◆死灰屠り(完/連) 第七話 ◇◆◇ ―病室― 「あの、こんな事を言うのもなんですが……、こんなので大丈夫なんですか?」 山西は左京が手にしている、手の平サイズの紙をまじまじと見つめながら、戸惑いを含んだ声で言葉を発した。 紙は所謂、人の型に切られており、杉田氏の氏名と生年月日が書かれている。 「一応、こういう呪術関係は真上探偵社の中じゃ、左京が一番長けているので大丈夫だと思いますよ」 病室の窓を背にした、春日が山西の問い掛けに答えた。 既に日が傾き初め、病室内を朱に染め上げている。 「ちょっと、サエちゃん、一応って何よ〜。ちゃ〜んと、この子が杉田さんの代わりを勤めてくれるわよ」 左京は少しむくれたような声で言いながら、その人の型の紙を真っ白なベッドの上にそっと置いた。 この紙は要するに杉田氏の身代わりだ。 ‘人形’(ひとがた)と呼ばれる代物で、お守りや今回のような身代わり、更には呪いなどにも用いられる事がある。 「……紙一重……か」 山西はどこか睨み付ける様に人形を見ながら呟いた。 「山西さん?」 俺の間抜けな声に、山西は微かに苦笑いをしながら首の後ろに手をやる。 「……こんな紙切れ一枚でも、善にも……悪にもなるって事ですよ」 そう言いながらも、俺達には目線を合わせる事なく、ただただ人形を見つめる。 「……山西さん」 「あっ、すいませんが、ちょっと電話してきていいですか?会社に連絡入れないと……」 「え、あぁ、構わないですよ」 山西はスイマセンと頭を下げながら部屋を出て行った。 俺は、山西が出て行ったドアを見つめたまま、ぼんやりと先程の言葉を反芻する。 杉田氏は、山西の言う‘悪’の使い方によって命を狙われ、俺達は‘善’の使い方で杉 田氏を救おうとしている。 だが、力の根元は同じなのだ。 俺達の能力は、その気になれば法に罰される事なく、容易に人を傷付けたり、殺したり出来てしまう。 つまりは、能力を使う者に左右されてしまう“紙一重”なのだ。 もしかすると、山西にしてみれば、呪詛を仕掛けてきている奴と俺達は、同じ様に得体が知れず気味が悪いモノ……いや、恐ろしいモノなのかも知れない。 いつ道を誤るか、誰にも判らないのだから……。 「要」 「あ、はい」 春日の呼ぶ声に顔を上げると眉間に指を突き立てられた。 「し、わ」 そう言うと指をぐりぐりと押しだす。 「さ、さ、サエ?」 「こんな所に皺つくってると、右京みたいになっちゃうわよ?」 春日はクスクスと笑いながら、突き立てていた手を俺の頭にポンと置き、優しく微笑んだ。 「――大丈夫よ、要は人を絶対傷付けたりしないって判っているわ。私も、左京も、右京もね」 「……サエ……」 「何?私達だけじゃ不満?」 春日は覗き込む様に俺の顔を見上げた。 間近に迫った春日の奇麗な顔立ちに、心臓が大きく波打つ。 「――い、いえ」 俺はブンブンと顔を横に振り、力一杯、否定した。 たった一人でも、自分を信じてくれている人がいる。 その事実に、俺は道を誤ったりはしないと思う事が出来る。 多分、今の俺は顔が赤くなっているのだろう。 だが幸い、夕焼けのお陰で気付かれてはいない……と思いたい。 ――サエは、普段は余り感情を見せたり、多くを話したりはしない。 ……が、人の心の変化にだけは敏感だ。 まるで、心の中が見えているかのように、俺が落ち込んだりしていると、決まって傍に居たりする。 そして、こうやってたまに見せる笑顔に何度、理性がぐらついた事か……。 コンコンと室内にノック音が響く。 左京が「はいはい」と言いながら扉を開けると、入って来たのは右京だった。 「そちらの準備は終わったか?」 「ええ、こっちは終わったわよ。そっちは?結界、張り終わった?」 「ああ」 右京は病院側の許可を得て杉田氏を別室に移し、呪詛をかけてくる相手に見付からないように結界を施していたのである。 「じゃぁ、後は本体が現れるのを待つだけね」 「そうだな。ん?……山西さんは何処に行ったんだ?」 右京は室内を見渡し、左京に視線を戻す。 「電話よ。会社に連絡するって言って……」 ガラッッ!!と勢いよく扉が開き、話題に上がった本人がズカズカと室内に入って来た。 「や、山西さんどうしま……」 「思い出しましたよっ!!」 俺の言葉は、鼻息荒く興奮した山西の声に掻き消されてしまった。 山西は俺の両腕をガシッと掴むと、その手にぐっと力を込める。 「あの女性!!思い出したんです!」 「ほ、本当ですか!?」 山西は首ふり人形の様に何度も頷く。 「えぇ、彼女はモデルです。確か名前は……美弥乃。石原 美弥乃(いしはら みやの)です。以前、雑誌の取材で、仕事が一緒になった事があって……」 そう言うと、逸る気持ちを落ち着ける様に一呼吸おき、声を低めた。 「杉田も……一緒でした」 ◇◇◆◇ [前へ][次へ] [戻る] |