◆死灰屠り(完/連)
第二十話
◇◇
春日は、次々とこちらに向かって伸びてくる髪の束を器用にかわしつつ、刀を滑らす。
ザッと言う音と共に髪は地面に落ち、そのまま地面に吸い込まれるように消えていく。
だが、俺達を襲う髪の束の数は一向に減らないでいた。
このままでは、力を消費するばかりだ。
焦りばかりが生まれて、事態は一向に変わらない。
いや、寧ろ、悪くなる一方だ。
「……要」
春日の声に振り返ると、春日は瘴気の塊を見据えている。
「逃げて」
「は?」
春日の口から出てきた言葉に俺は一瞬思考が真っ白になる。
「何を……言っているのですか?」
「逃げなさいと言っているのよ」
凛とした春日の声にズキリと胸が痛む。
……俺は足手まといという事なのだろうか?
確かに右京や左京のような、強い力は俺には、ない事ぐらいは身に染みて判っている。
判ってはいるのだが、こうして言葉にして言われると、やはり辛い。
春日の言葉だから、尚更なのかもしれない。
「――っ!危ない!!」
ドン!と強い力で、背中が押される。
俺は、突然の出来事に身体が対処出来ず、そのまま地面に突っ伏してしまった。
同時に何かが俺の背中に覆いかぶさってくる。
だが、それは直ぐに俺の背中から離れた。
「くうっっ」
春日の優美な眉が、苦痛に満ちた声と共に顰められる。
「……サ……エ?」
パタパタと地面に黒い染みが出来るのが眼に入った。
その雫は春日の細い指からしたっている。
俺は、身体を起しながら視線を上げた。
そして、視線が凍る。
春日の学生シャツの片腕が真っ赤に染まっていたのだ。
「サエ!?」
俺が急いで、春日に駆け寄ると、春日は痛みからか、額に汗を浮かばせながら苦笑いする。
「ちょっと、しくじっちゃった」
「――っ、何を言っているのですか!俺の所為じゃないですか!!早く血を止めないと!」
俺は、自分のネクタイに手を掛け外そうとした時、今度は春日に胸部を押された。
「うっわっ!」
俺は、そのまま尻餅をつき、その瞬間、髪の束が目の前を掠めていく。
その髪の束を春日が、怪我をしていない方の片腕で鮮やかに切る。
「要!逃げて、早くっ!!」
「ですがっ」
怪我をしている春日を一人置いていくなんて事、出来るはずがない。
動こうとしない俺に、春日が悲しそうに微笑んだ。
「私一人なら何とかなるから。ね?」
春日の言葉に、自分の思い上がりに気付いく。
俺がいるから春日が傷つくという事に。
春日は優しいから、身を挺してでも、俺を守ろうとする。
だったら、俺がとる道は一つしかない。
「っっ、判りましたっ!」
泣きたいほど惨めな気持ちだ。
だが、俺のこんな気持ちよりも春日の方が大事だ。
春日は、俺が逃げやすいように、髪の束を上手く引き寄せ始めた。
その隙を狙って、俺の心を表すかのような、鉛のように重く感じる足を動かす。
「要、右京と左京を!!」
俺は春日の言葉に頷く。
「判りました!呼んできます!!」
俺は、力いっぱい地面を蹴り付けた。
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