん相手じゃ仕方ないよ。
先生とは別の意味で規格外だから。持ってる能力からして魔導師キラーなんだから」
「う、うん……
でも、いつか勝てるようにがんばらないと」
「…………だね。
そこは僕もだよ……先生についてもジュンイチさんについても、もちろん師匠についても」
「ハンッ、そう簡単に追いつかせるかよ」
「言ったね? いつかほえ面かかせてやるよ」
すごく楽しそうに、不敵な笑顔を見せながら、ヤスフミがウィンナーをパクリ……今度はご飯が美味しくて幸せそうな顔になってる。
こうやって見てると、子どもみたい。
「誰が子どもだって?」
「えっ? ……あ、ごめん」
今度はムスッとした顔になりながら、サラダをパクリと食べてる。
でも、一口進むごとにまた幸せで楽しそうな顔を見せてくれる。
ホントに表情が変わる。私は、それをなんだか嬉しい気持ちで見つめていた。
「ったく……あ、フェイト、トマト好きでしょ? あげるね」
「ダメだよ。好き嫌いしちゃ」
「……スバル〜♪ 疲れてる時にはトマトがいいそうなんだよ」
「ちゃんと自分で食べるっ。
というか、疲れてるのは恭文でしょ? 私やフェイトさんに押しつけないの」
「こなたぁ〜」
「私も同意見。
泉家の食卓を支えてる身として、栄養については妥協できないかなー」
「マスターコンボイ」
「受け取った以上は食え。当然のことだ」
「ジュンイチさ……」
「他のおかずごと食い尽くされてもいいなら引き受けてやるけど?」
満面の笑みで、私達は、サラダに入っていたミニトマトをあげようとするヤスフミを制止する。
表情は変わっても、昔から生のトマトを食べられないところは変わらないんだよね。
「……食べなきゃダメ?」
「ダメだよ。そんなんじゃ、エリオやキャロ達に笑われちゃうよ?」
「そうだよ恭文、食べられないと、その先生みたいに強くなれないよ?」
『うぬぅ』と唸りながら、意を決してトマトをパクリと食べる。
「丸呑みしないで、よくかまないとね」
「……ほへん。ほへあえははんへんひえ」
涙目になりながら、トマトを飲み込むヤスフミ。すぐにホットミルクを飲んで口直ししてる。
知ってはいたけど、まだダメなんだね。トマト。
「当たり前だよー。あの、生のトマトの水っぽい風味がなんとも言えず……うぅ、思い出すのもイヤだ」
「そんな落ち込まなくても……
ほら、私のポテト少しあげるから元気だして?」
「え? いいの!? フェイトありがとうー!」
……そんなに辛かったんだ。
「じゃあ、私のウィンナーも一本あげるね」
「あぁ、なんでだろう? スバルが女神に見える……」
「大げさだよ……」
「大丈夫。きっと幻覚だから」
「ちょっとっ!? ウィンナー返してっ!」
「あーん♪ おいしい〜!」
「あーもう、あげて損したっ!」
「あー、はいはい。
オレのコロッケやるから」
「うぅっ、お兄ちゃん、ありがと……
うーんっ、おいしー♪」
「その代わり次に修行つけてやる時はメニュー倍な」
「なんかコロッケひとつより高くついたっ!?」
私からポテトを、そして、スバルからウィンナーを受け取ると、幸せそうにそれをかみしめる。
代わりにジュンイチさんからコロッケをもらったスバルが無茶振りされて悲鳴を上げてるけど……うん。がんばって。私じゃ止められないから。
けれど……これから、どうなるんだろう?
きっと、楽しくなるよね。そうに決まっている。
「ヤスフミ」
「ん、どしたのフェイト?」
ウィンナーを食べ終えて、今はポテトを堪能中のヤスフミに話しかける。
きっと、私、笑顔だ。自分でも分かる。
大事な……すっごく大事な、弟みたいな男の子が来てくれたことが嬉しいんだ。
「これからいろいろ大変かもしれないけど……」
「うん?」
「一緒にがんばろうね。ヤスフミ」
「……もちろん。一緒にがんばろう。フェイト」
私達は、そうして微笑み合う。
これから、一緒に力を合わせてがんばることを誓い合いながら。
「でも、またシャマルさんのお世話にならないように、適度に息抜きしながらね」
「……はい」
食事はこんな感じで楽しく終わったんだけど……後でクロノに連絡取らないと。
ヤスフミやアルトアイゼンから、二人に、この二週間の間に振った仕事の内容や量を聞いた。
けど、いくらなんでも多すぎるよ。出向だってわかってたはずなのに……
クロノ、少し……頭冷やそうか?
「フェイト。“やる”時はオレも動ける時にしろ。
この件だけは手伝ってやる」
「わかりました、ジュンイチさん」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
しっかし、いろいろと振り返るとホントに色んな事があったよね。なんかちかれた……
《確かに、濃い初出勤ではありましたね。
でも、明日からも六課での日々は続きます。しっかり休んで、明日からもがんばりましょう》
「へいほーい、がんばるとしましょー」
「まー、念のためあずさにフォロー頼んでたし、こうして間に合った以上オレも動ける。
お前にばっかり負担が行くことはないから安心しろ」
僕とアルトは、みんなとの夕飯を終えると、すぐに帰路についた。
なお、僕達はフェイト達と違って自宅からの通勤組です。
食事が終わった頃には、既に夜の8時を越えていたけど、疲れた身体に鞭を打って、こうして歩いているワケだ。
ちなみに、ジュンイチさんやブイリュウも通勤組。だからこうしてボクらと一緒に歩いてる。
と言っても、ミッドでの“家”であるナカジマ家じゃなくて、市内で家代わりにしてるアジトから。
何でも、中央通り添いの一等地にあるビルを丸々一件買い取って、アジトとして大改造を施したんだとか。そこまでするお金があるんなら、少しは分けてほしいよね、ホント。
しかしさ、『人生は666ページの本』って言葉があるけど、今日の体験をページに書きつづると何ページくらいになるんだろうね?
30はいきそうな感じがするんだけど。
《多すぎでしょうそれは……せいぜい、4ページ程度ではないのですか?
いや、ひょっとしたら1ページ未満かもしれませんね》
マジですか。
……だとしたら、人生ってのは果てしなく長いね。これで埋まらないのはおかしいって。
「……でも、ホントに色んな事があったよね。恭文がいたら、毎日こんな感じなのかな?」
《さすがに毎日ではありません。ただ、結構な頻度でこんな感じではあります》
「恭文といると退屈しなくていいんだよねー」
「そうなんだ。じゃあ、これからすっごく楽しくなるね」
本当に楽しそうな表情でそう口にするのは、僕と同じ背丈のショートカットの女の子と、僕より一回りも背の低い女の子。
そう、スバル・ナカジマと泉こなただ。
ここは、隊舎の敷地内の歩道。
スバルが、僕達のことを敷地の入り口まで見送ると言って、こなたと一緒についてきたのだ。僕もジュンイチさん達も、別に大丈夫って言ったんだけどなぁ。
「何言ってるの? 過労の状態で模擬戦するような無茶な人を、放っておいたりなんで出来るワケないよ」
「……それに関してはもう言わないでください。お願いします」
もうシャマルさんだけで充分なんです……はやて達は苦笑して『大丈夫だから』って言ってくれたけど、ホントに勘弁して。
疲れた表情でそう口にする僕を見て、スバルがニコニコと笑う。
なんだろう、今日初めて会ったのに、すごく話しやすい。やっぱあの姉さんの妹だってのが大きいのかな?
《かもしれませんね》
「そういえば、あたしひとつ気になってたんだけど」
「なに?」
「アルトアイゼンって、すっごいしゃべるよね? なんで模擬戦の時まで黙ってたの?」
《……それには事情があります》
うん、なんか楽したかったらしい……ふざけてるよね。
アルトの“本性”を知るジュンイチさんと顔を見合わせて苦笑する。けど――
「なに?」
《先ほども話しましたが、六課にはマスターの事を以前から知っている人間も多いです。
なので、私が対人関係にアレコレ口出ししなくても大丈夫と思っていたんです。
……スバルさん達との会話を聞くまでは》
……待て待てっ! 言ってること違くないっ!?
「あぁ、なるほど。つまり……」
《そうです。この人がひねくれているのは知ってましたが、初対面であそこまでやるとは思わなかったんです。
それで、仕方なく私も口出しすることに……》
「なんていうかさ、大変だよね、アルトアイゼン」
《わかってくれますか?》
いや、何がっ!?
「……恭文、本当にダメだよ? こんな献身的なパートナーに心配かけちゃ」
《本当です》
自分で言うな自分でっ! といいますか、スバル、模擬戦の時とか今までの会話聞いてたでしょっ!? こやつだって人のこと言えないくらいに性悪なんだよっ!
「恭文……それ、自分を性悪って認めてるようなものなんじゃ……」
「言ってやるな、こなた。
恭文だっていっぱいいっぱいなんだ」
えぇい、こなたとジュンイチさんっ! おのれらはちょっと黙ってろっ!
「それは、パートナーである恭文の影響でしょ?
フェイトさんも言ってたけど、恭文がしっかりしてれば、アルトアイゼンだってあんなことしなくてすむんだから。ね〜♪」
《ね〜♪》
「なにそこシンパシー感じ合ってるっ!? 僕ひとり悪者ってどういうことさっ!」
僕がそう言っても……スルーしやがったこいつらっ!
《……そうだ。スバルさん、これから末永くよろしくお願いします》
「うん、よろしく。アルトアイゼン」
なぜだろう、普通のあいさつのはずなのに、すごくひっかかるものを感じる。「末永く」って何だ。
《さぁ、マスターもしっかりあいさつしてください。これから彼女となってくださる方に対して、あいさつ抜きは失礼ですよ?》
『はいっ!?』
《……なんで二人そろって驚いているのですか?》
『いや、彼女ってなにっ!』
《何を言っているのですか。スバルさん、確か約束してくださいましたよね? 本気を出したら、彼女になってくださると。
何なら、その時の会話を録音していますから、お聞かせしましょうか?》
アルト……頼むからそれはもう忘れてあげようよ。あの三段活用はサギだから。
そして、あの状況で録音なんてするなよっ! フェイトに怒られたのまったく懲りてないのっ!?
「あ、あのねアルトアイゼン。さすがに恭文とは今日、初めて会ったばかりだし、いきなりそういうのは……ちょっと……」
《では、どれだけの時間をかければ、そう思っていただけますか?》
「アルト、そろそろやめてあげようか。スバルが本気で困ってるから。またフェイトに怒られるのイヤだし……」
それに、別に彼女とか興味ないし。
「そうなの? やっぱり、フェイトさんがいるから?」
「違う違うっ!」
「でも、さっきはあんな感じだったよね」
「アレを見せられて否定されても、ねぇ?」
《まぁ、なんといいましょうか……スバルさんもこなたさんもそこは触れないであげてください。
難攻不落の城を墜とせなかったんです。言うなれば、マスターは敗残兵です》
……スバル、そんな悲しい瞳で僕を見ないで。そしてアルト、敗残兵って言うな。でもってこなたはニヤニヤするな。
「あのね、フェイトさん以外にも、素敵な女の人はいっぱいいるよ?」
「慰めるなっ! 肩に手をかけるなっ! 悲しくなってくるでしょうがぁぁぁぁぁぁっ!
……泣いていい? というか、もう自宅警備員に……」
「だ、ダメっ! ごめん、あたしが悪かったからそれはやめてー!」
スバルがなんか必死に謝っているので、テンションを上げていくことにする。
要するに、今は恋愛事に興味を持てないだけのだ。フェイトは……うん、関係ない。
……すみません、強がらせてください。今だけ……今だけは。
ただ、互いにどうしても仕事や、魔導師としての修行が中心になってしまったりする。
だって、僕の仕事の主な依頼主となっているクロノさんもチビタヌキも人使い荒いし。フェイトも執務官候補として、クロノの補佐であっちこっちの世界を飛び回ってて、忙しくしてるし。
「うーん、でもさ、やっぱりそういうことにも興味持った方がいいと思うよ? 絶対楽しいと思うし」
「……そうだね」
「だったら……」
「ただ、その3倍くらいの比率で辛いことが待ってるけど」
姉弟って言われる。
子ども扱いされる。
はやて辺りと出かけたりすると『はやてのこと好きなの?』とか真剣な顔で言われる。
ホワイトデーに気合入れてお菓子作ってお返ししたら『好きな子にはあげないの?』とか真面目に言われる。
……その他いろいろと。
「もういやだ。僕は貝になりたい。もしくは木になりたい。そして人からデクノボウと呼ばれたい……」
「や、恭文っ!? ごめん、また悪かったような気がするから落ち込まないでー!」
《……まぁ、あのお方は全く悪気がないので、何も言えずにトラウマばかりが増えていまして……この調子なんです。
告白もチャンスも、見事にその全てがつぶされていまして、今に至ります》
……至ります。
「そうなんだ。でも、それだったら余計に他の人に興味持った方がいいのに……」
《私だけでなく、はやてさんも常日頃そう言っているんです。
ですが、やはりあのお方の存在はマスターにとっては大きいですから、どうしても乗り気になれないらしくて》
当然だ。小さかったら、8年も片想いしてないし。
「それに、周りの手助けも拒否しやがるからな、コイツ。
オレ達だって、黙って見てたワケじゃねぇんだぜ。スルーされまくって落ち込んでるコイツを見かねて、何度も手伝えることがないか聞いてたってのに、こいつときたら……」
………………ここにアリシアとかギンガさんがいたらきっとこう言うだろう。
『ジュンイチさんにだけはそれを言う資格なんかない』って。
《それでつい、あんな事を言ってしまいたくなるんです。
いっそ、無理にでも誰かと付き合ってしまうか、やっちゃえば、この悲しい現状も変わるのではないかと……断腸の……思いで……グスッ》
「そっか。アルトアイゼンもやっぱり大変なんだね」
やっぱりってなにさ? ……落ち込んでいてもツッコんでしまう自分が悲しい。
そして、アルト、わざとらしく棒読み気味に泣くなっ! やっちゃえばとか言うなっ! 完全にアウトでしょうがそれはさっ!?
《えぇ。そういうワケなので、彼女はともかく、マスターと仲良くしていただけると非常にありがたいです。
やっちゃわなくてもいいのでそれだけはお願いしたいです》
そういうワケって、どういうワケですか。そしてまたアウトだよっ!
「うん、いいよ。友達ってとこまでなら……約束守りたいな」
「……いいの?」
「なにが?」
スバルとアルトの会話を黙って聞いてたけど、つい口を出してしまった。
それって、つまり……僕と友達になるってことだよね? いいのかなと思って……
「別にいいよ?
……恭文は、あたしと友達になるの、イヤなの?」
「いや、そうじゃなくてさ。
アルトの軽口が原因だし、それに……カートリッジ使わなかったこととか怒ってるみたいだったから」
戒めのことを聞いた時、ちょっとだけそんな感じを受けた。
なんというか……少しだけ、棘を感じた。だから、僕に対してもいい感情は持ってないのかなと……
僕がそう言うと、スバルは驚いたような表情を見せた後に、こう言った。
「アルトアイゼンの事は気にしてないよ? マスターがいけないっていうのはわかったし」
《本当ですよ》
……こひつら。
「でね、カートリッジを最初から使わなかったことは……うん。少しだけ怒ってた。というよりも、悔しかった。
あたしは、すっごく本気でやってたのに、恭文はそうじゃなかったのかなって」
「なら、どうして?」
「だって、さっき話してくれたでしょ?
恭文がそういう戒めを背負うのは、本気出したくないからとか、相手がどうこうじゃない……でしょ?」
その言葉に、僕はうなずいた。うん、相手がどうこうじゃない。先生どうこうじゃない。
自分が、背負いたいからだ。
「ヴィータ副隊長や、その剣術を教えてくれた先生に対する憧れからだって。少しでも、そんな人達に近づきたいからだって。
あたしもね、そういうのわかるから……」
そして、スバルは話してくれた。自分も同じだと。
4年前、新暦71年・4月29日。ミッドチルダ北部にある臨海第8空港が火災に遭い、まるごとダメになったことがある。
たまたまジュンイチさんと遊びに来ていたスバルと、姉であるギンガさんは姉妹共々その空港火災に巻き込まれてしまい、ジュンイチさんともはぐれて危うく命を落とす所だった。
しかし、そこを救助活動に参加していたなのはに助けられたこと。(ギンガさんは、フェイトに助けられた)
その時のなのはの姿に憧れて、スバルは一念発起して、局の魔導師としての道を決めたこと。
そして、今年の春に、その憧れていたなのはと再会。
そのなのはも参加する、ここ、機動六課にスカウトされた時、すごく嬉しかったこと……あぁ、あの時のか。
「知ってるの?
……って、当然か。空港ひとつダメになっちゃったし、あっちこっちでニュースやってたもんね」
「いやいや。ギンガさんから話を聞いてたから」
「あ、そっか。ギン姉と友達だもんね」
……ま、それだけじゃないけど。
「あの、それで話がそれちゃったけど、そういうワケだからあたし、恭文の気持ちすっごいわかるし……その、ごめん」
「なんで謝るの?」
「だって、さっきの話だと、イヤな思いさせちゃったのかなって思って」
「してないからいいよ。つか、謝らなきゃいけないのは僕だよ」
……スバルにイヤな思いさせてたんだから。うん、なんにしても……だよね。
「あの、あたしも大丈夫だよ? 全然イヤな思いとかじゃなくて、悔しかっただけだからっ!
……今度やる時は、あたしももっと強くなって、恭文の本気、何にも言わなくても最初から出してもらう」
「……結構後になるかもしんないよ?」
「でも、同じ部隊なんだから、機会はあるよ。その時は……また相手してくれる?」
不安そうな表情でスバルが聞いてきた。こんな顔を見たら、答えなんて決まっている。
「いいよ」
歩きながら、スバルの顔から、進行方向へと視線を変えて、スバルに目を合わせることなく、僕はそう告げる。
「僕なんかでいいなら、いいよ。スバルとやり合うの、楽しいしね」
「……うんっ!」
「まぁ、そう簡単に手札は切らないけどね」
僕が目指すのは、カートリッジや形状変換なんかの強化機能に頼らずにオーバーSランク以上に勝つこと。それだけの戦闘技量を身につけることだもの。
簡単にそれらに頼るようじゃ、ダメだしね。
「切らせてみせるよ。絶対に」
「なら、僕は切らずに勝つことにしようかな?」
「いいよ。そう言ったことを後悔させてあげるから」
そう言って、二人で顔を見合わせて笑う。なんというか、楽しくなりそうだしね。
…………こちらを見るこなたとジュンイチさんの目が妙に生暖かい気がするのは、とりあえず気にしないことにする。
……こんな会話をしている間に、隊舎敷地の玄関へと到着。僕達は、ここから徒歩でのんびり歩いて帰るのである。
「それじゃあ恭文、気をつけて帰ってね」
「うん、見送りありがとうねスバル。それと……」
スバルがきょとんとした顔でこちらを見る。
……よろしくね。
「え?」
「よろしくねって言ったんだよ。まだ言ってなかったしね」
ホントは目をそらしたいけど、少しだけ恥ずかしい気持ちをガマンして、ニッコリと笑ってみる。
少しだけ、スバルの反応が怖かった。でもスバルは……
「うんっ! 恭文、これからよろしくねっ!」
満面の笑みで、そう答えてくれた。
でも、お願いだから、そんなむちゃくちゃいい笑顔浮かべながらこっちをじっと見ないでほしい。
……なんか顔が熱い。
「あ、それと、あたしのトレーニングウェア、そのまま使ってくれてもかまわないから。
また模擬戦とかする時に必要でしょ?」
イヤだ。
「えー! どうしてっ!?
だってあたしと恭文って身長ほぼ同じだし、サイズだってピッタリだから問題はないでしょっ!?」
「待て、豆柴」
スバルが何やら『また犬扱いするー』とか言ってるけど気にしない。
模擬戦が始まる前に、スバルから借りたトレーニングウェアは、今僕の手の中にある(袋に入れて梱包済み)。
一応しっかり洗濯して返そうと思ったのだ。
でもこの子、何ていうか、恥じらいとか男に自分が着てたもの着られるのがイヤとかっていうのはないの?
僕はともかく、ジュンイチさんとかギンガ姉さんが泣くよ。
で、その二人の一方、ジュンイチさんは……あ、頭抱えてる。
そんな“お兄ちゃん”の気持ちを代弁する意味も込めて、スバルにひとつ質問。
「スバル、わかってるとは思うけど、僕……男だよ?」
「え? あぁ、そういうことか」
そうそう、そういうことなんですよ。わかっていただけて嬉しいです。
「恭文のエッチ」
「はいっ!?」
「あたしの服着て、変な事考えてたんでしょ?……えっち」
スバルがからかうようにそう口にする。ニヤニヤと笑みを浮かべながら……ついでにこなたもニヤニヤしながら。
いやいやいやいや! そんな事考えてないからっ!
……そりゃあ胸の辺りがブカブカだなぁとは思ったけど。
「ほら、考えてるし。
……ま、仕方ないかー。さっきは『彼女とか興味ない』って言ってたけど、それでも恭文だって男の子だもんね。
そういうこと考えるのは普通だと思うし、元気でいいことだよ〜♪」
「いや、待ってスバル。ちゃんと話を……」
「それじゃあ恭文、また明日ね〜♪」
そう言ってスバルが僕に手を振りながら、こなたと二人で隊舎へと戻っていく。
……本当に姉と同じで人の話を聞かない子だなおい。
残された僕は呆然とする。なんで? なんでたった一日でこんなよくわかんない状況になってるの?
というか、全部が全部スバル絡みってどういうこと?
《……強く生きてください。私はいつでもあなたの味方ですから》
ありがとね。嬉しすぎて涙がでるわ。
と言うか始めからこんな調子で大丈夫か僕っ!?
「…………あー、恭文」
そんな僕に声をかけてくるのは、当然この場に残ったジュンイチさんだ。
……うん。思いっきり疲れた顔していらっしゃる。さっきからのスバルの恥じらい0な態度がよっぽどこたえたみたいですね。
「あー、そうだよ。
あのバカ、こういうことには頓着しないからなー」
答えて、ジュンイチさんはポリポリと頭をかいて――
「……あー、その、何だ……
………………すまなかったな、恭文、アルトアイゼン」
「へ?」
《どうしました? 急に。
スバルさんのことでしたら……》
「いや……出向のこと」
あぁ、そっちか。
「ユニクロンのことを除けば、事件のほとんどはオレが裏で糸を引いてたようなもんだから……だから、お前が出向するハメになったのも、そもそもの元凶はオレにあるワケで。
だから……ごめん」
言って、ジュンイチさんは僕達に対して頭を下げた。
こういうところはジュンイチさんってすごいと思う。相手が誰であれ、仮に敵であっても、頭を下げるべき時は素直に下げる。素直になれない時でも頭だけは絶対に下げる。
うんうん、どこぞのプチ狸も見習ってほしいものですよ。
「別に、気にしてないよ」
だから……僕もそれに応えて素直な本音を返すことにする。
「そりゃ、あの無茶振り提督親子のせいでモモ達のクライマックスを見にいけなかったのは頭にきたけどさ。その分、返ってくる対価は大きそうだし」
それはスバルとの模擬戦で実感した。
スバルとマスターコンボイ……本当に強かった。戒めを外さなきゃ勝てなかったほどに。
そんなみんなとこれからガッツリ模擬戦とか訓練とかしていけるんだ。僕の修行的な意味でもこの出向の話に乗ったのは“アタリ”だったと思うワケですよ。
《それにマスターの新しい恋も見つけられそうですし》
「あー、それもあるな。
恭文、アルトアイゼンの口先三寸じゃなくて、ちゃんとお互い惚れ合っての交際ならスバルと付き合ってOKだぞ」
いや、そっちについては考えてないから。ジュンイチさんもノらないでよ。
ってーか、僕がフェイト一筋だってわかってるよね? わかった上でツッコんできてるよね?
あー、もうっ、弟子が弟子なら師匠も師匠だよっ!
なぜだろう? 帰りに、なんとなしに見上げた街のネオンの光が滲んで見える、そんな10月末の夜だった。
(第5話へ続く)
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