◆雑多集
恋再燃?
放課後の教室で、帰り支度を整えていると、一人の生徒が入ってきた。
気の強そうな……美人の部類に入る女生徒だ。
その生徒は、真っ直ぐ私に向かって歩いてくる。
「少し、話がしたいの。いいかしら?」
女生徒の威圧的な物言いに、私はコクリと頷く事しかできなかった。
女生徒に連れられて来た場所は、人気のない裏庭。
話って、なんだろう?
……なんだか、さっきから睨まれてるような気が……
美人が睨むと、怖さが倍になるとは、よく言ったもので……怖い。
「貴女、どんな手を使ったの?」
「はい?」
なんの話なのか、さっぱり判らない。
「私より好きな人が出来たって言うから、どんな子なのかと見にきたら、てんで普通の子じゃない。何でこんな子に……」
……普通で悪かったわね。
いや、それよりも先刻から、話の糸先が見えない。
「……あの、さっきから、なんの話をしてるんですか?」
私の言葉に、女生徒は、悪かった機嫌が更に悪化したようで……
「しらばっくれるんじゃないわよ!私が知らないとでも思ってるの!!貴方、楓と付き合っているんでしょう!!」
ヒステリックな声がキンキンと耳に響く。
「…………は?楓って……羽柴先輩?」
「他に誰が居るのよ!」
えーっと、つまり、羽柴先輩と私が付き合っていると……
へぇ、私、羽柴先輩と付き合ってたんだー。
…………んな訳あるかっ!!
「ちょっと、それ、ごがっ!?」
‘誤解ですよ’という言葉が、背後から伸びてきた手によって阻止されてしまった。
「翠(みどり)、貴女とは終わったはずよ?」
「……楓。私、納得いかないわ!!なんで、こんな子がっ!!」
「私の心には、もう翠はいない。今は皐月だけよ……今後、皐月に近付かないで」
羽柴先輩の静かで、微かに怒気を含んだ声が、先輩の胸がくっついている背中から、振動と共に聞こえる。
翠と呼ばれた女生徒は、目に涙を溜めながら、走り去っていった。
「皐月、ごめーん。なんか、巻き込んじゃって」
羽柴先輩は「あはは」と、苦笑いしながら両手を前で合わせる。
……もしかして……
いや、もしかしなくても……
「ダシに使いましたね?」
「……やっぱり、バレた?」
羽柴先輩は、私から目線を外し、頬をポリポリとかく。
やっぱり!!
あの人と別れる為に、私の名前を出したんだ。
「……せーんーぱーいぃっー!!」
「ごめんってば!!」
あの翠って人、マジで怖かったんだからっ!!
……でも、先輩は翠さんと付き合ってたんだよね……
そういう……趣味の人だったんだ……
決して、気持ち悪いとか、そういうのじゃなくて……身近にそういう人が居たんだ、という事に驚いたというか……
私は、人を好きになるのに性別は関係無いと思ってるし!!
……思ってるだけで、判っていないのかもしれないけど……
休日だというのに、なんでこうも人が多いのだろう。
ざわめきが絶えない、駅前で、私は羽柴先輩を今か今かと、待っている。
今日は、羽柴先輩と隣町まで、お買い物をする約束をしていたのだ。
ついでに、先日の翠さんの件の‘おとしまえ’をつけてもらう事にもなっている。
何を奢って貰おうかなぁー。
私は、ウキウキしながら、最近食べていないケーキやパフェを思い浮かべ、涎が出そうになった口元を慌ててぬぐった。
「皐月?」
聞き覚えのある声に、胸がドクッと波打つ。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
私は何故か、別れたはずの元彼と笑顔で話をしていた。
元彼が、何事も無かったかのように話しかけてきた所為もあるのだと思う。
でも、以前のようなトキメキもなく、寧ろ、彼と話を交わす度に心が冷たくなっていくのを感じた。
「なぁ、もう一度やり直さないか?」
「え?」
「やっぱり、俺、皐月と一緒に居る方が安心するんだ」
彼は、何を言っているんだろう……
「好きな人が居るんじゃなかったの?」
「……うん。でも、俺が思ってた様な奴じゃなかったから……」
だから、私とよりを戻すというの?
私をあんなに傷つけておいて、元に戻ろうって言うの?
ふざけるんじゃない!!
って、大声で怒鳴りたいけど、今、口を開くと、涙があふれそうで……
こいつの前でだけは、絶対に泣きたくない。
我ながら、自分でもよく判らない意地を張っていると思う。
あー、でも、そろそろ限界かもしれない。
そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
続いて、背中に柔らかい感触。
この感じは……
「羽柴先輩?」
「あぁ、待たせたな」
いつもより、低い声で、耳元に囁きかけられる。
うわっ、なんで、そんなハスキーボイス出せるのよ!?
……なんか、男の人みたいな錯角に陥りそう。
「元彼かなんだかしらないけど、皐月にちょっかい出さないでくれる?」
「なっ!?」
「俺さ、皐月が好きなんだよねー」
は?俺?
「ハッキリ言って、過去の人間は邪魔なんだよ。さっさと帰りなよ」
「何なんだよ、お前」
「……あぁ、一応、礼は言っとくぜ、あんたが、皐月を振ってくれたおかげで、俺は心置きなく、皐月を口説けるんだし」
「――っっ!」
目を覆われたままの状態で、彼の顔は見えないけど、私の前から去っていく感覚がする。
しばらくして、覆っていた、羽柴先輩の手が除けられた。
「彼、もう、行ったよ」
先輩の言葉通り、目の前には、彼の姿は見当たらない。
先輩が追い払ってくれたんだ……
「……もう……泣いても大丈夫だよ」
溶けてしまいそうな、優しい、優しい音色に、私は限界に達していたストッパーを外す。
先輩は、私が泣き止むまで、少し冷たい手で何度も何度も、頭を撫でてくれた。
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