◆死灰屠り(完/連) 第十九話 ◆◆ 深夜の町を走る靴の音と呼吸の音が、やけに耳につく。 それ程に、辺りは静まり返っていた。 人の姿は見当たらず、気配すら全くしない。 深夜なのだから当たり前なのだろうけど、それでも、この世界には、俺達二人しかいないんじゃないかと、錯覚しそうなほどに静寂に包まれていた。 あの巫女達の矛先が、何故か俺達に向けられた為、急遽、乗っていた車を降り、周りに迷惑が掛からないようにと、広いスペースのある広場を探しながら走り、今に至る。 俺と春日は、とある公園で足を止めた。 遊具がなく、ベンチが転々と置かれているだけの広場だ。 「ここなら、大丈夫ですかね?」 俺は、肩で呼吸をしながら、額に浮かぶ汗を拭う。 俺と同じように、肩を上下させながら、春日は、形の良い唇を動かした。 「そうね、それにどうやら……これ以上は、逃げられないみたいだしね」 春日がゆっくりと振り返る。 そこには、学校の教室ぐらいの大きさまで膨れ上がった、瘴気が蠢いていた。 俺達は、背後に迫る瘴気の塊に対峙するように身構える。 犬の形をとり、春日の傍に寄り添う蒼焔の身体が、まるで蝋燭の炎が揺らめくように、動くと、其れはあっという間に刀となった。 日本刀より、刃の部分が少し長く、地面に突き立てれば、春日の肩ぐらいまでの長さはあるだろう。 そして、刀身には、蒼焔と同じ青白い光が燈っている。 春日は、ゆっくりと刀を構え、瘴気を見据えた。 『……その蒼い犬……なるほど、未だに怨みは晴れぬか……哀れなものよのう……』 皺枯れた女の声が、頭に響くように聞こえてくる。 春日の身体がピクリと動いた。 「……貴女何者?」 春日の問いを受け、その声は、くっくっくっと、愉快そうに笑う。 『そうよなぁ、言うなればその時代に我は生きていた……と言えば判るかえ?』 何の話をしているのか、よく判らないが、どうやらこの巫女は、蒼焔の事を知っているという事は理解できた。 俺は、二人に耳を傾けながらも、瘴気から視線を離さないように集中する。 「成程、貴女、随分と昔の人なのね。それで?貴女は何故此処にいるの?貴女も恨みが晴れないのかしら?」 春日は、瘴気に突きつけるように刀を構え、柄を握る手に力が入った。 『我をうぬらと、同じにするでないわ。我は、あやつに力添えをしてやっておるのよ。おぬし等は目ざわりゆえ、此処で消えるがよい。そのが方が、おぬしも嬉しかろうて』 「要、気を付けて、来るわよ」 硬い声で春日がそう言ったのと同時に、瘴気の中心部から、黒く長いものが次々とこちらに向かって伸びてくる。 シュルシュルと勢いよく近付いてくるのが、髪の毛の束だと判るのには、そうは時間は掛からなかった。 髪の毛の束は、何本も出てきては、俺達を捕らえようと蠢き近付いてくる。 「要、上!」 春日の言葉に、その場から飛び避けると、俺が立っていた地面に黒髪が激突し地面がボコリと音を立ててへこんだ。 その光景に、思わず「げっ!?」と驚きの声が出る。 こんなモノに、まともに当ったら、危険だ。 下手すれば、骨折だけでは済まない。 そんな事を考えていたら、シュルリと俺の腕に髪の毛の束が巻きついてきた。 「くっ!」 俺は、空いている手で懐に忍ばせている札を取り、巻きついている髪の束に貼り付け、札に気を送る。 札は、朱色の炎を上げ髪の束を焼き切った。 だが、直ぐに他の髪の束が俺の首元に巻き付き、ギリギリと締め上げてくる。 あまりの苦しさに、声すら出てこない。 札を取り出さなければと、手を動かそうとするが、思いのほか、髪の束の締め付ける力が強い所為か、上手く動かせない。 俺が必死にもがいていると、フッと締め付けが無くなった。 その途端、酸素が急激に肺に入り、俺は勢いよく咳き込む。 「要、無事?」 そんな俺の背中をさすりながら、春日が心配そうに顔を覗かせた。 どうやら、春日が、助けてくれたらしい。 俺は、咳き込みながらも、大丈夫だという意を込めて、首を縦に振った。 ◆◆ [前へ][次へ] [戻る] |