◆一輪の花?(エムペ版) B 数ヵ月前、突然お見合いをさせられたかと思ったら、相手は兄の友人で、勿論、私とも顔見知りだった。 そう、何故か現在、桜山学院の保健師である五十嵐さんだ。 五十嵐さんは、兄の友人には珍しく生理的にあまり好きになれないタイプで、好きか嫌いかと問われれば、はっきりと嫌いだと断言できる。 何処が嫌いなのかと言われても困るけど、所謂“馬が合わない”というヤツなのだろう。 いくら家の為でも、そんな人と結婚なんて出来る筈もなく、断ろうとしたのだけど……私が断るより先に、五十嵐さんが婚約を持ち掛けてきたのだ。 日本で一番有名な製薬会社で、次期社長の五十嵐さんの誘いに、両親は娘の意志などお構いなしにそれを承諾した。 あれよあれよという間に、ちゃくちゃくと準備が進み、既に私の一存ではどうする事も出来ない所まできているのが現状である。 そんな時、兄が、ある取引を持ち掛けてきた。 それが今回の“幸田君のボディーガードを引き受ければ、婚約解消の手立てをしてくれる”と、いうもの。 藁にでも縋りたい心境の私に選択権がある筈もない。 そうして今に至る――が、まあ、別にそれだけが理由で仕事を引き受けたという訳でもない。 今、私の目の前に居る、龍兄の依頼でもあったから、引き受けたのだけど…… 「今回の件には、五十嵐さんが必要ってこと?」 私の問いかけに、龍兄はそっと顔を上げると、真剣な眼差しで頷いた。 「――ああ。今回の件は五十嵐も関与しているんだ」 「関与って、どういう事?」 疑惑を含んだ私の視線から逃れるように、龍兄は露骨に顔を背けた。 「悪い、理由はまだ話せない」 弱々しく答える龍兄は、どこか悲しそうで、苦しそうにも見える。 いつも明るくて、穏やかで、笑みを絶やさない龍兄のこんな姿を見ていると、これ以上、問いただす事は出来るはずもなく、今の私は引き下がるしかない。 辛そうな龍兄は、見ていられない。 そう思える程、龍兄は私にとって大切な人なんだ。 「判った。今はもう聞かない」 「凜」 「でも、話せるようになったら、ちゃんと話して欲しい」 私がそう言うと、龍兄はホッとしたように顔の筋肉を緩めながら頷き、私の頭に大きな手をのせ撫でる。 「約束する」 一般的には高校一年生と同じ年代なのだが、一応これでも社会人なんだけどな。 兄もだが、龍兄にも未だに子供扱いされているようで、少し複雑だ。 わしわしと頭上を動く手を見上げながら、私は密かに溜息を吐き出した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |