小説
2(味音痴)
仏米、日英前提で味音痴コンビ
昨日は寝る前に日本と電話で話をした。あちらは早朝にも関わらず俺とかなり長く話をしていて、少し申し訳なかった。でも最後に囁かれた『おやすみなさい』は心地よくて、気分良くベッドに入ったことを覚えている。
のに、起きたら見たこともない白い部屋にいて、背後に感じた体温にびっくりして振り返ればそこにアメリカがいて、そいつはいびきをかいて寝ていた。
無性に腹が立ったことを思い出す。
背中合わせに座って寝ていたらしく、体が痛い。俺もジジイになったな、と突拍子もなく悪態を吐くくらいには混乱していたし、勢いでこの能天気バカを蹴っ飛ばすくらいにはどうしようもない恐怖を感じていた。
とにかく目の前にいるアメリカと話がしたかったのだ。多分1人だったら部屋の隅で膝を抱えていただろうし、だから1人ではなく誰かと話せるだけでとりあえずは恐怖や寂しさを埋めようと考えていたんだと思う。
だから思い切り蹴っ飛ばした。
前のめりになって座っていたアメリカの背中に爪先がヒットした。
が、起きなかったのだ、このバカは。それより俺の爪先が死んだ。
岩を蹴ったようにじぃんと痺れと熱が広がって、それから遅れて痛みがくる。思わず声を上げて足を抱え込めば、その声に反応してようやく眠そうに目を擦ってアメリカがこちらを見た。
とても不思議そうな顔をしていた。
「…あれ?イギリス?」
なんでここにいるの、またはどうしたの、と言いたげな顔をしていたが、自分がいるのは自分の部屋ではないことに気が付いてぱっちりと目を見開く。それから服も普段来ている軍服を模した服であることにも気が付いて声を上げた。
「なっ…!?どこだいここ!?」
「俺が聞きたいんだが。…お前も知らない内に連れて来られたのか」
いや最初からこいつに期待はしていなかったが。が、ともかくこいつは喋れるし、俺1人ではない訳だからまだ状況はそんなに悪くない。
とりあえずアメリカに手を差し出して立ち上がらせる。混乱しつつも案外簡単に立ち上がった彼は、切れ込み1つもない真っ白な部屋をグルリと見回して、部屋の真ん中にある部屋同様に白いテーブルに目を留める。俺も視線をやれば、テーブルの上に1枚の紙が見えた。
『この部屋で貴方達2人はキスしないと出られません』
パソコンで打っただろう文字が並ぶ紙を読んで、思わず掴む手に力がこもる。くしゃり、紙にしわができてしまった。
いつまでもそのままで動かなくなった俺から奪って紙に打たれた文字を読んだアメリカが呆然とこちらを見る。それに俺も同じ顔で返した。
こいつとキス?嘘だろう?
こいつは俺の弟だった男だぞ?
「…oh my God」
相手から小さく呟かれた最低最悪の否定の言葉に少なからずダメージを受ける。
それを言いたいのは俺だ。
でもお前から聞きたくなかった言葉だ。
「…イギリス、扉はどこだい?」
「…」
再びグルリと見回す。
きれいな白い壁、切れ込みなんて少しもない。扉どころかどうやってできているのか検討も付かないくらい切れ目のない壁に、俺は小さく唸る。
アメリカの意図はわかっている。だから扉を探している訳だ。だがその探している扉は見つからない訳で。
しばらく考えて、とりあえずすぐ近くの壁を指差す。
「おい、ここ思いっきり殴れ」
「…俺は破壊するための道具じゃないぞ」
「わかってる。だが今はそれに関して議論を交わす暇はない」
「…わかったよ」
やれやれ、なんて言いながらぐるぐると肩を回す。反対の壁へ逃げた俺を確認したアメリカは、拳を作って振りかぶる。
渾身の壁殴りを披露する…が。
「「!?」」
ゴォン…!と鐘を殴ったような鈍い音、それからバッと拳を壁から離したアメリカはバタバタと暴れる。
顔から察するに痛いらしい。声も出せないくらいには痛いらしい。
いや普通は痛いと思う。でもお前窓割ったり扉壊したりするじゃんいつも。だから壁も壊せるかなって。
怒られたら困るのでとりあえず、すまなそうな顔を作ってアメリカが殴った壁を確認する。…ふむ、傷1つなし、と。
「…ったい!痛い!!」
「大丈夫かアメリカ。すまねぇな、まさか壊れないなんて思わなくてな」
「俺もだよ!!!なんだいこれ!?」
「壁だな」
「No!!君と遊んでる暇はないんだぞ!!」
ぷんすか怒ってるアメリカかわい…いや。遊んでる暇ねぇな。てか、これよく考えたらかなり深刻じゃないか?出口ねぇぞ?
他に出られる隙間はない。つか空気口すらないんだが。
「…うー」
唸るアメリカはかなりしょげている。よほどショックだったようだ。
まあ俺も自慢の(元)弟が壊せないものが存在することに多少なりともショックを受けているが。
「…」
さて。ここで整理しよう。
この部屋…いやどっちかってーと広めの白い壁の箱が正解だな。それに俺、イギリスとアメリカがいる。扉らしきものはない。壁は不思議物質でできていて、アメリカのパンチに耐えるどころか傷1つ付かない。つまり鍵開け(物理)では出られない。
そして、正規の方法で出るためにはこいつとキスをする必要があると。
「…あー…」
詰んでる。
「…アメリカ、あのな、今俺達かなり詰んでてな」
「…知ってるよ…。知りたくなかったけどね」
あはは、力なく笑ったアメリカはそのまま空を仰ぐ。
正解、いや方法はわかっているのだ。ただ勇気やらなんやらがないだけで。
「…だって俺には日本が…」
俺には愛する恋人がいるのだ。一生貞操は守るつもりだし他に目移りもしないつもりだ。
それにこいつ…アメリカは俺の(元)弟で、大切な奴ではあるが可愛い弟の域から出ない存在であるはずで、それに。
「…」
「…」
こいつにもこ…恋人がいて。…いや認めたつもりはないのだがそんなことはお構い無しに仲良しこよししてる訳で。多分こいつの中で俺は、ものすごく不本意ながらウザイ兄の域を出ない存在だろうことから察するに。
「…無理、だろ」
つまりそう言うことだ。
あれからとりあえず初心に返って背中合わせに座っているが、一向に壁が開くなり壊れるなりが起こる訳もなく。
ただ無言で座っているだけだった。
「…」
「…」
一応自分に唇をくっ付け合うだけだと言いきかせているのだが、中々言うことはきかない。
自己暗示はきかないタイプらしい。
何度かアメリカがこちらに何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに項垂れていた。
ほら、今も。
「…あの、イギリス」
アメリカが掠れた声で俺を呼ぶ。ごくん、唾を呑む音がして、彼はこちらを振り向いた。
「…俺、フランスに会いたくてさ」
「…おう」
いきなり髭の名前が出てイラっとしたが静かに頷く。
かなり青い瞳が真剣だったから。
「昨日はフランスの家で同じベッドでおやすみしたんだ。朝起きたらおはようってして、フランスの手料理を朝御飯にするつもりだったんだ。
最初は我慢してたんだけど、もう無理だから、早くおはようって言いたくて」
…フランスの家?同じベッド?
ほほう。
いくつか聞きたいことがあるが後回しにして、それでなんだって?
「…キス、しよう」
ガシッ。
アメリカの大きな手が俺の肩を掴む。強張った顔を少しずつ近付けてくるアメリカに、俺は全力で抵抗した。
「やめろ!!俺とお前は(元)兄弟だぞ!?できるかバカ!!」
「できるできる俺にはできる…フランスにあとでしてもらえば問題ない…」
「聞いてねぇ!!!」
かなり力入れて顔叩いてるはずなのにびくともしないアメリカなんなの。自分の弟ながら怖い。
あとフランスとあとでキスするらしいから許せない。それが俺とキスしたことの上書きだから余計許せない。
「イギギギギ…!!」
顎を手で押し退けてなんとか今は防いでいるがいつまで保つか。と言うか、髭に会いたいがためになんで俺の唇が奪われなければならないのか。
世の中は理不尽だ。
「…もう、わかったよ…」
俺の必死の抵抗に諦めたのか、アメリカから力が抜ける。顔が暗いのが可哀想で心にダメージがくるが、俺の唇は先約がいるので諦めてくれ。
「アメ」
「と言うとでも思ったかい!?」
ビタン!!
背中が床に叩き付けられる。一瞬呼吸が止まった。
死ぬかと思った。
もちろんアメリカがその隙を見逃すはずはなく、すごい速度で顔が近付く。
「っ」
微かに唇に触れた柔らかな感触。でもそれはすぐに離れて、ワナワナとこちらがショックを受けていることに構わず手の甲で唇を拭い、天井に向かって叫ぶ。
「…っしたぞ、ここから出してくれ!!」
…そんなに髭に会いたかったのか…?
色んな意味でショックを受けてもう何がなんだかわからない俺の目の前の壁がゆっくりと開いていく。
つまりアメリカの背後で。
「…っアメリカさん!!イギリスさん!!」
「アメリカ!?大丈夫か!?」
駆け込んできたのは愛しい愛しい恋人で。アメリカに組み敷かれた俺を引きずり出してぎゅうと抱き締めてくれる。
柔らかい黒髪が頬に触れて、ショックやら寂しさやらで傷付きまくりの心が悲鳴を上げて。
「…日本!!!」
人目も憚らず口付けた。一瞬目を見開いた日本は拒まずにさらに強く抱き締めてくれた。
「ふら」
「アメリカちょっと黙って」
「ん…」
背後でも小さな口付けの音がした。視線を後ろに向けようとした俺の目を手で覆った日本は、唇を離して囁く。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
手が離れれば、暖かな笑顔が咲いていた。
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